第166話 異常事態
冒頭部分のルビが多すぎて読みにくいですがご容赦ください。
得意分野なのでつい出来心で(笑)
朝、目が覚めるとストレアさんが俺の真横で、目を閉じて静かに眠っている。記憶の整理を少しづつすると言っていたが、不要なデータをアーカイブしたり、重複したデータをマージしている感じだろうか。
彼女の場合は眠っているというより、データ整理にリソースを割り当てる手段として、不要な情報をシャットダウンするために、外部とのインターフェースとなるこの体をサスペンド状態にしているというのが、何となくしっくり来る。
決して機械みたいな存在ではないけど、こんなSFみたいな装置に宿っている姿を見ると、どうしてもその方面の言葉で捉えようとしてしまうのは、パソコンや電子回路に興味があった俺の悪い癖かもしれない。
そんな取り留めも無い事を考えていたら、ストレアさんの目がゆっくりと開いた。
「おはようございます、ストレアさん」
「おはようございます、ダイさん」
「眠るという行為はどうでしたか?」
「自分自身と向き合うような感じがして、とても不思議な感覚でした」
「体の調子はどうですか?」
「新たな体を得た時のような感じですね、きっとこれが気力が充実しているといった感覚なのでしょう」
「擬似的な体とはいえ、連続で使い続けるのは負担になるんだと思います、これから毎日眠るようにしましょう」
「そうですね、これからもどんどん新しい体験をするためにそうします」
「もし今の体が完全に安定しているようでしたら、お風呂も体験してみて下さい」
「皆さんお風呂上がりにとても気持ちよさそうにしていましたから、様子を見て私も入ってみたいですね」
昨日は擬似的な体を構築したばかりという事で、念のためにお風呂に入るのをやめておいたが、安定して実体化できているなら、それも経験してみて欲しい。きっと気に入ってくれるはずだ。
◇◆◇
朝ごはんを食べ終わってから、みんなでリビングに移動する。今日は探索にも行かずに家でゆっくりしつつ、新しく見つけた結びの宝珠のペアリングをしたり、ストレアさんと色々話をする事にしている。
結びの宝珠は全部で64個あり、動作確認も兼ねて一旦それらだけでペアリングしてしまおうと思っている。いま俺たちの持っている結びの宝珠を解除すると、ユリーさんとヤチさんに渡した物とのリンクが切れてしまうので、2人が居る時にペアリングのやり直しをする予定だ。
それに個人で80個は持ち過ぎなので16個ほど手元に置いておき、残りの48個は国に寄贈しようと全員で決めた。国王や騎士隊長さんが来たら相談してみよう、国民の事を大切にしているあの人たちなら、きっと有効に使ってくれるだろう。
「全部動いたのは凄いですね、ご主人様」
「……これだけ並ぶと綺麗」
「これは本当に壮観ね」
「いい状態で保管されてたから、問題ないだろうとは思ってたけど、全部動いて良かったよ」
「国王のおじーちゃんも喜んでくれるかな」
「絶対喜んでくれるよね、ダイ兄さん」
「希少な物だし、きっと喜んでくれると思うぞ」
「私たちが王城に行った時も、全員がつけているのを見て騎士隊長さんが驚いてましたから、これだけの数を渡せば大喜びしてくれると思うよ」
麻衣にもお墨付きをもらって、みんなも嬉しそうにしている。国から危険な任務を依頼する冒険者や、騎士や兵士たちに使ってもらえると、彼らの危険が減る場面も多くなるはずだ。
「ダイさんはこうした古代の道具を、収集するおつもりはありますか?」
「生活が便利になったり、何か困った事が起きた時に助けになるものは、あれば良いと思いますけど、積極的に集めて回るのは止めておこうと思ってるんです」
「それは何故ですか?」
「ストレアさんに聞けば場所を教えてくれると思いますが、そうやって俺たちが独占してしまうと、他の冒険者のやる気を奪ってしまいますし、一度に大量の道具が出回ると社会に与える影響が大きすぎるので」
「ダイさんの考えはわかりましたが、皆さんもそうなのですか?」
その質問に全員が頷く。青臭い考えで、古代の道具を必要としている人に怒られてしまうかもしれないが、そういった独占欲は俺にはない。
これまでも、古代の道具を見つけたりマスターパーツを発見した人は、便利な生活を手に入れたり巨万の富を掴んだりしていて、これが冒険者のモチベーションに繋がっている。この先、俺たちに子供や孫が出来れば、冒険者活動をやっていく者も出るだろうし、みんなで味わったこの楽しみを後世にも残しておいてあげたい。
その考えをストレアさんにも伝えていく。
「何か探し物がある時も、夢の中で言ってくれたような手がかりだけ教えて貰うくらいで、いいかなと思ってます」
「あなた達の考えはとても素敵です、この指輪に宿ることを決めて本当に良かったです」
「私たちは冒険者だから、そういう苦労や試行錯誤も楽しみだものね」
「みんなで悩んだり考えたりするのは、すごく楽しいからボクも賛成だよ」
「私に子供ができて人化できるようになったら、この楽しみを伝えて一緒に冒険したいしね」
みんなも口々に冒険者活動の楽しみや、この後の時代に生まれてくる冒険者の話をしているが、子供の事になると俺に熱い視線を向けてくる。さすがに俺でもその視線の意味はわかるので、みんなの気持ちにどう応えるか、少しだけ形を持ち始めたその考えを、この先しっかりとしたものに固めていこう。
◇◆◇
お昼を食べてリビングで思い思いに過ごしながら、俺と麻衣とカヤでドライヤーやファンヒーターにするために、2つの道具をどう組み合わせるか構想を練っていた。今は仮に合わせただけなので、形もスマートじゃないし使い勝手も悪い。
紙に構造やきれいに収まる形状を描いてみているが、その作業に興味があるのかイーシャやキリエも手元を覗き込んでくる。俺はあまり絵が得意じゃないので、そうやってじっと見られると少し恥ずかしい。
この世界は魔法回路を刻む時に、お店で購入したブロック状のパーツを並べて、半透明のフイルム状の紙に印刷して武器などに貼り付けて露光するが、そんな技術が発達しているおかげで紙は比較的安価に手に入る。同様に印刷技術も発達しているので、本も庶民の手が届く値段だ。
そんな訳で先程から書き損じを量産してるわけだが、俺の描く丸はかなりいびつな形をしている。最初は紙とペンが悪いんだろうと思っていたが、麻衣はかなり上手に絵を描いているので、悪いのは俺の腕だった。
「麻衣って結構絵が上手いよな」
「そんな事ないですよダイ先輩、私は美術の成績があまり良くなかったですから」
「マイおかーさん、“びじゅつ”ってなに?」
「絵を描いたり形のあるものを作ったりするのを学校で習うんだけど、それの名前が美術って言うの。お母さんはあまり得意じゃなかったんだよ」
「でもおとーさんの絵より上手だよ」
「ダイの絵はなんか歪んでいるものね」
「大丈夫です旦那様、形さえわかれば私が完璧に仕上げてみせます」
「ありがとう、カヤ」
そんなフォローをしてくれるカヤの心遣いに感謝をして頭を撫でてあげる。レオンさんに櫛の説明をした時もこんな感じの絵だったが、そこから俺が思い描いていた形と、ほぼ同じものを作ってくれた。俺の周りにいる職人と妖精は優秀過ぎる。
ソファーに座ったメンバーで、ああでもないこうでもないとやっていると、門から一頭の馬が駆け込んできた、乗っているのは騎士隊長さんみたいだ。この家に騎乗してくることなんて無かったから、急ぎの用事なのかもしれない。
「こんにちは、馬で来られたというのは何か急ぎの用なんでしょうか」
「突然すまない、君達に協力して欲しい事があって、訪問させてもらった」
「リビングに移動しますか?」
「いや、このままで話をしたい」
全員で玄関まで出てきたが、隊長さんの強面の顔は、いつもと違う焦りの表情に染まっている。
「わかりました、話を聞かせて下さい」
「王都の近くにあるダンジョンで、異常事態が発生した」
その日は小さなダンジョンを貸し切って、ある実験が行われていたそうだ。それは魔物溜まりの発生を抑制するという実験で、王立ダンジョン研究所の研究者と護衛の冒険者が参加した。その最中にダンジョン内で魔物が異常発生して、手が付けられなくなった。全身傷だらけで命からがら逃げ出してきた冒険者の報告でギルドが動いたが、通常のダンジョンで出現しない魔物が多数いて太刀打ちできず、国に応援要請が来たらしい。
「まさかその研究者というのは」
「王立ダンジョン研究所から4人がダンジョンに入ったそうだが、その内の2人はこの家でも会った事のある女性だ」
「そんな……ヤチ姉さん」
オーフェの顔色が悪くなり、隣りにいるクレアとメイニアさんがその体をそっと支えてくれる。
「護衛の冒険者は一体何をやっていたの! 護衛対象を置いて逃げ帰ってくるなんてありえないわよ」
「ダンジョン内には状態異常を発生させる魔物が多数出現したらしい、そのせいで恐慌状態になり逃げ出したようだ」
イーシャが珍しく語気を強めて隊長さんに詰め寄るが、そんな魔物が大量に発生するなんて一体どんな実験だったんだ。
「わかりました、それで俺たちの所に応援要請が来たんですね」
「今回の件は国も重く見ている、それにダンジョン研究で多くの成果を上げている2人を失う事態は何としても避けたいと、国王様が我々に出動を命じられた」
「勇者や聖女も来てくれるんですか?」
「残念だが、過激派魔族の残党に対処をするため、全員王都を離れている。近衛兵と騎士団から状態異常耐性を持った者を集めているが、今回発生した魔物にどこまで耐えられるかは未知数だ」
それなら俺たちでなんとかするしかない、午前中に結びの宝珠のペアリングを済ませているし、それを全員に配って麻衣に一つ持ってもらえば、大抵の魔物が発生させる状態異常なら耐えられるはずだ。
「よし、みんな行くぞ!」
「旦那様、お二人を連れて帰ってきて下さい」
「お兄ちゃん、ユリーさんとヤチさんを助けてあげて」
隊長さんに先導してもらいながら、普段は馬車が移動する道を全員で走る。近衛兵の鎧を着た隊長が馬に乗っている姿を見ると、荷馬車や貴族が乗っているだろう馬車も全て停止して道を開けてくれる。
少し前に家に来た時に言っていた合同調査が終わって、実験が始まったんだろう。こんな事態になるのがわかっていれば、俺たちで護衛をさせてもらうんだったと後悔するが、他の研究員と一緒の実験だったから、ユリーさんとヤチさんも気を使ってくれたに違いない。それが裏目に出てしまった形になったが、今はそんな事を悔やんでも仕方がない、まずは2人を救出するために全力を出す。俺は拳を握りしめながら、隊長さんの後ろを走っていった。
「ダイさん、これは一刻を争う事態です、私は協力者の要請を提案します」
ストレアさんが走る俺の前に浮かんでそう話しかけてくる。
「協力者と言っても一体誰を」
「リザードマンは状態異常耐性の高い種族です、彼らに応援を頼むのが最善と判断します」
「わかりました、あなたがそう言うなら、それが俺たちが望む結果に繋がるはずです」
ダンジョンの前に到着すると、ギルド長と数人の冒険者、それに鎧を着た兵士も居る。隊長さんとギルド長が話を始めたが、俺は別の仲間を連れてくると断って席を外させてもらった。
「みんな、ストレアさんの話は聞いていたな、今からリザードマンの人たちにお願いしに行こうと思う、オーフェ頼めるか」
「うん、わかったよ、絶対ユリーちゃんとヤチ姉さんを助けようね」
オーフェの魔法で出現した転移門をくぐり、リザードマンの住処へと移動した。