第164話 歴史
古代文明滅亡の謎が突然のマナ消失という事件だったと知ることが出来たが、やはり特定の技術だけに依存してしまうのは怖い、俺も気をつけるようにしよう。
「しかし、ストレアさんの知識はすごいの、それは一体どこで手に入れたものなんじゃ?」
「私はこの世界が生まれてから、現在までの記憶を持った存在なんですよ。今はその一部をダイさんたちが見つけてくれた、古代の人達が開発した知性を宿す事の出来るこの指輪に移して、一緒に生活をする事にしたんです」
「ダイ君や」
「はい、何でしょうかヨークさん」
「一体何をすれば、そんな存在と知り合うことが出来るんじゃ?」
「どうもウミが守護精霊になったり、カヤが俺の持ち家を管理できる家の妖精に変わったことに、興味を持ってくれたみたいです」
「それだけじゃ無いんですよ、ヨークさん。この体と容姿は、ダイさんがなでなでしてくれたから、授かる事が出来たんです」
「やはり、なでなでなんじゃな……」
「ダイくんのなでなでを受けたら、何が起きても不思議ではないのです」
「旦那様のなでなでは、どんな存在だろうと心動かさずにいられません」
「私たち竜族よりはるかに大きな存在にまで影響するとは思ってなかったけどね」
とても嬉しそうに微笑みながら、指輪に宿った経緯を説明するストレアさんと、俺の方を何か諦めたような目で見つめるヨークさん、他のみんなは納得顔でこちらを見ている。
でも、こうして知識の宝庫みたいなストレアさんが居てくれると、ヨークさんの知的好奇心も満たされると思う。今日みたいに会って話す機会を何度も作れば、きっと喜んでくれるはずだ。
◇◆◇
「では、そろそろ魔法回路の事についてお話しましょう」
「よろしくお願いします、ストレアさん」
「魔法回路というのは、マナで動かす道具を起動したり停止したりするだけの、簡単な制御機能として使われる事が多かったのです」
魔法回路は簡単で安価な方法を使って量産できる技術として、複雑な仕組みや機能を用いない単一の現象を引き出す道具に利用されていたそうだ。
小型の道具は魔法回路がスイッチになっていたし、屋外に置かれていた地下施設へ繋がる階段もそうだった、物理スイッチを付ける余裕が無いものや、耐久性が必要な部分にも多く使われていたんだろう。
「いま私達が使っているような魔法回路って、当時は無かったのかしら」
「研究はされていたのですが、マナ耐性やマナ変換速度の個人差が大きく不安定な技術とされていたため、重要視されていませんでした」
「確かに起動や停止だけなら、マナ酔いも起こらないし、速度も問題になりませんしね」
「魔法回路には何か長所は無かったんですか?」
「いい質問です、マイさん。先ほどお話しましたが、道具に使われていた触媒はマナの変換効率が悪く、無駄が多かったんです。ところが、人の体を通して変換すると、それが大幅に高い事はわかっていました」
人体を通してマナから取り出せるエネルギーの量や変換速度は、同じ規模の触媒と比べて数倍の違いがあったらしい。だが、持続性のある効果を発揮する道具にマナを流し続けるのは現実的ではないし、それだけ効率の差があっても一部の利用だけに留まってしまったみたいだ。
「魔法回路がやたらと攻撃や防御系だけに偏っているのは、一番利用しやすい分野だったからですね」
「そうです、瞬間的に大きな力を取り出すのは、魔法回路の方が効率が良かったからです」
「じゃぁ、昔の人も私たちと同じ様に、魔法回路を刻んだ武器で戦ってたんですか?」
「アイナさんのような獣人族はほとんど居ませんでしたが、人族の一部やエルフ族は使っている人がいましたね」
ただ、当時の魔法回路は相性問題が激しくて、同じ回路を刻んでいるはずなのに、魔法の威力が違ったり発動しなかったりしたそうだ。それは個人が持つ特性の違いに合わせ、様々なパターンを組み合わせて一つの回路にするという技術が、まだ確立できていなかったからだろう。
「なら、魔法回路を誰でも安定して使えるようにした人物に、異世界人が関わっておったんじゃな」
「その通りです、ヨークさん。ある日この世界に迷い込んだ異世界人が魔法回路の技術に触れ、長い時間をかけて様々な組み合わせを試行錯誤した結果、誰でも使える回路として生み出されたのが、今も使われているマスターパーツです」
「それはどんな人だったんだい?」
「元の私は直接この世界を見ることは出来ないので、その容姿や声などはわかりませんが、男性で優しい人物だったようです」
「ダイ兄さんみたいな人だったのかな」
「あまり意識を向けていなかった人物なので具体的な事は不明ですが、様々な種族に協力してもらっていましたから、どこか似ていたのかもしれません。それに、言葉と手作業で魔法回路を作り上げる能力がありましたね」
「……あるじ様と同じ」
「その人が苦労して誰でも使えるように汎用化した魔法回路を、俺は個人専用にしてしまってるから、やってる事は正反対だな」
機能ごとにブロック化して、それを組み合わせることで様々な魔法を使えるようにしたのも、その人の発案だった。謎の多い人物だったようで、その出身地や本名は誰も知らず、ただ彼の事はみんな“プロフェッサー”と呼んでいたそうだ。
この世界に無い言葉なので、その意味を知らずに名前として使っていたみたいだが、同じ世界から来た俺と麻衣にはわかる。研究職に携わっていたのか、あるいはそんな分野が好きで、そう呼ばれる事に憧れを持つ人だったのか。どちらにせよ気の遠くなるようなパターンを、様々な人や種族に合わせて組み合わせていったのだから、すごい人だ。
それにその男性も俺と同じように、回路を構成する様々な部品の中で、動いている部分とそうでない部分の違いがわかるスキルを有していたはずだ。もしかすると今の俺と同じように、濃淡で稼働効率も判別できていたかもしれない。
「その人の残した資料とか書物は無いのかしら」
「何かに書き残しておく人ではなかったようで、私の知覚した範囲では存在しません」
「たとえ覚え書きみたいなものがあったとしても、マナ消失時代に散逸してしまってるじゃろうな」
「書かれた資料や本の中身を把握できれば良かったのですが、残念ながら私にはこの世界で起きた事象しか記憶していないので、お役に立てません」
「そんな事ないですよストレアさん、こうして俺たちと同じ世界から来た人物が関わっていたとか、言葉で魔法回路を組み上げていたというのは、とても有力な情報です」
こちらの方を申し訳なさそうに見上げるストレアさんの頭を、優しく撫でてあげる。ある事に関する本がこの場所にあるとか、ここにこんなものが存在するというのはわかるけど、その中身までわからないのは、ストレアさんがこの世界から受け取っている情報を考えると仕方がないだろう。
「その人と同じ事が出来るなら、お兄ちゃんも新しい魔法回路って作れるのかな」
「悪い虫をやっつける道具とか作れたらいいね、クレアおねーちゃん」
「ダイさんの持つ能力が同じものかどうかはわかりませんが、その可能性は充分あると思います」
その人物は新しい魔法回路の開発もしていたので、王都にあるマニアックなお店で見つけた、花や動物の形になる魔法を作り出したりしたのだったら、きっと遊び心もあった人なんだろう。俺も新しい回路を作るなら、生活を豊かにするものや、誰かの役に立てるものなんかを作ってみたい。
「新しい魔法回路を作るのは、もっと色々な事を知ってからでもいいと思うけど、いつかは挑戦してみたいな」
「手がかりになりそうな情報は出来るだけお教えしますので、その気になったらいつでも言って下さいね」
「その時はよろしくお願いします」
魔法回路の改造の時にも実感したが、言葉を使う“回路魔法”はイメージ力が大切だ。何か実現したい機能があって、それを明確に思い浮かべられないと、恐らく失敗してしまうだろう。今の段階の俺には成功に導けるようなビジョンは浮かんでこないし、作りたい物も漠然としていて明確ではない。何か思いつくまでは、ひとまず保留にしておこう。
◇◆◇
みんな真剣に話を聞いていて、少し疲れたのでお茶を飲みながらのんびりする。色々な事を一気に知ることになって、まだ整理しきれないていない部分があるが、とても有意義な時間だった。こうやって俺たちと一緒に生活すると決めてくれたストレアさんには、感謝しないといけない。
「しかし、古代文明滅亡の謎やマスターパーツ誕生の秘密が判明するとは、とんでもない事じゃな」
「ダイと一緒に居ると、度々こんな事があるから楽しいのよ」
「まったくじゃな、儂もお主達と出会ってから退屈せずに済んでおるよ」
「ストレアおねーちゃんのお話は、ちょっと難しかったけどすごく面白かった」
「我々竜族にも古代文明の事はほとんど伝わっていないからね、とても興味深かったよ」
「古代の人達は竜族に対抗できる武力を持っていましたから、お互い不干渉を貫いていましたし、仕方がありませんよ」
「この指輪を壊すには黒竜族が全力で出す力が必要と言ってましたが、防御や攻撃面でもお互い拮抗していたんでしょうね」
「戦争にならなくて良かったですよ」
確かに麻衣の言うとおりだ。そんな力同士がぶつかりあったら、大陸すべてが焦土と化してしまうだろう。そうなると人や動物も絶滅して、草木も生えない不毛の大地になっていたかもしれない。
「マスターパーツを作った人って、どうやってこの世界に来たんですか?」
「あなたやマイさんのように召喚されたわけではなく、実験中の事故が原因だったようです」
「他にも異世界から来た人はいないんですか?」
「その事故の後、偶然発生した召喚の技術を確立するために、研究が続けられました。そして、一部の研究者が召喚実験をするために別の大陸に移り住み、やがてそれが成功します」
「もしかしてそれが魔族なのかしら」
「既存の技術と異なる仕組みで発動できる固有魔法、人と同じ様な姿をした者や獣に近い姿をした者、そして全員に共通する黒い角。最初の実験で大勢の人が異世界から召喚され、道具を使わずに魔法を使える種族なので、魔族と呼ばれるようになりました。そして、研究者達の協力のもと、その大陸で生活していく事になります」
「じゃぁ、ボクたちの祖先ってダイ兄さんやマイちゃんと同じ異世界人だったんだ」
「お兄ちゃんと一緒なのはちょっと嬉しい」
「そうなんですよ、オーフェさん、クレアさん」
「魔族の使う魔法が俺たちとは全く異なっていたり、特徴のある姿をした者が居るのは、それが理由だったんですね」
「マナ消失以降は、この大陸との交流が途絶えてしまいまい、そこは魔族だけが生活する場所になってしまいましたので、その歴史は誰にも伝わらずに、忘れ去られていったんでしょうね」
「別の大陸で人の行き来も制限されておるのに、使っている言葉や文字それに魔法回路も共通していたのは、そういう事じゃったのか」
姿かたちや能力が大きく異なっているのに、使う言葉や文字が同じで、魔族界で食べた料理や建物の作りも、この大陸とよく似たものだった。そんな歴史が背景にあったのなら納得ができる。意外な事実も判明してしまったが、やはりストレアさんの話は興味深い事ばかりだ。
魔族と呼ばれる人々が召喚された後は、小規模な召喚が行われただけだった。元の世界に戻す方法が無かった事や繋がる世界がランダムで、この世界の環境に合わず命を落とす者も現れ、実験は中断されたらしい。
後に、召喚者には稀有なスキルが発現する場合が多いと判明したが、実験再開には至らなかった。王都にはその資料と、当時使っていた道具の一つが保管されていたとの事だ。
俺たちが召喚された時も、数日かけて様々な世界から勇者候補や聖女候補が召喚されたと言っていたので、使う時間や日にち等の要因で繋がる世界が決定していたのかもしれないな。
◇◆◇
その後少しだけ話しをして、王都の家に帰ってきた。ヨークさんは新しく判明した歴史として、後世に伝えていくと張り切っていたので、新たな歴史書の編纂に期待しよう。
今日はミーシアさんに会えなかったので、近い内にまた行って冷たい料理やお菓子のレシピを、麻衣が教えることにするみたいだ。その時はストレアさんと一緒に川の方にも遊びに行ってみよう、景色もきれいだしきっと喜んでくれるだろう。
「ストレアさんは眠る事が出来るんでしょうか」
「私は常に様々な情報を受け取っていましたから、眠った事は無いんですよ」
「……今夜はどうするの?」
「この指輪に収められる記憶には限りがあるんです、皆さんと過ごした思い出は忘れたくありませんから、毎日眠って少しづつ整理して、憶えておける領域を増やしていこうと思います」
「ストレアちゃんはダイくんの枕で寝るといいのです、ぐっすり眠れるですよ」
「中級精霊だった頃のウミさんの定位置でしたね、私もそうさせてもらいます」
「やっぱりみんなで一緒に眠るほうがいいね」
俺の枕の上で横になって、ウミが使っていた小さな布団をかけてもらったストレアさんを見て、キリエが嬉しそうにしている。大きくなったウミが並んで眠るようになって、この場所がポッカリと空いてしまっていたが、そこにストレアさんが収まって、俺も何となく落ち着く感じがする。
「今日一日、こうして外の世界に触れてみましたが、情報として感じるのと実際に体験する感覚の違いに、驚くばかりです」
「情報量が多すぎて処理しきれないとかありませんか?」
「まだ少し慣れない所はありますが、同じ生活を続けていけば、情報の取捨選択や並行処理も出来るようになりますから大丈夫ですよ」
「何か不調のある時には言ってください、入ってくる情報を減らせるような対策を考えたり、俺も協力しますから」
「指輪に宿る時もそうでしたが、こうして私の身を案じてくれるダイさんには、とても心が惹かれます」
「旦那様は、どんな存在にも優しい方ですから」
「こんなダイくんじゃなかったら、ウミも守護精霊には成れなかったのです」
「本当にそうですね」
カヤとウミの方を見て、ストレアさんは優しく微笑んでいる。こうして、指輪に宿って初めて外の世界を体験したストレアさんと過ごす夜が更けていった。
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――そして翌日、王都である出来事が起こり、俺たちはそれに巻き込まれる事になる。
マスターパーツが生まれた理由と一緒に、世界の謎が解き明かされてしまいました(笑)
次回は1話だけ視点を変えて話が進みます。