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回路魔法  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第11章 回路魔法編
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第162話 ストレア

 俺が名前を付けてなでなですると、白く光る輪郭だけだったストレアさんが実体を持ちはじめ、それまでより更に綺麗な姿になって俺の前に立っている。満開の桜を彷彿とさせる薄いピンク色の髪の毛は美しく、少し濃いピンク色の瞳も吸い込まれそうな神秘さがある。


 その彼女が大切な話があるというので、一字一句聞き逃さないようにしよう。



「あなた達が発見した場所で、指輪を見つけましたね」


「はい、俺たちの(むすめ)のキリエが見つけてくれました」


「あの指輪の事をお話しましょう」


「あれはただの装飾品ではなかったんですか?」


「あれはこの世界に生きていた古代の人々が、身につけた者の助けになれる道具として作ったものです」


「それって一体……」


「あの指輪に知性や知識を持たせて、自ら考える道具にしようとしました」



 あれはそんな機能を持ったアイテムだったのか。確かに表面の模様はとても緻密で、魔術あるいはロジック回路的なデザインに見えなくもないが、そこまで凄いものだとは思っていなかった。



「そんな物が、なぜあんな場所に」


「私も世界の記憶と名乗っていますが、その全てを把握できている訳ではないのです」



 ストレアさんの説明によると、大まかな出来事や世界に与えられた影響はわかるが、細かな人の動きや世の中の変化までは追いきれないらしい。確かにこうやって話をしていても、この世界のどこかで何かしらの動きはあるのだし、その全てを認識するのは神に等しい存在としても無理だろう。


 ただ、自分の興味を引く出来事には注目してしまう事があるみたいだ。それで妖精と精霊の両方から祝福を受けた俺に、興味を持ってくれたらしい。


 こうして話をしていると、単にこの世界の事を記憶している機械のような物ではなく、自分の意思や感情がある人と同じ様な存在だという気持ちが一層強くなった。



「あの場所に指輪が眠っている事は知覚していましたので、あなたにはそれを告げたのですが、私の期待以上に短時間で発見してくれました」


「色々な偶然が重なったと思いますが、やはり仲間たちの助けがあったからです」


「先程も言いましたが、私には未来を見ることは出来ません、これは運命と言ったものと捉えても良いでしょう」



 ストレアさんはこちらをじっと見つめているが“運命”か、それが定められていたのだとしても、指輪を発見して再会できたのは嬉しいし、この気持は自分の意志だと明言できる。



「見つけた時に色々触ってみましたが、あの指輪に意思のようなものは感じられなかったのですが、何か起動方法があるんでしょうか」


「実はあの指輪は失敗作なんです」


「それは知性や知識を持たせられなかったから?」


「いえ、機能自体は完成しているのですが、中身が問題だったのです」


「指輪自体が何か考えたり判断したりする訳ではないんですか?」


「指輪は知性や知識を入れる、ただの器に過ぎません」



 という事はもしかして、大容量データや人工知能を組み込もうとしたのではなく、知性体の意識を指輪に宿らせようとしたんじゃないだろうか。それって人工的に付喪神(つくもがみ)を作ろうって事だよな。



「まさか生きている人間の意識を、ここに移植しようとしたんじゃないですよね」


「残念ながら、ダイさんの考えている通りです。これを作った研究者は、指輪に人の意識を移して、自ら考えて判断する道具にしようとしていました」


「そんな無茶なことを……」


「指輪に移された意識は、その環境に耐えられず次々と崩壊していき、この道具は失敗作として計画は白紙撤回されました」



 自由に動く体もなく、五感も存在しない場所に人の意識を移したら、そうなってしまうのは当たり前だと思う。たとえ外部とのやり取りが出来るインターフェースがあったとしても、人の持つものとは全く異なるそれに適応するのは容易では無いはずだ。



「そんな危険な道具は、この世に残しておくべきではないと思いますが」


「当時も同じ様な判断が下されましたが、一部の研究者が隠してしまったようです」


「それであんな場所から出てきたんですか」


「恐らく破棄するには惜しいと思い、安全な場所に置いていたのでしょうね」


「それを俺たちが見つけてしまった。でも、見つけたからには、俺たちが責任を持って処分しなければいけないと思います」


「それには及びませんよ、あの指輪には私が宿ろうと思っていますから」


「待ってくださいストレアさん、そんな危険な事をあなたにさせるわけにはいきません。もしあなたの意識が指輪の中で崩壊してしまったら、俺はその事実に耐える事が出来ません」


「やはりあなたは、私の事も人と同じ様に心配してくれるのですね」


「当たり前じゃないですか、こうして明確な実体を目の前にして、意思疎通も出来ているんですから」


「ダイさん、あなたのその気持、ずっと大切にしてください」



 ストレアさんは少しだけ体を浮き上がらせて、俺の頭を胸に抱いて優しく撫でてくれる。そうされていると心が落ち着いてくる、まるで大きくて温かい水の中を漂っているような感じだ。赤ん坊の時の記憶は無いが、母の胸に抱かれているというのは、こんな感覚なんだろうか。



「私は元々実体のない存在です、それが指輪に宿るというのは、自分の体を得る事に等しいんです。あなたと同じものを一緒に見て、あなたの感じる事を一緒に体験する、これは私にとって快楽にも等しい出来事なんです」



 俺の頭を抱きかかえて撫でながら、ストレアさんは優しく語りかけてくれる。今は夢の中でお互いに触れあえているけど、現実世界でも同じ様な事をしてみたいと思っているんだろう。こうして誰かに直接会ったのは初めてと言っていたし、このチャンスを無駄にしたくないのかもしれない。



「本当に危険はないんですね」


「指輪に宿ると言っても、私の極一部を受け入れられる場所しかありません。たとえそれが無くなってしまっても、私が消えてしまう訳ではありませんから、心配はしないでください」


「わかりました、あの指輪は大切にします。それから俺に出来ることはありませんか?」


「指輪はできるだけ肌身離さず身につけていてください、それと時々撫でてくれると嬉しいですね」


「ずっと身につけておくというのは了解しました、撫でるのは指輪を撫でれば良いんですか?」


「あの指輪には、外との情報をやり取りする機能がついているんです。それをうまく利用すれば、この姿をあなたの前に(あらわ)す事が出来ますから、その時お願いしますね」


「わかりました、撫でて欲しい時はいつでも言ってください」


「そろそろ起きる時間ですね、外の世界で会えるのを楽しみにしています」


「はい、俺も楽しみです」


「魔法回路に関するお話は、外の世界でしましょうね」


「よろしくお願いします」



 ストレアさんはにっこり微笑んで、手を振りながら薄くなって消えていった。ただの模様がついた印台(いんだい)リングかと思っていたが、ここまで高度な技術で作られた道具とは予想していなかった。


 魔法回路に関する情報というのは、こうして直接教えるに値する人物か見極めるために、あの指輪を見つけられるか試していたのかもしれない。みんなのお陰でその課題はクリアできたが、最終的にあの指輪に宿ると決めてくれたのは、やっぱりなでなでをして完璧な実体化を果たしたからだろうか。


 それはともかく、起きて着替えたら宝物の棚に置いてある指輪をはめてみよう。




―――――・―――――・―――――




 目が覚めると、部屋の中にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。ずっと夢の中で話をしていたが、いつもの時間に起きられたみたいだ。特に疲れているという感覚もないし、寝不足のだるさもない。


 隣で寝ていたキリエが、今日も体の上に登っていて、その隣で寝ていたカヤが空いたスペースを詰めて来て、俺の腕を抱いて気持ち良さそうに寝ている。反対側にはアイナの重みを感じる、いつもと同じ朝だ。


 3人の頭をそっと撫でたりしていると、他のみんなも次々起き出してきたので、着替えて1階に向かう。ここで食堂に行くのが毎朝のパターンだが、今日は少しだけ寄り道してもらおう。



「みんな、すまないけど食事の前にリビングに集まってもらえるか」


「旦那様、何かお飲み物をご用意いたしましょうか?」


「いや、そんなに時間はかからないと思うから大丈夫だよ」



 普段と違う行動に、みんなは不思議そうな顔をするが、階段を降りて全員がリビングに入っていく。俺は宝物の棚に歩いていって、指輪を手に取り左手の薬指にはめた。



「それって昨日見つけた指輪だけど、ずっと付けておくことにしたのかしら」


「これからはなるべく身につけるようにするんだけど、実は理由があるんだ。


 ……ストレアさん、聞こえますか?」



 俺が指輪に話しかけると、目の前に桜色の髪の毛と瞳をしたストレアさんが、立体映像のように浮かび上がってきた。それを見たみんなは、驚きの表情を浮かべる。



「この人はストレアさんと言って、この世界の記憶を持った人なんだ」


「それってお兄ちゃんが前に言ってた、夢の中で会ったっていう人?」


「そうだよクレア、その人がこの指輪に宿ってくれたんだ」



 クレアがかろうじて俺に言葉を返してくれたが、他のみんなは目の前の事態が受け止められないのか、小さいサイズで空中に浮かんでいるストレアさんを、じっと見つめるだけだ。



「始めまして皆さん、私の名前はストレアと言うの。この名前はダイさんが付けてくれたんですよ、これから皆さんと一緒に冒険者活動をしていくのだけど、よろしくお願いしますね」


「ウミが中級精霊だった頃より小さいのです」


「ほんとは今のウミと同じくらいの背の高さがあったんだけど、縮んでしまったな」


「この指輪には私の一部しか入れられなかったので、その影響で小さくなってしまったみたいですね」



 空中に浮かんだストレアさんが、自分の体の大きさを確かめながらそう答えてくれる。その体は少し透けて見えるホログラム映像のようだが、きれいな髪や瞳の色、それに色白の肌はちゃんと確認できる。



「ダイ先輩ちょっと待ってください、その世界の記憶という人物が、どうして指輪の中に居るんですか?」


「この指輪は身につけた人の手助けができるように、そこに知性を宿す機能があるみたいなんだ。俺たちの世界だと、長年使った物に意識が宿る、付喪神(つくもがみ)の様な存在を人工的に作り出す道具として、古代の人たちが開発したらしい」



 そうして、みんなにこの指輪が生まれた経緯や問題点、それからストレアさんがここに宿る事になった事情を説明した。



「ストレアおねーちゃんの体は透けて見えるけど、だいじょうぶなの?」


「心配してくれてありがとう、キリエちゃん。まだこの体に馴染んでないけど、暫くすればもっとはっきり見えるようになると思います」


「ストレアおねーちゃんは、キリエの名前を知ってるんだ」


「はい、ここに居る皆さんなら全員わかりますよ」


「凄いね、そんな人と友だちになれるなんて、ボク感動しちゃったよ」


「ありがとうございます、オーフェさん。私もこの世界で皆さんと話すことが出来て、とても嬉しいですよ」


「これは言葉にならないね、そんな存在と直接話が出来るなんて、今の時代を生きてダイ君たちと知り合えた幸運を感じてしまうよ」


「古竜族のメイニアさんのような人にそう言われると、少しくすぐったいですね。今度お母様のへストアさんにも会わせて下さい」


「必ず会わせると約束するよ、母の驚く顔も見たいしね」



 メイニアさんはそう言って、少し悪戯(いたずら)っぽく笑う。恐らくこの大陸で一番長く生きているだろうへストアさんより、はるか昔からこの世界に居る存在だし、会うととても驚かれるだろうな。



「そうだ、ダイさん」


「何でしょうか?」


「少し頭を撫でてもらえないでしょうか」


「それは構いませんよ」



 目の前に浮かんだストレアさんの頭に人差し指を伸ばして、そっと撫でてみる。体は薄っすらと後ろが透けて見えるが、その輪郭からはしっかりとそこに存在している感触が伝わってくる。こうして指で撫でていると、小さかった頃のウミを思い出すな。


 夢の中でもそうだったが、しばらく撫でているとストレアさんの体はどんどん濃くなっていき、やがて完全な実体を持った姿で安定する。



「やはりダイさんに撫でてもらうと、体が馴染むのも早くなりますね」


「お役に立てたなら幸いです」


「さすがはご主人様のなでなでです!」


「……あるじ様のなでなでは、世界すら変える」


「わうっ!」



 どういった仕組みでこの世界に実体化してるのかとか色々と疑問はあるが、まずは朝ごはんを食べよう。これから一緒に暮らしていくんだし、ゆっくりと理解していけばいいだろう。


資料集の方にあった光る女性の部分を消して、仲間たちの項目の一番下にある、身長対比の次にストレアを追加しています。


指輪に宿ることになったストレア側の思惑も記載していますので、宜しければご覧ください。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
突然異世界に来てしまった主人公が
魔操という技術に触れ世界に革新をもたらすスローライフ
魔操言語マイスター
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