第161話 生活空間
誤字報告ありがとうございます。
その日は発見した地下シェルターを調査しただけで帰ってきた。同じような円形の土台は複数あるので、他にも入口があるかもしれないが、一度にあれこれ手を伸ばしても中途半端に終ってしまうだろう。時間はあるのだし他の冒険者が来る場所でもないので、のんびり調べていこうと思う。
それに今日の調査で見つかった道具や、英語で書かれたプレート付きのケースに入っていたマスターパーツだけでも、かなりの大発見だ。
「ただいま、カヤ、クレア」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様」
「おかえりお兄ちゃん、みんな。雨は大丈夫だった?」
「ただいまクーちゃん、途中で凄く降ってきたけどすぐ止んだよ」
「こっちは降らなかったか?」
「こちらは一日中曇っていましたが、雨は降りませんでした」
「今日は何か見つかったの?」
「今日はすごいものがいっぱい見つかったんだよ、クレアおねーちゃん」
「この家の生活がますます快適になりますよ」
携帯型のコンロがかなり嬉しかったのか、麻衣がニコニコしながらカヤとクレアに話しかけている。コンロを厨房に取り付けたり、脱衣場に扇風機を置いたり、ランタンはかなりの数があるから、明るいうちに家中に設置してしまおう。
◇◆◇
「これだけ便利な道具が一度に手に入るなんて、本当に凄いわね」
「見つけた場所は避難場所として使っていたみたいだから、そこで使えるものだけに限定して置いてたけど、これらの道具を見るだけでも古代文明時代の生活は、かなり豊かだったとわかるよ」
「お部屋がすごく明るくなったね」
「……廊下や階段も歩きやすい」
キリエとエリナはリビングの天井に視線を向けて、新しくなった照明器具を嬉しそうに見つめている。
この家のリビングには吊り下げ式の台座に、傘の付いたオイルランプを複数配置した照明がついているが、これを見つけたランタンに置き換えた。熱を発生させない照明なので、傘の上部に空いていた穴も全部塞いで、光源をより有効に利用できるようになった。
廊下や階段、それに部屋に備え付けられていたランプも全て交換したので、家中がかなり明るくなっている。
オイルランプは芯のメンテナンスを怠ると、すぐ煤が出て真っ黒になってしまうし、油の補充もこまめに行わないといけないので、これからはカヤの負担がかなり減るはずだ。天井照明も軽量化出来て、点灯や消灯する時の上げ下げが楽になったのもポイントが高い。
オレンジ色の炎で照らされる部屋も、それはそれで雰囲気があって良かったが、この便利さに慣れてしまうと、蛍光灯やLED照明のような白い光も気にならなくなるだろう。
「厨房につけてくれた“コンロ”っていう道具も、すごく便利でした」
「火加減が簡単に調節できるから、とっても料理が作りやすい」
「このような道具が存在するなんて、とても驚きました」
アイナとクレアとカヤにも、コンロは大好評だった。ダイヤルで火加減を簡単い調節できるし、火力もあるのでお湯もすぐ沸かせる。それにこの道具も、普通の魔法が使えないカヤでも使用できるのがありがたい。これも魔法的な仕組みではない、接点と可変抵抗みたいな機構で動作してるんだろう。
「ダイ兄さんが脱衣所に置いてくれた“ドライヤー”って道具もすごいね、ボクの長い髪もすぐ乾くよ」
「精霊魔法を使わずにあんな事が出来るのは凄いのです」
「複数の道具を組み合わせて、新しい物を作ってしまうのが素晴らしいね」
羽根のない扇風機みたいな風を発生させる道具に、暖かくなる道具を組み合わせてドライヤーもどきも試作してみた。まだ2つの道具を単につなげただけの不格好な形だが、オーフェやウミやメイニアさんにも好評なので、ちゃんとした形にしてみよう。
ウミにお願いすれば、シロのように精霊魔法で水分を飛ばして乾かしてくれるが、みんなはいつも自然乾燥だったので、これで寝癖の心配も少し減るかもしれない。
俺たちの世界で使っているものに比べて熱量は低いが、風を当てるだけでも乾燥は早くなるし、お風呂好きな我が家の住人には大いに活用してもらえると思う。
暖かくなる道具と風を送る道具の、2つを起動しなければならない面倒臭さはあるけど、こればっかりはどうしようもない。暖かくなる道具を起動しなければ単なる扇風機になるし、暑い時期の風呂上がりに涼むのにも使えるから、脱衣場に3つくらい設置してしまおう。
「私たちの世界にあった電気やガスを使わないこの時代の道具は、何で動いてるんでしょうね」
「多分この世界に充満しているマナを使ってるんだろうけど、俺たちの体を媒介せずに道具自らが取り込んでいるというのは、どんな仕組みなんだろうな」
何か触媒になるような物質があって、それを介してエネルギーとしてるのだとして、今の時代に同じものを作る技術は失われているだろう。それに、いくら世界中にあふれているとはいえ、多くの道具でどんどんマナを使い続けていたら、やがて枯渇してしまう事もあるかもしれない。
古代文明がその様なエネルギー問題に直面して滅んでしまったのだとすれば、無闇に蘇らせていい技術ではないと思う。
◇◆◇
探索から早めに帰ってきたおかげで、発見した道具を使って家の生活環境が一気に向上した。ベッドのある大部屋にも複数のランタンを設置して、いつもより明るい環境でブラッシングが出来るようになったけど、こうして使ってみるとやっぱりリモコンが欲しくなるな。
一度便利なものに触れると、次々と欲が出てきてしまうのは人間の悪い癖かもしれない。
「ランタンはまだまだあるから、アーキンドの別荘にも置いておこうな」
「あちらの家にも大きなベッドを作らないといけませんね、旦那様」
「コンロも2つくらい置いておきましょう」
「夏になる前にみんなで泊まりに行って、使いやすくなるように改装しようか」
全員が凄く嬉しそうに賛成してくれたので、近い内に必要な資材を買い込んで泊まりに行く事にしよう。
「おとーさん、余った道具はどうするの?」
「いくつか予備で持っておくけど、それ以外はお世話になった人に渡そうと思う」
「渡すにしても、あちこちに配って騒ぎになるのは避けたいね」
メイニアさんの言う通り、便利過ぎる道具だから、周囲に与える影響もちゃんと考えないとだめだな。
「とりあえずヨークさんには全ての道具を渡そうと考えてる」
「お祖父様とても喜んでくれるともうわよ」
「前に来てくれた時は、冷蔵庫を熱心に見てましたね」
「ヨーク様がご希望なら、同じものをお作りします」
「大きなおじーちゃんの所でも、冷たい果物が食べられるようになるね」
「エルフの里の冷たい果物がいつでも食べられるようになると、ウミはとっても嬉しいのです」
いっその事、冷蔵庫にした状態で渡してしまおうか。ミーシアさんも料理が上手だし、うまく活用してくれると思う。
「……ランタンは狐人族の人が喜んでくれそう」
「洞窟の中に採集に行くといっていたし、村の外に出る隠し通路も薄暗かったから、確かにランタンがあると便利だな」
「行くときはいつでもボクに言ってね」
「白狐に会うのも楽しみです」
「わうんっ!」
「シロさんも楽しみにしてるし、私も会ってみたいです」
「真っ白できれいな狐さんなんだよ、クレアおねーちゃん」
エルフの里や狐人族の村なら、大きな騒ぎになる事はないだろう。ヨークさんには俺が倒れたときにはかなりお世話になっているし、狐人族の村長にもらった隠伏の道具があったから、クレアを救出する時に安全に侵入できたので、そのお礼も兼ねて今度行くことにしよう。
ブラッシングをしながらみんなで余った道具を誰に渡すか話をして、その日は眠りについた。
―――――・―――――・―――――
ふと目が覚めると、辺りは真っ白な空間だった。地平線や空の境目も存在しない、閉じているのか開いているのかもわからないこの空間は、俺が倒れていた時に世界の記憶と名乗る女性が出てきた場所だ。
そうしてこの場所を認識した瞬間に、目の前の空間が形を持ち始めて、色のない光る体の女性が姿を表した。
「こんばんは、ダイさん」
「こんばんは、また会えて嬉しいです」
「また会いに来る約束もしましたし、私の出した啓示にちゃんと結果を出してくれましたから」
「啓示というのは、魔法回路に関する捜し物が見つかるかもしれないと言った、あの言葉ですか?」
「その通りです、かなり発見しづらかったと思いますが、見事に見つけ出しましたね」
「頼りになる仲間が居てくれるので、そのお陰です」
女性は嬉しそうに微笑みながら、こちらを見てくれる。俺の夢と波長が合えば来てくれると言っていたが、遺跡で古代の遺産を発見できなかったら、こうして間を置かずに現れるつもりは無かったのかもしれないな。
でも今回の冒険は俺たちにとって、とても大切な出会いや経験があった。まずはずっと考えていた名前を告げてみて、それからお礼をしよう。
「俺もこの前約束した、あなたの名前を考えてきたのですが、それを聞いてもらっても良いですか?」
「あら、本当に考えてくれたのですね、ぜひ聞かせてください」
「はい、あなたに“ストレア”という名前を贈りたいと思います」
「“ストレア”ですか、とても美しい響きですね。何か意味のある名前なんですか?」
「俺たちの世界にある技術で、大きな記憶装置のことを“ストレージ”と言うんです。世界の記憶と名乗っていたあなたに相応しいと思って、女性っぽい名前になるように少しだけ元になる文字を組み替えてみました」
「記憶装置……ストレア………
ありがとうございます、ダイさん。とても気に入りました、これから私の名前はストレアです」
そう言って俺に向けてくれた笑顔は、とてもきれいだった。それに名前を受け入れてくれた瞬間に、その存在がより明確になった感じがする。無色だった体も、かすかに色づいたように見える。
「ではストレアさん、改めてお礼を言わせてください。今回の冒険のきっかけを与えてくれて、本当にありがとうございました。おかげで色々なものが手に入り、大切な人たちを守ることが出来ました」
「私は未来を見ることは出来ませんから、この結果になったのはあなたがこれまで行動してきた結果ですよ」
「そうかもしれませんが、俺はやっぱりストレアさんにお礼が言いたいです」
そう言ってお辞儀をすると、ストレアさんが近づいてきて、俺の頭を撫でてくれた。その手はとても優しくて、温かく包み込まれるような感じがして、すごく落ち着ける雰囲気が心地いい。もしかすると、俺に撫でられた人はこんな感覚を味わっていたのかもしれない。
俺の肉体はベッドで寝てると思うが、撫でられている感触は明確に伝わってくる。お互いに実体のない存在と言えるかもしれないが、そんな者同士が触れ合えるというのは、一体どういう事なんだろう。
「ストレアさんは今、俺に触ることが出来てますが、これは夢の中だからでしょうか?」
「無意識に頭を撫でてしまいましたが、本当ですね」
「これまでこういった事は出来なかったんですか?」
「そもそも誰かに直接会った事は無かったですし、何かに触れるのも初めてなんですよ」
「名前を受け入れてくれた瞬間に、ストレアさんの存在がより明確になった気がするんですが、もしかするとその影響かもしれませんね」
「私も初めての経験なので、その理由はわかりませんが、あなたも私に触れる事は出来るでしょうか」
「良ければ試してみますけど、手を握っても構わないですか?」
「出来ればあなたにも、なでなでをお願いしたいですね」
「わかりました、では失礼します」
大きくなったウミと同じくらいの高さにあるストレアさんの頭に手を伸ばして、ゆっくりと撫でてみる。体は光っていて輪郭だけが感じられる姿だが、実際に触ってみると髪の毛の感触はしっかり伝わってくる。
「ちゃんと触れるみたいですが、どうでしょう?」
「これはとても気持ちがいいですね、こんな感覚は初めてです」
ストレアさんはそう言って目を閉じると、うっとりとした表情でなでなでを堪能してくれている。そうやって撫で続けていると、目の前の体の存在感がどんどん大きくなっていき、徐々に色が濃くなってきた。
「ストレアさんの体に色がついてきてるんですが、変な感覚とかありませんか?」
「……本当ですね。なでなでが心地良い以外は、特におかしな所はありませんが、自分の身にこんな事が起こるなんて、思ってもみませんでした」
「問題ないなら良いんですが、このまま続けても構わないんでしょうか」
「この状態からどう変わっていくか少し楽しみですので、どうぞ続けてください」
目を開けて自分の体を確かめたストレアさんにそう言われたので、なでなでを続行していくと彼女の体はどんどん色が明確になっていった。桜色のきれいな髪の毛と、同じく桜色の美しい瞳、透き通るような色白の肌はとても滑らかで、昔の絵画に出てくる天使や女神のような純白の衣装を身に着けた、非常に美しい女性へと変化していく。
「光っていた時も綺麗でしたが、こうして姿がはっきりしてくると、より一層きれいに見えます」
「これは凄いですね、きっとあなたのおかげです、ありがとうございます」
「何か悪い影響が出てないんでしたら、ストレアさんの事が更に身近に感じられるようになって、俺も嬉しいです」
「やはりあなたはとても興味深いです。今日お会いしてから決めようと考えていましたが、これからとても大切なお話をしたいと思います」
ストレアさんはこちらを真剣な目で見て、そう告げてくる。一体何の話なんだろう、何度も会っているわけではないが、この人が俺に変な事を言うとは思えない。一言も聞き漏らさないように、しっかりと集中しよう。
名付けとなでなでで、この世界の神とも呼べる存在が“受肉”してしまいました。
(中の人はおじさんではありません(笑))
資料集への追加は次話投稿後に行います。