第160話 地下シェルター
階段を一列になって降りていくが、雨水が流れ込んでいたのに内部は濡れてはいなかった。恐らく途中で水を別の場所に逃がすような仕掛けがついているんだろう、これだけ大掛かりな設備を作る人たちだし、その辺りの対策を怠るわけはないな。
「かなり暗い場所だけど、麻衣は平気か?」
「ウミちゃんの作ってくれる精霊魔法が明るいので平気ですよ」
「触っても熱くない火なので、狭い場所でも大丈夫なのです」
「お祖父様でもこの明るさは無理みたいだから、守護精霊っていうのは本当に凄いわね」
水源調査の時も同じ精霊魔法を使ってくれたが、かなりの光量があるおかげで、麻衣も怖がらずに済んでいるみたいだ。俺的に人の居ない廃墟となった施設というのは、ゾンビが出てくるゲームのようなシチュエーションだけど、それを伝えて怯えさせる必要もないし黙っておこう。
「ご主人様、底が見えてきましたよ」
「わう!」
先頭を歩いているアイナとシロが、この螺旋階段の終点を告げてきた。降りきった先は小さなスペースがあるだけで、そこから更に奥へと廊下が続いている。すぐ先に広くなった空間があり、そこに移動すると天井の高い大きな部屋になっていた。
「これは地下シェルターみたいだな」
「おとーさん、“しぇるたー”ってなに?」
「災害とか起きた時に避難する場所の事をそう言うんだよ」
「それが地面の下にあるから“地下しぇるたー”なんだ」
「キリエは飲み込みが早くてえらいな」
キリエの頭を撫でてあげると、嬉しそうにこちらを見上げてくる。ここが地下の避難場所だとすれば、どこかに明るくするような仕掛けがあると思うんだが。
あるとすれば入口付近だろうと壁をじっくり見てみると、電灯のスイッチみたいな平たい出っ張りがあったのでそれを押してみる。
「うわ、部屋が明るくなったよ」
「……まぶしい」
「ダイ先輩、明かりのスイッチを見つけたんですか?」
「あぁ、ここに平たい出っ張りがあるだろ」
「確かにこれは部屋の照明をつけるスイッチとよく似てますね」
「ご主人様とマイさんはさっきも言ってましたが、“すいっち”って何ですか?」
「スイッチは何かを動かしたり止めたりする機構の事を言うんだよ、この部屋が明るなったのはここを押したからなんだけど、もう一度押すと暗くなるか明るさが変わると思う」
「キリエもやってみたい!」
そう言ってキリエが壁のスイッチを押すと、明かりが消えてまた暗くなる。もう一度押すとまた明るくなったので、これは魔法的な仕組みを使ったものではないみたいだ。魔法無効化能力を持った竜族が使えるんだから、機械的な接点か半導体スイッチのような仕組みなんだろう。
「部屋全体がこんなに明るくなるなんて凄いわね」
「ウミもびっくりしたのです」
「君達と一緒に居ると、竜族でも知らないことが次々体験できて本当に楽しいよ」
「この照明は家にも欲しいですね」
「ほんとだな。ここの照明は、天井に仕込んでスイッチと連動させてるみたいだから取り外しは難しそうだけど、この仕組みを使った懐中電灯みたいなものがあると便利だろうな」
「ここが地下シェルターだとすれば、そんな防災用品がどこかに置いてないでしょうか」
「ねぇダイ兄さん、あっちにも部屋があるみたいだけど行ってみない」
オーフェの指差す方をみると、部屋の隅に扉のようなものが付いている。別の部屋に行くドアか、あるいは倉庫のような場所かもしれない。その扉を開けて中に入ってみたが、元の部屋とは別系統みたいで明かりがついていなくて真っ暗だ。
「……あるじ様、ここにも“すいっち”みたいなのがある、押してもいい?」
「エリナ頼むよ」
夜目の効くエリナが真っ先にスイッチを見つけたので押してもらうと、部屋の中が明るくなる。そこには棚があって、いくつかの箱と何かの道具が並べられていた。長い机と椅子もあって、色々な作業もできるようになっている。気密性が良かったのか部屋の中はきれいで、置かれている物は全て新品と変わらない状態で保存されていた。
そこの棚に気になるものが並んでいるので、その一つを手にとってみる。その円柱状の物体は、机や床に置いて使う道具のようだ。金属っぽい重さを持った下の部分と、半透明で白いプラスチックのような上の部分に別れた構造になっている。持ち手になるものが付いてぶら下げる使い方も可能なので、どう見てもキャンプで使うランタンだ。
土台になる場所に丸いスイッチが付いているのでそれを押し込んでみると、上の白い部分が明るく光る。
「ご主人様、それ何ですか!?」
「これは持ち運びのできる明かりの道具だな、他にもあるから使ってみるか?」
「使ってみたいです!」
「ダイ兄さん、ボクもやってみたい」
「……私もやってみる」
「キリエもやるー」
4人にランタンを渡してスイッチの説明をすると、それぞれが明かりをつけて手にぶら下げ、外の広い部屋を走り回っている。シロも一緒になって白い明かりを追いかけていて、なんかとても楽しそうだ。
「ダイ、これ結びの宝珠が入っているわ」
イーシャが棚の上にあった箱の中身を確かめて机の上に置いてくれたが、そこには象形文字のような漆黒の模様が刻まれていて、ペアリングする前の結びの宝珠が詰まっている。
「これは大量に入っているな」
「見た感じ50個以上あるわね」
「まさかここでも見つかるとは思わなかったな」
古代人がどんな全体スキルや、それに相当するような道具を使っていたかわからないが、災害を乗り切るため、あるいは戦火から逃れるために用意していたのだろう。
「ダイ先輩、これアルファベットですよ」
麻衣の差し出してくれたケースにはプレートが貼り付けられていて、そこには筆記体で“Master Parts”と彫られている。出会った頃にイーシャがしてくれた説明だと、これは魔法回路の原版だ。
初めて聞いた時は、転移者の持っている異世界語翻訳スキルでそう聞こえているのかと思っていたが、あれはこの世界の言葉でもマスターパーツと呼ばれていたんだ。
「ダイ、それはなんて書いてあるの?」
「これは俺たちの世界の文字で“マスターパーツ”と書かれてる」
「それって魔法回路の原版じゃない、どうしてあなた達の世界の言葉を私たちが知っていたの?」
「わからないが、遠い過去にも俺や麻衣と同じ様に、この世界に転移してきた人が居たのかもしれない」
「でも古代文明が栄えていた頃は、私たちの世界だと英語が存在したかどうかすら怪しいですよ」
「麻衣、思い出してみてくれ。俺たちは一緒に転移してきたけど、この世界に来たのが一ヶ月ずれてたんだ」
「あっ……」
麻衣を助けようとして一緒に異世界転移に巻き込まれたが、俺は他の転移者よりひと月早くこの世界に来ている。つまり、現代の地球から遠い過去の時間に転移した人が居る可能性がある。その人が魔法回路を開発したのか研究したのかわからないが、マスターパーツという原版の命名をしたのだろう。
夢の中の女性が俺に告げた、魔法回路に関する捜し物というのはこれの事だったのだろうか。ケースを開けてみたが、見ただけではどんな魔法回路なのか俺にはわからない。しかしこの技術に関する事に、異世界転移者が関わっていたというのは、とても大きな収穫だ。
この名前をつけた人物が独学で魔法回路を開発、あるいは理解したのだとすれば、俺には到底真似ができそうもない。でも俺は俺のやり方で、この技術と向き合ってみたい。
「ダイ君、この四角い箱はなんだろうね」
メイニアさんの持ってきてくれたものは四角く平たい箱状のもので、横には一面だけダイヤルのような突起がついている。底には足があって床面から少し浮いた状態で使えるようになっているが、避難場所で使うこの形状の物といえば、何となく想像できる。
「麻衣、これってアレだろうな」
「多分そうですね、試してみましょうか」
麻衣は机の上にそれを置いて、精霊のカバンから鍋を取り出して中に水を入れる。そして鍋をその上に乗せてダイヤルをひねった。
「マイちゃん、それは何をしてるのかな」
「恐らくこれは調理器具だと思うんです、避難所で温かい料理を作る時にこれを使うんじゃないでしょうか」
「俺たちの世界にも、こんな携帯型の調理器具があったんですよ」
「ダイとマイちゃんが居ると、古代の道具の使い方が次々と判明していくわね」
「本当だね、とても素晴らしいよ」
「これがあれば、旅先で新しいお菓子を作れるのです」
そうして話をしてしていると、鍋の中の水から湯気が出始める。火力も結構あるようだし、俺たちの世界で言うところの卓上型カセットコンロや電磁調理器みたいな感じだろう。これが電気やガス不要で動くのは、とても素晴らしい。
麻衣がスープの材料を入れて煮込み始めると、辺りにいい匂いが漂ってきた。それに釣られたのか、ランタンを持って走り回っていたメンバーも部屋に戻ってくる。
「マイさん、どうしてこんな所でお湯が沸いてるんですか」
「……火も使っていないのに不思議」
「これは携帯型の調理器具で、火を使わなくてもお湯を沸かしたり、食べ物を焼いたり出来るんですよ」
「とってもいい匂いがするから、ボクお腹が空いてきたよ」
「今日はここでお昼を食べるの?」
「折角ですから出来たてのスープでお昼にしましょう」
その言葉でみんなが嬉しそうな顔になる。避難所だけあって、生活に便利な道具が次々見つかっている。マスターパーツは貴重品だから、ここにおいていたのかもしれないが、他にどんな物があるのか楽しみだ。お昼を食べた後に、残りのものも色々と調べてみよう。
◇◆◇
昼食後に小部屋をくまなく調べてみたが、古代の道具もいくつか見つかった。冷蔵の道具もあったし、暖かくなる道具も見つかり、エリナがとても喜んでいた。これは懐炉やコタツを作るしか無いな、今度の冬には活用しよう。
後は筒状の変わった形をした道具もあって、起動してみると風を送り出す機能がついていた。卓上で使うような台座がついていて、羽根のない扇風機を彷彿とさせる。風量の調整もできるし手で持って使える大きさなので、ここに暖かくなる道具を仕込めばドライヤーやファンヒーターとして使えそうだ。
水を作り出す道具もあればよかったのだが、それは見つからなかった。この時代は水の確保が簡単だったのかもしれない。
「これで、ここに置いてあったものは全部調べ終わったかな」
「生活に役立つ道具がたくさん見つかってよかったです」
「あの平たい道具でお湯が沸くのにはびっくりしました」
「……暖かくなる道具、うれしい」
複数のグループが集まって避難することを考えていたんだろう、同じ道具が重複して揃えられていたのが良かった。予備に持っておくのもいいし、誰かにプレゼントして使ってもらうのもいい。この辺りは追々、お世話になった人たちに渡すことを考えていこう。
「おとーさん、机の下にこれが落ちてた」
「どれどれ……これは、指輪だな」
キリエが小さなケースを見つけてきてくれたので、それを開けてみると中には指輪が一つだけ入っていた。シンプルで飾り気のないケースだったので、机の下に落ちていた事に誰も気づかなかったみたいだ。
「よく見つけてくれたな、凄いぞキリエ」
「少ししゃがんでみたら、机の脚の後ろに何かあるのを見つけたの」
キリエの頭を撫でてあげると、嬉しそうに見つけた場所を教えてくれた。このサイズだと位置や置き方によってはほとんど見えなくなってしまうだろう、よく見つかったと思う。
「模様はきれいだけど、変わった形をしているわね」
「宝石とかも付いてないですね」
指にはめる部分は平たくて厚みがあり、とても緻密な模様が刻まれている。上部はまっすぐ切り取られたような角丸の四角い平面だが、そこにも土産物店で見た万華鏡のような対称の模様が刻まれていた。
「確か“印台リング”って名前だったな」
「それはどんな物なんだい?」
「俺たちの世界にあったものは、ただの装飾品でしたね」
「これも装飾品ですか? ご主人様」
「綺麗な模様が付いてるし、魔法回路も刻まれてないみたいだから、恐らくそうじゃないかな」
ゲームか映画で、これとよく似た形の指輪が財宝を手に入れる鍵になっていたので名前を思い出せたが、恐らくそんなアイテムとは違うだろう。なぜこんな場所に落ちていたのかは謎だが、模様が綺麗だし飾っておくのもいいかもしれない。
「……大きすぎて付けられない」
「ボクの指につけてもすぐ落ちちゃうよ」
みんな代わる代わる手にとって指にはめてみているが、大きすぎてサイズが合わないみたいだ。
「形や装飾も控えめで大きさもありますし、男の人用かもしれないですね」
「私もそんな気がするわね、ダイも付けてみる?」
麻衣とイーシャに男用と言われ、受け取った指輪をつけてみたが、左手の薬指にピッタリと合うサイズだった。
「俺の指だとちょうどいい大きさだな」
「おとーさんが使う?」
「普段から使ってると傷をつけてしまうかもしれないし、宝物の棚に飾っておこうかな」
最後の最後で変わったものを見つけたが、何かの機能を有していたら古代遺物として価値があったかもしれないが、見た感じはただの指輪だし売っても高い値段はつかない気がする。指輪のケースごと見つかってるし、蓋を開けた状態で飾って、遺跡を探索した記念に置いておこう。
◇◆◇
部屋の照明を消して、螺旋階段を登って地上に戻ってきた。この階段にも照明はあると思うが、ランタンを持ったオーフェやキリエが嬉しそうに先導してくれるので、スイッチは探さずにそのまま移動する事にした。
階段の出口に魔法回路を刻んだ部分があり、そこを強く押すと円筒の階段は元のように地下へと沈んでいく、これで動物や魔物が入ってしまったり、雨水が部屋に侵入する事も無くなった。砂利や石畳も元の状態に戻しておいたが、こんな使いにくい場所にあった階段のスイッチは、制御装置が壊れた時や緊急時に強制起動するために付いていた気がする。
しかし、こんな場所に人知れず存在していた地下の施設は、何となく秘密基地っぽくてワクワクするな。また家族全員で遊びに来よう。
丸と四角で形が違いますが、カリオスト○の城に出てきたような指輪が印台リングと呼ばれています。
他にも色々な便利グッズを手に入れてますが、「古代の遺物」とか「ロストテクノロジー」とか「オーパーツ」とか言っておけば、どんなに理不尽な性能でも説明不要なのが便利ですね(笑)