第158話 湖のほとり
やっと探索開始です。
ここまで長かった(笑)
水の月に入ってしまったが、いよいよ遺跡に向けて出発する。リザードマンの住処に転移して、長老に挨拶した後に森の中に向かったが、イーシャによればお昼前には着くだろうという話だ。
「どんな場所か楽しみだね、ダイ兄さん」
「ずいぶん昔に調査も終わっていて、廃墟同然という話だったけれど、何が残っているのかしらね」
「わざわざ探してみろと言われたくらいだし、何かあるのは間違いないと思うんだけど、どんな物が出てくるんだろうな」
「……あるじ様のために頑張って探す」
「わうんっ!」
エリナとシロはかなり気合を入れてくれるが、そんな態度はとても嬉しい。夢の中で話した女性は必ず見つかるとは言っていなかったので、もしかしたら探し当てる難易度が高いのかもしれないが、この2人なら見つけ出せる気がする。
「ギルドでは他の冒険者は行かない場所だと言って、ご主人様の事を不思議そうに見てましたね」
「他の人が来ないならのんびり探索ができそうだよ」
「大きな湖の近くですし景色もいいでしょうから、そこで食べるお弁当はきっと美味しいですよ」
「マイおかーさん、キリエお昼が楽しみ!」
メイニアさんの言う通り、他の冒険者が来ない場所なので、思う存分探し回れるのはありがたい。発見されてから年数も経っているし、ただの廃墟として調査結果が出ているので、行っても何もないとギルドで言われたけど、なにか未発見の物があるのは間違いない。
今回の旅がきっかけで、懐かしい人やお世話になって人たちにもたくさん会えたし、リザードマンの人たちの助けにもなれた。家族旅行はとても楽しかったし、オーフェの転移できる場所も増えて、アーキンドの別荘という特別な報酬も手に入っている。
夢の中の女性が言っていた魔法回路に関する物は見つからなくても、今回の冒険は十分意味のあるものになったが、新しいものを発見して最後は全員で喜んで終わりたい。
「ダイくん、とても楽しそうにしてる感じがするのです」
「今回の冒険は、これまで以上に色々な事があったけど、実行して良かったなと思ってるんだよ」
「……私は宝物が手に入った」
「キリエもお友達が増えて嬉しい」
エリナとキリエが、左右から俺の腕に掴まってくる。
「私も服屋のおばあちゃんや、宿屋のおじさんに会えて嬉しかったです」
「リザードマンの子供も凄く可愛てくて、ボク感動しちゃったよ」
「私やキリエちゃんは神と言われてしまったね」
みんなも思い出深い旅になったことを喜んでくれてるし、またあの女性に会う事ができればお礼を言おう。名前も一応考えてあるし、それも伝えたい。気に入ってもらえると良いんだが。
◇◆◇
しばらく進んでいくと視界が開けてきて、目の前に大きな湖が姿を表した。対岸が見えなくなるほどの大きさは無いが、思ったよりも広く水もきれいだ。真ん中に小さな島があって、形は太めの三日月型をしているみたいで、この場所から見える岸が、湖の内側に入り込んでいる。
遺跡群は池の周り全体にあるわけではなく、俺たちが出てきた場所には存在せす、対岸やその周囲にそれらしい跡が見えている。
「ふわぁ……きれいな所ですね、ご主人様」
「ここは水も汚れていないのです」
「リザードマンの住処とは水源が違うんですね」
「森の中にこんな素敵な場所があっただなんて、ファースタの街にいた頃にもっと探索しておけばよかったわね」
「3人でここまで来られたかわからないけど、確かに惜しい事をしたな」
みんなも目の前の光景に見入っているが、魔物さえ出なければ湖畔に家を建てて住んでみたいほどの場所だ。昼間もきれいだが、夜になって月明かりを反射して闇に浮かび上がる湖面とか、とても幻想的な気がする。古代人がこの場所に集落を作った気持ちが良くわかる。
「……今度は家族全員で来たい」
「それはいいね、ボクも賛成だよ」
「こんな景色のいい場所で食べるお弁当は、きっと美味しいだろうな」
「今日のお昼も楽しみだね」
「向こうの建物跡が見える場所まで行って、お昼にしましょうか」
麻衣の号令で湖に沿ってみんなで移動を開始する、水の中には魚もいるみたいで、時々陰が動いているのがわかる。透明度も高く水深もあるようだが、ここにボートを浮かべてのんびり過ごすのも気持ちが良さそうだ。
「なぁイーシャ、湖の中って魔物は出ないのか?」
「湖に魔物が居るなんて聞いたことはないわね、海も沖の方に行かないと出ないみたいだから、きっと大丈夫だと思うわよ」
「セカンダーから乗せてもらった船の船長さんも、そんな事を言ってましたね」
確かに陸に近い場所に魔物が出ることは無いと言っていたし、それなら湖上で遊んでも大丈夫そうだ。なんかこの場所は穴場の保養地として、俺たちで独占できる場所になりそうな気もする。こんな森の奥まで入ってくる人は居ないだろうから、勝手に使っても文句は言われないだろう。
リザードマンの人たちも、この近くまで狩りに来ると言っていたし、とてもいい場所が見つかったな。
「魔物にさえ気をつければ、遊んだりのんびりしたりするのに最適の場所だし、カヤやクレアそれにユリーさんやヤチさん、イーシャの両親とかヨークさんも連れて、また来たいな」
「お父様とお母様も喜んでくれると思うわよ」
「ヤチ姉さんはリザードマンに会いたいって言ってたし、きっと喜んでくれるよ」
「へストアおねーちゃんも一緒がいいね」
「そうだね、遊びに来る時は母も誘ってみようか」
古代文明の栄えた場所にあったと言われる、魔物よけの結界装置が生きてたり再起動できれば、ここも安全になるだろうけど、その可能性がどれ位あるかわからない。古代の道具に簡易結界みたいなものがあると良いんだけど、そもそも魔物が寄り付かなくなる仕組みって何なんだろう。
キリエを託してくれた女性が、邪悪を遠ざける気の使い方と言っていたが、そんな波みたいなものがあるんだろうか。この辺りはわからない事だらけだし、そろそろお弁当を食べられる場所に到着するから、深く考えるのはやめておくか。
◇◆◇
景色のきれいな場所で食べるお弁当は本当に美味しかった、湖畔は割と広くなっていて見通しも良いので、優秀な気配察知能力を持ったメンバーが居る俺たちなら、比較的ゆったりと食事が楽しめる。
「なんか冒険に来たんじゃなくて、行楽に来たみたいですね」
「景色もいいしお弁当も美味しかったし、ボクもマイちゃんと同じ気がしてきたよ」
「……もっと暖かくなったら、お昼寝したい」
「アイナやシロが居てくれるからこうしてのんびり出来るけど、出来れば2人の負担も減らしたいな」
「気配を探るのはそんなに負担にならないから大丈夫ですよ、ご主人様」
「わうん」
近くに来て返事をしてくれたシロと、隣で笑いかけてくれるアイナの頭を撫でてあげる。2人ともしっぽを振って嬉しそうにしてくれるが、やっぱり何も気にせずのんびり出来る方が良いと思う。
「キリエを託してくれた人が“邪悪を遠ざける気の使い方”と言っていたんですが、竜族はそんな事が出来るんですか?」
「それは力の使い方に長けた黒竜族だから出来たんだと思うよ、私にはとてもそんな真似はできないね」
「キリエが大きくなったら、出来るようになるかな」
「キリエちゃんなら出来るようになるかもしれないけれど、無理して使おうとしなくてもいいわよ」
「そうなのです、きっとダイくんが何とかしてくれるのです」
「古代文明や、その時代の道具の事をもっと知れば手がかりをつかめるかもしれないけど、研究者になる気はないし別の方法を色々考えてみるよ」
「ダイ先輩なら、いずれ出来ちゃう気がするんですよね……」
麻衣のその言葉に、みんなはウンウンと頷いている。
「俺はそんな万能のつもりはないんだけどな」
期待のこもった目で見られるので呟くようにそう言ったが、俺にはまだ圧倒的に知識が足りていない。地球にいた頃はパソコンやスマホで判らない事はすぐ調べられたが、この世界では自分で経験を積むか他人や書物に頼るしか無い。
魔法回路や電子部品でもそうだけど、既存の技術を組み合わせる事で今まで出来なかったことが実現できたりするので、そういった事を思い付けるような勉強や努力は続けていこう。
◇◆◇
食休みにみんなで話をしていたが、そろそろ調査を開始しようと遺跡のある場所に向かう。水場が近いせいか石造りの建物跡の一部が苔で覆われていたりするけど、建築物の形や石の積み方なんかは以前に結びの宝珠を見つけた遺跡と同じに思える。
ただこちらの方が損傷は激しく、原型をとどめている建物があまり存在しない。石畳になっていただろう広い通路も、所々にその跡が見られるだけで、木や草が生えてしまって当時の面影は感じられない。
「ギルドで聞いてはいたけど、ほとんど何も残ってないな」
「中から木が生えてる家の跡もあるね」
「森の奥まで続いてるみたいだから、かなり大きな街の跡みたいだけれど、闇雲に探してもだめかもしれないわね」
「今回も大きな建物跡を中心に探索していくかい?」
「そうですね、まずは目立つ場所から探してみましょうか」
イーシャの言う通り森の奥の方まで建物跡らしき人工物が見える、明確な基準を決めて探索していかないと、無駄に時間が過ぎるだけになってしまいそうだ。
「……あるじ様、どんな所を探す?」
「原型をとどめてない建物が多いし、やっぱり地下室とか地下通路とか、下に降りられそうな所を探すのが良いだろうな」
「足音の変化がある場所や、叩いてみて違う音がする所なんかに、空洞がありそうですね」
「わかりました、マイさん。頑張って音の違う所を探してみます」
「わうん!」
俺は近くに落ちていた太めの枝を拾い上げて軽く振ってみる、これで色々な場所を叩きながら進んでみよう。オーフェとキリエも俺と同じ様にするみたいで、木の枝を拾ってきて楽しそうに振り回している。
ウミは高い場所から全体を見てみると俺から離れていったが、長くてタイトなスカートでよかった。
◇◆◇
「おとーさん、どこも同じ音に聞こえるね」
「固くて中身が詰まってそうな音ばかりだよ」
「足音の違う場所も無かったです」
「……違和感を感じる所もなかった」
「上から見てもおかしな場所はなかったのです」
「わう~ん」
地面や家屋跡の床を叩いたり、形が残っている部屋の中に入って調べたりしたが、今日の成果は何も無かった。みんなは楽しそうに、あちこち叩いたり覗き込んだりして探してくれているが、魔法回路に関する何かという漠然とした目的しか無いので、あまり根を詰めすぎてもモチベーションが維持できないかもしれない。
「ここの探索ばっかりっていうのも飽きてきそうだから、別の冒険もしながら進めようか」
「私は森の中を散策してるみたいで結構楽しいわ」
「ここは魔物もあまり出ませんし、歩きやすい場所ですから楽でいいですね」
「この場所は地脈の通り道になってるみたいだから、私も居心地が良くて好きだよ」
イーシャと麻衣とメイニアさんは、環境や探索以外の事でこの場所を気に入ってるみたいだし、それくらいの軽い気持ちでやるほうが良いだろう。他のメンバーも何が出てくるかわからない、びっくり箱的な感覚が楽しいみたいなので、ひとまず目立つ場所だけ全部調べてみて、その後の事は終わってから考えると決まった。