第157話 ルーイ
「ダイくん、おはようなのです」
「おはようウミ、よく眠れたか?」
「とっても気持ち良く眠れたですよ、寝る前になでなでしてもらったおかげなのです」
俺より早く起きていたウミが、じっと顔を見つめていたので頭を撫でてあげながら尋ねると、俺の腕を抱きかかえて花の咲くような笑顔を向けてくれる。昨夜イーシャも言っていたが、大きくなってから表情がより豊かになった。朝の光を受けながら微笑む姿は、とても幸せそうで愛らしい。
「旦那様、おはようございます」
「おはようカヤ、もう少し寝ていても大丈夫だぞ」
「いえ、寝ているより旦那様とお話する方が心が満たされますので」
「それならカヤちゃんもこっちに来て、ウミとダイくんの間に入るといいのです」
「ありがとうございます、ウミ様」
ほぼ同じタイミングで起きてきたカヤが、そっと布団を抜け出して俺とウミの間に入って、こちらを嬉しそうに見つめてくる。俺の肩に顔を寄せて腕をそっと掴んできたが、こうした態度を見てもカヤはずいぶん変わった。出会ってからも喋り方や振る舞い方が少しづつ変化していったが、俺の所有する家を管理できる存在になってからは、劇的とも言える変容を遂げた。
これまでは甘える時や寄り添ってくる時どこか控えめだったが、今では他のメンバーと同じ様にスキンシップをしてくる。それに自分から撫でて欲しいとか言ってくるようにもなっていて、これはとても良い変化だと思っている。妖精の力さえ使わなければ、普通の女性と何ら変わらない程の存在になっているはずだ。
「やはり旦那様の近くは落ち着きます」
「家の事でいつも頑張ってるカヤに寛いでもらえるなら嬉しいよ」
「カヤちゃんもダイくんの妖精になったのです、もっと甘えてもいいのです」
「ご迷惑ではありませんか?」
「そんな事ないよカヤ、自分のやりたい事、やって欲しい事は、もっとぶつけてきて構わないからな」
「はい、旦那様」
少し不安げにこちらを見てくるカヤの頭を撫でてあげると、目を閉じて嬉しそうな顔になる。2人とも自らの性質を変化させてしまうほど、俺に対して想いを寄せてくれている。そんな人の願いを叶えたり、甘えられたりするのは俺も嬉しい。
「こうして話をしていても、皆様は起きてきませんね」
「やっぱり慣れない事をしたし、いつもと違う疲れが出てるんだと思う」
「ダイくんは大丈夫なのです?」
「それが不思議と何とも無いんだ。いつもと違う体の動かし方をしたから、筋肉痛になったりするかと思ったけど、すごく快調だよ。ウミの加護とカヤのベッドのお陰かもしれないな」
麻衣の回復力強化スキルのお陰で疲れにくくはなっているが、慣れない作業のせいで普段と違う気怠さはあった。それが一晩寝たら完全にいつもの調子に戻ったし、中腰になって重たい石を運んだりしたが体に痛い所もない。こうして俺だけ通常通り起きてこられたのは、本当に2人のおかげの気もしてくる。
「そんな効果があるのなら嬉しいのです」
「私もこのベッドを作った甲斐があります」
「俺はルーイさんの様子を見てこようと思うけど、2人はどうする?」
「ウミも一緒に行くのです」
「私も行って飲み物をご用意します」
俺の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでくれた2人の頭を順番に撫でてあげながら、厨房の地下倉庫に行くことを告げると、一緒に行くと言ってくれたのでベッドをそっと抜け出す。俺にもたれかかるように寝ているアイナが少し身じろぎしたが、代りに枕を抱いてもらった。
みんなを起こさないように着替えを済ませて、部屋から出て厨房に向かう。
地下倉庫へつながる床板を持ち上げると、ランプの明かりがついていて、自分の荷物を確認しているルーイさんの姿が見えた。彼も精霊のカバンを持っているので、中身を確かめて買い出す物を考えているのだろう。
「ルーイさん、おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはよう、すげえよく眠れただよ、ここはとても落ち着く場所だ」
「おはようございます、ルーイ様。お飲み物をお淹れしようと思うのですが、外に出られますか?」
「そいつはありがてえ、すぐ行くから少し待ってくれるか」
出していた荷物を精霊のカバンに入れ直したルーイさんと一緒に地下倉庫を出てリビングに移動した。
「必要そうなものって何がありますか?」
「まずは採掘で使う道具だな、後は食べる物も色々買っておきてえだ」
「それなら雑貨屋とパン屋と食料品店で大丈夫ですね」
「あと屋台も見てえだよ」
聞いただけではよくわからないが、ルーイさんから採掘に使う道具の名前を教えてもらったり、王都にある屋台の種類を話していると、カヤがお茶の準備を整えてリビングに戻ってきた。話を一旦中断して4人でお茶を楽しんだが、寝起きの体に熱いお茶が染み渡るようで、とても美味しい。
「おめえたちは本当に仲がいいな」
「ウミとカヤの2人とは最近になって、更に心が通じ合えたと思ってます」
両隣に座ってお茶を飲んでる2人が、こちらを見て微笑んでくれたので頭を撫でてあげる。ルーイさんはそんな俺たちを、表情を緩めながらじっと見つめてくる。
「ダイくんの近くに居ると、とても幸せな気持ちになるですよ」
「私も旦那様の近くに居ると、とても心穏やかになれます」
「ノーム族は精霊や妖精の血が混じってる種族と言われてるだ、そんなおらたちは他の種族と精霊や妖精の捉え方が違うだよ」
「精霊に近い種族だとは聞きましたが、妖精とも関わりがあったんですか」
「本当かどうかわからねえが、精霊の血を引いた種族と妖精の血を引いた種族の間に生まれたのが、ノーム族と言われてるだよ」
この世界にはハーフが生まれないという話を覆すような事を、ルーイさんは語っている。新しい種族が誕生するなんていうのは、神話とか創世に関わるような太古の出来事だろうし、ノーム族だけが知っている伝説や故事だとすればとても興味がある。
「そんなルーイさんから見て、俺たちの姿はどう映ってるんでしょうか」
「仲のいい夫婦に見えるだよ」
「ふっ、夫婦ですか」
「ダイくんと夫婦なんて照れてしまうのです」
「旦那様が私の本当の旦那様に……」
ウミは赤くなった頬に両手を当てて首を振りながら悶ているし、カヤは俺に熱っぽい視線を向けて少しトリップしてしまった感じになっている。俺も顔に熱を感じるので、きっと赤くなってしまっているんだろう。でも、普段付き合いのない人の目から見て、それほど仲が良いと言ってもらえたのは、とても嬉しい。
「別に変な意味で言った訳ではねえだ」
「いえ、そう思われるのは全然嫌じゃないので」
「おらたちは精霊ととても仲がいいんで、色々頼み事をしてもエルフ族のように嫌われることはねえし、普段姿を現さねえ妖精にも会うことが出来るんだ」
ルーイさんに他の存在を聞いてみると、いたずら好きで手伝いもしてくれるが物を隠してしまう妖精、動物と同じ姿をしているが喋ることの出来る妖精、大きな葉っぱの下に住む妖精、光を好まず常に陰の中に居る妖精とかいるそうだ。この世界だと家の妖精であるカヤしか知らないが、他の人たちにも会ってみたい。
「そんなおらたちでも、いま以上の関係にはどうしてもなれねえんだ」
「あまりにも近すぎる関係って、何か影響が出たりするからですか?」
「仲良くなって悪い影響が出るなんて事はねえだよ、むしろいい事しかねえはずだ」
精霊と妖精の血を引くノーム族にそう言ってもらえると、今の関係をずっと続けていっても良いお墨付きをもらえたみたいで、とても安心できる。ウミとカヤも嬉しそうにしているので、もしかすると普通とは違う今の関係に、どこか不安な所があったのかも知れない。こうしてルーイさんとじっくり話す機会が出来て、本当に良かった。
「おらたちは、お互いどっかで壁を作っちまうんだろうな。それがねえおめえたちは、ノーム族にとっても憧れる存在だ」
「ダイ君にもっといっぱいくっついてもいいのは嬉しいのです」
「私も旦那様にもっと甘えられるのは幸せです」
「もしかしたら、おらたちの様に2つの血を引いた子を成せるかもしれねえな」
いきなり飛び出した爆弾発言に、ウミとカヤは顔を真っ赤にしてしまう。俺も風邪で熱が出てきた時と同じ感じがするので、顔が赤く染まっているに違いない。そんな俺たちの姿を、ルーイさんは可笑しそうに見ている。
精霊も妖精も子供を生む事は無いと言っていたが、そんな2つの種族が人族の俺との関係をお互いに意識してしまうのは、普通は見られない光景なんだろう。しかし、2人の子供は男の子でも女の子でも、どちらも可愛いと思う。
「ルーイさんはノーム族の祖先になったような存在が、今の時代にも生まれるって思いますか?」
「守護精霊だとか特定の持ち主の家が管理できる妖精なんて、物語の世界に登場してた存在が目の前にいるんだ、それくらい出来てもおかしくねえだよ」
「確かに今の2人は俺たちと変わらない存在に思えますし、そんな事があるかもしれませんね」
「ここまで表情や感情が豊かな精霊や妖精は他に居ねえだよ、こんな姿を見られるなんて、おめえたちと出会えて本当に良かっただ」
俺とルーイさんの会話を聞いていた2人は、恥ずかしさが振り切れてしまったのか、ウミは肩の辺りにカヤは胸の辺りに顔を埋めてしまっていた。
「ダイくん、そろそろこの話題は終わりにして欲しいのです」
「旦那様の顔を見るたびに思い出してしまいそうですから、もう勘弁してください」
別に2人をいじめたい訳ではないのでこの話題はここまでにしよう、俺も結構恥ずかしいしな。ウミとカヤの頭を撫でていると、少しづつ落ち着いてきたみたいだ。ルーイさんはそんな姿を見て、本当に楽しそうにしている。
それからノーム族の事や旅の話を聞いていると、みんなが起き出してきてリビングに集まってくる。そのまま全員で朝食にして今日の予定を話していたら、麻衣たちがルーイさんのために作り置きの作成を買って出てくれた。パンに挟んで簡単に食べられるものやスープ類を中心に用意してくれるみたいなので、買い物リストに鍋や食器も追加しておく事にする。
◇◆◇
朝食の後は料理づくりに参加する4人を除いた、残りのメンバーでルーイさんの買い物に付き合っているが、その小さな身長にもかかわらず俺たちと同じ速度で歩き続けられる事に驚いた。一見すると走っているように見える速度で足を動かしているが、今までこんな長い距離を一緒に歩いた事が無かったので、このペースで移動を続けられるとは知らなかった。
「そんな速度で歩いても大丈夫なんですか?」
「おらはいつも足場のわりい場所ばっかり移動してっから、こんな歩きやすい場所ならいくらでも速く動けるだよ」
「ねえねえ、本気で動くとどれくらい速いのかな?」
「これくらいなら余裕だ」
オーフェの質問のそう答えたルーイさんが小柄な体型を生かして、人混みの間をすり抜けるように一気に遠くに移動して見えなくなってしまった。
「ルーイおにーちゃん速いね」
「……私より速いかも」
「ノーム族がこんなに素早いなんて私も知らなかったよ」
「こんな感じで動けるだよ」
後ろから声が聞こえたので振り返ると、足元にルーイさんが立っていた。人の間を通り抜けて大きく回り込んで後ろから戻ってきたみたいだが、息も乱れてないし本当に凄いな。ヴェルンダーの街でもノーム族は何人も見かけたが、こんな動きをしている人は居なかった気がする。他のノーム族は人の流れに合わせてのんびり歩いているだけだったのか、こうやって動けるのはルーイさんの持つ特技なのかは判らないが、なんか意外な一面を見せてもらった気がする。
「土の精霊魔法を使って動いてる訳ではないのよね?」
「土の下級精霊は何もしてなかったのです」
「という事は、純粋にノーム族の身体能力が凄いのか」
「これはおらの特技みてえなもんだ、これが出来るんで魔物に襲われても逃げられるだ」
各地を転々としながら採掘をしてる理由は、この特技があるが故なのか。こうやってじっくり付き合ってみると、どんどんその人を知ることが出来る。精霊や妖精の事に関しても、他の種族とは違う目線で今の関係の事を教えてもらったし、こうしてゆっくり話をする機会が出来て本当に楽しい。
◇◆◇
雑貨屋やパン屋、食料品店や屋台を回って買い物を済ませる。パン屋のお姉さんは、王都ではまず見られない種族が買い物に来たことに感動して、だいぶおまけをしてくれた。
お昼を食べた後にルーイさんの買ってきた鍋や食器に作り置きを移し替えて、次々と精霊の鞄にしまってもらう。だいぶ頑張って作ってくれたみたいで、かなりの品数になっていた。時間停止する精霊のカバンに入れておけば腐らないし、当分の間は美味しい食事を食べてもらえるだろう。
「本当にお世話になっただ、食べるものもこんなにもらっちまって、今まで旅を続けてきてこんなに嬉しかった事はねえだよ」
「こちらも色々な話ができて楽しかったです、また聞かせて下さい」
「本当にお世話になった、ここにはいつでも来てくだされ」
リザードマンの住処までオーフェに送ってもらって、全員で見送りをしている。リザードマンの長老も外に出てきて、ルーイさんに挨拶をしてくれている。
「ルーイおにーちゃん、また会おうね」
「病気や怪我には気をつけて下さい」
「ルーイ様、王都の近くに来たらぜひお寄り下さい」
みんなも口々に別れの挨拶をした後、ルーイさんは山の方に向かって歩いていった。長老には明日から遺跡の調査でまたここに来ることを告げ、エルフの里に行ってヨークさんに今回のことを報告してから、王都の家に戻ってきた。
予定外の事態があったので既に水の月になってしまったが、個人的な調査で締切があるわけでもないし、雨の降っていない日を選んで遺跡の調査は進めていこう。何より、魔法回路に関する何かが眠っているかもしれないというのは、とてもワクワクする。まだどんな遺跡かすらわからないが、大きな湖の近くというので景色も良さそうだし、とても楽しみだ。明日から頑張ろう。
実は主人公たちは他の妖精にも会っていて、キリエがダンジョンで助けた動物がそうだったりします(笑)
(喋ってはくれませんでしたが、知能の高さとピンポイントで結びの宝珠の場所に誘導できたのは、それが理由)