第156話 終息
ルーイさんとレオンさんの話がまとまったようなので、リザードマンの住処に帰ることにする。2人ともホクホク顔なので、いい取り引きが出来たみたいだ。
「またいつでも来てくれ、お前さんの掘ってくる鉱石は良いものばかりだから、いくらでも買い取らせてもらうぞ」
「ここに来た時は必ず寄ることにするよ、そん時もよろしくお願いするだ」
「ルーイさん良かったですね」
「おめえらのお陰で、有名な人に直接買い取ってもらえて、おらとても嬉しいだ」
「キリエちゃんもいつでも遊びに来ていいからな、待っとるぞ」
「うん、また来るねレオンおじーちゃん」
良い鉱石が手に入り、キリエにも手を振ってもらってニコニコ顔のレオンさんに見送られ、オーフェの開いてくれた転移の門をくぐる。
リザードマンの住処に戻ると、洞窟の外にクレアとカヤが出てきていた。リクが洞窟の入口に立ってくれているのは、2人に危険が無い様に見てくれているんだろう。
「カヤ、クレア、ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん、みんな」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様」
「リクさん、ただいま戻りました」
「お前たち、無事戻ってきた、良かった。この子が、水、きれいになった、言っている、原因、わかったか?」
「はい、もう心配はないと思うので、長老様に報告に行こうと思います」
「ダイくん、その前にこの辺りをウミが浄化してしまうのです」
「わかった、よろしく頼むな」
ウミが俺から離れて湖の中心まで飛んでいき、浄化の精霊魔法を使ってくれた。見ただけではよくわからないが、水やその周辺の草木も含めて清められていってるんだろう。
「俺たちの居ない間なにか変わったここはなかったか?」
「はい、リザードマンの皆様の体調も順調に回復していて、ご飯もたくさん食べていただいてます」
「この周りの草や木も、水がきれいになったって喜んでるよ。小さな動物たちも、すぐ戻ってくると思う」
「オレたち、小さい動物、居ないの、気づかなかった、今度は、気をつける」
俺たちが出かけている間にも、色々と調べてくれてたみたいだ。小動物は大抵、人の姿を見ると隠れてしまうので、俺も全く気づかなかった。この辺りは流石クレアという所だろう、こういった面では本当に頼りになる。
「おらリザードマンを見るのは初めてだ、すげえ大きいな」
「ダイ、誰だ?」
「この人が水の汚れた原因を見つけて、俺たちが行く前から取り除こうとしてくれていたんです」
「そうなのか、ありがとう、助かった」
「おらは珍しい鉱石を掘ってただけだから気にしなくていいだよ」
「ダイくん、終わったのです」
「ウミ、ありがとう。それじゃぁ、長老様に報告に行こうか」
周囲の浄化を終えたウミが戻ってきたので、そのまま全員で長老の部屋に行く。洞窟の中は活気が戻ってきていて、話し声や笑い声も聞こえてくる。俺を見つけた子供たちが駆け寄ってきたので、頭を撫でながらただいまの挨拶をしたら、そのまま長老の部屋に付いてきてしまった。
「長老様、ただいま戻りました」
「ダイ殿、原因はわかりましたか」
「はい、水源になっている洞窟の一部が崩れていて、そこから魔鉄という鉱石が水の中に入ってしまったんです。それが長時間水にさらされる事で発生する成分が、今回の病気の原因でした」
「なんとそんな物が原因とは、ダイ殿はよく知ってましたな」
「俺たちが洞窟に行ったときには、既にノーム族のルーイさんが、魔鉄を取り除く作業をしてくれていたんです。俺たちはそれを手伝っただけで、原因の特定も除去も全てルーイさんのおかげです」
ルーイさんに近くに来てもらい、長老に紹介をした。ノーム族は一緒についてきた少し大きめのリザードマンの子供より背が低いが、その小さな体で次々と鉱石を採掘する姿や、器用に足場を作って高い場所に登っていってしまう姿は、とても頼もしい。もしこの人がいなければ、水源の一部が崩れた土砂で埋まってるだけと思い、原因の特定が遅れていただろう。
「我らの集落を守ってくれてありがとう、ルーイ殿」
「おらはこいつらに昔助けてもらった恩があるんだ、その知り合いを助ける手伝いになったなら、おらも嬉しいから気にしなくてもいいだ」
「湖とその近くはさっきもう一度浄化したので、もう大丈夫なのです」
「草や木もきれいになったと言っているので、今までどおりの生活をしてもらっても大丈夫ですよ」
「我らを救ってくれて、本当にありがとう。この恩は必ず返したい、我々で出来ることがあったら何でも言ってくだされ」
長老はそう言って、大きく頭を下げてくれた。
「俺たちはしばらく、この近くにある遺跡の探索をしようと思っているので、もし困った事が起きたら力になって下さい」
「おらもこの近くに山で採掘してえから、何かあった時はお願いするだ」
こうしてリザードマンの集落を襲った、謎の体調不良の原因の特定と解決が終了した。俺たちの到着が遅れていたら、ルーイさんが水源から魔鉄を取り除くのにも時間がかかって、更に状況が悪化していただろう。それに、水の月に入ってしまったので、これからしばらくは雨の日も増えて水量が増加し、汚染が広がってしまっていた。早めに冒険に出ようと後押ししてくれたみんなには感謝だ。
「ルーイさんはこれからどうしますか?」
「鉱石を大量に買い取ってもらったんで、おらどっかで買い物がしてえ」
「それなら、俺たちと一緒に王都に来ませんか? そのまま泊まっていってくれてもいいですよ」
「ほんとか!? おら暗くて壁に囲まれたとこが安心できるんで、そんな場所があったら泊めてほしいだ」
「それなら厨房に地下倉庫があるので、そこを使ってもらって構いませんよ」
「そら落ち着けそうだ、人族の娘さん、そこを使わせてくれると嬉しいだよ」
ルーイさんも一緒に来てくれると決まったので、王都の家に帰ることにする。少しバタバタとしてしまうが、提供した食材はそのまま使ってもらうし、水樽などの細かい後始末は日を改めてやらせてもらえるようにお願いしてるのから、今日はこのまま移動しよう。
「それでは長老様、俺たちは一度自分の家に戻ります」
「子供たちも懐いているようじゃし、いつでも訪ねてくだされ」
「また、きて」
「なでなで、して」
「だっこも」
俺とみんなで子供たちを撫でたり抱きしめたりして別れの挨拶を済ませ、オーフェの開いてくれた転移の門をくぐり家に帰ってきた。ここにはカヤとクレアを迎えに来るために少しだけ寄ったが、数日空けていただけなのに、ずいぶん久しぶりに帰ってきた気分になるのは、やはり色々な事があったからだろうな。
「なんかすごく長い時間ここに帰って無い様に感じますね」
「マイさんもそう思いますか、私もですよ」
「2人もそう思うのか、俺もなんか久しぶりな気がするよ」
「ここに帰ってくると、ほっとするね」
「そうだね、私もそんな場所ができるなんて思ってなかったよ」
「……何もかもみな懐かしい」
エリナがなんか聞き覚えのあるセリフを言っているが、リザードマンの住処にずっといたメンバーは特に、その気持が強いみたいだ。
「ルーイさんもどうぞ、入って下さい」
「お邪魔するだよ」
家に入って、麻衣、アイナ、カヤ、クレアの4人は夕食の準備に取り掛かってくれる、その時に地下倉庫も見てもらったが、ルーイさんはとても喜んでくれた。普通こんな場所に誰かを泊めるのは失礼だと思うが、本人たっての希望だし、低い机で簡易ベッドのようなものを作って、そこで寝てもらえるようにする。
買い物は明日の午前中に行く予定なので、今日はゆっくりとしてもらって食事やお風呂を楽しんでもらおう。
◇◆◇
「食事は美味しいし、風呂も気持ちよかった、連れてきてもらえてよかっただ」
「喜んでもらえてよかったです、またいつでも来て下さい、歓迎しますよ」
「こんなに落ち着ける場所も貸してもらえるんだ、またここに来てえ」
俺とルーイさんは一緒にお風呂に入った後に、厨房の地下にある倉庫に来ている。野営の時と違い、家だと凝った料理ができるので、とても喜んで食べてくれた。お風呂も石鹸を気に入ってくれたみたいで、体中泡まみれになって気持ちがいいと笑っていた。
「普段はどういった場所で寝てるんですか?」
「前におめえたちが来たような洞窟の奥に部屋を作るか、小さな穴を掘って寝る事が多いだ」
「魔物とか来ないんですか?」
「洞窟の奥は魔物がほとんど入ってこねえし、小さな穴は入り口を塞ぐと安全だ」
疑問に思っていたことを色々と聞いてみたが、流石に1人で各地を転々としているだけあって、寝る時の対策もバッチリだった。それに土の精霊魔法があるので、移動中の身の安全も確保できるみたいだ。下級精霊にお願いするエルフとは違い、ノーム族は精霊の方から協力してくれるので、連続で使って嫌われる事も無いらしい。
「それじゃぁ、今夜はゆっくり休んで下さい。明日は買い物に行って、お昼を食べたらリザードマンの住処までお送りしますので」
「すまねえな、おめえたちと知り合えて、ほんとに良かったよ」
「俺もルーイさんと知り合えてよかったです、おやすみなさい」
地下倉庫を後にして大部屋に戻ると、ルーイさんと話をしている間にお風呂に入ってきたんだろう、アイナとエリナとシロが、ブラッシングの準備をして待ち構えていた。今回はみんな採掘の手伝いや鉱石の運搬とか、普段やらない事をやってもらってるし、ブラッシングでしっかりと労ってあげよう。
「みんな元気になって本当に良かったですね、ご主人様」
「早めに冒険に出ることにして良かったよ、自分に気を使わなくてもいいと言ってくれたクレアには、感謝しないといけないな」
「私だけじゃないよお兄ちゃん、ウミさんとカヤさんも大丈夫って言ってくれたし、イーシャさんも水の月になる前に行動しましょうって言ってくれたもん」
「そうだったな、お風呂から出てきたら3人にもお礼を言おう」
「……ウミは特に頑張った」
「ほんとだね、ウミちゃんとってもかっこ良かったよ」
「あれ程の力を持つ精霊に会う事なんてまず無いし、私も驚いたよ」
「ウミちゃんの好きなお菓子の作り置きを増やしておきますね」
俺の守護精霊になってから、ウミには事あるごとに力になってもらっている。ロイ商会の馬車を持ち上げてくれた土の台、洗浄や浄化に空気の入れ替え、洞窟内を照らしてくれた明かりや、水流操作に堤防の作成。ウミが守護精霊でなかったら、ここまでスムーズに事は運ばず、かなり苦労しただろう。
それに、好きな人の役に立つのは嬉しいとまで言ってくれた。その気持に、俺もできるだけ答えてあげたいと思う。本人の希望も聞いて、叶えられる望みは全部実現してあげよう。
◇◆◇
お風呂から出てきた3人にお礼をして、何かやって欲しいことを聞いたら、イーシャとカヤは抱っこしてなでなでを希望してきた、ウミは今夜隣で寝たいそうだ。そんなささやかな事でいいのかと思ったが、2人には順番に足の間に座ってもらい、後ろから抱きしめるようにして、なでなでをしてあげた。
「やっぱりダイくんの隣で寝るのが一番落ち着くのです」
「そんなに違うものか?」
「全然違うのですよ。きっとダイくんの枕でいつも寝ていたからなのです、体がダイくんのぬくもりを欲しているのです」
「そういう事ならいくらくっついても構わないぞ」
「嬉しいのです!」
そう言って布団の中で、俺の腕をギュッと抱きしめてくる。腕の一部がまろやかなものに沈んでしまったが、とても嬉しそうな顔をしてるウミの姿を見ると、やっぱり落ち着いていられる。そのまま反対の手で頭を優しく撫でてあげると、やがて静かな寝息をたて始めた。
「ウミちゃんって、大きくなって更に可愛くなったわね」
「昔から甘いものを食べてる時はすごく可愛かったですけど、今は普通に話をしてても可愛いです」
「こうやって気持ちよさそうに寝てるウミちゃんもかわいいね」
「ウミおかーさん、ぐっすり寝てる」
「ウミさん、やっぱり疲れていたのかも」
「……このベッドなら、一晩寝たらどんな疲れでも回復する」
「いつか皆様のために、本当にそんな効果のあるベッドを作ってみせます」
「今でもうっかり寝過ごしてしまいそうになる寝心地だから、十分効果あると思うぞ」
「これ以上寝心地が良くなると、本当に数ヶ月眠ってしまいそうになるよ」
一眠りが年単位の竜族の言葉に、みんなはおかしそうに小さく笑う。慣れない作業で疲れていたんだろう、みんなも次々と眠っていき、俺も気がつくと夢の中だった。