第150話 宝物
屋台で買ってきた物と作り置きで夕食を済ませて、ベッドに上がって思い思いに過ごす。街をあちこち見て回ったので、オーフェもいつでもここまで来られるようになったし、王都にロイさんとリンダさんを送り届けるために一度戻って、またここから遺跡目指して移動する事にしよう。
街では俺とアイナとイーシャが色々な思い出を語っていったが、みんな自分の知らない時期の俺たちの話を聞くこと出来て、とても楽しそうにして喜んでくれた。
「ここには結構長い時間お世話になったけど、こんな部屋があるなんて知らなかったよ」
「私もびっくりしました」
「でも凄いわね、このベッド」
「このベッドの構造はとても参考になります、私ももっと精進しなければなりません」
カヤがこの巨大ベッドを調べて、とても闘志を燃やしている。今でも十分すごいと思うんだが、これ以上どこに向かって進化してしまうんだろう、俺の家の妖精さんは。
「シロさんも一緒のベッドで寝られるようにしてくれて良かったね」
「わぅ」
「ここの親父さんは、あんな話し方で少し無愛想だけど、とても優しいんだよ」
「ウミを見てもあまり驚かなかったのです」
「私と初めて会った時もごく普通の対応だったから、変わった状況や種族に動じない人なのかもしれないわね」
イーシャを連れてこの宿に戻った時は、連絡せずに外泊したから心配されただけで、エルフ族を見ても驚いたりしてなかったな。それに差額を払うだけで、3人部屋に移動させてくれた。
「……アイナとあるじ様は、ずっと一緒に寝てたの?」
「リザードマンの人たちが住んでいた所では別の毛布で寝てましたけど、この街に来てからは一緒のベッドで寝てますね」
「最初はどっちがベッドで寝るかで揉めたな」
「私もご主人様も床で寝るって言っちゃって、それなら一つのベッドで寝るのも同じだねって、一緒に寝る事になりました」
「私が加入した時も、ダイは床で寝るって言い出したわね」
「私が入った時も、ダイ先輩は別の部屋を取るって言いましたよ」
「全て却下されたけどな」
「ダイ君はそうやって、みんなで寝る状況を受け入れていったんだね」
「でも、そんな生活をずっと続けてくれたから、ボクたちはダイ兄さんと一緒に寝られるんだから良かったよ」
「アイナおかーさんが居てくれたおかげだね」
「今では隣に誰か居ないと、落ち着かないくらいになってしまったよ」
そんな話をしながらみんなで笑いあったが、やはりこの街に来ると色々な思い出が蘇ってくる。この世界に来て、初めて自分たちだけの力で生活を始めた場だけあって、戸惑うことや理不尽に感じることもあったけど、そのぶん思い入れも強い場所だ。
日課のブラッシングを進めながら、その日は眠たくなるまでずっと話をした。
―――――・―――――・―――――
翌朝、宿屋の親父さんにお礼と麻衣のお菓子を差し入れして、真夜中の止まり木を後にする。これから昨日行った商会まで移動して、ロイさんたちと合流した後、王都まで帰る予定になっている。
建物の近くに行くと2人が立っていて、リンダさんがこちらに手を振ってくれる。商会の代表者に改めてお礼を言われた後、2人を連れて少し離れた人目につかない場所まで移動した。
「では、王都にある俺たちの拠点に移動しますね」
「あ、ああ、よろしく頼むよ」
オーフェの空間転移の事は話してあるが、やはりロイさんは初めての体験なので緊張しているみたいだ。エリナとアイナに両方から支えてもらってるリンダさんは、やはり楽しげにニコニコとしている。
「それじゃぁオーフェ、よろしく頼むよ」
「うん、任せてよ! 慌てて移動しなくても大丈夫だから、転ばないように門をくぐってね」
リンダさんの事を気遣ってそう言ってくれたオーフェが転移の門を開く、そうして移動した先には10日ほど無人になっていた、懐かしの我が家の姿があった。
「この街の作りは確かに王都、転移魔法というのは本当に存在するんだな」
「あなた凄いわね、こんな体験ができるなんて、一生の思い出よ」
「この魔法と精霊のカバンがあれば、我々商会はすべて廃業させられてしまうよ」
「あらあらあなた、そんな事を言ってはだめよ、この人たちが自分の力をそんな風に使うわけ無いわ」
「確かにそうだな、すまなかった君たち」
「いえ、俺たちの持っている道具や力は、物流を司っている人達の脅威になるのは良くわかります」
「それよりお二人とも少し上がっていきませんか、新作のお菓子もあるので食べていって下さい」
「まあまあ、それは楽しみだわ」
「私も君たちに少し話があるから、お邪魔させてもらっても構わないかな」
「はい、ぜひ上がっていって下さい」
◇◆◇
リビングに上がってもらい、お茶とお菓子を楽しんでもらったが、麻衣の出してくれたアイスクリームには、2人ともとても驚いていた。国王ですら氷菓子は特別な晩餐会でしか口にできないと言っていたので、それがいつでも食べられるというのは、古代の道具のありがたさを感じてしまう。
「それにしてもいい家だね、手入れや管理が行き届いていて、掃除も完璧だよ」
「それは全て家の妖精であるカヤのおかげです」
「旦那様や皆様がここに住んでいただくようになって、私の力もより大きく使えるようになりましたので」
「これなら私たちも安心して任せられる」
「それは先程言っていた、お話に関することでしょうか」
「今回、君たちに荷物を運んでもらえた事は、先方の商会も大変喜んでいてね。ぜひ君たちに恩を返したいと言われてるんだが、それは私の方からお礼をすると断っているんだ」
「目的地がたまたま一緒だっただけですし、ロイさんにはこちらの方がお世話になっているので、また夏に別荘を貸してもらえるだけでも十分ですよ」
「その別荘のことなんだが、リンダとも話し合って、あそこを君たちに譲りたいと思うんだよ」
その言葉にみんなが驚いた顔をする。あの別荘はかなり立派で場所も良く、俺たちみんなのお気に入りの場所になっていて思い出も多い。それに、カヤが俺の所有する家の妖精になった事で、アーキンドに別荘は欲しいと思っていたから、あの家が手に入るなら願ってもない事だが。
「あの家はとても良い所で、みんなも気に入っていますから、そう言っていただけるのは大変嬉しいのですが、俺たちにも支払える金額なんでしょうか」
「いや、君たちからお金を取るつもりはないよ」
「待って下さい、それはいくら何でも受け取れません」
あそこは富裕層の別荘が多い場所で、目の前に広がる海岸もプライベートビーチのようになっている。そんな場所にある不動産の値段は知らないが、気軽に受け取っていいはずはない。
「でも私たちは夫婦は、あなた達と出会った事をとても感謝しているの、そんな人たちにあの家を貰って欲しいのよ」
「だからといって無償で貰ってしまうと、どうしても自分たちの所有物だと胸を張れない気がするんです、できれば正式な手続きの上で手に入れたいと思うのですが」
リンダさんのいつもの空気に流されそうになるが、ぐっとこらえて自分の考えを告げる。あんな一等地にある別荘は、一般人の俺たちが買おうとしても、なかなか手に入れられる機会はないだろう。それを有償で譲渡してもらえるだけでも十分な報酬になる。
「しかし、あの場所にある別荘は相場で金貨100枚ほどになるが、とても君たちに請求はできないよ」
「あのような立地のいい物件は手に入れてくても中々入手できないと思います、それを売っていただけると言うだけでもかなりの好条件です、やはりちゃんと購入したいと思います」
俺はそう言って、精霊のカバンから国王に貰ったケースを取り出す。この中には金版が10枚入っているが、そのうちの1枚は俺が自由に使ってもいいだろう。そう考えてケースを開けようとした所で、横から手がすっと差し出された。
「……あるじ様、あそこは私がお金を出したい」
「わかった、エリナの思うようにして構わないよ」
エリナにとても真剣な目で見つめられて、彼女の思うようにさせてあげたいと思い、ケース手渡した。それを開けたエリナは、中から1枚の金版を取り出し、両手で自分の胸にそっと抱き寄せる。
「……あの家は私とあるじ様が出会った大切な場所、そして私の宝物。
……あの家は私のお金で買いたい、お願いします」
そう言って、金版をロイさんの前にそっと差し出した。ロイさんはそれを手に取って、表と裏を見て驚きの顔になる。
「まさか商売人や貴族以外から、これを手渡される事があるとは……」
「これはエリナが得た報酬で、あそこは彼女にとって、とても大切な場所なんです。どうかこれを受け取ってもらえないでしょうか」
「あなた、皆さんの想いを受け取ってあげましょう」
「わかった、君たちの意志を尊重するよ」
「……うれしいです」
「ありがとうございます」
そうして、売買契約をするためにアーキンドの不動産屋に向かうことにした。オーフェのおかげで、一気に話を進められるのがとても助かる。
「家の名義はエリナじゃなくていいのか?」
「……私の全てはあるじ様のもの、だから私のものは全部あるじ様のものでいい」
「わかった、エリナの気持ちを受け取らせてもらうよ」
不動産屋に向かう途中でエリナに確認すると、家の名義は俺でいいと言われた。その気持を受け取って売買契約を完了させる、不動産屋にエリナが差し出した金版は、彼女が獣人な事もあり驚かれたが。
◇◆◇
カヤもあの別荘には一度泊まっているので、雑貨屋で必要になりそうな資材を購入して別荘まで移動した。これでここの建物と土地が俺の所有物になったので、カヤの棲む家として機能するはずだ。
全員で玄関の前に立ち、カヤが少し前に出て扉に手を当てる。
『私の仕えるダイ様との盟約に従い、この土地と家屋を妖精カヤの名の下に統御する』
カヤの体が少しの間だけ光り元の状態に戻る、本人も所有する家を増やすのは初めてなので、正式な儀式なのかわからないと言っていたが、ちゃんと成功したのだろうか。
「カヤどうかな、この家を管理できそうか?」
「はい、旦那様、この家からも力が流れ込んでくるのがわかります」
「すごいね、家と妖精の契約の瞬間なんて、この世界の人は誰も見た事がないだろうね」
「私たち歴史的瞬間を目撃してしまったのね、あなた」
「ああ、彼らと居ると驚くことばかりだな」
「旦那様、資材を出していただいても宜しいでしょうか」
そう言われたので、雑貨屋で購入した建築資材や、塗料などを精霊のカバンから取り出して並べていく。カヤは俺やロイさんたちに、家の修繕をする許可をもらってから力を行使し始めた。
この家は不動産屋が丁寧に維持してくれているが、やはり経年劣化は進んでいるみたいなので、カヤの力で新築に近い状態まで補修してくれるらしい。外側の塗装やひび割れ、少し歪んでしまった部分なども、映画の特殊効果のように直っていく。
使い込んでいくうちに味が出るという部分はあるが、そんな所はそのままの状態にしてくれ、悪くなった箇所だけが修復されていくというのが妖精の力の凄い所だ。
「まあまあ凄いわ、私たちがこの家を建てた頃みたいに直っていくわね」
「あの時はとても嬉しかったな」
「あなたも頑張ったものね」
「お前が居てくれたから頑張れたんだよ」
2人はとても懐かしそうに、修理されていく家を見ている。ロイさんの目は少し潤んでいるようにも見えるが、これだけ思い入れのある家を手放してしまうのを、後悔してるんじゃないだろうか。
「この家を俺たちに譲ってもらって、本当に良かったんでしょうか」
「私たち夫婦には子供が居なくてね、この家は誰かに受け継いで欲しかったんだよ」
「でもね、とても大切な家だから、知らない人や粗末に扱う人には絶対渡したくなかったの」
「だから2人が使わなくなってもずっと手放さずにいたんだが、君たちのおかげでやっと肩の荷が下りた気分だよ」
「あなた達なら安心してこの家を託すことが出来るわ」
「ありがとうございます、これからも大切にすると誓います」
「……私の宝物を譲ってくれてありがとう、ずっと大事にします」
「家の妖精の誇りにかけて、ロイ様とリンダ様の愛したこの家を守っていくと約束いたします」
こうして、アーキンドにあったロイさんの別荘が俺たち家族のものとなり、カヤの棲む家が一軒増える事になった。
ロイの提示した金額はあくまで相場であって、あの家の値段ではありません。
日本とは物価や貨幣価値が全く異なりますが、高級リゾート地にある別荘をざっくり1億で手に入れられたのは、高いのか安いのか。エリナの心情を考えると、破格であることは間違い無いでしょう。