第147話 家族旅行
翌朝、全員でレンタル馬車店に向かい馬と馬車を借り受けた後、荷台と座席を掃除してクッションを敷き詰めた。靴を脱ぐスペースだけ空けておいて、荷台に乗る人は座席や床で思い思いに過ごしてもらう。御者台にも座布団みたいな小さなクッションを置いてもらったので、移動中もかなり快適になるはずだ。
カヤにはこれ以外でも今回の旅に必要な物を用意してもらっているので、本当に感謝の言葉しか無い。本人もこの旅行をとても楽しみにして張り切っていたので、まずは一番見晴らしのいい場所で楽しんでもらおう。
「それじゃぁ、出発しようか」
「はい、旦那様」
「楽しみだね、お兄ちゃん」
俺の膝の上に座ったカヤと、御者台の隣にスペースに座ったクレアが、期待を込めた声で返事をしてくれる。馬にも出発を告げると、手綱を操作しなくても並んで歩き始めた。2人ともやっぱり賢くて優秀な子だ、あまり人に懐かないとか気難しいとか言っていたが、相性のいい借り手が少ないだけの気もする。
城門を抜けて外に出ると、広い街道がずっと先の方まで続いている。この家族旅行もきっとみんなのいい思い出になるだろう、そんな予感をさせる青空がどこまでも広がっていた。
「カヤは少しでも体に異常があったら、すぐ教えてくれよ」
「わかりました、旦那様」
「クレアも何かあったら遠慮せずに言ってくれ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
「キリエもメイニアさんも馬車の旅は初めてだから、些細な事でも言って下さい」
「ちゃんと言うよ、おとーさん」
「そうやって竜族の私も心配してくれるから、ダイ君たちと一緒に居るのがとても心地よいよ」
「ウミやみんなも気になる事があったらよろしくな、予定の無い旅だしのんびり行こう」
みんなの返事を聞いて、馬車は街道を進んでいく。王都の近くは入場待ちの人や、ダンジョンや森に向かう冒険者が多いが、街道を進むに連れて人も少なくなってくる。
「街道を移動する人はあまり多くないのですね」
「定期便の乗合馬車とは日にちがずれてしまったし、物資を運ぶ荷馬車はまとまって移動するみたいだから、個人商会の臨時便か別の町に行く冒険者くらいしか、移動していないかもしれないな」
「お兄ちゃんが最初にいた街なんだよね」
「この世界に来て、リザードマンのお世話になって、初めて連れて行ってもらった街だから、色々と思い出深いよ」
「あの街に入る時に、私の主人登録をして、ご主人様になってもらったんですよ」
「その後、私が一緒になって3人で冒険者活動するようになったのよ」
「そこで勇者や聖女の話を聞いて、王都まで定期便で行ったんだけど、途中で魔物の群れに襲われたりして大変だったな」
「あの時の野営で食べた食事の事はもう思い出したくないわ」
「でも、護衛冒険者の人にもらったクッキーはとても美味しかったです」
「まさかそれをこの世界に広めたのが、麻衣だとは思わなかったけどな」
その当時の思い出話をしながら順調に街道を進んでいった、膝の上に座ってるカヤも俺に体を預けて話をしながら、嬉しそうに時々こちらを見てくれる。隣のクレアも、手綱を握った俺の腕を抱きかかえて、楽しそうに会話に参加していた。
馬たちもほとんど指示を出していないのに、すれ違う人や障害物を避けながら道に沿って進んでくれるので、すごく楽だ。他の馬車よりペースも早いみたいなので、時間に余裕のある場所で野営にして、洗浄とブラッシングを丁寧にしてあげよう。
◇◆◇
1日移動して、まだ明るいうちに街道から少し離れた平らで見通しの良い場所に馬車を止めて、野営の準備に入る。近くに太めの木もあるので、馬を繋いでおく場所にも困らない。こんな場所で野営しても大丈夫なのは、寝ていても敏感なシロの索敵と新しいカヤの力作のおかげだ。
「改めて見ると凄いわよね、これ」
「中も広くてふかふかだよ、カヤおかーさん」
「君達の発想と実行力には驚かされるよ」
「大きすぎて精霊のカバンに入らないから、バラバラにしてその場で組み立てるとは思ってなかったのです」
そう、今まで使っていた簡易宿泊施設ではこの人数が泊まれないので、新しく作ってもらった組み立て式の宿泊施設だ。とは言っても複雑なものではなく、大きく2つに分けたブロックといくつかのパーツを組み合わせて、1軒の家にしてしまうという簡単なものだ。
ジョイント式の構造にして、中間パーツを増やせば更に大きくする事も可能という工夫はしている。これもカヤの力が上がって短時間で作ることが出来たのと、元からか持っていた精度の良い加工技術のなせる技だ。
「ご主人様はやっぱり凄いです」
「……あるじ様はとても素敵」
「これが作れるのもカヤが居るからだよ」
「この様な事を考えつかれる旦那様が凄いと思います」
「これだけ広いと、あと2・3人増えても大丈夫だね」
「料理をしていて見てませんでしたが、これほどとは思いませんでした」
「私も見てなかったけど、もっと窮屈かと思ってた」
その構造上、並んで寝るのではなく2列になって眠る事になるが、それでも一緒の部屋で休める意味は大きい。頑張ってくれたカヤを後ろからそっと抱き寄せて、頭を撫でてあげる。
新しい宿泊施設の組み立てとお披露目も終わり、馬の食事と手入れに取り掛かる。動物好きのクレアも手伝ってくれて、話しかけたり撫でたりしながら世話をしてくれた。2人とも美味しそうに食べていて、食事も水も十分とれたみたいだ。
「それじゃぁウミ、お願いしてもいいか?」
「お任せなのです! 2人とも洗浄魔法をかけるので、少し動かないで欲しいのです」
食事が終わったのでウミに洗浄魔法をお願いする、いつも一緒だった馬は慣れたものだったが、新しく借りた方は少しだけ身震いしていて可愛かった。でも、体がきれいになったのは判っているみたいで、機嫌良さそうに嘶いている。
「すごく気持ちよくなったって」
「これからブラッシングするから、クレアもやってみるか?」
「うん、やりたい!」
精霊のカバンから馬用のブラシを2つ取り出してクレアに渡し、一緒にブラッシングをしていく。2人とも動かず大人しくしてくれて、ブラシを掛けやすいように頭を下げてくれたりするので、とても楽にできる。
「これくらいでどうかな、気持ちいい?」
「クレアはブラッシングがすごく上手だな、とても気持ちよさそうにしてるよ」
「気持ちのいい所を教えてくれるから、そこを丁寧にやってるんだよ」
「馬の気持ちのいい所ってどこなんだ?」
「首とか腰のあたりが気持ちいいみたい」
「俺もその辺りを重点的にやってあげるようにするよ」
「でも、お兄ちゃんにはどこを触られても気持ちいから、色々な場所をやって欲しいって」
クレアがいてくれると、本当に動物の世話が楽しく出来るな。2人も彼女が自分たちの考えを理解してくれると判っているみたいで、とてもクレアに懐いている。借りたばかりの黒い馬も、洗浄魔法とブラッシングのコンボを受けた後は、俺やクレアの頭に顔を擦り付けて、すごくご機嫌の様子だ。
ブラッシングを終わらせてクレアと一緒にみんなの所に戻る、そろそろ夕食の準備も出来ている頃だろう。
「クーちゃん、馬の世話はどうだった?」
「すごく楽しかった!」
「クレアは馬の気持ちを聞きながらやってくれるから、2人ともすごく喜んでたよ」
「私、ここに来てから今まで出来なかった事がいっぱい出来て、とっても嬉しい」
こんな笑顔を見られたら、クレアをこの大陸に連れてきて本当に良かったと思う。オーフェもそんな彼女の事を見て嬉しそうにしているし、今回の移動を家族旅行にしたのは大正解だった。夢の中の女性に会った時は、お礼を言おう。
◇◆◇
テーブルと椅子で食事を済ませ、全員のブラッシングをして仮眠をとった後に、見張りと火の番を交代する。シロが外に居てくれるので俺だけでも良かったが、ウミとカヤが付き合ってくれる事になった。
カヤを膝の上に乗せて抱きかかえて毛布をかけ、ウミは俺の背中に張り付いて毛布をかぶっている。シロも一緒の毛布を体にかけて横になっているが、こうしてみんながくっついてくれるお陰で凄く暖かい。
「旦那様はこうやって冒険者活動をしていたのですね」
「最初は泊まるのもテントだったり、食事も保存食だったし体も水で拭くだけだったけど、麻衣が来てくれて美味しいご飯が食べられるようになったし、ウミが来てくれて毎日清潔でいられるようになった」
「ウミは攻撃が苦手なのです、でもこうして洗浄魔法で頼りにしてくれるのは、とても嬉しいのです」
「それにカヤと一緒になってからは、野営がすごく楽になって助かっているよ」
「私も旦那様のお役に立てるのが、とても嬉しいです」
宿泊施設や外で使える椅子とテーブル、他にも細々とした物をカヤに作ってもらっているので、俺たちの旅はかなり快適になった。ウミのおかげで洗濯も自由にできる“衣”の部分、麻衣のおかげで改善した“食”の部分、そしてカヤのおかげで快適になった“住”の部分。
「俺たちの居た世界では、着るもの食べるもの住む場所を合わせて“衣食住”と言うんだ。それが充実していると生活の質が上がるから、全てが揃ってるこのパーティーはとても恵まれていると思うよ」
「私たちの知らない知識が沢山ある、旦那様の元いた世界というのも興味深いです」
「ダイくんが倒れた時も、マイちゃんが全然知らなかった事を色々教えてくれたのです」
「あの時のマイ様は、とても頼りになりました」
メイニアさんからも聞いたが、麻衣は俺たちの世界で発展していた科学や医学の知識で、感染の拡大を防ごうとしたり、この世界と異世界人の免疫や抗体の違いから俺の症状を探ろうとしたり、色々と手を尽くしてくれたみたいだ。
この旅行中は、彼女にも出来るだけ恩を返せるようにしていこう。今までの冒険の事や、みんなとの出会いの事、今までカヤに伝えていなかった事を色々と話しながら、見張りの時間を過ごしていった。
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出発してから4日経つが、旅は順調に続いている。荷物が全く無い事に加えて、借りた馬は2人ともとても元気に馬車を引いてくれるので、予定より早くファースタの街まで到着しそうだ。
家から離れているカヤの体調にも変化は無く、大きくなったウミや馬車が初めての3人も、この家族旅行を楽しんでくれていた。
「シロ、ちょっと走りに行きましょう」
「わうっ!」
アイナとシロはこうして、よく馬車を降りて走り回っている。エリナやオーフェが時々付き合ったり、キリエも度々馬車を降りて馬と楽しそうに並走している。
「アイナは体力があるなぁ」
「あの娘は寝る時間も早いし、宿泊施設が出来てから寝不足も解消されたみたいだから、とても元気でいいわね」
「それに食べる量も増えてきてるんですよ」
「アイナ様は更に成長されるかもしれませんね」
「私が追いつけなくなる日も、すぐ来てしまいそうです」
「ウミちゃんにも置いていかれた私は、もう全てを諦めたわ、キリエちゃんだけが心の拠り所よ」
キリエを託してくれた女性や、メイニアさんやヘストアさんを見ると、この娘の将来もかなり有望だと思うんだが、そんな存在を心の拠り所にしてしまって大丈夫だろうか。
「イーシャ様、マイ様、私もついていますので、一緒に頑張りましょう」
「カヤちゃんはダイの妖精になっても優しいから好きよ」
「一緒に大きくなれる料理を考えましょうね、カヤちゃん!」
なんか俺の後ろの方で同盟が出来上がった感じだ、俺はこの話題には一切かかわらないと決めたのでスルーする。そんな話で後ろの方が盛り上がっていたら、先行していたアイナとシロが全速力で戻ってきた。
「アイナどうした?」
「ご主人様、この先で大きな荷馬車が斜めになって動けなくなってます」
「魔物に襲われたとかじゃないな?」
「遠目で見た感じですが、車輪が壊れてしまってるみたいです」
「それは困ってるだろうから、急いで向かおう」
「私、先に行って様子を聞いてきますね」
「……アイナ、私も行く」
「エリナさん、わかりました。シロも行きましょう」
「わんっ!」
身体強化を発動した2人とシロが、速度を上げて一気に離れていく。
「すまないけど、少しだけ速く移動してもらってもいいか?」
手綱を軽く揺らすと、2人の馬も速度を上げて進み出す。大きな荷馬車と言っていたから、どこかの個人商会の臨時便だろうし、何か力になれる事があれば協力しよう。