第145話 将来
その日の夕食後、ヨークさんをエルフの里まで送り届けに行き、マーティスさんとミーシアさんにお礼の言葉も伝えた。2人は里の人たちも回復を喜んでくれるだろうと言ってくれ、本当に大きな恩が出来たと改めて感謝する。少しづつでも返していくようにしよう。
そしてイーシャとの子供を早く見たいと言われてしまった。両親に加えてヨークさんもノリノリで、どんな名前がいいかと話し合いを始めてしまう事態にまで発展した。そこで、この世界にはハーフが存在せず、親の性別と子供の性別で種族が決まると教えてもらう。言われてみると、ゲームなんかで良くあるハーフエルフみたいな存在に、出会ったことは無かったな。
キリエという俺たちの娘はいるが、メンバーの誰かと子供を作るというのは考えた事が無かった。もちろん全員の事は好きだし魅力的な女性ばかりだけど、特定の誰かという想像ができない。でも、その時が来たらしっかり考えて答えを出そう。
ちなみに、俺の頭の上に乗ったままだったウミは、イーシャの両親にとても驚かれた。
◇◆◇
お風呂の後はブラッシングタイムだが、昨日できなかった分いつもより時間をかけてしてあげよう。
キリエが俺の足の上に座ってシロのブラッシングを手伝ってくれるが、この時間はオーフェが背中に張り付いている事が多いので、ウミもその場所を開けてくれたみたいだ。昼間は大きくなってずっと頭の上に居られないのを残念そうにしていたが、こうして場所を譲ってあげる辺りとても優しい。
その代わりなんだろうか、今夜はシロの膝枕を担当してくれている。今日一日、大きくなったウミと付き合ったが、俺も含めてみんながあっさりこの変化を受け入れてしまった。やはり果物やお菓子を幸せそうに頬張る姿が変わっていないからだろう、どんな姿になっても違う精霊になってもウミはウミだ。
「シロちゃんに乗せてもらって走り回れなくなったのは少し残念なのです」
「わうーん」
「シロさんも大きくなった姿を見た時は驚いたみたいです」
「わんっ」
「でも匂いですぐウミさんだとわかったみたいですね」
クレアの翻訳でシロの気持ちが語られていくが、今朝は真っ先に気づいて待っててくれたんだよな。その時も普段とあまり変わらない態度だったが、容姿じゃなくて匂いで判断していたのか、さすがに鼻がいいだけはある。
「でも、こうして膝枕をしてあげられるのは嬉しいのです」
「わう!」
「ダイくんも膝枕してあげるですよ」
「ありがとうウミ、疲れた時はお願いするよ」
「私も旦那様の膝枕でしたら出来ると思います」
「カヤちゃんもダイの妖精になって、すっかり積極的になったわね」
カヤが家の妖精から、俺が所有する家の妖精になった事はみんなにも話している。実際に別の家に引っ越したりしないとその力はわからないが、俺に対する態度の変化にはみんなも気づいていたみたいで、こちらもあっさり受け入れられた。
「イーシャちゃんの父さんと母さんも子供の顔が早く見たいって言ってから、家族が増えても広い家に引っ越しできるし、良かったね」
「オーフェちゃん!? 2人はそんな事を言っていたの?」
「うん、ダイ兄さんとの子供が楽しみだって言って、どんな名前にしようか考えてたよ」
「ダイと私の……子供………」
イーシャはそうつぶやいた途端、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「イーシャおかーさん、お顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「だっ、大丈夫よキリエちゃん、少し考え事をしただけだから」
「イーシャちゃん、何を想像したのです?」
「……イーシャとあるじ様が、いちゃいちゃしてるとこ?」
「うぅ……ダイこっちを見ないで、品のない想像をしてしまう私を嫌いにならないで」
自分の想像で俺に嫌われると思ってしまったんだろうか、近寄ってきて胸に顔をうずめてしまった。エルフの長い耳まで真っ赤になって、少し可愛い。その頭を軽く抱き寄せて頭を撫でてあげる、少しだけ体をずらしてイーシャの場所を開けてくれたキリエも、一緒になって撫でてくれた。
今は家族や仲間としての親愛のほうが強いので、こうして一緒にいるだけで満足しているが、何かのきっかけで簡単に変わってしまうだろうし、そんな事を考えてくれた人を変に思ったりはしない。
「大丈夫だよイーシャ、そんな事で嫌いになったりしないから」
「……うん、ダイ、ありがとう」
少し子供ぽい口調になってしまったイーシャを、慰めるように撫でていると落ち着いてきたみたいだ。こうしてみると、イーシャも出会った時からだいぶ変わった。知識や経験もあって、ずっとみんなを導くような立場で俺たちを見てくれていたが、今は隣に立って一緒に歩いてくれている感じがする。
「私もご主人様の子供なら欲しいです」
「……私はあるじ様のものだから、好きにして」
「わっ、私も大きくなったらお兄ちゃんの子供が……」
「ボクだって将来そうなれたらいいなって思ってるんだよ」
「私とダイ先輩はご近所に夫婦として挨拶に行った実績があるんです、いつでも大丈夫ですよ!」
「キリエもおとーさんの子供を産むー」
「私の産んだ卵のお父さんにもなってくれるよね、ダイ君」
「私は旦那様と子供は作れませんが、皆様と旦那様の子供は全員等しく愛してあげる自信があります」
「ダイくん、ウミはやっぱり大きなお城を建てるしか無いと思うのです」
シロもこちらの方をじっと見てるけど、お前も俺の子供が欲しいのか?
昨日一晩離れてしまったからか、みんなのブレーキが壊れてしまったように、俺に気持ちをぶつけてくれる。今すぐは無理だけど、みんなの想いにどう応えるか、答えを探すように心がけようと改めて思った。
◇◆◇
「ダイくんの枕の上も良かったのですが、こうして並んで眠れるのも嬉しいのです」
「俺も隣で寝てるのがウミというのが、とても新鮮だよ」
「旦那様、やはりベッドを大きく作り変えますね」
「さすがにこの状態でユリーさんやヤチさんも泊まりに来たら窮屈すぎるし、お願いしてもいいか?」
「腕によりをかけて素晴らしいものに仕上げてみせます」
「明日、冒険者ギルドに聞きに行きたい事があるから、そのついでに材料も買い出ししようか」
「ダイ兄さん、何を聞きに行くの?」
「中央大森林の中にある大きな湖の近くに遺跡があるみたいなんだけど、その場所を聞きに行こうと思うんだ」
「そんな場所に遺跡があるってよく知ってたわね」
「あー、実は夢の中で教えてもらったんだよ」
そうして、倒れていた時に見た夢の話をみんなにしてみたが、唖然とされてしまった。確かに世界の記憶と話をしたと言っても、普通は信じてもらえないよな。
「ダイ先輩の思い込みって事はないですよね?」
「精霊や妖精の祝福の事もその人に教えてもらったし、夢の中で話した内容はしっかり覚えてるから、全てが幻だとは思えないんだ」
「……ぁぅ」
「ぅぅっ……」
祝福の事を話したので、ウミとカヤが照れてしまった。
「お兄ちゃんの周りでは次々と不思議な事が起こってるけど、これは極めつけだね」
「……あるじ様は世界に愛された」
「興味を持ったとは言ってくれたけど、それは無いと思うぞ」
「私はそれだけでも十分すごいと思うんだけど」
竜族にまで凄いと言われてしまったけど、どうしよう。これでそんな遺跡は存在しませんとかギルドで告げられたら、自分の妄想癖を心配しないといけなくなってしまう。
「とにかくギルドで聞いてみたらはっきりすると思う」
「次の冒険はそこに行くんだね、ボクの覚えられる場所だといいんだけど」
「何が出てくるか楽しみだね、おとーさん」
雑貨屋に2日連続で通うことになってしまったが、今日はウミの服の事で頭が一杯だったから仕方がない。それに、みんなで出かけるのは楽しいので問題ないだろう。
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朝はお約束どおりウミに抱きつかれて、そのまろやかさを再認識することになったが、他の人と違って落ち着いていられたのは、守護精霊という特別な存在だからだろうか。もちろんこんな可愛い娘が抱きついてるのでドキドキするけど、安心できる気持ちの方が強くなる不思議な感覚だった。
そんな朝の一幕はさておき、雑貨屋でベッドの拡張に必要な資材を買い集め、混む時間帯を避けてお昼前に冒険者ギルドへと到着した。今日はここに初めて来るメンバーも居るので、入った途端に興味深そうにあたりを見回している。他の冒険者も少ないので、この人数で受け付けに行っても大丈夫そうだ。
「中もすごく広いんだね、お兄ちゃん」
「あちらには飲み物や食事を出す場所もありますね」
クレアとカヤがそんな言葉を漏らし、オーフェやアイナたちがここの説明をしている。受付嬢がこちらをじっと見ているので、窓口の方に移動しよう。
「こんにちは」
「虹の架け橋の皆さん、いらっしゃい、今日は人数が多いですね」
「すいません、冒険者登録していない家族も連れてきたので」
「この時間は空いてますから大丈夫ですよ」
受付嬢がにっこり笑ってくれるが、その視線は俺の頭の上に釘付けだ。今まで頭に掴まっていた人形サイズと違い、大きくなったウミが乗っているから仕方がないか。
「いつもの小さな精霊さんの代わりに、すごく大きな人が乗っていますが、重くないんですか?」
「大丈夫ですよ、彼女は飛べるので」
「えぇっ!? 飛べる!!!???」
ウミが浮いたまま少し俺から離れて静止したので、受付嬢はパニック状態だ。なんか、ホントすいません。
「ウミはダイくんの守護精霊になって、大きくなったのです」
「精霊って成長するんですか!?」
その声で、他のスペースにいた受付嬢も次々に集まってきた。後でギルド長に怒られたりしないだろうか、ちょっと心配になる。
ウミが守護精霊のことを一生懸命説明しているが、その喋り方と以前の面影がある顔つきと声で、いつも一緒にいた精霊だと納得してくれたみたいだ。集まってきた人が元の場所に戻ったのを見計らって、改めて挨拶をしてくれた。
「し、失礼しました。虹の架け橋の皆さん、冒険者ギルドへようこそ、本日は依頼の受注ですか?」
「いえ、今日は教えてもらいたい遺跡の情報があってきました」
いつものテンプレ対応に復帰した受付嬢に、中央大森林にある遺跡の事を聞いた。そこは遺跡というより、森と一体化した廃墟のような場所で、湖を取り囲むように建物跡が点在しているらしい。
「近くにリザードマンの集落があるので、あまり近づかないようにして下さい。あちらから襲ってくる事はありませんが、彼らはとても力が強いので、一般の冒険者だと簡単に倒されてしまいます」
「わかりました、ありがとうございます」
イーシャは地図を見て気づいたようだが、俺も今の言葉を聞いて何となくその予感がした。もしかしたら、久しぶりに会えるかもしれない。それならファースタの街から森に入るのが近いだろう、そこまでは定期便で行くのも手だが、レンタル馬車のほうが気ままに旅ができそうだ。
頭の中に次々と計画が浮かんでくるが、出発はもう少し先のほうが良いだろう。クレアも誘ってみたいし、ウミやカヤもその性質が変化しているから、とりあえずこの先なにも無ければ、月が変わるくらいの時期を目処に計画を立てよう。
◇◆◇
冒険者ギルドを後にして、自宅に戻る道をみんなで歩く。リザードマンの住処に行った時は、この世界に来たばかりで右も左もわからず、ほとんど他の場所を見る事も無く、近くの街まで送り届けてもらった。今度行ったら、もっと色々な話をしたり交流をして、彼らの事をもっと知りたい。
「イーシャ、やっぱりあの場所の近くなのか?」
「えぇ、そうね。あそこからとても近い場所にあるわ」
「また皆さんに会えるのは私も楽しみです」
「ダイ兄さんとアイナちゃんとイーシャちゃんは、リザードマンの知り合いがいるって聞いたけど、その場所に居る人がそうなの?」
「さっき見せてもらった地図だと、間違いないわね」
「リザードマンに会えるなんて楽しみだよ、その場所もちゃんと覚えるね」
「近くには小さな湖もあったし、色々な設備も作ってあったから、覚えられると思う」
「おとーさん、キリエもお友達になりたい」
「小さな子もいたし、きっと友だちになれるぞ」
リザードマン達にお世話になった思い出や、アイナやイーシャと出会った時の事を思い出しながら、家までの道をみんなでのんびり歩いていった。ファースタの街にある、この世界で初めて利用した宿屋、真夜中の止まり木のおじさんにも会いたいし、獣人用の服を売ってくれたお店のおばあちゃんにも挨拶したい。
俺たちパーティーの原点とも言える街に行くことが決まり、懐かしい気持ちと共に未知との遭遇への期待が高まってきた。夢の中で聞いた俺の探している物とは何だろう、どんな物が眠った遺跡なのかとても楽しみだ。