第142話 白い空間
この話からいつもの視点に戻ります。
真っ白の空間に俺は立っていた、周りには何もなく地平線や空の境目も存在しない、閉じた空間なのか無限に広がる空間なのかすらわからない、ただ白いだけの場所だ。
確か、上から落ちてくるトゲの付いた実からウミを守ろうとして、それが刺さってしまったんだ。ちゃんと治療してもらったけど、体に力が入らなくなって倒れてしまった。もしかして俺は死んでしまったんだろうか、魔物に襲われたり病気じゃなくて、見た事のない実が刺さったのが死因だと、ちょっと情けないな。
ウミを守れたのは良かったけど、突然の事でみんなを悲しませてしまったのは悔いが残る。もし生き返れるなら、謝って全員を撫でてあげよう。
「それにしても、ここはどこなんだ?」
そう呟くと、目の前の空間が形を持ちはじめ、やがてそれが光る体を持つ1人の女性の姿に変わった。その体や髪の毛には色がなく、お店に置いてあるマネキンの様な感じだが、とてもきれいな顔をしていて、人形ではなく生きているオーラを感じる。
「おはようございます、ダイさん」
「おはようございます」
目の前の女性の目が開き、俺に向かって挨拶をしてきた。なぜ名前を知っているのかと疑問に感じるが、吸い込まれそうになる不思議な印象がある女性の目を見ていると、そんな些細なことはどうでも良くなってくる。
「ここはどこで、あなたは一体誰なんです?」
「ここはそうですね、あなたの夢の中といった場所でしょうか。そして私はこの世界の記憶という存在と思ってくれていいですよ」
「俺は死んでしまった訳ではないんですね」
「はい、大丈夫ですよ」
「それなら安心しました」
「やはり死ぬのは怖いですか?」
「精霊の女の子を守れたのは後悔してませんが、まだまだやりたい事はたくさんありますし、何より仲間たちを悲しませてしまうのが辛いです」
「精霊はあなた達のように怪我や病気で死なない存在だとしても、守ろうとするんですか?」
「ウミは大事な家族ですし、とても大切な女の子です。たとえどんな存在だとしても、同じような事があれば、俺は同じように守ろうとします」
女性は少しだけ探るような視線をこちらに向けてくる、俺の発言の真意を図っている感じだ。
それにしても、こうやって普通に話をしているが、夢の中というのは納得できなくもないとして、世界の記憶というのは一体どんな存在なんだろう。メイニアさんに乗せてもらって空を飛んだ時に、この世界は丸い惑星だろうと気がついたけど、星そのものが実体化した感じだろうか。
「ところで、そんな人がなぜ俺の夢の中に?」
「私の事も人として接してくれるのですね、やはりあなたはとても面白い方です」
「俺にはあなたが綺麗な女性にしか見えませんから」
目の前の女性は、おかしそうに小さく笑った。体は光っていて色は無いけど、その姿は女性そのものだし、この世界に来て地球には存在しなかった色々な種族を見ているから、少しくらい変わった姿かたちをしていても人には違いないと思う。
「ここに来た理由でしたね。それは精霊と妖精の両方から祝福を受けたあなたに興味が湧いて、少しだけお邪魔してみました」
「精霊と妖精の祝福ってなんですか?」
「簡単に言うと、あなたの近くに居る精霊と妖精に、とても慕われているという事です」
近くに居る精霊と言えばウミだし、妖精はカヤだろう。確かにウミは俺の頭の上を気に入っていて、自分の居場所だとまで言ってくれた。カヤも最近は甘えてくる事も増えたし、近くに寄り添ってくる事も多い。
「2人にはとても気を許してもらっていると思いますけど、俺の眠っている間にあなたがここに来たくなるような事があったんでしょうか」
「それは2人に会えば判りますから、目が覚めたら優しくしてあげて下さい」
女性の態度には、それ以上の事は教えてくれそうにない雰囲気が漂っている。気を失っている間に何かあったのだとしても、あの2人の事だから俺が困ったり迷惑になるような事はしないだろう。
「わかりました、あの2人の事は俺も大好きですから、心配かけたことを謝って、いっぱい撫でてあげようと思います」
「それはとても喜んでくれるでしょうね」
「大切な家族が喜んでくれるなら、俺も嬉しいです」
「でも、あなたには本当に興味をそそられます」
「俺はこの世界の人間ではありませんから、そう感じるんじゃないでしょうか」
「それだけが理由ではないのですけどね」
女性は組んだ手を顎に当てて、考えるような仕草を見せる。俺に興味を持ったと言ってくれたが、その理由を思い浮かべているんだろうか。
「あなたはこの事を伝えに来てくれたんですか?」
「本当は姿を見たら帰ろうと思ったのですが、つい話しかけてしまいました」
「俺はあなたと話ができて嬉しいです」
俺の言葉を聞いた女性は、微笑みながらじっと見つめてきた。それはとても安心できる不思議な笑顔で、この世界の記憶という大きな存在だから醸し出せる雰囲気をまとっていた。
「そろそろ時間ですね、あなたはもうすぐ目が覚めるので、ここでお別れです」
「あの、また会えますか?」
「ふふふ、本当にあなたって人は」
本当なら姿を見せずに帰ってしまうはずだった人とこうして会えて、もっと色々な事を話したいと思った。だからまた会いたいと言ったが、その言葉がおかしかったのか女性は口元に手を当てて上品な笑い声を上げる。
「またあなたの夢と波長が合えば会いに来ますね」
「はい、楽しみにしています」
「そう言えば、あなたは魔法回路に興味がおありでしたね」
「えぇ、この世界に来て初めて触れた技術なんですが、とても面白いです」
「それでしたら、中央大森林の大きな湖の近くにある遺跡に行ってみるといいですよ、あなたの探しているものが見つかるかもしれません」
「ありがとうございます、必ず行ってみます」
「それでは、機会があればまた会いしましょう」
「あなたの名前は何というんですか?」
「私に名前は無いのですが、あなたが付けてくださる?」
「それじゃぁ、次に会うときまでに考えておきます」
「あら、これはまた会いに来るしかなくなってしまいましたね」
「いつでも会いに来て下さい」
「素敵な名前を考えておいて下さいね」
女性は小さく手を振って、透明度を上げていくように俺の前から姿を消した。名前を考えると約束したから、次も会いに来てくれるだろう、それまでに素敵なものを用意しておかないといけないな。
―――――・―――――・―――――
目が覚めるとベッドの上だった、天井がいつもと違うので、ここは客室みたいだ。外はまだ薄暗いので、朝の早い時間だろう。森で倒れてから、どれくらいの時間を眠っていたんだろう。何日も目を覚まさなかったとしたら、相当みんなに心配をかけてしまったに違いない。
とても不思議な夢を見てしまった。この世界の記憶と名乗る女性が俺に会いに来て、精霊と妖精の祝福を受けたと言っていた。それに魔法回路に関して遺跡を調べてみろとも言われた。本当にそんな存在が夢に現れたのか、単に俺の妄想かはわからないけど、次に会う時までに名前だけはちゃんと考えておくようにしよう。
みんなの様子を見に行くために起き上がろうとしたが、俺の上に誰かが乗っていて布団が盛り上がっている。もしかしてキリエが来てしまったんじゃないかと思い布団をそっとめくると、そこには水色の髪の毛をした綺麗な女性が眠っていた。
水色の髪の毛といえばウミだが、目の前の女性は精霊サイズでなく、どう見ても普通の人間サイズだ。夢に出てきた女性が精霊の祝福を受けたと言っていたが、もしかしてその影響でウミが変わってしまったんだろうか。
「……うにゅ」
俺が布団をめくったからか、その女性は少し身じろぎして俺の方をぼんやりと見つめる。そのサファイア色の瞳が俺の姿を捉えたのか、徐々に焦点を結ぶと同時に涙が滲みはじめた。
「ダイくん、目が覚めたのです!?」
「やっぱりウミなのか?」
そのウミと同じ喋り方をする女性は、目に一杯の涙を浮かべて俺に抱きついて、肩に顔をうずめて泣き出した。
「ダイくん、ダイくん、ダイくん、良かったのです、ダイくん」
「ウミ、すまないけどちょっと落ち着いてくれ、俺はどこにも行かないから」
人間サイズになったウミが思いっきり抱きついてくるので当たってるんです、俺の胸にまろやかさんが。しかもこの感じは、エリナとメイニアさんの中間くらいじゃないだろうか。それに何も身に着けていないから、まろやかな中に別の触感が。
でも、こんなに必死になるまで俺の事を心配してくれていたんだと思うと、とても愛おしくなる。ウミの体をそっと抱き寄せて、頭を優しく撫でてあげる。しばらくそうしていると、少し落ち着いてきたみたいだ。
「やっぱりダイくんに撫でられると、とても気持ちがいいのです」
「心配かけてごめんな、ウミ」
「ウミを助けようとしてくれたのですから、ダイくんは何も悪くないのです」
「俺はどれくらい眠ってたんだ?」
「昨日倒れてから、一晩眠っていたですよ」
倒れたのが昼過ぎだから、半日以上目を覚まさなかったのか。ウミのこの取り乱しっぷりを見ると、他のメンバーも相当心配してくれたんだろう。
「それよりウミ。どうしてそんなに大きくなってるんだ?」
「ダイくん、何を言ってるのです? ウミはウミですよ」
自分の体の変化に気づいていなかったのか、ウミは俺に抱きついたまま自分の手や脚の方を確かめだした。俺にくっついているので確かめ辛そうだが、離れると色々と危険な場所が見えてしまうので、そのままでお願いします。
「ウミの体が大きくなってるのです! ダイくん、一体なにがあったのです!?」
「いや、俺もいま起きたばっかりだから、何があったか全くわからない」
「ウミはダイくんの看病をしていただけなのです、そしてダイくんに……」
何かを思い出したのか、ウミの顔が赤く染まっていき、俺の腕の中でワタワタとしだした。あんまり暴れると見える、見えてしまう。それに俺の胸に当たっているまろやかさんが、すごい勢いで形を変化させてます。
「ウミすまないけど、まず服を着てもらえるか」
「わっ、わかったのです」
ウミは布団を自分の体に巻きつけるようにして、俺から離れていった。とりあえず机の上に置いてあった俺の着替えを取って、ウミに手渡して後ろを向く。しかしウミって、こんなに顔を真っ赤にして恥ずかしがるような性格だったっけ。小さいサイズの時は水着を着ずに一緒にお風呂に入ろうとするくらいだったし、人間サイズになって羞恥心が出てきたんだろうか。
「とりあえず着てみたのです」
「男物の服で悪いけど、これで落ち着いて話が出来るよ」
「ウミはダイくんの服を着られてとても嬉しいのです」
サイズが合ってないので服の袖とか余ってるが、それを口元に持っていって少し匂いをかぐような仕草をしている。カヤが洗濯をしてくれているので変な匂いはしないと思うが、はにかむように頬を染めて、こちらをチラチラと見てくるポーズは、はっきり言ってむちゃくちゃ可愛い。
身長は恐らくイーシャや麻衣と同じくらいに伸びて、1本三つ編みだった長い髪の毛は解けて後ろに広がっている。顔は精霊サイズの時から少し大人びているが、まだ少女の面影も残していて愛らしい。大きく変わったのは胸の戦闘力だ、さっき直接味わってしまったが、エリナを超えてメイニアさんに次ぐ破壊力を備えてしまった。
「急に大きくなったけど、体の不調とかはないか?」
「今までと大きさが違うので、慣れるまでは苦労しそうなのですが、特に変な感じはないのです」
「それならいいんだけど、ウミってまだ精霊だよな」
「もちろんそうなのですよ、空も飛べるし精霊魔法も使えるのです」
そう言って少し空中に浮き上がり、目の前に生み出した水の玉を、手ぬぐいの入った桶の中に移動させている。そうなると、精霊の容姿が変わるのは、より上位の存在になった時のはずだ。
「ウミって上級精霊になったんじゃないか?」
「そうなのかもしれないのですが、上級精霊は精霊界から出られないので、少し違うと思うのです」
「力が強くなったりとかは?」
「もう少し大きな魔法じゃないとわからないですが、下級精霊はすごく集まってくれるようになったですよ」
話を聞く限り力も増しているようだし、確実に上位の階級になっているのは確かだろうな。精霊界の外に出られる上級精霊っぽい何か、そんな不思議な存在になってしまったって事か。
「よくわからないが、ウミはウミだしそれでいいか」
「そうなのです、ウミはダイくんのそばにいられれば何でもいいのです」
そう言って2人で笑い合う。姿は変わってしまったが、ウミが俺の大切な家族である事に変わりはない。
「それよりダイくんの方こそ何があったのです? 下級精霊が周りに集まってるです」
「え!? そうなのか? 俺には精霊の声は聞こえないから全くわからないよ」
「イーシャちゃんみたいに、自分たちの声が聞こえるので集まってる感じではないのです、まるでダイくんの事を好きになってしまった感じなのです」
「さっき夢の中で精霊の祝福を受けたって言われたんだけど、それの影響なのか?」
「あぅっ……そ、そうだったのです、きっとそのせいなのです」
ウミはまた顔を赤くして、俺から目線を外してしまった。急に恥ずかしがったり、本当に変わってしまったな。俺が寝ている間に何かあったのは確実だろうけど、ウミの様子を見ると無理に聞き出すのはかわいそうだ。
「特に悪い影響がないんだったら、俺はそれでいいよ」
「それは大丈夫なのです、精霊が集まってくるといい影響のほうが多いのです」
それなら問題ないな。それより、そろそろみんなの様子を見に行こう。起こすには早い時間だけど、寝顔を見て頭を撫でるだけでもしてあげたい。
大きくなってしまいました、色々と(笑)
資料集の更新は2話後に一気にやります。