第140話 それぞれの想い3
誤字報告ありがとうございます。
パスタやピザにトッピングされてる魚の塩漬けみたいな名前の人も言ってましたが、ノリと勢いだけで書いてる部分も多いので、固有名詞の間違いも散見してます(汗;
今回もヒロインやサブキャラの思いが語られる話の3話目になります。
麻衣は厨房でミルクを鍋に入れて弱火で温めている、蜂蜜を入れたホットミルクを作るつもりだ。ダイの様子はカヤが見ていると言ってくれたが、1人になるとどうしても彼の事を考えてしまう。
「マイちゃん、かなり無理をしていないかい」
「やっぱりわかってしまいますか?」
入り口から入ってきたのはメイニアだった。竜族は“気”に敏感な種族なので、麻衣が気を張っていると感じて、様子を見に来てくれたのだ。
「私も力になるから、あまり1人で抱え込まないほうがいいよ」
「ありがとうございます。でも、ダイ先輩にはこれまで助けてもらってばかりでしたから、今は私が頑張らないといけないって思うんです」
○○○
メイニアは麻衣と話をしながら、自分の持つ並列思考の特技で別の事を考える。
ダイという人族の男性は、とても不思議な魅力を持った人物だ。この世界とは違う場所から来たと言っていたが、それだけが理由ではないと思う。目の前に居るマイという少女も彼と同じ世界から来ていて、とても優しくて暖かく包み込むような“気”を持っている。
しかし彼からは、もっと大きくて底が見えないくらい深い、竜族の私ですら覆い尽くしてしまう程の広大な“気”を感じる。それが不特定多数ではなく周りに居る者にだけ向けられるから、古竜族の中で最も長命で気位が高いと言われた母ですら、彼に依存するように眠ってしまった。
そんな彼だから、自然そのものと言える精霊や、本来なら家とその持ち主に奉仕するだけの存在である妖精に、あれほど慕われているんだろう。
そしてそれは、撫でられている時に一番強く感じる事が出来る。普通の種族でさえ、暗示で縛った心の楔を解き放ってしまう程の安らぎを与えるのだ、“気”に敏感な竜族が彼のなでなでを受けると、それまで感じた事の無い情動が湧いてくる。
きっとこの気持が、異性に対して抱く感情なんだろうと、メイニアは考えていた。
○○○
「あれは異世界の知識なんだろう? この世界と違っていて驚いたよ」
「私たちの居た世界には魔法やスキルはありませんでしたが、代わりに科学や医学が発達していましたから」
「マイちゃんのおかげで、みんな今の状況でも取り乱さずに済んでいるんだよ」
「私も本当はダイ先輩に縋り付いて、目を覚ましてって泣き叫びたいんです。でも……私が……」
「大丈夫だよ、マイちゃん。ここには私しか居ない」
麻衣はメイニアの胸に顔を埋めて静かに泣きはじめた、それを優しく抱きとめて頭を撫でてあげるメイニア。厨房には暫くの間、小さい嗚咽の音だけが流れていた。
◇◆◇
「ダイ先輩、目が覚めますよね」
「彼から感じる“気”は少し乱れているけど弱くなっている訳じゃない、きっと目を覚ますと私は信じているよ」
しばらく泣いた後、麻衣は不安そうな顔でメイニアを見上げながら問いかける、その答えに少しだけ安心したのか、水で顔を洗った後に温めていたミルクに蜂蜜を溶かしはじめた。
「甘くて温かいミルクが出来上がったので、リビングに行きましょう」
そう言って、無理やり浮かべた笑顔で厨房を後にする麻衣の姿を見たメイニアは、料理が上手で優しいだけでなく、とても強い娘なんだと認識を改めた。
◇◆◇
リビングは暗い空気に包まれていた、麻衣が作ってくれた蜂蜜入りのホットミルクで少しだけリラックスできたが、やはりダイが居ないという事実が重くのしかかっている。
そこにダイの看病をしていたカヤが戻ってきて、みんなの視線が一斉にそちらの方に向いた。
「カヤちゃん、ダイ先輩の様子はどうですか?」
「苦しんでいる様子は無いのですが、熱も下がりませんし、意識も戻りません」
その答えに全員が肩を落とすが、何かを決めたようにイーシャが立ち上がる。
「ポーションや毒消しが効いていないのかもしれないわ。私、お祖父様に相談しに行ってくる」
「それがいいかもしれないね、送るよイーシャちゃん」
「オーフェちゃん、お願いするわね」
オーフェリアの開いた転移の門を一緒にくぐって、イーシャはエルフの里へと移動していった。残ったメンバーは、ヨークなら何とかしてくれるかもしれないと、祈るように2人が消えた場所を見つめる。
「私、お兄ちゃんの看病に行ってくる!」
そう言ってクレアが2階へと走っていく。アイナとエリナは目を覚まさないダイの姿を見るのが辛く、お互いの手を握って俯いたまま動けなかった。
「カヤちゃん、少し雰囲気が変わったね」
「カヤおかーさん、大きくなった気がする」
入ってきたカヤをじっと見つめていたメイニアとキリエが、そんな言葉を漏らした。
「いえ、特に体が大きくなったという事は無いと思います、着ている服もそのままですし」
「ウミから見ても、カヤちゃんは少し変わったように見えるのです」
竜族の2人に加えて精霊にまでそう言われ、カヤは頭の中に疑問符を浮かべる。ダイへの想いに気づき、口づけをしたことが原因なのだが、カヤ本人も自分の存在に変化があった事に気づいていない。
メイニアだけはカヤとダイの間に、とても大きな“気”の流れが出来ている事に気づいたが、2人の間に何があったにせよ、悪い変化ではないので黙って見守ることに決めた。
◇◆◇
イーシャとオーフェがエルフの里に転移してきて、一直線にヨークの部屋に向かう。そこにはイーシャの両親、マーティスとミーシアの姿もあった。3人の姿を見たイーシャは、緊張の糸が切れて涙があふれてしまい、ヨークのもとに駆け出していく。
「お祖父様!」
「イーシャ、血相を変えてどうしたんじゃ」
「ダイが、ダイが大変なの、目を覚まさないの、お願い一緒に来て」
「それでは何があったのかわからん、落ち着いて説明するんじゃ」
「あのね、ダイ兄さんにトゲの付いた実が刺さったんだけど、そのあと倒れちゃってポーションや毒消しを飲ませても、目を覚まさないんだよ」
「なんじゃと!?」
「お願い、もうお祖父様しか頼れる人はいないの、このままダイが目を覚まさなかったら、私……」
両目に涙を浮かべてヨークにすがりつきながら懇願するイーシャの姿を見て、マーティスとミーシアも目を丸くする。里の男など歯牙にもかけなかったイーシャが、1人の人族の男性のためにここまで必死になっているのだ。
エルフ族はマナ耐性やマナ変換速度が非常に高い種族だ、それだけの魔法適性を持っているので、平凡な能力しか持たない人族を見下す傾向があった。
特にイーシャは祖父の古いエルフの血を受け継いでいて、魔法の同時発動や精霊魔法を使える事に加え、弓の才能もあった。この里でもヨークに次ぐ実力を若いうちに手に入れ、誰も仲間を作らずに1人で里を飛び出していったような娘だ。
ダイには何度も会っていて、その人柄や雰囲気は良く知っているし、イーシャもかなり気を許している事には気づいていた。しかし、ここまで彼女の中で大きな存在になっているとは、マーティスとミーシアも思っていなかった。
「マーティス、里の倉庫から霊薬を持ってきてくれんか」
「わっ、わかりました」
ヨークに霊薬を持って来るように言われ、マーティスは慌てて外に走っていった。霊薬はエルフにとって秘伝中の秘伝、外部に持ち出すことは禁じられている。ヨークが少し前に患った病気など治せない病もあるが、大抵の病気や状態異常を回復させることが出来る秘薬だ。
禁忌を犯してしまうことになるが、彼らが里のためにやってくれた事を思うと、誰も反対する者はいないだろう。それに白狼や精霊にあれだけ慕われている者の命を救う事が出来たのなら、里の者は全員喜んでくれるに違いない。
マーティスもダイの事は気に入っており、倉庫から霊薬を取り出すと急いで部屋に戻っていった。
「これならばダイ君にも効くかもしれん、オーフェちゃん王都まで頼めるかの」
「うん、任せてよ」
「お祖父様、ありがとう」
「マーティス、ミーシア、後は頼むぞ」
「里の者へは私から説明しておきます」
「イーシャちゃん、ダイさんが元気になったら、また遊びに来るように言ってね」
「わかったわ、お母様。お父様も、よろしくお願いします」
オーフェリアの開いた転移の門をくぐって、3人は王都に戻っていった。その姿を並んで見送ったマーティスとミーシアは、ダイの回復を天に祈った。
「イーシャがあれだけダイ君に好意を寄せているとは気づかなかったよ」
「私は初めてあの2人を見た時から、こうなると思っていたけれど、ダイさんならきっとあの子の気持ちを受け止めてくれるわ」
「そうだね、私も彼になら娘を任せられる」
「種族も寿命も違うけれど、2人ならうまくやっていけると思うわ」
「キリエちゃんも可愛いが、イーシャから生まれる孫も楽しみだな」
「うふふふふ、そうね」
男の子が生まれたら人族、女の子が生まれたらエルフ族、そのどちらでも可愛いだろうと、マーティスとミーシアは微笑みあった。
○○○
この世界にはハーフというものは存在しない、違う種族同士が子供を作ると親の性別でどちらかの種族になる。ノーム族の男性とハーフリング族の女性が子を成せば、男の子ならノーム族、女の子ならハーフリング族になる。同様に犬人族の男性と猫人族の女性の場合でも、男の子なら犬人族、女の子なら猫人族だ。
大柄な種族と小柄な種族など、あまりにもかけ離れた種族間では妊娠しにくい場合があるが、姿形の似通った種族間なら子供が出来る可能性は非常に高い。人族とエルフ族が結婚した事例はとても少ないが、あの2人ならどんな障害でも乗り越えられるだろう。
◇◆◇
クレアは桶に入れられた冷たい水で洗った手ぬぐいを絞って、ダイの顔に浮かんだ汗を丁寧に拭いてあげている。あれから一向に熱は下がらず、額に手を当てるととても熱い。熱のせいで息は多少荒くなっているが、苦しそうな表情をしていないのが唯一の救いだ。
「お兄ちゃん、早く良くなって、みんな心配してるよ」
眠っているダイに向かって、クレアは話しかける。出会ってそんなに時間は経っていないが、彼女はダイに大きな好意を寄せている。
行方不明になった父と母を探すため、叔父を名乗る男に協力していたが、実はその原因を作った張本人だった。それを聞いた瞬間、クレアの心は壊れかけた。世界から色と音が失われ、目の前の光景はヒビが入ったように見えた。
そんな世界の中で唯一感じられたのが、頭から伝わってくる優しくて大きな感覚だった。そして耳に入ってきた「家族にならないか」という言葉、それを聞いてクレアの心はバラバラにならずに済んだ。
「お兄ちゃんが壊れかけた私の心を治してくれたように、今度は私がお兄ちゃんを治してあげたい」
クレアはダイの手を取って、自分の胸に抱き寄せる。こうしていると、固有魔法でダイの心に自分の気持を届けられるのではないかと考えたが、意識の無い人間に彼女の能力では共鳴できない。しかしクレアは、彼の意識を目覚めさせようと、必死に呼びかけ続けた。
「私がこんなに早く立ち直れたのは、全部お兄ちゃんのおかげ」
あの屋敷から助け出された直後はずっと心が不安定だった、ダイが近くに居ないととても不安になって、目が覚めるたびに彼の姿を探し回った。それが少し落ち着いてきたのは、その晩一緒に眠った時に、彼が夢の中で「ずっと一緒に居るから大丈夫だよ」と言ってくれたからだ。
「私の全部をあげてもいい、だから目を覚まして、お兄ちゃん」
そのままクレアは、ヨークたちが客室に入ってくるまで、ダイの手を握り続けた。