第139話 それぞれの想い2
内に秘めた気持ちが語られるストーリーの2話目になります。
オーフェリアとシロは岩の塊がゴロゴロと落ちている場所で、直接殴ったり魔法で作られた剣で切り刻んだりしている。“炎拳”のコマンドワードで紅炎に刻まれた魔法回路から発生した、火の上位魔法である青い炎で作られた剣は、岩くらいなら簡単に切り裂いてしまう。
紅炎とはプロミネンスと呼ばれる、太陽の表面から立ち上る炎に見える現象の事だ。籠手を守るように、手の甲から浮かび上がる炎の剣は、その名に相応しい輝きを放っている。
「前とあまり変わらないって言ってたけど、これ強くなってると思うよ。やっぱりダイ兄さんの作る魔法回路はすごいね、シロ」
「わんっ!」
魔法とマナコートを両方解除して、オーフェリアはシャドーボクシングのように、拳を前に突き出した。
「ねぇシロ、近くに魔物はいないかな?」
「く~ん」
「そっか、それは残念だけど仕方ないね」
ダイ兄さんはクレアが落ち着くまで冒険者活動は控えて、一緒にいる時間を増やしてあげようと言ってくれた。家族の事をとても大切にしていて、目の前で困っている人がいたら手を差し伸べてくれる、兄さんはそんな人だ。
○○○
他の種族と仲良くなりたいとこの大陸に渡ってきて、森の中から抜け出せずに困っていた。この大陸には街や村がたくさんあるから、方向音痴でも適当に歩いていれば何処かにたどり着くだろうと思っていたけど、それは甘い考えだった。
食べる物も無くなってもうダメかもしれないと思った時に、遠くで大きな音が聞こえたのでその方向に進んで行くと、崖の下で過激派魔族と戦っている人たちを見つけた。かなり上位の魔族が放つ攻撃をしのいだり、傷を負わせているのを見て、最初は興味本位で手助けをした。
そして、色々な種族が仲良く寄り添っているの姿を目の当たりにして、自分もその中に加わりたいと思ってお願いしてみると、あっさり受け入れてもらえたので驚いた。その理由を聞いたら、“笑顔が素敵だったから”と言われるし、可愛いと言ってくれたり、髪の毛や瞳も褒めてくれた。
ボクは自分の男の子みたいな喋り方が嫌いだった、だから髪の毛を伸ばしたりスカートを履いたり、少しでも女の子っぽくなれるように努力した。でも喋り方だけは、ボクの中にあるボクを形づくるものが、どうしても直してくれなかった。
そんな自我を持って生まれて来たことを恨んだりしたが、今は全く気にならなくなった。兄さんはボクのことをちゃんと女の子として見てくれるし、いくら甘えても嫌な顔をせずに受け入れてくれる。
年上の男性なので、何となく兄と呼び始めたが、今では本当の兄妹のように思っている。兄に抱く感情以上のものが自分の中にあるのはわかっているけど、家族として過ごしている日々が楽しいので、まだこのままの関係でいい。オーフェリアは紅炎を見つめていた顔を上げ、空を眺めながらそう思った。
○○○
「わうっ! わん、わん」
「シロ、どうしたの?」
「わうん! うーーー、わんっ!」
「向こうで何かあったんだね、行こう!」
「わん!」
シロが急に吠え始め、服を咥えて別の場所に連れて行こうとするので、オーフェリアも何か異変があったと気づき、マナコートを発動して一気に加速する。シロも走る速度を合わせてオーフェリアを先導しているが、その姿は必死に自分を抑えているように見えた。
シロは焦っていた、遠くに感じていたダイの気配が、森の中で急に弱くなったのだ。本当ならもっと全力で駆けつけたい、しかし後ろからついてくる赤い髪の少女を置いて行くことは出来ない。焦る気持ちを必死になだめながら、ダイの身に何が起こったのか懸命に気配を探る。
○○○
深い眠りから目が覚めた時、最初に見たのがその人族の顔だった。その男の近くは母と同じ様に安心できて、とても不思議な気分になる。男が治療してくれたのか、体中にあった傷は治っていた。助けてくれたお礼を伝えようと顔を舐めていたら起きてきて、優しい声で話しかけてくれた後に、テントの外に連れて行ってもらった。そこに居たエルフと人族に話しかけると、食べ物を出してもらえたが、それは温かくお腹も心も一杯になった。
ある日、母と2人で暮らしていたシロは、大きな鳥の魔物に捕まってしまう。母は自分を生んだ後に体調を崩していて、連れ去られる子供を為す術なく見つめることしか出来なかった。必死で抵抗したが、爪で傷つけられた体が痛くて、思うように動けないでいた。
しばらく捕まったまま身動き出来ないでいると、岩山の上を低く飛び始めたので、力を振り絞って足に噛み付いた。すると捕まえていた力が弱くなったので足から抜け出せたが、飛んでいる勢いのまま地面を転がり、谷底へと落ちてしまった。幸い鳥の魔物は底まで来られなかったが、高い場所から落ちたショックと、全身傷だらけで意識を保つ事が出来ず、体から力が抜けていき死を覚悟した。
そんな瀕死の状態から助けられた後は、人族の男の家族になった。自分にシロという名前をつけてくれたその男は、ダイと呼ばれていた。他にも、よく一緒に遊んでくれる犬人族のアイナ、自分の事を神の使いだと言ってくれたエルフ族のイーシャ、体や足の汚れをいつも綺麗にしてくれる精霊族のウミ、同じ様な銀の髪色をした猫人族のエリナ、すぐ変な方向に行こうとする魔族のオーフェリア、快適な暮らしを提供してくれる家の妖精のカヤ。
いつも美味しいご飯を出してくれる人族のマイは、ダイの次に好きだ。キリエという竜族の子供も出来たし、最近家族になった魔族のクレアは、自分の考えている事をわかってくれる少女だ。その家には他にも人族や竜族、エルフ族が来るが、とても暖かくて優しい気持ちに包まれているこの場所が、全員好きらしい。
その家の中心に居るのが、ダイなのは間違いない。ダイの事は家族の主としてだけでなく、頭を撫でたり毛を整えてくれる手、名前を呼んでくれる声、安心できる匂い、その存在すべてが好きだ。もしその身に何かが起きたのだとすれば、自分の命を差し出してでも助けてあげたい、シロはそう考えながら森に向かって一直線に走っていく。
◇◆◇
「ダイ! ねぇどうしたの、目を開けて、こんな所で倒れるなんて嫌よ、返事をして」
「イーシャさん、倒れた時にどこかぶつけているかもしれないので、あまり揺らさないほうがいいです」
ダイに縋り付くように抱きしめ、声をかけながら体を揺するイーシャに、麻衣が優しく声を掛ける。麻衣も内心はかなり焦っているが、イーシャが取り乱してしまった姿を見て、少しだけ落ち着いて判断できるようになった。この世界より進んでいる科学や医学の知識を持った自分が、この状況を何とかしなければと、泣きそうになる気持ちを奮い立たせる。
「ご、ごめんなさい、マイちゃん。でも、一体どうすれば……」
「まずは状態異常を治すポーションや、毒消し薬を試しましょう」
精霊のカバンに入っている、ポーションや薬を取り出してイーシャに渡す。これで目を覚まして欲しい、そう願いながら膝に抱えたダイの口元に、ゆっくりと流し込んでいった。喉が少し動いているので、しっかり飲み込めているようだ。
「ウミちゃん、ダイ先輩が触った実はどこにありますか?」
「ダイくんの手のそばに落ちている、灰色の実がそうなのです」
「わかりました、これですね」
ウミに確認した後に、精霊のカバンからコップとスプーンを取り出し、直接触らないようにコップの中に入れる。もし何かの毒物や細菌が原因なら、これを調べるとわかるかもしれない。
「ご、ご主人様! どうして……何があったんですか!?」
「……あるじ様、目を開けて……私を一人にしないで……」
その場に駆けつけたアイナとエリナが、倒れて動かないダイの姿を見て、顔を真っ青にさせる。2人ともしっぽと耳がペタリと垂れ下がって、体は小刻みに震え、目には涙が浮かんできていた。
「わんっ、わう!? ……くぅ~ん」
「ダイ兄さん!? どうして倒れてるの、魔物に襲われたの?」
「ダイ先輩は原因不明の状態異常です、今ポーションや毒消しを飲ませました」
少し遅れてきたシロとオーフェリアも、倒れているダイの姿を見て顔色を悪くする。シロはダイの心音を確かめるように胸の近くに顔を寄せ、オーフェリアも心配そうに顔を覗き込んでいる。
「そんなぁ……ダイ兄さん、しっかりしてよぉ」
「……あるじ様ぁ」
「ご主人様は治りますよね」
「薬の効果が現れるまではわかりませんので、まずは家に運びましょう」
「……わかったよ、転移の門を開くね」
「私がご主人様を運びます」
「……私も手伝う」
服の袖で涙を拭いたアイナとエリナが、身体強化を発動させてダイの体を持ち上げ、オーフェリアの開いてくれた転移ゲートで自宅に戻る。玄関ホールに出ると、戻ってきた事に気づいたみんなが集まってきたが、ダイの姿を見て一斉に駆け寄ってきた。
「おとーさんどうしちゃったの、なんで倒れてるの?」
「お兄ちゃんどうして!? 何があったの?」
「旦那様!?」
キリエがダイの横に立っていた麻衣にすがりついて理由を求め、カヤとクレアは顔を青くしてその場に立ちすくんだ。メイニアはそんな2人を支えるように、近くに立って肩に手を置いてくれている。
「ダイ先輩は原因不明の状態異常です、私の耐性スキルでも防げませんでした。ポーションや薬は飲ませましたが、効果がわかるまでは客室のベッドに寝かせたほうがいいでしょう」
「わかった、ここからは私が運んであげよう」
アイナとエリナからダイを受け取ったメイニアが、お姫様抱っこで2階の客室に運んでいく。ベッドの上にそっと横たえるが、熱を持ち始めたダイの体が少し汗ばんできていた。
「ウミちゃん、ここに居る全員の洗浄と浄化をお願いします」
「わかったのです」
「カヤちゃんは念のために、家中の空気の入れ替えと掃除をお願いします」
「わかりました、マイ様」
麻衣が空気感染や接触感染のことを全員に説明して、念のために洗浄や掃除をしてもらう。ウミの精霊魔法とカヤの妖精魔法で、服と体や家の中が清められていった。
「少し熱が上がってきたみたいなので、冷蔵庫の氷で冷たい水を桶に作って、手ぬぐいを濡らして頭に乗せましょう」
「氷と桶は私が取ってきます」
「……手ぬぐい持って来る」
「冷たい水はウミが作るので、そこに氷を入れてもっと冷やすといいのです」
アイナとエリナが厨房と風呂場に走っていき、氷を入れた桶と手ぬぐいを持って部屋に戻ってきた。ウミが作ってくれた水を桶に張り、手ぬぐいを絞ってダイの頭に乗せる。熱の影響か少し息は荒くなっているが、苦しんでいるような様子はない。
「ここは私が見ていますので、皆様は少しリビングで休憩して下さい」
「そうですね、温かい飲み物を作りますから、少し休みましょう」
麻衣のその言葉で、カヤを除いた全員が客室を後にする。みんな後ろ髪を引かれる思いだったが、客室はあまり広くないので、リビングで詳しい状況を説明すると言われて、移動していった。
◇◆◇
1人だけ部屋に残ったカヤは、ダイの顔に浮き出た汗を手ぬぐいで拭き取っているが、ポーションや毒消しが効いてきた様子は感じられない。
しばらくそうして看病していたが、やがて彼の大きな手を両手でそっと握って語りかける。
「旦那様、あなたが1年前にしてくれた約束は覚えているでしょうか」
あの時の私は、その形を維持できないほどに力が弱くなっていた。家の主は出かけたまま戻ってこず、家の壊れた所を修理して良いかわからずに、荒れる一方になってしまっている。時々家の物を勝手に持ち出そうとしたり、壊そうとする人たちが来るので、それだけは絶対に許さないと力を使っていた。
しかし、それすら出来なくなるほど力を使い果たし、存在そのものが消えかけていた時に、この人はやってきた。精霊と女の子を連れたその人は、地下倉庫にいた私を見つけ出し、この家の持ち主は帰ってこられなくなったと告げた。
仕えるべき家の持ち主が居なくなったと聞いて、私はどうして良いかわからずに涙を流してしまったが、その人は優しく頭を撫でてくれた。そして、この家の持ち主になると言ってくれたから、私は今も存在できる。
「その時あなたは、必ず帰ってくると約束してくれました」
冒険者をやっているこの人は、よく家を留守にする。でも帰ってきた時には、優しい笑顔でただいまと言って、その大きな手で頭を撫でてくれる。家の妖精はそこに住む人の役に立つ事が幸せだが、この人に撫でられると、それよりも大きな幸福感に包まれる。
「家の妖精は、家屋とそこに住む住人に仕える存在です。ですが私はあなたになら、そんな事は関係なく、お仕えしたいと思っているんです」
私の事を自分たちと同じ存在として接してくれる人、隣で眠ると無意識に近くに寄り添ってしまう人、膝の上に乗せてもらうと居眠りしてしまうくらい安らげる人。
「また私を抱きしめて下さい、頭を撫でで下さい、笑顔を見せて下さい、早く目を覚まして下さい、約束通り帰ってきて下さい。
……愛しい旦那様、私はあなたをお慕いしています」
家に運ばれてきたダイの姿を見た時は、自分の存在がバラバラになってしまう様な衝撃を受けた。不安や焦り、そして疑問と心配が心を占領してしまい、動くことすら出来なかった。こうして1人で看病する時になって、ようやく少しだけ自分を取り戻したが、同時に今まで感じた事の無い気持ちにも気づいた。
カヤには、いま自分の中に湧き上がってきた感情が何なのか判らなかった、それは彼女が家の妖精であるから当然だ。家の持ち主に敬意を払うの事はあっても、思慕の念をいだく事など無かったからだ。ダイが家の持ち主になり、人と同じ生活をするようになって変化してきた妖精としての在り方が、また大きく変わった瞬間だった。
目を覚ます気配がないダイの顔をカヤはじっと見つめているが、今の気持ちをどう伝えればいいかなら何となくわかっている。
カヤは自分の顔をダイに近づけていき、目を閉じて唇と唇を重ね合わせた。
その時カヤの体が淡く光を放ったが、それに気づく者は誰も居なかった。
意外な伏兵が!