第138話 それぞれの想い1
この話から様々なことが同時進行で進んでいきます。
いつもと違う区切り記号を使ったり、なるべく混乱を避けるようにはしているつもりですが、うまくいってるでしょうか。
「ダイくん、何があったのです? どこか痛いのです?」
ダイは必死に立ち上がろうと力を込めているが、足が震えてしまって立ち上がることが出来ない。その震えは膝に置いている手にも広がり、ウミを見つめる瞳から光が失われると、そのまま地面に倒れてしまった。
「ダイくん!? ダイくん!! しっかりして欲しいのです!」
ウミはダイの顔の近くに飛んでいき、必死に声を掛けるがその体はピクリとも反応しない。自分ではどうすることも出来ないと悟ったウミが、森の外に全力で飛んでいく。
直前までいつもの優しい笑顔を自分に向けてくれたダイが、何の前触れもなく倒れてしまった。ウミの中に疑問と焦燥がうずまき、思考がまとまらなくなっている。今はとにかく近くに居るイーシャと麻衣に助けを求めなければ、そんな思いだけで森の外に向かって飛ぶ速度を上げた。
◇◆◇
「マイちゃん、まずは弓からいってみるわね」
「はい、いつでもどうぞ」
麻衣が障壁魔法を展開するのを確認して、イーシャが風の精霊弓を構える。麻衣に当たらないように狙いをつけて矢を放つと、弓に宿っている風の精霊たちが協力して、矢の軌道を修正しながら速度を上げてくれる。普通の弓で放つより遥かに強力になった矢が障壁にぶつかるが、全く歯が立たずに弾き飛ばされてしまう。
「お祖父様の弓でも破れないわね」
「障壁にも無理な力が加わった感じは無いですね」
「次は魔法を使ってみるわ」
「わかりました」
イーシャが2並列魔法回路が刻まれた杖を取り出し、障壁に向かって振ると生み出された氷の矢が、速度を上げて障壁に接近し鈍い音を立ててぶつかるが、これにも全く揺らぐ気配すらない。それならと次に威力を追求した3並列魔法回路を取り出し、先程より強力な魔法を生み出す。
――――カィィィーーン!!!
回路魔法で改造し更に威力を増したはずの氷の矢が、障壁とぶつかり甲高い音を立てたが、全くの無傷だった。2人の顔には驚きと、やはりこうなったかという納得が混じった表情で、強固になった障壁を見つめている。
「新しい魔法も威力は増しているはずだけど、傷一つつけられなかったわね」
「さすがダイ先輩の組んだ魔法回路です、手加減してもらえれば竜の息吹も防げるんじゃないでしょうか」
「2並列の魔法回路でもワイバーンのブレスを防いでいるし、ありえそうで怖いわ」
成竜が放つ、地形を変えてしまうほどの竜の息吹は無理かもしれないが、人化した状態で使う威力なら防げる気がする、そんな予感に2人は苦笑した。
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これまで使っていた魔法回路に比べて、格段に魔法の発動が早くなっている杖を、イーシャは愛おしそうに撫でる。ダイと一緒に行動するようになってからは、様々な出会いや今まで見た事の無い魔法回路を目の当たりにしたり、刺激的な体験ばかりしているが、彼の改造スキルが上がるたびに、魔法の威力と使い勝手がどんどん良くなっていく。
そして最近、言葉で魔法回路を改造してしまうというスキルを身につけてしまった。この世界に言葉でスキルを使う者は、イーシャの知る限り誰も居ない。彼はこの先、一体どんなものを生み出していくのだろう、それを考えると自分の中の好奇心が満たされるのを感じる。どんどん彼に惹かれていく気持ちを、イーシャは自覚していた。
○○○
一方、麻衣も新しくなった障壁の杖を、嬉しそうに抱きしめる。友達と買い物に行った帰り道、突然足元が光って体が飲み込まれていった。何が起こっているのかわからず、必死に助けを求めた時に手を差し伸べてくれたのがダイだった。
そのまま異世界に飛ばされてしまったが、他の召喚者の中に彼の姿を見つける事が出来ず、想いだけがずっと募っていく中、再会することが出来た時は胸が張り裂けそうになった。自分が巻き込んでしまって申し訳ない気持ちになったが、彼は笑って許してくれた。そしてこの世界でも、マナ耐性が低くて障壁使いの聖女になれなかった自分を救ってくれたのだ。彼に受けた恩を返すために、自分の身も心も差し出して構わない、そんな風に麻衣は思っている。
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「イーシャちゃん、マイちゃん、大変なのです、すぐ来て欲しいのです」
生まれ変わった杖に刻まれた魔法を試し終え、それぞれの気持ちを確かめていた2人に、今までに見た事の無い緊迫した表情のウミが声を掛ける。
「ウミちゃん、そんなに慌てて一体どうしたの?」
「ダイくんが、ダイくんが急に倒れてしまったのです」
「ダイ先輩が倒れたって、何かに襲われたんですか!?」
「違うのです、ダイくんはウミを守ろうとして、上から落ちてくるトゲの付いた実が刺さってしまったのです。血が出てたので、傷の手当をしたのですが、その後に倒れてしまって動かないのです」
「怪我はすぐ治ったのよね」
「少し赤く腫れていたですが、洗浄と浄化もしたのできれいに治ったのです」
「私の状態異常耐性と結びの宝珠でも防げない毒とかかもしれません、急ぎましょう」
「そうね、ウミちゃん案内してくれる」
ウミを先頭にして森の中に入っていく2人の後ろ姿は、焦りと不安に染まっていた。
◇◆◇
アイナとエリナは森の奥に進みながら、生えている蔓や小枝を切り飛ばしている。アイナの疾風がインパクトの瞬間に風の刃を刀身に纏わり付かせ、切り取った蔓や枝が最初から切れていたように、真下に落ちていく。どんなに切れ味が良くても、刃が当たった時に少しは揺れてしまうが、アイナの剣だと何の抵抗もなく切断されるのだ。
エリナは両手に氷雪と氷雨を構え剣を振るうと、こちらもインパクトの瞬間に薄い氷の刃が発生して、刀身を少し伸ばし切れ味も増加させる。スピード重視の身体強化を発動させ、目の前の障害物を一閃すると、枝が複数の輪切りになってバラバラと落下していった。
「エリナさん、これすごいですね」
「……今までより斬った時の抵抗が小さい」
「私も何も無い所を切ってるような感触です」
「……やっぱり、あるじ様はすごい」
「エリナさん、この先に魔物がいます、行ってみましょう」
2人は同時に飛び出して、何の打ち合わせもなく左右に分かれる。いつもコンビを組んでいるし、プライベートでも一緒に行動したり体を動かす事が多いので、阿吽の呼吸みたいなものが出来上がっている。左右から同時に攻撃され、為す術もなく魔物は青い光になって消えた。
「この辺りに出る魔物だと、どれくらい強くなったか分かりづらいですね」
「……また上級ダンジョンに行くのが楽しみ」
剣を鞘に収めた2人が、そう言って微笑み合う。この武器があれば、更に強い魔物とも戦えそうな気がする、その予感に心が躍る。
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この大陸で一番有名な鍛冶屋のロゴが刻まれた鞘に手を添えて、帰ったらいっぱいご主人様にお礼を言おうと考えていると、ふと昔の事が頭によぎった。
アイナが生まれたのは小さな村だった、そこに住んでいる獣人族は危険な仕事ばかりやらされていた。大人は森の奥に入って魔物や動物を狩り、子供も森の浅い場所で果物や薬草の採取をさせられた。
父は魔物の討伐中に倒れ、母も私を養うために無理をして病気で倒れてしまった。どこに行っても獣人族は同じ扱いを受けると聞かされていたので、村にいる人達も誰ひとり出ていくことは出来なかった。しばらく1人で頑張って生活していたが、運命の日は突然やってきた。
その年は不作で、村人が食べる食料を買うお金を作るために、身寄りのない自分が奴隷として売られてしまい、その途中で見た事の無い魔物に襲われてしまった。護衛の冒険者や奴隷商も倒され、馬車から放り出されて死を覚悟した時、助けてくれたのがあの人だった。
それから一緒に生活するようになり、あの人は私に全ての物をくれた。温かい食事、きれいな服、柔らかなベッド、そして一番安心して安らげる場所。いつも笑顔で頭を撫でてくれる大きな手、毎日しっぽのブラッシングをしてくれるとても優しい人。
出会った時から感じている、胸の奥にある想いを告げられる日が来るかわからないけど、あの人のそばでずっと暮らしていきたい、アイナは疾風をそっと胸に抱き寄せた。
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エリナも鞘に収められた2本の短剣を見つめながら考える。
思えば奪われるだけの生活だった、珍しい銀色の髪の毛をしていた母は、私を産んですぐに人族に捕らえられたと父が言っていた。私も同じ色の髪の毛を受け継いだので、父と隠れるように暮らしていたが、そんな暮らしもある日突然終わりを迎える。住んでいた場所を人族に見つかってしまい、父は私を逃がすために囮になった。
私は気配を断つ才能があったのでうまく逃げられたが、元の場所に戻っても父に再会する事は出来なかった。それからは顔を隠して街を転々としてきたが、素材や狩った動物を店に持っていっても、獣人族だからと安く買われる事が多かった。それに髪の毛の色を見て、捕まえようとする者が後を絶たず、ますます人族嫌いになっていった。
そんなある日、気配を断っても目ざとく見つけてくる人族の男にしつこく追われ、とうとう崖の上に追い詰められてしまう。捕まって売られるくらいならと海に飛び込んだが、気がつくとベッドの上に寝かされ、人族の男が覗き込んでいた。
思わず攻撃しようとしたが体に力が入らず、男を押しつぶすように倒れてしまうが、そいつは私の体を抱きしめて衝撃から守ってくれた。大事な商品が傷つかないようにしただけと思っていたが、怪我をさせてしまったのに怒るどころか心配してくる、それがあの人との出会いだった。
後から部屋に入ってきた犬人族の女の子、アイナは綺麗な服を着て体も清潔でとてもいい匂いがして、大切にされているのがわかる獣人だった。アイナからあの人の事を色々聞いて、頭を撫でてもらった瞬間に世界が変化した。
今まで灰色だった景色が色鮮やかに変わるような、とても不思議な感覚だった。この人になら私の全てを委ねられる、そんな気持ちになってしまうなでなでを体験して、私は生まれ変わった。
あの人の笑顔が好き、あの人の声が好き、あの人に抱きしめられるのが好き、あの人に甘えるのが好き、あの人は私の全て。エリナは氷雨と氷雪にダイの姿を重ね、頬を擦り寄せていた。
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「エリナさん、今ご主人様の気配が急に弱くなりました」
「……なにかに襲われた?」
「いえ、ほとんど動いていないのに急に弱くなりましたから、とても嫌な予感がします」
「……急いで戻ろう」
2人は身体強化を発動して、一気に加速する。
アイナは普段からダイの気配に注意を払っている、そうするといつも一緒にいられる気がするからだ。そうやって感覚を磨いてきたから、ダイの気配は他より遠い場所まで明確に感じることが出来る。他の冒険者より高性能なアイナの生体レーダーだが、特定の人物に限っては数段性能が上がる。それが感じ取った異常な気配の変化にアイナは焦りの色を浮かべ、走るペースを合わせてついていくエリナも、その様子を見て不安を募らせる。