第137話 トゲのある実
「今日はおとーさんとおかーさんたちが、とっても仲良しでうれしい」
「ダイ君に抱きしめられている時のみんなは、とても幸せそうだったからね。私もお願いしてみようかな」
キリエが俺の膝の上に座って、いつもよりみんなと仲良くしていたことを喜んでいる。メイニアさんもお願いしてみようかとか言っているが、超まろやかさんが当たって危険なので自重して下さい。俺と身長が変わらないくらいあるので、立った状態で正面から抱きしめるのが様になると思うけど、考えれば考えるほど危険だな。
「キリエの手は温かくて気持ちいいな」
「おとーさんの手は大きくてやさしいから好き」
後ろからキリエのお腹に腕を回して抱き寄せているが、そこに自分の手を添えてくれていて、とても温もりを感じる。俺が落ち込んでいる時や我を忘れている時もこうして手を握ってくれたが、心が軽くなったり自分を取り戻したり、ずいぶん助けてもらっていると思う。
「次は私の番だね、お兄ちゃん」
「いつでも来ていいぞ」
クレアが俺の膝の上に座って、嬉しそうに背中を預けてくる。この家に来てから、毎日楽しそうに土いじりをしたり、鉢植えの世話をしているが、クレアの手はすべすべで触られると気持ちがいい。
「お兄ちゃんの膝の上は、お父さんと同じくらい好き」
「そうか、それは光栄だな。座りたくなったら、いつでも言ってきていいからな」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
違う大陸に来たのが良かったのか、クレアはこうして以前の家族の事も話してくれるようになった。俺にもオーフェと話すときと同じ、砕けた喋り方になったのも嬉しい。他のメンバーには少し敬語っぽくなる事があるが、家族として過ごしていけば同じ口調になっていくだろう。
「それでは旦那様、失礼します」
「もうちょっと近づいても大丈夫だぞ」
カヤの身長は俺の鳩尾くらいしか無く、ウミを除けば一番身長が低いので、俺の腕の中にすっぽりと収まってしまう。この小さな体で、掃除や洗濯、家の修理や家具作りまでこなしてしまう。最近はクレアと一緒に花壇づくりもしているが、住んでいる人に喜んでもらえるのが家の妖精の幸せらしいので、とても楽しそうに仕事をしている。
「このように家主に甘えてしまうのは、家の妖精としては失格なのかもしれません」
「カヤにみんなと同じ様に生活して欲しいと言ったのは俺だし、そんな事を気にする必要はないよ。家の事ではずいぶん助かってるんだし、もっと甘えてくれても構わないよ」
「嬉しいです、旦那様」
抱きしめている俺の腕にそっと身を寄せて、幸せそうに目を閉じて体を預けてくれる。王城でもハーフリング族と疑われたが、こうしている姿を見ると人と全く変わらない。出会って1年になるが、最初の頃にあったような妖精としての存在に囚われてしまっている感じは、ずいぶん無くなってきた。
「ウミもやってみて欲しいのです」
「構わないけど、ウミは抱きしめる事が出来ないからどうしたらいい?」
「ダイくんの体と手で挟んでみて下さいです」
ウミが頭の上から降りてきて俺の前に飛んできたので、その背中に手を添えて胸元に抱き寄せてみる。身長が30センチ位しか無いので、右手と左手を縦に並べて支えると、体の大部分が隠れてしまう。胸元に顔をスリスリと擦り付けている姿は、小動物に甘えられているようでかなり可愛い。出会った頃はお姉さんぽく振る舞おうとしていた事もあったが、今ではそんな姿も見せずに自然体で接してくれるようになっている。
「力を入れすぎて苦しいとか無いか?」
「大丈夫なのです、とても気持ちいいのですよ」
1日の大半を俺の頭の上で過ごしているので、こうしてくっつく事には慣れていると思ったが、抱きしめられるという何時もと違う感覚が気持ちいいみたいだ。なでなで以外にもこうして喜んでくれる事があるなら、時々やってあげるのも良いかもしれない。
「わうーん」
「お兄ちゃん、シロさんもやってほしいって」
「シロも抱っこするのか?」
「わうっ!」
後ろ足で体を支えて、俺にのしかかるように飛びついてきたシロを抱きとめて、背中や頭を撫でてあげる。1年前は街を歩く時も抱きかかえていたけど、今では大きくなってそんな機会も無くなってしまった。尻尾をブンブン振りながら俺の顔をペロペロ舐めてくる姿を見ると、まだまだ甘えん坊だなと微笑ましくなる。
◇◆◇
みんなを膝の上に乗せたり抱きしめたりした後に、お昼ご飯を食べる。メイニアさんはなでなでだけで勘弁してもらいました、超まろやかさんはとても危険なので。
食後は、アイナ、イーシャ、ウミ、エリナ、オーフェ、麻衣とシロを連れて、近くの森に新しい武器を試用しに行く。クレアとカヤは花壇の手入れ、キリエとメイニアさんは家に残って、おしゃべりして過ごすと言っている。
「ご主人様、森の方に行って試し斬りしてきますね」
「……私も行く」
「はい、一緒に行きましょう」
「……あるじ様、いってきます」
「マナの流れはギリギリまで抑えてるから大丈夫だと思うけど、あまり無理しないようにな」
「わかりました!」
「……わかった」
アイナとエリナが2人で仲良く森の中に走っていく、しっぽが嬉しそうに揺れているので相当楽しみにしていたみたいだ。
「ダイ兄さん、ボクはあっちの方にある岩とか叩いてみるよ」
「シロ、ついて行ってもらえるか?」
「わうっ!」
「使い勝手が悪かったり改善できそうな部分があったら、何度でも刻み直せるから遠慮なく言ってくれ」
「うん、わかった。じゃぁ、行ってくるね! シロ、行こう」
「わんっ!」
オーフェとシロが少し遠い場所に見える、岩の固まった場所に走っていく。シロが居ればオーフェが迷子になる事は無いし、狩りで良くコンビを組んでるので魔物が出ても大丈夫だろう。
「私はこの辺りで、マイちゃんと一緒に新しい杖や障壁魔法を試してみるわ」
「新しい障壁魔法がどれくらい強くなったか楽しみです」
「私の新しい氷の矢も防がれそうな気がするわね」
「今日作ってもらった武器の中で、唯一の4並列魔法回路ですから、何でも防げそうな気がします」
イーシャと麻衣は自分の杖を取り出して、期待を込めた表情で手に持っている。残った俺はどうするかだが、自分の武器は既に試し撃ちをしているので、特に今やっておきたい事は無い。ここは誰かに付き合うのが良いだろうが、誰にしよう。
「ダイくん、庭に植えられそうな甘い実を探したいのです、少し森の方に行ってもいいです?」
「ウミ、俺も付き合うよ」
「わかったのです、一緒に行くのです」
クレアが家族になってくれたおかげで、森に自生している果物や木の実なんかも育てられる可能性が出来たし、ちょうど良いからウミに付き合って探してみることにする。以前エルフの里がある森で果物を探した時は、美味しいものを見分けられなかったが、甘い物好きが居るから大丈夫だろう。
「クレアがあまり大きくなる木は育てにくいって言ってたな」
「小さくても美味しい実のなる木はあるのです、頑張って探すです」
「俺の居た世界ならリンゴとかミカンとかモモっていう、甘い実のなる木があったけど、あれくらいなら育てられそうな大きさの気がする」
「ウミもダイくんの居た世界の果物を食べてみたいのです」
そんな話をしながら森の中を歩いていく、庭にリンゴの木が1本だけあって、毎年実をつける光景とか結構いいかもしれない。この大陸の夏は割と乾燥していて風も爽やかなので、葉を茂らせた木の陰で本を読んだり、昼寝をしたりするのも気持ちよさそうだ。
「ダイくん、あそこの黄色い実はとても美味しいのですよ」
ウミが俺の頭から離れて、少し先にある黄色くてサクランボくらいの大きさの実に向かって飛んでいった。すがり付いてもぎ取ろうとするが、ちょっと苦戦しているみたいだ。
手伝ってあげようと近づくと、ウミの頭の上にチラチラと光るものが見えた。絡みついた蔓状の植物が上の方にある枝を揺らして、何かが落ちてきそうになっている。そんなに大きな物ではないが、ウミの体のサイズを考えると、かなり痛いかもしれない。
「ウミ、上の方に何か引っかかってて落ちそうになってるから、揺らすのはちょっと止めてくれるか」
「ダイくん、上に何かあるのです?」
ウミが手を止めて上を見上げた時、その光る物体がまさに落ちようとするところだった。
「ウミ危ない!!」
俺はとっさに駆け寄って、手を伸ばし落ちてくるものからウミをかばう。手にチクリとした痛みが走るが、ウミには当たらずに地面に落ちたみたいだ。
「ウミ、大丈夫か? 怪我とかないか?」
「ダイくんありがとうなのです、ウミは大丈夫なのです。ダイくんこそ怪我はしてないのです?」
「手がちょっとチクっとしたけど何とも無いよ」
「少し血が出てるのです、ウミが治してあげるですよ」
手の甲が少し赤くなって血が出ていたが、ウミが飛んできて治してくれる。いったい何が落ちてきたのだろうと地面を見ると、灰色のトゲが付いたゴルフボールくらいの大きさがある木の実だった。いがぐりのようなトゲが生えていて、ウミに当たっていたら大怪我をしていたかもしれない。
「ありがとう、ウミ。上から落ちてきたのはこれみたいだな」
「トゲがいっぱい生えてて痛そうなのです、ダイくんウミを守ってくれてありがとうなのです」
俺が指さした先に落ちていた実を見たウミが、すごく痛そうな顔をした後に俺にお礼を言って、胸元に飛んできて頬ずりしてくれた。本当にウミに怪我がなくてよかった。
しゃがんでトゲをそっとつまみ上げてみるが、この辺りでは見たことのない実のようだ、遠くから鳥か何かが運んできたんだろうか。
「こんなトゲの生えた実は初めて見るけど、この近くに生えているものじゃないみたいだな」
「ウミも初めて見るのです。痛くて甘くなさそうな実は、生えなくてもいいのです」
相変わらず基準が甘いかそうでないかで決めている姿がおかしくて、ウミに笑いかけながら立ち上がろうとする。この実はこんな所に置いておくと危ないから、どこか安全な場所に捨ててしまおう。
「あ……あれ?」
「ダイくん、どうしたのです?」
「立ち上がろうとしたんだけど、力が入らなくて」
足に力を込めて立ち上がろうとするが、全然言うことを聞かない。膝に手を当てて体を持ち上げようとしても、足がブルブル震えるだけで全く動こうとしなかった。
「ダイ…ぅ……ん、なに…ぁったの……で…ぅ? ど…ぉ……か…ぃた………ぅ?」
ウミの声がどんどん遠くに聞こえる、足の震えはやがて体全体に広がっていき、視界がぼやけていくと、俺の意識は深い闇の中に落ちていった。
世界の特異点みたいになっている主人公の家でリンゴを育てると、いわゆる「黄金の林檎」みたいなものが出来そうです(笑)
次回からヒロインやサブキャラの内面を垣間見るストーリーが数話続きます。