第136話 回路魔法
第11章の開始になります。
なぜ作品タイトルの単語が、この世界の魔法技術の名称と前後入れ替わっていたのかという理由が、この章の話になります。
国へ魔族界での顛末を報告して、ギルドランクがプラチナに上がったりしたが、俺たちの生活は今までとあまり変わりはない。これは国王や周りの人達が色々と配慮してくれた結果だろうから、とても感謝している。
大きく変わったと言えば、国王が時々訪ねてくるようになった事だ。キリエに会いたいのもあるのだろうが、どうも麻衣たちの作る料理やお菓子のファンになってしまったらしい。毎回護衛の近衛兵がついてきているが、誰が行くか決めるのが大変だと、隊長が苦笑気味に話してくれた。
結びの宝珠はユリーさんとヤチさんにもプレゼントした。みんなで紐を選びに行った時のように、イーシャが最初は俺につけてもらうように言うと、ユリーさんが真っ赤な顔をしてしまったので理由を聞いたら、この世界の人族には男性から女性に首飾りを贈る行為がプロポーズになるらしい。
受け入れる場合は女性も相手に首飾りを贈るので、成立はしていないとは言え知らずにそんな事をやってしまっていたみたいだ。お店で他の女性客から注目を浴びたのは、この理由もあったのだろう。
クレアも紐を買い替えた時に俺が首につけてあげたので、腰につけているウミを除いてシロを含めると、12人の女性にプロポーズしてしまった事になる。エリナの設定ではないが、とんだ女たらしだ。
イーシャは自分はエルフ族だからそんな風習は知らないと言っていたが、何となくわかってやった気もする。でも、みんなの事は好きだし、嫌だったり後悔したりはないが、一夫一婦制の国出身者としては、複数人が受け入れて首飾りを贈ってくれた時に、どうすれば良いか困るくらいか。
へストアさんは暫く家に滞在していたが、竜族のまとめ役の立場があるので帰って行った。今は地脈解放の影響の事もあって忙しいみたいだけど、落ち着いたらまた来たいと言っていたので、国王からもらった通行証を渡してある。これでいつでも王都に入れるし、道も覚えたと言っていたので大丈夫だろう。
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過激派魔族をこの大陸に送り込んでいた首謀者を倒した時に使えた“呪文”だが、俺は「回路魔法」と名前をつけた。
魔法回路を改造する魔法で「Remodeling Magic-Circuit Magic」なんて名前にすると、長すぎて野暮ったいので回路魔法と呼んでいる。いつもの様に単純だが、何でも略してしまう日本人ぽくて良いだろう。
なぜ呪文が英語なのかは、わからないままだ。俺が日本語と思って話をしている、こちらの世界の言葉では魔法が発動しなかった。コンピュータや電子回路にまつわる単語は覚えているが、もう少し英語を真面目に勉強しておけば、もっと別の呪文になっていたかもしれない。
「最初はアイナからでいいのか?」
「はい、私からお願いします」
「じゃぁ、近くに来てくれるか」
「あの、ご主人様」
「ん? どうした」
「ご主人様の足の間に座らせてもらってもいいですか?」
「構わないけど窮屈じゃないか?」
「いえ、それがいいです!」
何やら力説してきたので、正座した俺の足の間に座ってもらう。しっぽがブンブン揺れてとても喜んでいるみたいなので、ちょっと刺激に弱い場所にも当たってくすぐったいのは我慢しよう。
ああして下さい、こうして下さいと色々リクエストが来るので、俺はそれに応えるように動く。出会った頃に比べてずいぶんと女性らしい丸みを帯びてきた体を、後ろから抱きしめるように腕を前に回して、武器を持っている手の上から優しく握りしめる。アイナも俺に手を握られて、よりいっそう背中を俺の方に預けてきた。
「それじゃぁ、始めるからな」
「はい、いつでもどうぞ」
アイナの頭の上から覗き込むように手元を見ているので、声が近くに聞こえて少しくすぐったいのか、可愛らしい犬耳がピクリと反応した。
『Magic Circuit Boot』
俺が呪文を唱えると、アイナの持っている短剣の上に、魔法回路が浮かび上がる。回路魔法は自分の持っている武器以外に使えなかったが、体の一部が接触していれば他人の持つ魔法回路も改造できる事が最近わかった。
つまり、横に座ってもらって手を繋ぐだけでも良いのだが、本人の希望だししっぽの動きも絶好調なので、このまま作業を進めていこう。
『Circuit Optimize』
回路魔法が使えるようになって、今までまだら模様に見えるだけだった充填部分の回路にも、濃い場所や薄い場所がある事が判別できるようになった。これは充填パーツを構成している、様々な特性に合わせて組み合わされた小さな部品の中にも、効率良く動いている部分とそうでない部分があるという事だ。
それを全て高効率の構成部品に変えてしまうのが「回路最適化」の呪文だ。回路魔法はイメージ力が大切のようで、これをこうしたい、こうすればもっと良くなる、といった俺の考えを忠実に再現する力を持っている。それで、こうした改造も出来るようになったので、もっと深く魔法回路のことを知れば、使える呪文も増えていくだろう。
充填部分の効率が判別できるようになったと同時に、構成や発動部分も各パーツ内で同じ動作をする小さな部品がわかるようになった。例えるなら、同じに見える集積回路でも、型番が違うと判別できるようになった感じだ。
これらも使う人の特性に合わせて、複数の組み合わせで構成しているようで、これにも回路最適化の効果が発揮された。規模や威力もわずかに増加するが、より効率良く回路が動くようになり、発動時間の短縮に寄与する部分が大きいようだ。
試しに普通の短剣に刻んでみた魔法回路が、ミスリル武器と遜色ない使い心地だとアイナとエリナが驚いていた。魔法を通しやすい金属であるミスリルに刻んだ魔法回路と同じ性能を、通常の武器で再現できてしまうというのは、大きな戦力強化に繋がる。
『Circuit Shrink』
回路縮小の呪文は重ねがけが可能だが、2回までが限界だった。つまり、今の俺の回路魔法で作ることが出来るのは、中型魔法回路用の武器に小型の回路を刻んで、4並列までという事だ。とは言え、4並列は威力がありすぎて使い勝手が悪い。
中型魔法回路を刻んで2回縮小で並列化する手もあるが、マナ耐性の低い獣人族の2人や、持続魔法を使う麻衣には、ギリギリまで流れるマナを絞った回路を作らないと駄目なので、小型魔法回路の方が調節がしやすい。
マナ耐性の高い俺やイーシャ用に高威力の武器を作る時になら使えるかもしれないが、中型魔法回路を並列化してまで威力を求めるなら、素直に小型魔法回路で4並列にしてしまった方が良いという結論に至った。
『Multiple Copy』
これも新しい呪文で、魔法回路を印刷できる横幅いっぱいに複写してくれる。2列刻まれた状態の魔法回路を1列分だけコピーするには「Column Copy」だが、今のように1列しか刻まれていない状態で複数複写の呪文を使うと、一気に3並列化出来るので便利だ。
『Interface Unit Link』
この呪文でインターフェースユニット同士を接続すると、手作業で結んだジャンパー配線より効率が高くなるため、威力が増大する。それが弾丸サイズの小さな質量で、爵位級魔族を屋敷の外まで吹き飛ばした運動エネルギーを生んだ。
最適化や効率化の恩恵もあるので、通常使う武器の魔法回路は更に規模を小さく出来る。そのおかげで、マナ耐性の低い3人は、これまで以上にマナ酔いを起こしにくくなるだろう。
これで魔法回路は3並列化出来たが、発動部分を2列分無効化しないと魔法が発生しない。ここから先は手作業になるが、無効化したい発動部分の回路を指で長押しすると、そこだけ少し浮き上がるのでダブルタップする、その操作で発動部分が消去された。
これも新しく使えるようになった改造だが、実際にはテキスト編集の“切り取り”と同じ動作のようで、カットした場所をタップすると同じ物がペーストされる。浮き上がった状態でシングルタップだと、コピーの動作と同じだった。
魔法回路屋で組んだブロックごとの操作しかできないが、間違えて消してしまった時や、回路の一部が劣化して魔法が発動しなくなった時などに利用できそうなので、かなり役に立ちそうな技を使えるようになったのが有り難い。
「アイナ、終わったよ」
「もう少しこの状態を堪能したかったのですが残念です、次はエリナさんですね」
アイナのミスリル武器に刻まれた魔法回路を全消去して、風の刃を刀身に纏わり付かせて、切れ味を増大させる回路を再び刻み直し、今度は回路魔法によって改造を施した。生まれ変わった疾風を鞘に収めると、名残惜しそうに俺から離れていく。
「……あるじ様、おねがい」
「エリナもその態勢でやるのか?」
「……だめ?」
そんなに可愛く言われたら、断れるわけがない。遠征中に2人で見張りをする時は、この状態でやっているし、しっぽもゆらゆら揺れて嬉しそうなので、アイナと同じようにしてあげよう。
「それじゃぁ、氷雪の方から改造しよう」
「……ん、わかった」
「エリナさんは武器が2本あるから、ご主人様にいっぱいくっつけて羨ましいです」
「……役得?」
それはちょっと使い方が間違ってる気がするけど、エリナは魔法同時発動の才能があるから、2本分の武器で時間がかかるのは確かだ。それを言ってしまうと、イーシャも通常用と高火力の2本だし、麻衣は障壁と濃霧と壁魔法の3本だ。
「始めるけどいいか?」
「……いつでも大丈夫」
エリナの猫耳も、俺の声に反応してピクピクと動いて可愛い。後ろから抱きしめる格好で、武器を持った手を包み込むように握り、呪文を唱えて改造を進めていく。氷の薄い刃を発生させ、刀身も少し伸ばして切れ味も増加させる魔法回路が、これで新しく生まれ変わった。もう一本の氷雨の方も、同じように改造すると終了だ。
「次はボクの番だね」
「オーフェちゃんいいなぁ、私もお兄ちゃんに何か作ってもらおうかな」
「クーちゃんに使える武器ってなんだろう」
「クレアおねーちゃんが使うなら、悪い虫をやっつける武器?」
「虫だけ退治できる武器とか作れないかな、お兄ちゃん」
「まとめて生えているものを刈ったり、穴を開けたりするのは作れると思うけど、虫だけは思いつかないなぁ」
魔法回路でピンポイントに虫だけ狙える、極小の魔法を発生させるのは難しいと思う。魔族の固有魔法と違って、使用する度に威力の調整ができないから、葉っぱや茎も一緒に痛めてしまいそうだ。
「オーフェの武器は籠手だから、どこに触ったらいい?」
「魔法回路を刻んだ方だけ装備するから、反対側の手をアイナちゃんやエリナちゃんみたいに握って欲しいな」
俺の足の間にすっぽり収まったオーフェが、右手に紅炎を装着して、左手を右腕に添えるような態勢をとったので、それを上からそっと握る。嬉しそうな顔をしてこちらを見上げてきたので、その頭を少しだけ撫でて作業を開始する。
手の甲側に火の上位属性である青い炎で作られた剣を発生させ、相手を刺したり切ったりする事ができ、防御の時もダメージを与えられる魔法回路が、俺の呪文でオーフェ専用に作り変えられていく。
「終わったよオーフェ」
「ありがとうダイ兄さん、このあと試してみるのが楽しみだよ」
「みんなの改造が終わったら、近くの森に行ってみような」
新しい武器の試用に、全員の改造が終わった後に行く事にしている。魔物や動物を狩りに行くわけではないので、一部のメンバーはお留守番する予定だ。
「次は誰に決まったんだ?」
「次は私の武器をお願いするわ」
「イーシャは普段使う用と、威力を上げた物の2本だけど、他に使ってみたい魔法とか無いのか」
「あなたに初めて氷の矢で魔法回路を組んでもらって使った時に、自分でもびっくりするくらい相性が良かったのよ。今はもうこれ以外の魔法を使う事は考えていないわ」
イーシャに水の上位属性になる氷の矢を勧めた時は、威力や貫通力だけ考えていた。今なら祖父に憧れて、矢の形をした魔法に拘っていたのはわかっているが、自分の戦闘スタイルとかなり相性が良かったので使い続けていてくれたのは、すごく嬉しい。
「そんなに気に入ってくれていたのは光栄だけど、イーシャもその体勢でいいのか?」
「私だけ仲間はずれは嫌よ」
「問題ないならいいんだ、改造を始めるから手を握るよ」
「お願いね」
イーシャも俺の足の間に座って、後ろから抱きしめる格好で武器の改造をお願いしてきた。敏感な部分だと言っていた、エルフの長い耳の近くで喋っているからか、少し赤く染まっている気がする。間近で声を発しているので、俺の存在を余計に意識してしまったんだろうか。
通常使う2並列の氷の矢の魔法回路は、効率化や最適化の影響を考えて、今までより控えめな構成にしている。マナ耐性の高いイーシャなら、魔法を撃ち放題といったレベルまで、マナの流れを抑えられたのではないだろうか。
高威力武器の方は、速度を上げすぎて俺のストーンバレットの杖のように、大きな音が出るのは避けたいので、密度をアップして貫通力を高める構成にした。
「終わったよ、イーシャ」
「これ、とても落ち着くから、時々やってもらおうかしら」
「イーシャおかーさんも、抱っこされるの好き?」
「キリエちゃんと同じくらい好きよ、ダイお父さんに抱きしめられると、すごく安心できるわね」
イーシャとキリエは、お互いの気持ちが一致して嬉しそうに微笑み合っている。しょっちゅう俺に抱きついてくる年少組とアイナやエリナは、受け止めてそのまま抱きしめる事が多いが、イーシャはそっと寄り添って来るくらいなので、なかなかこんな機会はない。こちらからもっと積極的にスキンシップしても、良いかも知れないな。
「いよいよ私の出番ですね」
「麻衣、妙に力が入ってないか?」
「そんな事ないですよダイ先輩! 私はいつも通りですっ」
「マイちゃんは武器が3つあったわね」
「……そうだった、マイが一番多い」
「マイさん羨ましいです」
最後に改造する事になった麻衣の武器が3つな事実に気づいたみんなが、羨ましそうにこちらを見てくる。
「おとーさん、終わったらキリエも抱っこして」
「お兄ちゃん、私もお願い」
「あの、旦那様、私も構わないでしょうか」
カヤまで遠慮がちに、抱きしめて欲しいと言い始めてしまった。これは全員やってあげないと、収まらない流れだな。とりあえず、麻衣の武器改造に取り掛かろう。
「すぐ終わるから、みんな待っててな」
「ダイ先輩、ゆっくりでも良いんですよ?」
やっぱり麻衣のテンションが、少し変な方向に行ってしまっている。このまま話を続けていては終わらないので、みんなと同じように座った麻衣を後ろから抱きしめるようにして、武器を改造していく。
障壁の魔法は流れるマナの量と強度のバランスを取るために、4並列化してみた。この魔法の場合はいくら強くても問題が無いので、並列度を上げて全体の回路規模を抑え、流れるマナの量を減らす構成だ。それでも強度は大きく増加すると目論んでいる。
麻衣の召喚者補正がかかったマナ変換速度があれば、バッファ用に充填部分をリッチにしなくても、リアルタイム処理で魔法を維持し続けられるため、本人の特性に合わせた構成に出来るのが自作の強みだ。
規模や強度はほぼそのままに、流れるマナを減らした壁魔法と、霧の範囲と濃さを増加させて、流れるマナは現状維持にした濃霧の杖の改造を終わらせる。
「麻衣、終わったけどどうかしたか?」
「いえ、気持ち良くて少しボーッとしてただけです。もう終わったんですか?」
「あぁ、3本とも改造できたよ」
「ありがとうございました、ダイ先輩。また抱きしめてくださいね」
少し熱っぽいような表情で俺から離れていった麻衣を見送ると、待ってましたとばかりにキリエ達が近くに寄って来た。順番にみんなを抱っこしてあげる事にしよう。
文中に「魔法回路」と「回路魔法」が混在すると、読みにくいことこの上ないですね。
でも、ここまでやってきてしまったので、もうアフター・カーニバル(後の祭り)です(英語力
パソコンとかデジタル関係の用語は単語を並べただけの表現が多いので、英語の文法とかはまるっと無視してます、そっちのほうが中二病っぽいし!(笑)