第135話 平和な日常
第10章の最終話になります
「あら? ダイ君じゃない、こんな時間にどうしたの」
「ユリーさん、ヤチさん、こんにちは。お二人は何かの依頼ですか?」
「ユリーおねーちゃん、ヤチおねーちゃん、こんにちは」
ギルドの奥から戻ると、そこにはユリーさんとヤチさんがいて声をかけられた。キリエは元気に挨拶をして、オーフェはヤチさんに抱きついている。
「虹の架け橋の皆さん、こんにちは。私たちはダンジョンの地図をギルドに納品しに来ました」
「あなた達と行ったダンジョンの地図が清書できたから、それを冒険者ギルドに渡して販売してもらうのよ」
「そうだったんですか、お疲れ様です。俺たちはギルドランクの更新に来たんです」
「あら、あなたたち確かゴールドランクに上がると聞いたけど、まだ更新していなかったの?」
「実は今日付けでもう1つ上がりまして……」
俺はもらったばかりの赤いギルドカードを取り出してユリーさんたちの前に差し出すと、それを見た2人は何度も確かめるように色々な方向から眺めている。
「どこから見ても赤い色にしか見えないけど、わたし寝不足かしら」
「教授、昨夜はぐっすり眠られていたではありませんか」
「じゃあ、ヤチには何色に見えるの?」
「わたしにも赤にしか見えませんね」
「もしかしてあなた達、プラチナランクに昇格したの!?」
ユリーさん、ちょっと声が大きいです。受付フロアに居る冒険者の数は少ないけど、一斉にこちらの方に視線が集まっている。受付嬢たちは事情を知っているのか全員笑顔で、小さく手を振ってくれている人も居る。ギルド長の言葉を聞いて改めた感じたが、本当に俺たちの事を気に入って応援してくれてるんだな。
嬉しくなったので会釈を返してユリーさんの方に視線を戻すと、俺の手ごとギルドカードを握って色を確かめていた。男性が苦手だという話だが、俺に対してはあまり遠慮しないというか、抵抗が無くなってる感じだ。
「ユリーさん、ここでは話しづらいので、よければ家まで来ませんか?」
「新しいお菓子の試作もありますから、ぜひ食べていって下さい」
「わかったわ、お邪魔させてもらうわね」
いま思いっきり麻衣の言葉に反応していたな。ヤチさんも表情に少し変化があったので、新しいお菓子に興味があるみたいだ。
地図の納品を終わらせて、全員でギルドを後にする。ユリーさんとヤチさんは、どこかでお茶をして家に帰る予定だったらしく、この後も時間があるのは好都合だ。魔族界の話でもあるし、ヤチさんも知っておくほうが良いだろう。
◇◆◇
「ただいま」
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
クレアがリビングから出てきて、俺に抱きついてきたので頭を撫でてあげる。1人でも大丈夫と言っていたが、やっぱり寂しかったのかもしれない。ギルドに関係の無い者を連れて行くのはどうかと思ったので留守番をお願いしたが、まだまだ不安も大きいだろうし、なるべく一緒にいてあげる方がいいだろうな。
「ダイさん、この娘はまさか」
「ヤチさん、そうです、この娘も魔族です」
「お兄ちゃん、この2人は誰?」
クレアは俺めがけて飛び込んできたから、ヤチさんと話しをするまで知らない人が居るのに気づかなかったみたいだ。
「始めまして、私の名前はヤチといいます。あなたと同じ魔族です」
「始めまして、私の名前はユリーというの。ダンジョンの研究をしている所に勤めているのよ」
「あなたがオーフェちゃんの言ってたお姉さんですね、それと教授さん。始めまして、私は魔族のクレアといいます」
お互いの自己紹介を済ませて、全員でリビングに移動した。出窓になった部分に植木鉢が飾ってあるのが見える、クレアが留守番中に何か植えてくれたんだろう、芽が出てくるのが楽しみだ。
「う~ん、やっぱりこの家は落ち着くわね」
「少し離れていただけですが、自分の家より落ち着く感じがして不思議です」
ユリーさんはリビングを見渡しながら、大きく伸びをしてここの空気を感じてくれている。ヤチさんも少し目を閉じて、何かを確かめるように集中していた。
「あら? 宝物の棚に綺麗なものが増えたわね」
「本当ですね、あれは剣でしょうか」
2人は国王からもらった宝剣に気づいたみたいで、棚の方に歩いていった。あれは鞘が白くて目立つから、目に止まりやすい。
「ねぇダイ君。この剣、持ち手の後ろが王家の紋章と同じ形をしているのだけど。それに鞘にはめられている宝石って、とても貴重な種類のはずよ」
「竜血玉も2つに増えていますね、形は違いますがどちらも美しいです」
地質調査を仕事にしているからか、ユリーさんは宝石の種類にも詳しんだな。着飾った姿を見たことがなかったので、宝飾品に興味はないと勝手に思い込んでいたが、やはり大人の女性という感じがする。そして、その横に飾っている竜血玉にもやっぱり目が行くよな。
「この剣は国王のおじーちゃんからもらったんだよ」
「もう1つの竜血玉は私の母からの贈り物だね」
「王家からの贈り物!?」
「確かメイニアさんの母君は、この国が興された時に協力した人でしたね」
「ダイ君、ちょっといいかしら」
「はい、何でしょうか」
「そこへ座って、お姉さんたちに詳しい話を聞かせて頂戴」
「わかりました」
こうして俺はユリーさんに、たっぷりと尋問される事になった。話が進むに連れて、ユリーさんの表情が厳しくなり、最後には指でこめかみを押さえ始めた。この世界に頭痛薬は無いが、状態異常を治すポーションが効くだろうか。
「ダイ君、ひとつ確認するけど、ダンジョンの調査が終わったのが、闇の月の緑だったわね」
「えぇ、高評価を頂いたおかげで、ゴールドランクに昇格することが出来ました」
「それから半月くらいしか経ってないのに、魔族界に行って過激派の首謀者を倒して、戻ってきたら国王様に直接報告して、褒美を賜ったりプラチナランクに昇格とか、何てことしてるのよ」
「まさか俺も、こういう事になるとは思っていませんでした」
「普通こんな事にはなりませんね」
ヤチさんは冷静だなー。
「しかも一晩で解決って、それまで魔族界の人は何をやっていたのかしら」
「過激派の拠点がなかなか判明しなかったのと、首謀者が貴族階級で調査の手を伸ばせなかったみたいです」
「ボクたちにそんな事は関係ないからね、クーちゃんを取り戻すために、父さんに協力してもらったんだよ」
「オーフェちゃんが領主の娘さんだというのには驚きました」
「黙っててごめんね、ヤチ姉さん」
オーフェは少し申し訳無さそうな顔をするが、ヤチさんは気にしてませんと頭を優しく撫でてくれている。
「あの時のダイはかっこよかったわね」
「……私も興奮してしっぽが震えた」
「音がすごくてびっくりしましたけど、私のしっぽもブワってなりました」
「ダイくんの魔法で一撃だったのです」
「爵位級の魔族を魔法で一撃なんて、ダイさん一体何をやったらそうなるんですか?」
「あの時はついカッとなって、その場で4並列魔法回路を組んで倒しました」
「ダイ先輩は私たちの世界にある言葉で、魔法回路の改造をやってしまったんです」
「何もかも常識外すぎて、私の頭では理解できないわ」
ユリーさんはとうとう考える事を放棄してしまったみたいだ、その顔を見ると少し申し訳ないと思ってしまうが、やった事の後悔は一切していない。ちょっと黒歴史にしてしまいたい部分はあるが。
「しかし教授、そのおかげでこんなに可愛らしくて優しい子を救う事ができたんです」
「そうよね、こうして素晴らしい結果が残せているのだから、私たちがとやかく言う事はないわね。クレアちゃん、辛かったでしょうけどもう大丈夫だから、私に出来る事があったら何でも言ってね」
「私も同じ魔族として協力は惜しみません、どんな些細な事でも力になります」
「ありがとうございます、ユリーさん、ヤチさん。今はお兄ちゃんやオーフェちゃん、それにこの家に住むみんなの家族にしてもらえたので、ここで精一杯やっていきたいと思います」
クレアはここに居る家族以外の味方や、オーフェ以外の魔族の仲間がいる事をとても喜んでいる。知らない大陸に来て心細くなる事もあると思うけど、こうやって少しづつでも知り合いや味方を増やしていければいいと思う。
そんな話をしていたら、カヤとへストアさんが帰ってきたみたいだ。みんなが戻って来てからおやつにしようと言っていたので、麻衣とアイナは厨房の方に移動していった、俺も玄関に迎えに行こう。
「おかえり、カヤ、へストアさん」
「ただいま戻りました、旦那様」
「ただいま。人族の街は色々なものが置いてあって面白いね、お店も多いからまだまだ見てみたい場所があるよ」
「またみんなで買い物に行きましょう。カヤはどうだった?」
「はい、結びの宝珠のおかげで、これからは私一人でも買い物に行けます」
「こうして自由に外に出られる家の妖精を見る事が出来たのも素晴らしいよ」
カヤもへストアさんも、とても嬉しそうな顔をしている。俺たちが長期間冒険者活動で家を空ける時に、クレアの食事を用意するために、買い物に行ってもらう事もあるだろうし、カヤが単独で街に出られるというのは非常に助かる。
「今ユリーさんとヤチさんが来てるから、リビングに行こうか」
2人を連れてリビングに戻ると、オーフェとクレアとヤチさんが楽しそうに話をしている、きっと魔族界の事で盛り上がっているんだろう。ヤチさんは俺たちと一緒にいる人や家族に対しては、人見知りが発動しないみたいな気もするけど、少しづつ改善してきてるんだろうか。
「いらっしゃいませ、ユリー様、ヤチ様」
「こんにちはカヤさん、お邪魔してるわね」
「カヤさん、こんにちは。そちらの方はどなたですか?」
「私は古竜族のへストアという、よろしくね」
「この人が私の母だよ」
「という事は、この国の初代国王に協力したという本人……」
ユリーさんはへストアさんの正体を聞いて固まってしまった、ちょうどおやつのプリンが届いたようなので、それを食べて再起動してもらおう。
◇◆◇
「何このプルプルとして口が幸せいっぱいになるお菓子は」
「冷たいお菓子なんて初めて食べます」
プリンは2人にも好評で、ユリーさんは口に入れて少し恍惚とした表情になっている。俺も食べてみたが、なめらかで口当たりも良くて、とても美味しい。さすが麻衣はどんなものでも、いきなり上手に作ってしまうな。
「マイおかーさん、これとってもおいしい!」
「これは凄いのです、ウミはこの中に飛び込みたいのです」
キリエも幸せそうにしてるし、ウミはプリンにダイブしたいとか言いはじめた。体のサイズ的に可能だろうけど、体中ベタベタになるからやめておきなさい。
「この家に来てから、見るもの感じるもの味わうものが全て新鮮で、それらを体験し尽くすまで帰りたくなくなるな」
「母さんもここで一緒に卵を育ててみたらどうかな」
「ばかを言うな、私の歳で子供など、その様な恥知らずなことが出来るか」
人化した状態の姿で判断してはいけないかも知れないが、へストアさんもまだまだ大丈夫だと思うけど、やっぱりこの人の羞恥心のポイントは掴みづらい。
みんなが口々にプリンの感想を話していたら、門の外に豪華な馬車が止まるのが見えた。あれは国王の馬車だと思うが、2日連続でいったい何があったんだろう。とりあえずカヤと2人で、玄関に出迎えに向かう。
「国王様、いらっしゃいませ」
「ようこそおいでくださいました、国王様」
「突然すまんな、どうしても渡しておきたいものがあってな」
「いまリビングで麻衣の新作お菓子を食べている所なので、よければ皆さんでどうぞ」
「それは良い時に来たの、すまんがご馳走にならせてもらおう。お前たちも一緒に来て食べさせてもらいなさい」
カヤに追加のプリンを取りに行ってもらって、国王と護衛の3人でリビングに向かった。中に入るとユリーさんとヤチさんが、信じられないものを見たという顔で、こちらに視線を向けている。いつも沈着冷静なヤチさんのそんな顔は、かなりレアかもしれない。
「国王のおじーちゃん、いらっしゃい!」
「おぉ、キリエちゃん、今日も可愛いの」
「護衛のおじちゃんたちも、いらっしゃい」
キリエは平常運転だな、国王も護衛の3人も嬉しそうにしている。キリエに連れられてソファーに座った国王と、奥にある椅子に座った護衛の人たちに、カヤがプリンを渡していく。
「ダイ君、ダイ君、なんで国王様がこの家に来るの!?」
「実は昨日もここに来て、棚に飾ってあった剣とか渡してくれて、ご飯を食べて帰られたんですよ」
「こ、国王様自らが褒賞を手渡しに来るなんて、いったい何があるとそんな事態に……」
「そこのお嬢さん」
「はっ、はい! 何でしょうか国王様」
「確かダンジョンの研究をしてる学者さんだったの」
「私の事をご存知だったのですか!?」
「以前の講演会は儂も聞いておったからの、あれは面白い内容だったからよく覚えておるよ」
「ありがとうございます、光栄です」
「お主達も彼らと知り合いのようだが、どういった関係かの」
「このパーティーの皆さんには、私たちの護衛でお世話になっています」
「そうかそうか、なら色々と彼らのことも知っておるのかね?」
「はい、長期間行動を共にしていましたのでそれなりには」
「儂らは国を挙げて彼らの生活を守っていこうと決めてな、お主達も協力してもらえるかの」
「もちろんです、彼らのように様々な種族が手を取り合って笑って暮らしているというのは、とても素晴らしい事です。私もそんな生活を守ってあげたいと思います」
なんかユリーさんにも大役を押し付けてしまった気がするが、ヤチさんもウンウンと頷いてやる気を見せているし、今までも俺たちの秘密を漏らさずいてくれてるのだから、これまでどおりの関係を続けていければいいと思う。
◇◆◇
「この様な食感のお菓子を食べたのは初めてだ、実に美味しかったの」
国王も護衛の3人もとても満足そうな顔をしている、プリンも食べ終えたしそろそろここに来た理由を聞くことにしよう。
「国王様、今日来ていただいた用件をお伺いしてもいいですか」
「そうだったな、これを渡しておこうと思っての」
護衛の1人から渡されて机に並べられたものは、1枚の封筒と数枚の金属板だった。金属板の方は長方形で、王家の紋章と絵文字のような模様が彫られている。
「これは何でしょうか?」
「こちらの封筒はこの家と土地の税金を永久免除するという書類で、こちらの金属板は街に入る時の通行証になる」
「これがあれば、身分証やギルドカードが無くても街に入れるという事ですか」
「ギルドカードは冒険者活動していないと失効してしまうが、これならいつでも使えるからの。さすがに竜族の方々の身分証は作れぬが、これがあればいつでも訪ねてこられるだろう」
「色々気を使っていただいてありがとうございます」
「誰に渡すかは、お主達が決めてくれれば良い」
これはとても有り難い。それに俺たちを信用して、こんなフリーパスを複数渡してくれたのも嬉しい。冒険者登録していないカヤやクレア、そしてへストアさんに使ってもらえば、別の街に初めて旅行に行く時も苦労しなくて済む。
「旦那様、どなたかお見えになりました」
国王に再度お礼を言った時に、カヤが来客を告げてきた。窓から外を見ると、門からちょうど人が入ってくる所だった。あれは輝樹さんだな、今日は来客が多い日だ。カヤと2人で玄関に出迎えに行く。
「輝樹さん、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ、テルキ様」
「大君こんにちは、今日はちょっと聞きたい事があって来たんだ。ある冒険者のおかげで、魔族界からの襲撃がこの先少なくなるって聞いたんだけど、もしかしてそれって君達のおかげじゃないかな」
国に保護を求めてきた魔族女性から事情を聞き出した時に輝樹さんも一緒にいたし、このタイミングで魔族界に異変があったとしたら、とうぜん俺たちが関係してると思うよな。
「いま丁度リビングに事情を知っている人達が集まってますから、輝樹さんも来て下さい」
関係者が集まっているという俺の言葉に、不思議そうな顔をする輝樹さんを連れてリビングに移動する。
「テルキおにーちゃん、いらっしゃい!」
「キリエちゃん、こんにちは。それに……こ、国王様!?」
「勇者テルキ殿、お主も来たのか」
「なんで!? なんで勇者様までここに来ちゃうの!? 一体どうなってるのよ、この家は」
そう言えばユリーさん達には、輝樹さんとの関係は話してなかったな。慌てるユリーさんや唖然とするヤチさん、おかしそうに笑う国王と、この場がどんどんカオスになってきた。
でも、こんな生活がずっと続けていければいいと、人で一杯になったリビングを見ながらそう思った。
少々投げっぱなしで終わっていますが、特にオチも無く混沌の茶会は終了しています(笑)
次章はこの作品の集大成的な内容になります、今まで語られなかった事も明らかになっていきますので、ご期待下さい。