第134話 クレアとお出かけ
誤字報告ありがとうございます。
なろうの誤字報告は行数も表示されるので、元になるテキストファイルの修正もやりやすく、とても助かります。
「プリンが食べたくなってきた……」
昨夜はとても大きなプリンを食べる夢を見た気がして、目が覚めて思わずそんな事を口にしてしまったが、冷蔵庫もあるし麻衣にお願いしたら作ってくれるかもしれない。横を見ると気持ちよさそうに眠るヘストアさんの顔が、すぐ近くに迫っている。
メイニアさんはここに来るまで、人化の状態で深い眠りに落ちることは無かったと言っていた。へストアさんもそうだったんだろうかと、ぐっすり眠っている姿を見てそんな事を考えてしまう。
反対側を見ると、いつもの様にアイナが俺の胸元に顔を埋めているし、昨夜はクレアが麻衣と料理の話をしたいと言って一緒に寝たので、2人が仲良く寄り添うように眠っている。ヘストアさんの隣にはキリエとメイニアさんが抱き合うようにして寝ていて、こちらも気持ちよさそうだ。
大陸最強の種族がこうして無防備に寝顔を晒しているのを見ると、何となく慈しむ気持ちの方が大きくなってくるから不思議だ。顔にかかった髪の毛を、そっと元に位置に戻してあげると、うっすらと目を開けてこちらの方を見つめてきた。
「すいません、起こしてしまいましたか?」
「……とても良く眠れたから気分はいいよ」
「それは良かったです、このまま起きてしまいますか?」
「すまんが……それは無理な相談だ」
そう言って、俺の腕を抱え直すようにして目を閉じてしまった、母娘揃って二度寝が好きみたいだ。まぁ、まだ時間は早いからいいんだが……
しかし、いくら慈しむ気持ちが強くても、まろやかな感触が無くなるわけではないんです。
◇◆◇
「本当に済まない、まさかこの歳になってあの様な痴態を晒すとは」
「この家のベッドに寝ると、みんなあんな風にぐっすり眠ってしまうので、気にしないでください」
「おとーさん、へストアおねーちゃんどうしちゃったの?」
「へストアさんはみんなの前で熟睡したり、二度寝してしまったのが少し恥ずかしいみたいなんだ」
あれから再度目を覚まして完全に覚醒したへストアさんは、彼女の中にある何かの羞恥心を刺激してしまったらしく、とても恥ずかしがっている。人族に平謝りしている大陸最強種族の構図って、色々と間違ってる気がするんだが。
「ダイ君の腕を抱きしめて眠る姿が見られるなんて、ここまで来てもらった甲斐があったよ」
メイニアさんも変に煽らないで下さい、へストアさんが下を向いてしまったじゃないですか。
「このベッドはカヤおかーさんが一生懸命作ってくれたからとても気持ちがいいし、おとーさんにくっついて寝るとすごく安心できるから仕方ないの」
「俺は気にしていませんし、こうやってぐっすり眠ってもらえたのは嬉しいので、あまり気に病まないで下さい」
俺とキリエの二人がかりで頭を撫でて、何とか落ち着いてくれたので着替えて朝食に向かう。メイニアさんはあまり人前で恥ずかしがったりしないが、へストアさんは羞恥心のポイントが少し多いのかもしれない。
「麻衣、お願いがあるんだが、構わないかな」
「何でしょう、ダイ先輩」
「プリンって作ることは出来ないか?」
「なぜプリンが食べたくなったのかは、何となくわかりますから理由は聞きませんが、あれは加熱するのでこの世界の卵でも大丈夫だと思います。一度作ってみたかったですし、冷蔵庫もあるので挑戦してみますね」
食べたくなった理由は麻衣の想像通りです、不機嫌そうな表情になっていないその姿に、そっと感謝する。午後のおやつに間に合うらしいので、楽しみにしておこう。
◇◆◇
ランク上昇の手続きに冒険者ギルドに行く必要があるが、午前中は混んでるからお昼ご飯の後に足を運ぶ事にして、クレアと2人で買い物に出かける。
麻衣とカヤはプリン作り、他のメンバーは公園に散歩に行くみたいだ。ウミも自然の多い方に行くと俺から離れていったし、何となくクレアに2人きりのお出かけを楽しませてあげたいという、みんなの心遣いを感じる。
「お兄ちゃんはどんな花が好き?」
「花や植物にはあまり詳しくないけど、小さくてもいいから色々な色の花がみたいな」
「じゃぁ、花壇をいくつか区切って、色んな種類を育ててみるね」
「時期をずらして次々咲いていくのもいいし、色々な種類が一斉に咲くのもいいし、それはクレアに任せるよ」
俺と腕を組んで楽しそうにどんな花を育てるか話をしながら、雑貨屋へと歩いていく。俺は花の名前と言ったら、サクラやチューリップやヒマワリみたいな、誰でも知っているような名前しか思い浮かばない。
小学生の頃に透明な花瓶に水を入れて球根を育てたことがあるけど、花の名前は何だったのか忘れてしまったな。あの時は球根を腐らせてしまい、かなりショックだった覚えはあるんだが。俺には植物を育てる才能はないかもしれないので、クレアの指示通りにして余計な事はしないようにしよう。
「クレア、煉瓦ってどれくらいあればいい?」
「いくつも区分けしてみたいから、多めに買ってもらっても大丈夫?」
「運ぶのは精霊のカバンがあるから、どれだけ買っても大丈夫だぞ」
「さすがお兄ちゃんは頼りになるね」
俺が直接運ぶわけではないが、クレアに褒められて少し嬉しくなる。
何度かに分けてカウンターに煉瓦を運び、会計を済ませて精霊のカバンにしまっていく。最初は驚かれたが、家の補修に必要なものや家具の材料など、大量の大型資材を買っているので、今ではすっかり普通の対応になってしまった。
土を掘ったり耕したりはカヤがやってくれるが、種や球根を植える時に使う園芸用の小さな道具や、植木鉢もまとめて購入しておく。種などはクレアがいくつか選んでくれたので、一緒に会計を済ませた。
「あらー? あなたマイちゃんの彼氏さんじゃない」
「こんにちは、今日は何か買い物ですか?」
声をかけてくれたのは、石窯焼き食堂を営む夫婦の娘さんで、近くでパン屋を経営しているお姉さんだった。初めて会った時に麻衣の彼氏扱いされてから、ずっとそのままの状態で言われ続けている。
「今日はここの店員さんに相談があってねー。それより可愛い女の子連れてるわね、妹さん?」
「はい、お兄ちゃんの妹のクレアといいます」
知らない人に声をかけられて、俺の腕を抱きしめていたクレアだが、お姉さんに尋ねられてしっかり妹と答えている。出会ってあまり日にちは経っていないが、すっかり妹という立場が定着しているみたいだ。
「ふふふ、じゃぁー、マイちゃんの妹でもあるのね」
「マイさんには料理を習ってます」
「マイちゃんは、料理が得意だもんねー」
ところどころ語尾が伸びるお姉さんのゆったりした喋り方で緊張がほぐれてきたのか、クレアの表情も柔らかくなってきて、2人で麻衣の事を話している。
「そうそうー、ここに来た理由だったわね。友達にもらった鉢植えが元気なくてー、ここの店員さんに聞きに来たの」
お姉さんは横に置いていた鉢植えを持って、こちらに見せてくれたが、確かに葉っぱが垂れ下がっていて元気がない。店員さんの方を見ると、お手上げというように首を横に振っているから、原因はわからないみたいだ。
「あの、この鉢植えとても暖かい場所に置いてないですか?」
「寒いとかわいそうと思って、パン焼き窯のある部屋に置いてるけどー、もしかしてそれが駄目だった?」
「はい、この子は暑すぎるのが苦手なんです。今の時期だと風通しの良い窓際くらいの温度で大丈夫ですよ」
「ほんとー!? これからはお店の方に置くことにするわね」
「水のやりすぎも良くないので、土の表面が乾いたら鉢の底から少し水が漏れるくらいあげて下さい」
「わかったわ。あなたとっても詳しいのねー、本当にありがとう。今度お店に来てくれたら、おまけするからねー」
お姉さんは手を振りながら、笑顔でお店の方に帰っていった。俺たちも雑貨屋の店員さんに挨拶してから店を出て、クレアと腕を組んで街を歩く。
「さっきのは、あの鉢に植えられていた植物が教えてくれたのか?」
「うん、暑くて辛そうにしてたから、どこに置いてるのかと思ったんだけど、パンを作るお店だったんだね」
「うちで食べるパンを良く買いに行ってるお店なんだよ、それにしてもクレアはやっぱり凄いな」
パンを焼く窯があるお店という情報を知らずに、クレアは鉢植えの置かれていた環境を当ててしまった。本当にこの能力は素晴らしい、俺に褒められて嬉しそうに一層腕に抱きついてきたクレアと一緒に、通りをのんびり歩きながら家へと帰っていった。
◇◆◇
散歩から帰ってきたみんなとお昼を食べて、カヤとクレアとへストアさんを除いたメンバーで冒険者ギルドに向かっている。へストアさんはカヤの案内でお店を少し回ってみるみたいだ、結びの宝珠のおかげで家の妖精でも単独行動できるはずだと言っていたので、その検証も兼ねて2人で出かけるらしい。
クレアは庭をどんなレイアウトにするか考えたいと家に残っている。鉢植えをいくつか作ってみたいとも言っていたので、午前中に買ってきた道具や植木鉢を渡すと、とてもワクワクとした顔で受け取っていて可愛らしかった。
「冒険者パーティー虹の架け橋ですが、ギルドランクの更新に来ました」
「ギルド長がお待ちなので、こちらに来ていただいていいですか」
受け付けの女性にパーティー名を告げると、俺や頭の上にいるウミ、そしてイーシャやアイナ達もいるメンバーを見て、にっこり笑って案内してくれる。最初のうちは精霊やエルフがいるパーティーで珍しがられたが、ここでもすっかり普段の光景になってしまった。
「失礼します、冒険者パーティー虹の架け橋です」
「よく来てくれたな、そこに座ってくれ」
受付嬢に案内されて、ギルドの奥にある重厚な扉を開けると、背の高いがっしりした体つきの男性が出迎えてくれる。魔物の暴走の時に会ったきりだが、確か名前はワイズさんだったな。
噂だと元冒険者でランクこそプラチナだったが、その実力はアダマンタイト級だったらしい。そんな力がありながら、次世代の冒険者を育てる事に残りの人生を費やすと、ギルドの職員に転身し今の地位になったと聞いた。
「君達は最近ゴールドランクになったばかりだったな」
「はい、昨年の末に長期の護衛任務を完遂して、その功績が認められました」
「その若さでゴールドランクというのもあまり例がないが、今回は国から直接プラチナランクへの推薦状が届いて、正直驚いている」
「俺たちは自分の仲間のために動いたのですが、結果としてそれが国への貢献になりました」
「その仲間を一番大切に思う姿勢は実に私好みだ。君達の実績や人柄は国が保証してくれると言っているし、いつも辛口の査定をする王立ダンジョン研究所の依頼で最高評価を得ている」
男が苦手な人と人見知りな2人だから、どうしても評価が厳しくなってしまうのだろう。それに多くの冒険者は、ダンジョン内では自分達の方が立場が上だと振る舞おうとするので、調査を妨げられたりして不満が溜まる事も多いという愚痴も聞いたことがある。
「とても光栄な事だと思います」
「それに獣人族の2人をとても大切にしている姿や、そちらの子供がお父さんと言って懐いてる姿、そしてエルフや精霊といった種族に頼りにされていて、真っ白で行儀が良くて大人しい動物を連れている君達のパーティーは、受付嬢たちの評価がとても良くてな」
「それは初めて耳にしましたが、そう思っていただけるのはとても嬉しいです」
シロも俺の近くに寄ってきて、みんなも嬉しそうに俺の方を見て微笑んでくれる。あからさまに特定の冒険者を贔屓するような態度を取らないのは、さすがプロの受付嬢といったところだろうか。でも、いつもニコニコして対応してくれている笑顔の裏には、俺たちパーティーの事を気に入ってくれているという気持ちがあったのなら、とても有り難い事だ。
「こうして話をしていても君の人柄は伝わってくるし、パーティーメンバーの絆も確かのようだ。冒険者ギルドは君達のような優秀な者を歓迎する、これからも頑張ってほしい」
俺たちは全員で頭を下げ、少しだけ世間話みたいな会話をして、ギルドカードの更新処理を終わらせた。黄色から赤に変わったカードを見て、みんなの顔もちょっと誇らしくなっているように感じる。
こうして、過去に前例がない最短最年少でのプラチナランクへの昇格を果たし、ギルド長の祝福の言葉をもらって部屋を後にした。
水栽培の定番といえばヒヤシンスかクロッカスでしょうか。
透明な花瓶を使ったり、ペットボトルの上部を切って逆さまにして、花瓶にしたりした経験のある方もいるかも知れません。
主人公は水の入れ過ぎですね(笑)
次話でこの章も終わりになります。