第130話 お茶会と報告会
「これすごくおいしいね、国王のおじーちゃん」
「お代わりは沢山あるから、遠慮なく食べなさい」
「うん、ありがとう!」
キリエは国王の膝の上に座って美味しそうに果物を食べているが、一国の王様がここまでやるのは流石にどうなんだろう。ヨークさんはいつもの役目を取られて少し不満そうにしているが、近衛隊長の反応を見て面白がっていたので、その償いとでも思ってもらおう。
自分の事は棚に上げているようだが、気にしない、気にしない。
国王と共にこの部屋に来た側近の人たちや隊長さんは、もうすっかりあきらめムードで2人を見ている。両名とも、とても楽しそうにしているから、みんなも怒っている感じではなく、国王の意外な一面を見てしまって、どう反応したら良いか判らないと言った所だろう。
和やかな雰囲気になっているのは確かだから、ここに来た目的を話してしまおう。
「魔族界にある3人の領主の内の1人から預かってきた親書を、お渡ししても良いでしょうか」
「私の方で預かろう」
「ダイ兄さん、それはボクの方から渡してもいいかな」
オーフェは親書を手渡す役目をやらせてほしいと俺の近くに来たが、見られるのは恥ずかしいからと一度だけしか見せてくれなかった、クルリと小さく巻いた可愛らしい角を出していた。
「こっ、この子供は魔族!?」
「これはボクの父さんから預かってきたんだ、ちゃんと魔族界からの手紙だと信じてもらえるように、この姿で渡すよ」
そう言って隊長に親書を手渡すと、少しだけ確認して近くにいた側近の1人に渡す。その人が封蝋された封筒を開封すると、中には数枚の手紙と虹色に輝く小さなプレートが入っていた。
「オーフェ、ありがとう」
「クーちゃんのためだから、これくらいどうって事ないよ」
隣に立っているオーフェの頭を撫でてあげると、嬉しそうにして俺の腰にしがみついてくる。友達のために自分の素性を明かしてでも、親書の信憑性を上げようとしたオーフェの覚悟と優しさに感動してしまう。
手紙に目を通していた側近の人は信じられないといった顔をしているが、読み終わったらしく国王に手渡している。
「この光る板は何だ?」
「これは昔、魔族界の獣がこの大陸に現れて被害を出した際に、謝罪の手紙と共に使者が持ってきた物と同一かと思われます。そこの魔族の娘が申したように、魔族界からの親書で間違いないでしょう」
ハリスさんもちゃんと保険をかけてくれていたんだな。どれくらい昔の出来事なのかは判らないが、さすがに国王の側近だけあって、そういった事例もしっかり記憶していたみたいだ。親書を受け取った国王もそれに目を通して驚きの表情に変わっていくが、膝の上にキリエがいるのでいまいち締まらない。
「お兄ちゃん」
国王が手紙を読み終わるのに合わせて、角の丸い円錐形の角を見せたクレアが俺の近くに来る。俺は立ち上がってクレアの隣に並び手を握る、オーフェも来て反対側の手を握ってくれた。シロも足元に来て応援してくれるようだ。
「オーフェちゃん、シロさんもありがとう」
魔族がまた1人増えた事で部屋の中にも緊張が走るが、立ち上がって集まった俺たちに視線が集中するので、切り出すタイミングは今が良いだろう。
「他の魔族に暗示をかけていたのが、このクレアなんです」
「こんな小さい子が、本当かね」
「我々に保護を求めてきた魔族女性の話した特徴とも一致しています」
「私の力のせいで皆さんに迷惑をかけてしまってごめんなさい」
クレアは国王や側近たちに向かって大きく頭を下げた。
「しかし、この親書によると、君も操られていたんだな?」
「はい、行方不明になったお父さんやお母さんを探してあげるから協力しなさいと言われて」
「主犯の男にも一時的にですが、相手に暗示をかける能力を持っていて、その力を使ってクレアの意志を奪い、他の魔族に過激な思想を植え付ける事を強要していました」
「俄には信じられん話だが、その事が事実だとすれば、この魔族の子供に責任を取らせることはできん」
「私もその現場にいた1人だからね、竜族の名と誇りにかけてクレアちゃんの言っている事は真実だと宣言するよ」
それを聞いて国王や側近たち、それに近衛隊長も難しい顔をする。いくら操られていたとは言え、今までさんざん手こずってきた魔族がこの大陸に来た原因を作った本人なので、割り切れない部分もあるんだろう。
「ひとまずその件に関しては理解したが、その子が再び誰かに暗示をかける危険はないのかね」
「クレアは誰かに暗示をかけて操る行為をとても嫌がっています。それに彼女は私たちの家族になって、これから一緒に暮らしていきます。そんな事は絶対にさせないと誓います」
「君たちが操られる可能性は?」
やはりこの質問が来たか。そう思ってここに来る前に、右手を上げて下さいといった簡単な暗示で検証したので、それを伝えることにしよう。
「私たちには状態異常耐性の全体効果を持ったメンバーと、これがあるので暗示を防ぐことが可能です」
「それは結びの宝珠! しかも全員持っているのか!?」
それぞれ身につけていたペンダントを取り出して、テーブルの上に並べると、近衛隊長がとても驚いている。ウミは腰につけていたものを、体を横にして見てもらっていて、シロも近くに来てくれたので、首輪を外してテーブルの上に置いた。
「仮に結びの宝珠が無い場合でも、耐性スキルを持っている麻衣と、竜族のキリエとメイニアさんは魔法無効能力があるので効きません。更に精霊のウミと家の妖精のカヤは、暗示にかからない事を確認しています。白狼のシロも影響は受けませんので、誰かが異常を外部に知らせることが出来ます」
「耳の形が少し違うようだが、そちらの小柄な女性はハーフリング族ではないのかね?」
「エルフ族や獣人族が暗示にかかってしまうなら、ハーフリング族にも影響はあるだろう」
「旦那様、少し妖精の力を使っても構わないでしょうか」
「構わないけど大丈夫なのか?」
「はい、今日出掛けてからずっと感じている事がありますので、それを確かめたいと思います」
人族は妖精にほとんど関心が無いからだろう、国王や側近に種族を疑われたが、カヤは自分の結びの宝珠を首に下げて、国王の近くに歩いていった。
「国王様、あちらの天井近くにある石材に少しヒビがありますが、修理しても構わないでしょうか?」
「それは構わぬが、あの様な高い場所まで手は届かないのではないか?」
「それはご心配には及びません、それでは失礼いたしまして」
カヤはうっすらとヒビが入った石材のある壁の下に行き、そこに手を当てて集中し始めた。すると、俺たちの家を修理している時と同じ映画の特殊効果みたいに、ひび割れた跡が綺麗に消えていった。
「こっ、これは凄いの」
「私たち家の妖精は、この様に家屋の修理をする事が可能です」
「カヤ、外でも家と同じ力が使える様になったのか?」
「旦那様が結びの宝珠を一つリビングの棚に飾っておられましたが、そこを通して私に力が流れてきているようです。家のように連続で力は使えませんが、外でも少しだけなら行使できるようになっています」
「もしかして、これがあれば今までより長く外にいても大丈夫になるのか?」
「はい、皆様と旅行も可能になると思います」
「ほんとか、やったな!」
「だっ、旦那様、他の方がいらっしゃるので少し恥ずかしいです」
思わずカヤを抱きしめて頭を撫でてしまったが、ここには国王や側近たちが居るんだった。興奮してすっかり今の状況を忘れてしまっていた。でも、それくらい嬉しい。
「妖精とは、もっと無機的なものかと思っておったが、こうして見ていると我々と変わらぬな」
「おとーさんとカヤおかーさんはとっても仲良しだからね」
「これだけ自分の意志がはっきりしていて、恥ずかしがったり喜んだり出来る家の妖精は、この子以外に居ないと思うね」
へストアさんでも出会ったことがないほど特殊みたいだけど、カヤはみんなと一緒に笑って喜んで、食事やお風呂も同じ様に経験し一緒に眠る、そんな存在でい続けて欲しい。国王の前だと言うのに、みんながカヤの近くに集まって喜んでいる姿を見るとそう思う。
「魔族の子供の事はこの者たちに任せよう、我々からは何も追及する事はしないと約束する」
「宜しいのですか、国王様」
「あの様に手を取り合って喜んでいる者たちが、誰かを暗示にかけて操ろうなどと考えるとは到底思えぬよ」
「確かにそうかもしれませんが……」
「あ、あのっ、国王様、赦していただいてありがとうございます」
「新しい家族と仲良く幸せになるようにな」
「はいっ!」
クレアは嬉しそうに微笑んでお辞儀をして、俺たちも全員で頭を下げた。なんかカヤの事で喜んでいたら、クレアの件もいい方向に進んでしまったが、何はともあれこれで一安心だ。
◇◆◇
その後は親書の内容を確認するように、俺たちの方からも細かい状況説明や補足を加えていって、魔族界での顛末は国のトップとその側近たち、それに近衛隊長に全て伝わった。
「さて、問題は今回の件をどう発表するかだが」
「その事なんですが、過激派魔族の残党はまだ各地に残っているという話ですので、しばらくはこの大陸にも渡ってくる者が居ると思うんです。今までのように次々と来ることはないと思いますが、それが終息した時に勇者と聖女の功績として発表してはもらえないでしょうか」
「君たちはそれで良いのかね?」
「私たちの家族には人族や獣人族、エルフ族に魔族や竜族、精霊に妖精と様々な種族がいます。その様な者たちが静かに暮らせるように、見守っていただけると嬉しいです」
「しかし今回の功績を考えると、爵位くらいは受け取ってもらわねばこちらの立場が」
「その件に関して私の方からも少し構わないかね」
「聖竜様に何か案がおありですか?」
「なに、ちょっとした個人的な事だが、私の娘が最近になって卵を生みたいと言い出してね。私なんか二千歳を超えた歳くらいでこの子を生んだのに、メイニアときたら三千歳近くになっても卵を産もうとしなかったんだ」
「子供なんて作っても面倒だと思っていたんだよ」
「ところが先日、地脈の調査から帰ってきて子供を欲しがるから不思議に思ったら、黒竜族のとても可愛い子に出会ったが、なんと他種族に育てられている、その家はすごくいい場所だから自分もそこで孵化させたいと言ってきて驚いたよ」
「キリエちゃんの可愛らしさを見たら、自分でもそんな子供が欲しいと思うのは当たり前じゃないか」
「それは儂もわかるの」
「国王様!?」
「その点に関しては儂も同意じゃな」
国王もヨークさんもどんだけキリエにメロメロなんだ。
「竜族は周りに居る者の感情に敏感でな、爵位など与えて周囲に騒がれると、生まれてくる子供が影響されて、この大陸に災厄を与える存在になってしまうかもしれぬ、そんな事になると困るとは思わぬか?」
「竜族の子供が生まれる時に、その様な影響を受けるのですか?」
「竜の卵は周りの感情を受け取って孵化する力を貰うから、どうしてもそれに影響されてしまうんだよ。キリエちゃんを見ると判ると思うけど、ダイ君たちの住んでいる家はとても暖かくて優しい気が溢れているんだ。そこを守ってもらえると、私も安心して子供を孵すことが出来るよ」
「そういう事なら、我々も彼らの希望を尊重したいと思うがのぉ」
国王は唸るようにそう言ってくれるが、やはり今ひとつ割り切れないみたいな感じで、メイニアさんやへストアさんの方を見ている。このまま堂々巡りになると思われたが、へストアさんが何かを確認するように一瞬だけメイニアさんを見て、俺たちの方に近づいてきた。
「そうだ、さきほど私が取り出した竜血玉は、君たちに差し上げるよ」
「構わないんですか?」
「私の娘をこんな気持にしてくれたお礼と、これからキリエちゃん共々よろしくというお願いかな」
「そういう事でしたら喜んで受け取らせてもらいます」
「私の竜血玉は、静かに見守ってくれるという約束の証に、国王に渡す事にするよ」
メイニアさんも胸元から自分の竜血玉を取り出して、国王に手渡している。ほんとにこの母娘のまろやかさんには何が詰まってるんだろう。それに、さっきのへストアさんの動きは、母娘で連携して竜血玉を渡すためのアイコンタクトだったようだ。
「まさか儂の代で家宝が増える事になるとは。この様に栄誉ある役目を仰せつかったからには、国を挙げて協力いたしましょう」
国王はメイニアさんからもらった竜血玉を手にして、ちょっとうっとりした表情になっている。
「聖竜様のものとは形が違うが、こちらもとても美しい」
「竜血玉は作る竜によって形が決まってるんだ、だから同じ形は同じ竜にしか作れないんだよ」
これにはそんな特徴があったのか。しかし、これで俺たちの家には、王家の家宝と同じセットが存在するという、ちょっと凄いことになってしまったな。
「では、この者たちの素性は決して明かさないものとする。この場で聞いた話も一切口外せぬよう、国王として厳命する」
「「「「「「ははっ!」」」」」」
古竜族の母娘のおかげで、変な柵が出来ずに済んで助かった。ちょっと脅している部分や、賄賂的なものを渡した部分があるのは否定はできないが、一応丸く収まったという事でいいだろう。
「あのね、これが終わったらキリエたちの家で食事会をするの、国王のおじーちゃんも一緒に来る?」
「それは良いの、儂も参加して構わないかな?」
側近たちに命令している姿はかっこよかったのに、最後で台無しだ。
後に作中でも語られますが、こんなにあっさり事が進んだ理由に、国王は子供好きという理由があります(笑)
(実は一部の側近もキリエの可愛さにやられている)
この後に資料集の方を更新します。
サブキャラの項目に竜族のカテゴリーを作ってへストアを追加して、メイニアも移動しています。