第129話 王城
「ここから先は許可された者しか入れません、身分証か許可証の提示をお願いします」
「すまんが、国王に西のエルフのヨークが謁見を求めていると伝えてくれんかな」
「こ、国王様にですか!?」
「通じるかどうかわからないが、へストアも来ていると伝えてくれ」
「わっ、わかりました、暫くお待ち下さい」
辻馬車を降りて王城の正門に行き、ヨークさんが門番に国王との謁見をお願いしたが、突然現れた集団に国のトップと会わせて欲しいと言われた門番の兵士はかなり驚いている。しかし、老齢なエルフとへストアさんの持つ迫力に押されたのか、王城の中に慌てて走っていった。
「お祖父様は今の国王様とは会った事はないのよね?」
「先代とは多少縁があったが、今の国王とは面識がないの。じゃが、何とかなるじゃろう」
「へストアおねーちゃんは、ここに来たことあるの?」
「私が初代国王になる者と協定を結んだ時は、まだこのように大きな街は無かったな」
「街が大きくなってきて、入る時に審査が必要になったりしたのは、国が出来て千年くらい後だったと思うよ」
「竜の目撃例が少なって来た時代と重なるが、やはりそれが原因かの」
「気軽に街に行けなくなってしまったからね」
他の人の通行を邪魔しないように端の方に固まって話をしているが、門番の兵士たちはすごく微妙な顔をしてこちらを見ている。千年や二千年以上前の出来事を、こうやって世間話みたいにしていると、驚いていいやら疑っていいやら判らなくなるから仕方がないと思うけど。
しばらく待っていると、奥の方から門番より遥かに立派な鎧を着た、強面の兵士が急ぎ足でこちらに近づいて来た。その姿はゲームやファンタジー小説に出てくる騎士みたいだ。
「あれは近衛隊長さんですね」
聖女候補として王城にいた麻衣が、近づいてくる人の事を教えてくれた。王様直属の組織を率いるトップが出てきてくれたのか、ヨークさんの名前の效果だろう一気に大物が対応してくれる事になったみたいだ。
「賢者ヨーク様ですね、お噂はかねがね伺っております。まずはこちらにお越し下さい」
ヨークさんは国から賢者と呼ばれていたとは教えてくれなかったな、知識や経験が豊富だし確かにそんなイメージはある。
隊長を先頭に2名の近衛兵が俺たちの後ろについて、王城の中を歩いていく。俺たちは全員丸腰で来ているので、特に身体検査もなく中に入れてくれた。精霊のカバンがあるし、竜の息吹や固有魔法もあるが、わざわざ話して無駄に波風を立てる必要はないだろう。
初めて入った王城の中は天井も高く廊下も広くて絨毯が敷いてあり、壁や柱も大理石のような綺麗な模様がついていて、鏡みたいにピカピカに磨かれている。ここにもカヤのような存在が居れば良いが、人力でやるには掃除が大変そうだ。
麻衣は慣れているのか平気みたいだが、クレアは俺の腕とオーフェの手を握ったままだし、アイナとエリナは服の裾をしっかり握ってきている。キリエは興味深そうに辺りをキョロキョロ眺めていて、カヤは仕えるべき主が決まっているからか、あまり緊張していないみたいだ。
エルフ族の2人は普段と変わらず並んで歩いているし、大人の竜族2人も全く表情に変化はない。ウミは俺の頭の上だがおそらく平常運転で、滅多に見られない王城の中の風景を堪能しているだろう。
外とは違って静かな王城の中ということもあって、みんな黙ったまま歩いているので、鎧のパーツが当たるカチャカチャという音と、俺たちの足音以外は聞こえてこない。
やがて一つの部屋の前に案内される、大きな扉を開けて中に入ると細長い机の周りに椅子を並べた、会議室のような場所だった。後ろからついてきていた2人は扉の左右に立って、隊長が机の向こう側に移動する。着席を勧めてくれたので、全員並んで座ることにした。
「へストア様という方も来られているそうですが、どなたでしょうか」
「それは私だよ」
「建国に尽力してくださった聖竜様と同じお名前ですが、何かご関係がおありですか?」
「その竜本人だよ」
「はぁ!?」
あぁ、隊長さん固まってしまったな。へストアさんの方をじっと見ているが、人化した時の外見では年齢を測れないから、どう判断すればよいか悩んでいるんだろう。強面の顔が放心している姿は、隊長の威厳に影響しそうだけど、大丈夫だろうか。
「しっ、失礼した。何かご自身の身の証になるような物を、お持ちではないですか」
「そうだな、これを国王に見てもらうとわかるかな」
へストアさんは胸元にすっと手を近づけると、どこからともなく赤い宝石を取り出した。あれは竜血玉のようだが、一体どこから取り出したんだろうか。いや、あまり深く考えるのはやめよう、あそこには色々なものが詰まっているに違いない。さすがは“超絶まろやかさん”だ。
隊長は竜血玉をヘストアさんから受け取り、扉の所にいた兵士に渡して、どこかに運んでもらっていた。それ、王家の家宝と同じだから、きっと大騒ぎになるな。
「それで、本日はどの様なご用向きで、こちらまでいらしていただいたのでしょう」
「近年、魔族がこの大陸にやってきて国は対応に追われておるじゃろ」
「はい、勇者様や聖女様、それに現場の兵士たちが尽力してくれているおかげで、何とか撃退している状態です」
「そうやってこの大陸に渡ってくる過激派魔族が増えた原因が、最近判明したはずじゃ」
「保護を求めてきた魔族が最近取り調べに応じてくれ、その事を話してくれましたが、なぜ賢者様がこの国の機密情報をご存知なのでしょう」
「それを聞き出したのが、彼らだからじゃよ」
「まさか、この者たちが勇者テルキ様が連れてきたという冒険者……」
隊長は俺たちの方を見て、また固まってしまった。あの場所に騎士団員が何人もいたが、協力者の詳しい情報は上層部まで上がってなかったのか。もしかすると輝樹さんが、俺たちの生活に悪影響が出ないように、手を回してくれていたのかもしれない。そんな気遣いを台無しにしてしまって、ちょっと申し訳ない。
「彼らにはそれを聞いてどうしても確かめねばいけない事があったのでな、魔族界まで行って事実を確認した上で原因を排除してきたんじゃ。詳しい事は現地の領主から親書を預かっておって、それを国王に手渡したくてこうして謁見をお願いしとるんじゃよ」
「ちょっ……ちょっとお待ち下さい。魔族界まで行った? 原因を排除した? 領主からの親書? 一介の近衛隊長の私には手に余ります、どうかしばらくお待ち下さい」
隊長さんはパニックになって慌てているが、ヨークさんはちょっと面白そうにしているな。なんか驚かせたり慌てさせたり、色々苦労をかけてしまって申し訳ないと思うが、俺もちょっと楽しいかなと思ってしまってます、ごめんなさい。
そうしていると、ドアの前が騒がしくなる、誰か来たみたいだ。
「お待ち下さい、国王様自らこの様な場所に足を運ぶなど、あってはなりません」
「そんなつまらん事を言っとる場合か! 聖竜様と賢者様が来ておられるのだぞ、こちらから出向かぬ様でどうする」
扉が乱暴に開けられ、1人の老人と数人の付き人たちが入ってきた。この人が国王なんだろう、白い髪の毛と白髭が生えていて、豪華な衣装を身に着けている。太ってお腹が出ている様な人をイメージしていたが、体つきは多少ふくよかという程度で、眼鏡を掛けていないがフライドチキンで有名な、あの人形にどことなく似ている。顔つきも優しそうなおじいさんで、国のトップと言うよりは縁側で孫と一緒に遊んでいる姿の方が似合いそうな感じだ。
「お待たせして申し訳ありません、聖竜様、賢者様」
国王が入るなりそう挨拶してくれたが、ここまで走ってきたのか息が上がっている。結構なお年みたいなんだから、あまり無理はしない方がいいと思う。俺たちも全員椅子から立ち上がって、国王の近くに集まった。一緒に入ってきた数人は国王の側近たちだと、麻衣が教えてくれる。
「さっきの竜血玉は確認してもらえたかな?」
「はい、あれは正しく我が王家の家宝と同じ物。では、あなたが聖竜へストア様なのですね」
国王は地球でも見る事がある拝礼のポーズのように、両膝を床につけて手を合わせて拝み始めてしまった。側近たちは唖然としているし、床に付きそうなくらい頭を下げられて、へストアさんも少し苦笑している。
「国王のおじーちゃん、きれいな服が汚れちゃうから立ってほしいの」
「これはすまんな、絵画で見るだけだった聖竜様に会えて興奮してしまったわ。ありがとう、可愛いお嬢ちゃん。名前を聞いても良いかな?」
「黒竜族のキリエといいます。よろしくお願いします、国王のおじーちゃん」
立ち上がって膝に付いた汚れを、キリエに叩いてもらっていたが、黒竜族と聞いて頭を撫でてくれていたいた手も止まってしまう。他の人や隊長さんも同様に硬直状態だ。
「キリエちゃんも竜族なのかね?」
「うん、キリエは黒竜族最後の1人で、あっちにいるおとーさんやおかーさんたちの子供なの」
「そうかそうか、1人になってしまって寂しくはないかな」
「おとーさんやおかーさんたちや、おねーちゃんたちもいるから平気」
「それは良かったの。儂に出来る事があったら、何でも言ってくれて構わないからな」
「ありがとう、国王のおじーちゃん」
「こっ、国王様!? その様な事を信じても宜しいのですか」
「ここには聖竜様もいらっしゃるんだぞ、我々を謀って何の得がある」
「キリエちゃんの素性は、同じ古竜族でへストアの娘である私が保証するよ」
ここで3人目の竜族として名乗りを上げるメイニアさん。また場が騒然としてしまって手がつけられないが、側近の1人は国王への進言を諦めないようだ。
「し、しかし黒竜族は最強の種族、国王様の御身に何かあれば一大事です」
「こんなに可愛いんじゃから、問題などないわ。それより、キリエちゃんは何が好きなのかな?」
「キリエは果物が大好き!」
「この者たちに、お茶と果物を用意してあげるのだ」
国王の号令で、謁見のはずがお茶会にその姿を変えてしまった。一国の王様を骨抜きにしてしまうキリエの魅力はやはりすごいな、さすが俺たちの娘だ。それに場の雰囲気がほっこりしたので、この後の話もスムーズに進むだろう。
まろやかさん<超まろやかさん<超絶まろやかさん
更に上位の存在があるとすれば“激烈まろやかさん”辺りになるでしょうか(笑)