第128話 はじめての夜
「クレア、お風呂はどうだった?」
「温かくてあんな一杯のお湯の中に入るなんて初めてだったけど、凄く気持ちよかった」
ホカホカと湯気を立てながら2人がリビングに戻ってきたが、お風呂初体験のクレアに問いかけると、笑顔で答えが返ってきた。魔族はお風呂に入る文化が無いみたいだが、オーフェと同様にクレアも気に入ってくれたみたいだ。
「クーちゃん、あんなにおっきくなってるなんて反則だよ」
「ちょっとオーフェちゃん! お兄ちゃんの前で言わないでって約束したのに、恥ずかしいよ。それにオーフェちゃんだって、前見たときよりもおっきくなってたじゃない」
「わーーー、クーちゃん! ダイ兄さんに聞かれちゃうじゃないか」
慌てて大声を出して俺に声が届かないようにしているが、しっかり聞こえていたからな。いつも背中に張り付いてくるから、わずかに感じるまろやかさがあるのは知っていたが、クレアには及ばないみたいだ。
今は身長の近いオーフェの服を借りているが、クレアのほうが少し背が高いので、服もちゃんと買いに行かないとだめだな。色々とやることが山積みだが、一つ一つ片付けていこう。
◇◆◇
みんながお風呂に入り終えた後は、大部屋のベッドの上に集まってブラッシングの時間だ。いつもの様にキリエが俺の足の上に座って、シロのブラッシングを手伝ってくれる。今日の膝枕はクレアがやってみたいと言ったので任せているが、動物が好きなのでとても嬉しそうにしている。
「そうなんだシロさん、それは良かったね」
「クレアおねーちゃん、シロちゃんはなんて言ってるの?」
「こうやってもらってる時が一番幸せだって」
「わう、わう、わうん」
「後はお散歩とご飯と遊んでもらってる時も幸せみたい」
「そうなんだ。キリエも頑張ってブラッシングするね、シロちゃん」
「わうっ」
膝に乗せたシロの頭を優しく撫でながら、クレアがその気持を代弁してくれる。シロの場合は喜怒哀楽をわかりやすく表現してくれるので、俺たちにもその気持は読みやすいが、こうして言葉にしてもらえるとやはり嬉しい。キリエもクレアの言葉を聞いて、ブラッシングにますます熱が入っているみたいだ。
「ウミも精霊なので自然やそれに近い存在の気持ちはわかるのですが、クレアちゃんの能力はとても凄いのです」
「オーフェはクレアのこの能力は知ってたのか?」
「クーちゃんはこの力で迷子になったボクを探してくれてたみたいなんだけど、こうやって誰かの前で使ったことは無かったから、ここまで凄いなんて知らなかったよ」
「動物や植物の声が聞こえるって言っても、変な子だって思われるから使わなかったけど、お兄ちゃんやみんな前だったら大丈夫だから」
俺も麻衣もファンタジーな能力に偏見はないどころか憧れてすらいるし、精霊や妖精やドラゴンという存在自体がファンタジーなメンバーが揃ってるから、気兼ねなくその力を振るってくれたらいいと思う。
◇◆◇
全員のブラッシングを終え、いつもの様に並んでベッドに入る。今日もクレアは俺の隣で眠ることになった、初めての場所で寝る日なのでみんなが譲ってくれたからだ。
「アイナさん、とても気持ちよさそう、それに安心しきって眠ってるみたい」
「出会った時からずっとこうしていたから、今ではこの姿勢じゃないと落ち着かないみたいだ」
「野営の時に夜中に起きてしまって、ダイを探して外に出てきてしまう事もあるわよ」
「……あるじ様がいないと寝不足になるって言ってた」
「お兄ちゃんの近くに居ると落ち着くのは何となくわかるな」
「ウミもダイくんの枕で寝るのが一番落ち着くのです」
「わう」
「シロさんもそこが落ち着くんですか、やっぱりお兄ちゃんは凄いな。私を優しく撫でてくれた手もすごく暖かくて、ああしてもらわなかったら立ち直れなかったと思う」
布団の中で俺の手を握ってきたので、優しく握り返して答えると、嬉しそうに微笑んでくれる。
「私、明日ここの王様にちゃんと謝ろうと思うの。たとえ操られていたんだとしても、私の力で他の人に暗示をかけたのは確かなんだから」
「俺はクレアのやりたい事を応援するよ。それに、その事は俺の方からもしっかり説明するつもりだ」
「少し怖いけど、一緒に居てくれる?」
「もちろんだよ」
「ダイ先輩や私たちがついてるから大丈夫ですよ」
「クーちゃんにはボクもついてるからね」
「明日はメイニアおねーちゃんの、おかーさんも来てくれるから心配無いの」
「お祖父様も居るから、うまく説明してくれるわよ」
「うん、みんなありがとう、私とっても嬉しい」
少し強く握ってくてくれたその手を離さないまま、その日は眠りについた。手を繋いだまま眠ったおかげだろうか、今夜のクレアは悲しい夢を見なかったみたいだ。
―――――・―――――・―――――
翌朝、俺とイーシャとオーフェでヨークさんの家に行くと、メイニアさんたちはすでに到着していたみたいで、部屋で話をしていた。メイニアさんより白に近い青紫色のきれいな髪を、背中まで伸ばした女性が母親なんだろう。
人化した竜の外見は精神に影響されると聞いたが、その姿はまだ30代くらいに見えて、とてもメイニアさんより長い時を生きてきたと感じられない。少し濃い目の青色をしたドレスっぽい服を着ていて、とても良く似合っている。しかもある部分は、更に上位の存在が居るのだと思い知らされた。
「おはようございます、遅くなりました」
「おはよう、ダイ君、イーシャ、オーフェちゃん」
「おはようダイ君。紹介するよ、この人が私の母だよ」
「始めまして、俺の名前はダイと言います」
「私は古竜族のヘストアという。君が娘の言っていたダイ君だね、よろしく頼むよ」
「私はそちらにいるエルフの孫でイーシャと言うの」
「ボクは魔族のオーフェリアだよ、オーフェって呼んでね」
「今日は俺たちのためにご足労いただいて、ありがとうございます」
「なに、私も娘から君たちの話を聞いて興味があってね。こんな機会でもなければ会うことは無いし、楽しみにして来たから構わないよ」
へストアさんは俺たちの方を見て、ニッコリと微笑んでくれた。建国に関わっている人と聞いて、もっと厳格な人物だと思っていだが、こうして話している限りはとても付き合いやすそうに思える。ヨークさんもメイニアさんと初めて会った時の様に緊張していないみたいなので、同じような印象を持っているんだろう。
「さっそくで申し訳ないですが、今から王都の家まで来ていただいて構いませんか?」
「黒竜族の子供も居るんだったね、会うのが楽しみだよ」
オーフェに転移魔法を発動してもらい、家の玄関ホールに全員で移動した。一瞬で別の場所に移動して、へストアさんも辺りを見回しながら少し放心した感じになっている。
「これが転移魔法なのか、私も初体験だがこれは素晴らしいな」
「見てみたい場所があったらボクが連れて行ってあげるね」
「それは有り難いね、どこか思いついたらお願いするよ」
へストアさんはオーフェの頭を撫でながら微笑んでくれる。こちらをチラッと確認してから伸ばされた手の動きを見ると、きっと俺のなでなでの事も伝わってるんだろうな。
みんなも帰ってきた事に気づいたみたいで、リビングから出て玄関ホールに集合してくれた。
「みんな、紹介するよ。こちらがメイニアさんのお母さんで、へストアさんだ」
「古竜族のヘストアという、みんなよろしく頼むよ」
「黒竜族のキリエといいます。よろしくおねがいします、へストアおねーちゃん」
「君が黒竜族の子供のキリエちゃんか。よく生まれてきてくれたね、ありがとう」
へストアさんはキリエを抱き上げて、嬉しそうに頬ずりしてくれる。メイニアさんも絶滅するところだった竜種を育てていることに感謝してくれたが、へストアさんも同じ思いを持ってくれているみたいだ。抱き上げられたキリエも、嬉しそうにヘストアさんの首に手を回して抱きついている。
「へストア様、いらっしゃいませ。私は家の妖精のカヤと申します、よろしくお願いします」
「君の事も娘から聞いているよ。ここまで大きな力を持った妖精には、私も初めて出会ったな。とてもいい家と主人に仕えているね、素晴らしいよ」
「お褒めいただき恐縮です。旦那様や皆様のおかげで、消えていくしか無かった私が、こうして幸せに暮らしていけております」
「話には聞いていたが、ここは本当にいい場所だね。キリエちゃんがこうして純真な子供として生まれてきたのも、娘が帰って来ようとしないのもわかるよ」
「私の言った通りだろ? ここの料理やお風呂を体験すると、母さんも帰りたくなくなるよ」
しばらく滞在してくれるくらいは全然問題ないが、王都のこんな場所に竜族が3人も居るのはパワーバランス的にどうなんだろう。王城では全員の素性を伝えて信頼を得ることも考えているので、国にマークされてしまうとちょっと困るな。
自己紹介を済ませて、リビングに集まってもらう。王城に行く前にどうしても確かめておきたい事があって、それをみんなに協力してもらうためだ。クレアには負担をかけてしまうが、自分から協力を申し出てくれたので、実行する事にした。
◇◆◇
確かめたい事も確認できて、みんなお茶とお菓子で一服している。暖炉で暖められた部屋で食べるアイスクリームは、こたつで食べるのと同じ趣きがあって美味しい。
「少し山にこもっている間に、こんな美味しいものが生まれているなんて、人族たちの進化はすごいな」
「これは儂も驚いた、この地域だと氷が出来るまで温度は下がらんじゃろ、魔法で作ったのか?」
「遺跡の調査をした時に、冷たくなる古代の遺物を発見して、それで物を凍らせたり冷やしたりする装置を作ってみました」
「それは面白そうな装置じゃな、後で見せてもらってもいいかの」
ヨークさんの好奇心を刺激してしまったらしく、冷蔵庫を見たいと言うので戻ってきてから見せてあげよう。それにアイスクリームはこの世界に無いと思うので、麻衣かうちの家族しか作れないと思います。
「そろそろ出発したいと思いますが、構いませんか?」
「そうじゃな、今回の件が片付いたら食事会を開いてくれると言っておるし、さっさと終わらせて準備するかの」
「お菓子がこれだけ美味しかったのだ、料理にも期待してるよ」
2人とも国王に報告する事より、その後の打ち上げパーティーの方が大事みたいだ。麻衣たちの作る料理の魅力に負けてしまう国王というのも、少し哀れに思わずにいられない。
今日はカヤにも来てもらって、家族全員で登城する。国王に会うというのに不思議と緊張はしていない、きっとそれよりも遥かに凄いメンバーが揃っているからだろう。
今の国王が生まれる前から生きているヨークさん、この王国の歴史より長生きのメイニアさん、更に建国の立役者の1人であるへストアさん、これだけの人に囲まれているんだから緊張しようがない。重大な告白をするクレアを除いて、みんな普段どおりに王都を歩いている。メイニアさんとへストアさんのおかげで、すごい注目は浴びているが。
クレアは片手で俺の腕にしがみついて、反対側の手はオーフェに握ってもらっている。頭を撫でてあげると、嬉しそうにこちらを見上げてくるので、緊張はしているが追い詰められた感じでは無いみたいで安心する。
大通りで辻馬車を拾って、降りたらいよいよ王城だ。
へストアは執筆中に何度も、どこかの紐女神と名前を間違えそうに(笑)
紐やツインテールは装備していませんが、服は青です。