第127話 クレア
メイニアさんに元の姿に戻ってもらい、また俺が逆鱗を撫でて気を逸らしながら、オーフェの家の使用人たちに手伝ってもらって鞍を装着する。初めて見る竜の姿に驚かれたが、さすがにプロだけあって仕事は丁寧で正確だ。あっという間に装着が終わって、全員で背中に乗り込む。
麻衣は行きと同じく俺の背中にしがみついていて、キリエは足の間に収まっている。すぐ前にはオーフェとクレアが仲良く並んで座り、ここまで来た時の話をしているみたいだ。
「それではそろそろ出発します、親書は必ず然るべき人に届けますので」
「色々お世話になったね、この恩は魔族界をもっと良くする事で返していきたい」
「気軽に来られる場所ではありませんが、またいつか訪ねたいと思います」
「いつでも来てくれて構わないよ。それに、時間はかかるかもしれないが、今回の事を広く伝えて、他の種族に対する見方を変えていくと約束する」
「はい、期待しています」
「オーフェリアとクレアちゃんの事をよろしく頼む」
ハリスさんと執事の男性や使用人たちに見送られて、メイニアさんはゆっくりと上昇していく。
「それじゃぁ、父さん、ボクの家に帰るね」
「ここもお前の家だから、いつでも帰ってきなさい」
「ハリスおじさん、行ってきます」
「クレアちゃんも気持ちの整理がついたら、また魔族界を訪ねて来なさい。ご両親の事は私の方でも調べてみるよ」
みんなそれぞれ挨拶をして、魔族界を後にする。行ったその日の晩に拠点に侵入して主犯を倒し、次の日のお昼前に出発という慌ただしい行動になってしまったが、時間以上に長く居た気がする。それだけこの魔族界での経験が濃密だったという事だ。
国への報告が終わったら、クレアが落ち着くまで年始の休暇を延長して、みんなでのんびりと過ごそう。冬の季節だから川遊びは無理だけどエルフの里を散歩したり、王都の公園に行くのもいいし、温暖なアーキンドに行って朝市を見たり海岸で遊ぶのもいい。それにヴェルンダーで温泉に入るのもいいな、やっぱり温泉は寒い時期がベストシーズンな気がする。
◇◆◇
「オーフェちゃん、とっても高くてとっても速いね」
「こっちに来る時も、あっという間に着いたからびっくりしたよ」
「来るときより速いかもしれないのです」
『ダイ君の言っていた“時差”というやつで、向こうに着く時間が遅くなるかもしれないから、行きより速度を上げているよ』
物理障壁のおかげで風の影響を受けないから、乗っている俺はわからなかったが、行きのスピードはメイニアさんの本気ではなかったのか。竜族の限界というのは、一体どんな領域になるんだろう。
「行きも怖かったのに、更に速度が早いなんて。ダイ先輩、私もうここから離れたくありません」
麻衣は俺の腰に手を回してしがみつき、背中に顔をグリグリと擦り付けているが、少し楽しそうな声に聞こえるのは気のせいだろうか。まぁ、別に迷惑だったりする訳ではないし、普段あまりベタベタしない麻衣がこうして甘えてくれてるんだから、空の旅の間くらいは好きにさせてあげよう。
「マイさん、なんか楽しそうですね」
「……うん、あるじ様に甘えてるみたい」
後ろに座っているアイナやエリナから見ても、そう感じるようだ。
「空の旅も楽しくていいわね、やっぱり精霊魔法で飛ぶ練習をしてみようかしら」
「キリエもみんなを乗せられるように、早くおっきくなりたい」
「キリエは好き嫌いなく何でもよく食べるから、すぐ大きくなるよ」
「おかーさんたちの作る料理は美味しいから全部好き!」
「あの、私にも料理の作り方を教えてもらってもいいでしょうか」
クレアがおずおずと俺たちの会話に加わってきた。料理を一緒に作れば自然に会話も増えるし、打ち解けるにはちょうど良いかもしれない。
「もちろん大歓迎ですよ、一緒に作りましょうね」
「私も料理を習っているところですから、2人で頑張りましょう」
「うちの厨房に4人目の戦力が加わるのか、それは心強いな」
「私もキリエちゃんやお兄ちゃんやみんなに、美味しいって言ってもらえる料理を作れるように頑張ります」
クレアは冒険者活動はしないつもりなので、カヤと一緒にいる時間が多くなるだろう。その間も料理を習っていけば、すぐ上達するに違いない。あんな事があった直後なのに、こうやって新しい何かを始めてみようという前向きな姿勢に、俺は嬉しくなる。
「ウミは美味しい果物に期待しているのです」
「はい、そっちも頑張りますね」
「ボク豆料理が好きだから、それも作ってね」
「うん、豆も育ててみるよ、オーフェちゃん」
「わう、わうっ」
「はい、シロさんはイモですね、任せて下さい」
「わうっ!」
ハリスさんが言うには、迷子のオーフェを探す時に動物や植物が教えてくれると、クレアは答えたそうだが、やはりそんな能力を持っていた。ウミのように何となく気持ちが伝わってくるというレベルではなく、具体的にどんな事を思っているのかが判るという、とても凄い能力だった。
いつでも声が聞こえるのではなく意識しないと判らないし、自由に話が出来る訳では無いが、ある程度の意思疎通が可能らしい。シロみたいにこちらの言葉がわかっている様な受け答えができる動物だと、本当に会話が成立している。
同様に植物の場合でも、水が欲しいとか栄養が足らないとかわかるので、枯らしてしまう事が無いそうだ。これはクレアが育てる野菜や果物には期待が持てる、それに花壇を作って花を育てるのも家が華やかになって良さそうだ。
自分は何も出来ないなんて言っていたが、とんだ思い違いだ。こんな素敵な力を持っているのだから、これから自分の家になる王都の拠点を、花や植物の咲き乱れる場所にして欲しい。
◇◆◇
本当に帰りは速かった、こちらの大陸にはまだ明るいうちに着いてしまった。鞍を取り外した後に、メイニアさんはそのまま自分の住処に戻っていった。明日の朝、ここに母親と一緒に来てくれる事になっている。俺たちはヨークさんに報告した後に王都の拠点に戻ろう、カヤにクレアのことも紹介しないといけないしな。
「大きなおじーちゃん、ただいま!」
「お帰りキリエちゃん、みんなも怪我はないか?」
「えぇ、大丈夫よお祖父様。それに家族も増えたのよ」
「は、始めまして、魔族のクレアと言います」
「これはまた可愛い子を連れてきたの、儂はイーシャの祖父でヨークと言うんじゃ。皆の家族になったと言うなら、儂の孫みたいなもんじゃから、緊張せんで良いぞ」
ヨークさんに魔族界で起こったことの経緯と、メイニアさんの母親に協力してもらうために、明日ここに2人で移動して来る事を伝える。
「2日も経たずに帰ってきたが、そんなに早く解決したんじゃな」
「現地の人たちに協力してもらえましたので、これだけ円滑に終わらせることが出来ました」
「ダイ兄さんが主犯を一撃で倒して凄くかっこよかったよ」
「あの男の話を聞いていると、怒りがこみ上げてきたから、ダイが一発で決めてくれてさっぱりしたわ」
「私、お兄ちゃんのその姿を見てなかったから、とても残念」
あの時のクレアは茫然自失だったから仕方がない。みんなも口々にその様子を語ってくれるが、俺は怒りに任せてある意味、黒歴史になりそうな事を口走ってるので、あまり蒸し返さないで欲しい。
「上級魔族を一撃で倒したとか、出会ったばかりの魔族の子供にお兄ちゃんと言って慕われておるとか、色々と問い詰めたい事はあるが、今までの常識が通用せんお主らじゃから、まあ良しとしておこうかの」
ヨークさんは半分諦めたような表情で、そんな言葉を漏らす。クレアがここまで俺に心を許してくれたのは、やっぱりなでなで効果なんだろうな。今も昨夜の話をしているが、取り乱したり泣き出したりしていないし、なでなでで心が穏やかになってくれたのならそれでいいか。
「今回の事は国に報告するんじゃったな」
「はい、勇者や聖女召喚にも関わってくる事ですので、知らせておかないといけないと思うんです」
「それなら儂も協力してやろう」
「いいんですか?」
「どうせ報告するなら、直接国王にした方が手間が省けるじゃろ?」
そう言って、いたずらっぽい表情を浮かべるヨークさんの顔は、俺をからかう時のイーシャと同じだった。あれはこの人の影響だったのかと思いイーシャを見ると、おかしそうにクスクスと笑っている。
しかし、いきなり国王に会う事になるとは思っていなかった。しかも建国に深く関わっている竜本人も一緒に行く事になっている、明日の王城は大騒ぎになるんじゃないだろうか。
◇◆◇
「ただいま、カヤ」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様」
「あの、始めまして。魔族のクレアと言います」
「クレア様ですね、ようこそおいで下さいました」
「カヤちゃん、クレアちゃんはウミたちの家族になったのです」
「まぁ、そうだったのですか。私は家の妖精のカヤと申します、今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
一通りの挨拶を終えて、全員でリビングに移動する。オーフェは宝物の棚の方に走っていって、鳥の置物を持って戻ってきた。
「クーちゃん、これ」
「これ、私があげた置物。オーフェちゃん大切にしてくれてたんだ」
「うん、ボクの宝物だから、あそこの棚に大事に置いているんだよ」
「色々なものが置いてるみたいだけど、あの棚は何?」
「あれはボクたち家族の宝物置き場なんだ、クーちゃんも何か飾っておかない?」
「じゃあ、私はオーフェちゃんにもらった首飾りにする。お兄ちゃんにもらった方をいつも身につけるようにして、こっちは大事に飾っておきたい」
オーフェとクレアは棚の所まで行って、鳥の置物と赤い石の付いた首飾りを並べて飾った。離れ離れになった友達同士が再会して、辛い事もあったけどそれがきっかけで家族になり、こうしてお互いに贈りあった宝物が1か所に飾られるなんて、ちょっとドラマチックだ。みんなもそんな2人を優しく見守っている。
今日は麻衣とアイナの2人で夕食の準備をしてもらい、カヤにはリビングで魔族界での出来事と、クレアのこれからの暮らしについて説明をした。
「畑や花壇の区画作りは、私の方で出来ますのでお任せください」
「庭はシロたちが走り回れる場所さえ残っていれば、後は自由にしてもらって構わないし、裏庭もある程度日が当たるから、そこで育てられるものがあれば、畑や花壇にして構わないよ」
「必要な設備や道具も、私のわかる物なら作ることが出来ますので、何でもおっしゃってください」
「嬉しいです、こんなに自由にしていいなんて夢みたい」
クレアが以前住んでいた家は集合住宅で自由にできる庭もなく、小さな鉢植えくらいしか育てられなかったそうだ。その後も例の屋敷の隠し部屋に軟禁状態で、これから思う存分好きな花や植物を育てられると聞いて、とても嬉しそうにしている。
種や苗を買いに行く計画や、何を育ててみたいかなどを話していたら、ご飯の準備が出来たと呼びに来てくれたので食堂に移動する。
「今日は簡単にだけど、みんなで乾杯をしようか。落ち着いたらちゃんと歓迎会を開こうな」
今はメイニアさんも居ないし、時間がなくて品数もあまりないけど、麻衣とアイナが心をこめて作ってくれた料理で、クレアの歓迎会をする。
「それじゃぁ、クレアが家族になったことを祝して、乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯[なのです]!」」」」」」」」」「わんっ!」
テーブルに並べられた色々な料理に、クレアも目を輝かかせている。魔界で食べた料理も、基本的にはあまり変わらなかったが、食材や味付けがこの大陸とは違うので、きっと新しい味に驚いてくれるだろう。
「オーフェちゃん、これ凄く美味しい!」
「そうでしょ、クーちゃん。ボクも初めてここのご飯を食べた時は感動したよ」
あの時はこの大陸に来たばかりで迷子になって、食事もろくに取ってなかったから、凄く美味しそうに食べて何度もお代わりしていたな。みんなが楽しそうに料理の話に花を咲かせている中、旅の途中でオーフェと出会った時のことを思い出していたら、クレアが食べる手を止めて俯いてしまった。
「私……お父さんとお母さんが居なくなってから、ずっと食事は一人ぼっちだったけど、こうやって大勢でご飯を食べるのはやっぱり楽しい。みんなの家族にしてくれてありがとう、私いま幸せです」
俯いていた顔を上げて、目に涙を浮かべながら俺たちの方を見て微笑んでくれた。まだまだ割り切れない部分はあるはずだけど、こうやって新しい家族の思い出を増やしていけば、悲しい記憶に囚われることも少なくなっていくだろう。そんな日が早く訪れるように、みんなで手を取り合って歩んでいこうと、その顔を見ながら心に誓った。
仮の状態で資料集に載せていたクレアのプロフィールを差し替えました。
身長対比の画像も新しくしています。