第125話 呪文
少し重たい展開になります。
「オーフェちゃん、どうしてここに居るの? もしかしておじさんが連れて来てくれたの?」
「違うよクーちゃん、ボクはダイ兄さんやみんなにお願いしてここまで来たんだ」
オーフェが俺たちの方を見てそう話してくれたので、全員がフードを脱いでクレアちゃんの方に近づいていく。俺とフードの間にずっと隠れていて窮屈だったのか、ウミも空中に飛び出して一息ついていた。
「人族とエルフ族と獣人族に、この小さい人は誰?」
「ウミは水の中級精霊なのです」
「精霊ってこんなに小さかったのね」
「私は古竜族のメイニアだよ、よろしくねクレアちゃん」
「キリエは黒竜族なの。よろしくお願いします、クレアおねーちゃん」
「竜族まで居るなんて、オーフェちゃん夢が叶ったのね」
「うん、みんなボクの大切な家族なんだ。それにキリエちゃんはボク達の娘なんだよ」
「夢を叶えた上に娘まで居るなんて、凄いわオーフェちゃん」
二人はとても仲が良さそうに話をしている、この姿を見てもクレアちゃんが誰かに暗示をかけて操るような事をするなんて信じられない。
軽く名前だけの自己紹介をして、まずはここから脱出するためクレアちゃんに説明をする。
「俺たちはここからクレアちゃんを連れ出したいと思ってるんだけど、一緒に来てもらえないかな」
「おじさんに、ここから出ちゃだめって言われてるから、それは出来ないです」
「クーちゃんはここにずっと居たいの?」
「それは嫌だけど、ここに居たらお父さんやお母さんを探してくれるって、おじさんが約束してくれたの。それに大事な友達にも会わせてあげるって言ってくれた」
「でも君は、魔族の人達に他の種族を支配するように信じさせる事を、ずっとやっていきたいのかな?」
「それはとっても嫌だけど、お父さんとお母さんは別の大陸に行ってしまったから、探すにはそこに住む人達に協力してもらわなければならないって。それにはまず、こちらの言うことを聞いて貰う必要があるって、おじさんが」
これはきっと騙されてるんだろうな、父親や母親に会いたいっていう子供の気持ちを利用して、無理やりその能力を使わせているんだろう。
「でもクーちゃんが嫌がることを無理やりやらせてる、おじさんの言う事って信じてもいいのかな」
「嫌なんだけど、おじさんとお話すると自分でも思ってない事を言ってしまうの。なにか自分以外の人が喋ってるような感じで、私に会いに来てくれた人に他の種族を支配して、言うことを聞いてもらえるようにしなさいって、お願いしてしまうの」
「その自分以外の人が喋ってる感覚って、ずっと続いてるのかな?」
「ううん、おじさんと別れてから少し経つと、ちゃんと自分の考えた事だけ喋れるようになります」
その男には短時間だけど、他人の意識や行動を支配できる能力があるのかもしれないな。麻衣の状態異常耐性スキルと、結びの宝珠の強化パスでどれだけ防げるかわからないが、対峙する時は注意しよう。
その後もオーフェは説得を続けて、ある程度こちらの言う事は信じてくれたが、やはり両親の行方が気になるのか、ここを出ていくのは躊躇している。2人の転生の事実を隠したままこれ以上の説得は難しいかもしれないと思っていた所で、アイナが全身を震わせて何かに反応する。シロも低く唸り声をあげているので、危険な人物が近づいているようだ。
「ご主人様、入口の方から誰か来ます。これは前に出会った魔族と同じ感じです」
となると幹部クラスの魔族か、あの強さにどこまで対抗できるようになったかわからないが、隠伏の道具で隠れたほうが良いかもしれない。
「多分その人はおじさんです。私、おじさんとちゃんと話してみたい。本当にお父さんやお母さんと会わせてくれるのか、それには他の種族の人達を支配して言うことを聞いてもらわないといけないのか、ちゃんと確かめたい」
「わかった、でも念の為にこれを身につけて欲しい欲しい」
精霊のカバンから、予備に持っていた結びの宝珠を取り出して、クレアちゃんに渡す。
「これは何ですか?」
「これはボクたち家族の絆の証なんだよ、これを持ってたら誰にも負けないよ」
オーフェが自分の持っているペンダントを取り出してクレアちゃんに見せると、それを見て納得したのか首からぶら下げて服の間にそっとしまいこんだ。
「クレア! 外の様子が何かおかしい、ここが見つかったかもしれないから逃げるぞ」
扉を乱暴に開けて、1人の男性魔族が部屋に入ってくる。背の高い、少しギョロッとした目付きをしたその男からは、旅の途中で出会ったイノシシ顔の魔族と同じプレッシャーを感じる。俺が先頭に立ち、アイナとエリナも横で臨戦態勢を整える。オーフェはクレアちゃんを守るように横に寄り添い、イーシャや麻衣たちもそれをかばうように周りについた。
「人族にエルフ族に獣人共だと、一体どこから忍び込んだ。外の異常はお前たちの仕業なのか?」
「外がどうなっているかは知らないが、俺たちはクレアちゃんに、これ以上お前に手を貸さないように説得に来た」
「脆弱で矮小な種族に何が出来る、身の程をわきまえろ。ここでお前たちを排除するのは簡単だが、クレアを巻き込んで転生されると厄介だ、まずはその子を返してもらおうか」
「おじさん、その前に聞きたい事があるの」
「何だ? 時間が無いから手短に話してくれ」
「おじさんは本当にお父さんとお母さんを探してくれるの? オーフェちゃんにも会いたいって言ったけど、おじさんが連れてきてくれたんじゃなくて、自分から会いに来てくれた。そして私は騙されてるんじゃないかって言うの、おじさんは私の事を利用してるだけだって。ねぇ、どうなのおじさん」
クレアは服の上から胸のあたりをギュッと握りしめながら、男から目をそらさずに言葉を紡いでいる。さっきオーフェが言った誰にも負けないという言葉を信じて、一生懸命勇気を振り絞っているんだろう。
「そんな事あるわけ無いよクレア、お前の両親は別の大陸に行ってしまったんだ。それを探し出せるのはおじさんしか居ない、それは何度も言っているだろう?」
「それは本当なのか? この領土を統治している領主に聞いたが、そんな事は言っていなかったぞ」
「お前たちが何を聞いてきたが知らんが、クレアはどっちを信じるんだ?」
「わからない、わからないけど、オーフェちゃんやこの人たちが嘘を言ってるとは思えない」
その言葉を聞いて、魔族の男は忌々しそうに俺たちを一瞥する。少し大げさな仕草でため息を付いて顔を伏せた後、クレアちゃんの方をじっと見つめた。何かの暗い感情に支配されている様な濁った目で見られ、彼女は少し後ずさる。
「嘆かわしい、実に嘆かわしい。ここまで順調に来ていたものが、こんな下等な連中に邪魔されるとは。その様子だとクレアの能力のことも知っているな?」
「あぁ、強力な暗示をかける力があると聞いている」
「実に素晴らしい能力だろう? 他の魔族を導き、下等な種族共を支配してやる。至高の存在である我らに仕えることが出来るなど、望外の喜びではないか」
「そのためにクレアちゃんを利用したのか?」
「利用とは心外な、彼女は我々の同志だからな」
「私、本当はあんな事やりたくないの、でもおじさんがお父さんとお母さんを探してくれるって言うから仕方なく……」
「その為に下等な種族共を支配し、我々魔族の下僕にしてやる必要があるんだ。誰にも知られていなかったお前の能力を、この俺が魔族界の為に役立ててやっているんだから、もっと感謝してもいいくらいだ」
魔族の男は何かのスイッチが入ったように表情を変え、粘りつくような笑みを浮かべながら話している。自分の考えに酔っているのか支配だの下僕だのと、だんだん言葉が酷くなってきてる。
クレアちゃんの意識を一時的に支配して、自分の思い通りのことを喋らせているのに、同志だと言ってみたり支離滅裂だ。俺たちの事はいつでも排除できる存在にしか思っていないようだし、そんな連中に自分の考えを披露して少しトランス状態になってきているのかもしれない。
「お前はどうしてクレアちゃんの能力を知っていたんだ?」
「下等な生物に教えてやる義理はないが、お前たちは俺の話を大人しく聞ける程度の知能はあるようだから答えてやろう」
別に大人しく話を聞いてるわけではないが、せっかく自分からこの騒ぎの真相を語ってくれているんだ、このまま喋ってもらおう。
警戒を解かない俺たちの前で無防備に大きく身振り手振りをして、まるで何かのプレゼンテーションをするように語りだす。
「それは俺がクレアの両親に相談されたからだ。俺にも同じ様な能力があるのを知ったそいつの両親が、娘に力と向き合う方法を教えて欲しいと言ってきた。詳しい話を聞いて震えたよ、俺の能力は一過性のものですぐ解けてしまう。だがそいつの能力は素晴らしい、一度暗示をかけると永遠に支配できるんだ。これこそ俺の理想を叶える道具だと思ったよ」
クレアちゃんの方を見たが、道具と言われたのがショックだったみたいで、青い顔をして震えだした。隣のオーフェが必死に彼女の体を支えている。
「だから俺は考えた、この娘を手に入れるためにはどうすればいいかをな。答えは簡単だったよ、そいつの両親に暗示をかけて、事故に見せかけて転生させてやるだけだった」
それを聞いた瞬間に俺の心の芯がスッと温度を失った、目の前で喋る男の声も遠くに聞こえる。そんな私利私欲のために、こいつはクレアちゃんの両親を転生させたのか?
「その後は親戚になりすまし、クレアを引き取って過激派魔族を量産することにしたんだ。下等な奴らを支配できたら、そいつらを全員奴隷にしてお前の両親を探してやるぞ。どうだ、ちゃんと約束を守ってやれるだろう?」
男は何かを喋っているが、俺の頭の中には何も入ってこない。クレアちゃんは青を通り越し、真っ白な顔色になって床に座り込んでしまっていた。どんな酷いことを告げて彼女が心を閉ざしてしまっても、自分の能力を使って操り人形に出来るとか考えているんだろう、この男は。
俺の中に色々な感情が渦巻いてくるが、その内の一つをすくい上げ、頭の中に浮かんできた“呪文”を唱えた。
『Magic Circuit Boot』
――手にしたストーンバレットの杖に、魔法回路が浮かび上がる
『Circuit Shrink』
――刻まれた魔法回路が更に縮小する
『Column Copy』
――1列分の魔法回路が隣にコピーされる
『Interface Unit Link』
――コピーされた回路はインターフェース部分が隣と繋がっていなかったが、これで問題ない
「麻衣、少し離れて俺以外を障壁魔法で守ってくれ」
「わっ、わかりました」
いつもより低い声になった俺の言葉に慌てて返事をして、少し下がって魔法を展開する。
「お前、いま何をやっていたんだ? よく聞き取れなかったが、まさかこの俺に攻撃を仕掛けるつもりじゃないだろうな」
「そのつもりだと言ったらどうする?」
「バカめ、今の話を聞いていただろう? 俺も他人を支配できるんだぞ、下等な虫けら共がどうあがいた所で、俺に勝てる訳がない」
「ならその能力とやらを俺に試してみたらどうだ」
「言ったなゴミ虫が! お前は俺に逆らうことは出来ない、床に這いつくばり許しを請え」
そう言った瞬間、男の目が揺らいだ気がするが、俺には何の影響もない。麻衣の状態異常耐性と、結びの宝珠の力で暗示を完全にレジストしている。
「……な、なぜ言う通りにならないんだ、何をやったんだお前!」
「何もしていないが一つだけ言えるのは、お前の力は俺には通用しないという事だ」
「はんっ、どんな仕掛けかはわからないが、それがどうした。俺は爵位級の魔族だぞ、塵芥と同等の存在のお前らの魔法では、かすり傷にもならんわ」
「言いたい事はそれだけか?」
魔族の男は怒りでブルブルと震えだし、充血した目で俺を睨んでくる。そうやって相手を見下してスキを見せるから、俺に魔法を撃つ時間を与えるんだ。その身体能力で一気に肉薄してくれば、こういった展開にはならなかったものを……
「ほざくな微生物!」「発射」
――――ガィーーーン!!!
硬い者同士がぶつかるような大きな衝撃音がして、4並列魔法回路から発射された石の弾丸が男の鳩尾に命中し、後ろの壁を全てぶち破って体ごと外に吹き飛んでいった。俺の目の前には大きな穴が連なるように空いていて、外の風景が見えている。爵位級と豪語していただけあって、弾丸が貫通せずに運動エネルギーを全て受け止めて飛んでいったな、体が強いというのも一長一短だ。
「……ぉ……ぉーさん、おとーさん、しっかりして! 大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ」
キリエの声で我に返る、少し放心していたみたいだ。それに握ってくれた小さな手の温もりが伝わってきて、冷えていた心も暖かくなってきた。キリエのおかげで元の自分を取り戻せたような、そんな気がする。
「私、ダイが怒っている所を初めて見たわ」
「すまない、みっともない所を見せたな」
そうか、俺は怒っていたんだな。この世界に来てからイラッとする事はあったけど、心の底から怒りを覚えた事は無かった気がする。俺の近くに居る人は、みんな優しくて思いやりのある人ばかりだったし、怒り方を忘れていたのかもしれない。
「みっともなくなんか無いです、ご主人様!」
「……誰かのために怒るあるじ様は、とてもかっこいい」
アイナとエリナが俺に抱きついてきたので、その頭を撫でてあげる。
「ダイくん、怪我とかはないですか?」
「耳が少しキーンとする以外は何ともないよ」
「あまり無茶なことはしないで欲しいのです」
「心配かけてごめんな、ウミ」
麻衣の近くに避難してもらっていたウミも飛んできて、俺を心配してくれる。その頭を撫でてあげると、嬉しそうにしていつもの場所に飛んできた。
「ダイ兄さん、もう大丈夫なの?」
「これだけ派手に吹き飛ばしたから、近くに居るハリスさんの私兵にも状況は伝わっただろうし、何とかしてくれてると思うよ」
「うん、ありがとう、ダイ兄さん」
「クレアちゃんの様子はどうだ?」
オーフェは首を横に振って、床に座り込んだまま身動きしないクレアちゃんの前に連れて行ってくれた。その姿は心を閉ざしてしまった人のように、その瞳には何も映していないのではないかと感じる、うつろな表情をしていた。俺は彼女の前に膝をついて、その頭を優しく撫でながら語りかける。
「ごめんな、クレアちゃん、嫌な話を聞かせてしまった。両親の事は残念だったと思うけど、そんな経験をした事の無い俺には、どんな事を言ってあげればいいのかわからない。でも、一つだけ君に伝えておきたい事ががあるんだ……
もしどこにも行く所が無かったら、俺たちと家族にならないか?」
俺の言葉にみんながクレアちゃんの周りに集まってくれる。俯いていた顔が持ち上がり、その金色の瞳が俺の顔を見つめると、徐々に光が戻ってきた。
「私の……家族?」
「そうだよ、オーフェも居るし、周りにいるみんなは一緒に家に住んでいる家族なんだ。俺たちの家には妖精も住んでいて帰りを待ってくれている、こことは別の大陸だけどクレアちゃんも一緒に暮らさないか?」
「誰かに暗示をかけられるような力は怖くない?」
「クレアちゃんはその力を使って誰かに言うことを聞いてもらうのは嫌なんだろ? そんな優しい心を持っていたら問題ないよ」
「私、何も出来ないけどいいの?」
「君は植物を育てるのが好きみたいだし、うちの庭で花や野菜を育ててみないか?」
「うん、やってみたい。でも本当にいいの?」
「あぁ、もちろんだ。クレアちゃんも家族になろう」
「う……………うわーーーーーーん……お父さん、お母さん、2人に会いたくて頑張ってきたのに、私のこと忘れちゃったなんて嫌だよぉ、こんなのないよぉ」
クレアちゃんは俺の胸にしがみついて、思いっきり泣き出した。今は好きなだけ泣いて、気持ちを洗い流したらいいと思う。俺はその頭と背中を、泣き止むまで優しく撫で続けた。
黒幕の男は住んでいる場所も全く違うし、更に他者を支配しようとする価値観と倫理観を持ったキャラとしての存在になりました。そして情緒不安定で、盛大にネタバレした挙げ句に瞬殺。主人公の新しいスキルを目覚めさせる、完全な噛ませ犬になってしまいました(笑)
このスキルについては、次章まで一旦保留になります。
(事後処理が忙しいので……)