第124話 潜入
オーフェの部屋は飾りの少ないシンプルな部屋だったが、置いている家具は立派な物ばかりだった。大きな机や1人で寝るには広すぎるベッドは天蓋付きだし、とても柔らかそうなソファーもある。そんな部屋でみんなは思い思いくつろいでいた。
「みんな寝ておかなくて平気か?」
「やっぱりご主人様にブラッシングしてもらわないと落ち着けなくて待ってました」
「……あるじ様、おねがい」
「わうっ」
ベッドの上にいたアイナとエリナは自分のブラシを取り出して、俺に渡してくれる。シロも同じのようで、こちらを見て短く声を上げる。
「ダイ兄さん、父さんとは何を話してきたの?」
「オーフェが俺たちと一緒にどんな生活をしているか話したり、これからも冒険者活動を一緒に続けてもいいか許可をもらったりしてきたよ」
「父さんはなんて言ってた?」
「これからも娘のことを頼むと言ってくれたから、一緒に帰って色々な所に冒険に行こうな」
「うん、ボクとっても楽しみだよ」
こちらを見て笑ってくれるが、やっぱりオーフェはこの笑顔が一番似合う。クレアちゃんの件では沈んだ表情を見せる事が多かったが、いい方向に解決できるように祈ろう。お姉さんの事は、お互いに嫌っている訳ではない事はハリスさんの話や、オーフェの態度でわかっているので、もう少し落ち着いてから話をする事に決めた。
みんなのブラッシングをして、ここまで運んでくれたメイニアさんにお礼のなでなでをして、その後はベッドやソファーで仮眠を取った。なでなでは結局全員にすることになったが。
◇◆◇
辺りが暗くなり始めた頃、いよいよクレアちゃんの救出作戦を開始する。ハリスさんは執事の男性と一緒に一足先にオーフェが街まで送り、そこの代表に活動許可をもらう交渉をしてくれている。
ハリスさんの私兵は精鋭の12人を現地に派遣することになった。俺たちが建物に忍び込む手伝いや、外から誰かが侵入できないように阻止。クレアちゃんを保護した後には、過激派魔族の中でも武闘派と呼ばれる人たちを転生させて、思想から解放していく手はずになっている。
暗示などで手伝わされているだけの使用人などが居れば、俺が撫でて解放できるか試してみるつもりだ。
「オーフェ、3回目になるけど大丈夫か?」
「うん、まだまだいけるよ。それにダイ兄さんが撫でてくれるから、とっても元気になるんだ」
私兵の12人を送り届けて戻ってきたオーフェを撫でてあげながら質問すると、いつもの笑顔で問題ないと答えてくれた。友達の事で無理しているかもしれないし、俺もできるだけ支えてあげよう。
夜間の行動なので、俺たちは全員が黒いローブを着て、フードを被って顔を隠している。シロにも黒い布で体の一部を覆って、目立たなくしてもらった。
オーフェに送ってもらい、ハリスさんと合流後に過激派魔族の拠点に移動したが、ここは街外れにある貴族の屋敷として知られていたみたいだ。街の代表もそこが拠点になっているとは思ってもみなかったようで、調査の手を伸ばせなかった事を後悔していた。
かなり裕福な家だったらしく、他の貴族同様に屋敷への人の出入りは多かったが、普通の身なりをした人がよく訪れていたのは不思議に思っていたらしい。きっとその人達に暗示をかけて、別の大陸に送り込んだりしていたんだろう。
別の建物の影からこっそり覗いてみるが、門番は2人いるみたいだ。ここを守っているくらいだから武闘派だろうし、俺とイーシャで無力化しよう。
「イーシャ、風の断層をお願いできるか」
「任せてちょうだい」
祈るようなポーズをとってから右手を前に差し出すと、周りの空気が少し変わった気がする。外部からの音も遮断するから、とても静かな空間になったせいだろう。その効果範囲は門番の周囲にも及んでいて、その変化に気づいたのだろうか、辺りを見渡すような動きをしている。
「お前たち何者だ! この家に何の用だ」
俺とイーシャが物陰から走り出て近づいていくと、門番の1人がこちらに向けて警戒の構えを取る。もう1人が笛のような物を吹くが、音を遮断しているので外に漏れる心配はない。警告を無視して更に近づき、懐に隠していた杖を取り出し、2人同時に魔法を発動した。
「ぐぅ!?」
「ガッ!!」
3並列魔法回路から生み出された、石の銃弾と氷の矢が相手に命中するが、さすがに武闘派だけあって一撃で意識を刈り取ることは出来なかった。だが確実にダメージは与えていて、地面に倒れて悶絶しているので、2発ずつ魔法を叩き込むと完全に意識を失って動かなくなった。
「さすがに狐人族の村にいた魔族のように、一撃とはいかなかったな」
「それでも数発当てれば倒れるから何とかなりそうね」
倒れた門番はハリスさんの私兵に任せて、みんなを近くに呼んで門から敷地に侵入する。そのまま屋敷の裏に回り込んで、裏口から侵入して使用人の誰かを味方につける作戦だ。アイナとシロに気配を探ってもらいながら、屋敷の裏手に移動する。
しばらく進んでいると、アイナが立ち止まって俺に目で合図してきた。敷地内を見回っている者が近づいてきたみたいだ。俺の近くにみんなを集めて、隠伏の道具を握ると元の空間から切り離された場所に隔離される。
「この道具をこっそり忍び込むような事には使いたくないけど、これがなかったらもっと苦労しただろうな」
「人助けに使うのですから、あまり気にする必要はないと思うのです」
「ダイ兄さんが間違った使い方をするはずないから、大丈夫だよ」
「それがあれば、誰かの着替えやお風呂も覗けるからね」
イーシャがちょっといたずらっぽい表情で俺の方を見てくる、これはいつものからかっている時の顔だ。
「そんな事するはずないだろ」
「そうです、ご主人様はそんな事、絶対にしません」
「……あるじ様となら一緒にお風呂に入ってもいい」
やっぱりアイナはいい娘だな、この作戦が終わったら目一杯ブラッシングしてあげよう。それから一緒に入る時は水着を着てもらうからな、エリナ。
この空間は音が完全に遮断されるから、ちょっと緊張感が足りない会話になってしまったが、見回りをやり過ごした後に、術を解除する。巡回している人を無力化すると、戻ってこない事に不信感を持たれて騒ぎになると思いスルーしたが、後始末はハリーさんの私兵がうまくやってくれるだろう。
同じ様に見張りから隠れた後に裏口の近くまで到着したので、アイナに気配を探ってもらう。そうやって集中している間は、シロが周りを警戒してくれるので安心できる。
「少し離れた場所に1人だけ気配があります、怖い感じはしないので見張りとかじゃないと思います」
「使用人ならクレアちゃんの居場所を知っているかもしれないし聞いてみよう」
裏口を開けて屋敷の中に入り、その人物のいる場所に向かって廊下を進んでいく。そこは厨房のようで、小柄な魔族の女性が、1人でお湯を沸かしているみたいだ。イーシャに風の断層を再度展開してもらい、その女性の元へ歩いていく。
「あっ、あなた達一体どこから入ってきたんですか!?」
「あなたに危害を加えるつもりはないから安心して欲しい、少し聞きたい事があるだけなんだ」
被っていたフードを取って顔を見せたが、その女性は飛び退くように後ろに下がって、俺から離れようとする。いきなり現れて安心しろと言われても無理だからしょうがないが、叫んだり取り乱したりしないのは人族の俺を脅威とみなしてないからだろうか。でも、こうして怯えられるのはやはりショックだ。
「人族がどうやってここまで来たんですか、それに聞きたい事って恥ずかしい秘密じゃないですよね」
これはムーニエと同じパターンかな、自分の事を知られるのは恥だという暗示を受けたんだろう。
女性がこちらに気を取られている隙きに、後ろに回り込んだメイニアさんが羽交い締めにする。
「時間がないから少し大人しくしてもらって構わないかな」
「頭を撫でさせてもらうから、じっとしてて欲しい」
「あれ? 私、動けない、それにすごく柔らかいものが頭に、この感触は私の大好きな………って、素敵な体験をしているところなのに、その手は何をするの? 私は可愛い女の子が好きなの、男なんかに触られたくない……いやっ、やめてーーーっ!」
こうやって無理やりなでなでするのは、俺の心の弱い部分がどんどん削れていく気がする。この屋敷で暗示の力を使って働かされている人は全員解放したいと思うけど、これと同じ対応が続くと心が折れそうだ。
「おとーさん、キリエがついてるから大丈夫なの」
「ありがとうな。俺はキリエやみんなが居てくれるだけで頑張れるよ」
キリエにそっと手を握られて、落ち込んでいた心がスッと軽くなる。俺の気持ちを何となく感じ取ってくれたんだろう、娘に慰められるのはちょっと恥ずかしいが、こうして気遣ってくれるのはやっぱり嬉しい。
「どうかな、落ち着いてきた?」
「はい、可愛い女の子にお触りした時以上の幸せを感じます、それに頭に当たる柔らかさも夢のようです」
メイニアさんの羽交い締めと俺のなでなでのコンボで、小柄な魔族の女性は落ち着いてきた。もしかして暗示が解けるのは、この2つの相乗効果だろうか。
オーフェと同じくらいの女の子の事を聞いてみたが、この館の主と2階の書斎によく出入りしていたみたいだ。この女性はその部屋には入れてもらえなかったが、別の場所で小さな女の子を見た事は無いらしい。そうなると、クレアはそこに軟禁されている可能性が高いな。
その魔族の女性には外に黒尽くめの人がいるので保護してもらうように言って、屋敷の外に出てもらった。ここの警備状況や他の使用人たちの事を話してもらえれば、クレアを保護した後の処理もスムーズに進むだろう。
◇◆◇
屋敷の外と違い内部はあまり警戒していなかったようで、アイナとシロの気配察知でやりすごしながら、書斎に無事たどり着くことが出来た。中に入ってみるが、大きな机と壁一面の本棚があるだけで、誰かが隠れていたり捕まえておける場所は無いみたいだ。
「さっきの話だとこの部屋がそうだけど、誰も居ないみたいだな」
「嘘をつかれた訳じゃないよね」
「ダイ先輩のなでなでを受けて、そんな事が出来るとは思えませんね」
さっきの魔族の女性も何かの憑き物が落ちたみたいに協力的になったし、暗示でここから離れられなくされていた事を怒っていたので、わざわざ別の場所を教える理由もない。長い間ここで働いていたみたいだから、勘違いという事も無いだろう。
「……あるじ様、この棚動く」
「わうっ」
「ほんとか、エリナ、シロ」
エリナが棚の一部を指差し、シロは床の辺りの匂いを一生懸命かいでいる。一見すると天井まである高さの本棚にしか見えないが、エリナの指さす場所を力いっぱい押すと、棚の一部がくるりと回り、その奥に通路が伸びていた。
「さすがはエリナちゃんね」
「きっとこの仕掛を知られないように、この部屋に入る人を限定してたんだろうな」
「アイナちゃん、何か気配は感じないかな」
「奥の方に1人感じます」
「それがクーちゃんだよ、行ってみよう」
隠し扉を元に戻した後、オーフェとアイナが一緒になって通路を歩いていき、奥の方にある扉の前で立ち止まった。
「この奥に1人で居ます、怖い感じは無いから大丈夫です」
「この部屋にクーちゃんが……」
オーフェが恐る恐る扉をノックすると、中から女の子の声が聞こえてきた。オーフェは被っていたフードを脱いで、その扉をゆっくりと開ける。広くて大きいが上の方に明かり取りだけがある窓のない部屋には、小さな鉢植えがたくさん並んでいて、緑色の葉を茂らせているものもある。
そこには明るい緑色の髪の毛を頭の横で結んだ、オーフェと同じ身長くらいの女の子がベッドに座って本を読んでいた。そのきれいな金色の瞳がこちらの方を見つめ、徐々に驚きの表情に変わる。
「オーフェちゃん?」
「クーちゃん、会いたかったよ!」
離れ離れになった友達が突然現れたからだろう、ベッドから立ち上がって動けないでいたが、確かめるように呼んだ名前に反応したオーフェが、走っていって抱きしめた。
やっと二人の再会が叶った。後は事情を説明して、ここからの脱出を図ろう。
貴族特権でうまく誤魔化していた事と、敷地を武闘派に守らせているという慢心で、警備体制は割とザルでした(それでも主人公たちの持つ術の道具やスキルのお陰で、ここまでスムーズに侵入できるんですが)
そして、何かに付け込まれて暗示をかけられる使用人たちは、やっぱり一癖も二癖もある人ばかり(笑)