第123話 オーフェリアの実家
オーフェに連れてきてもらった場所は広い庭と大きな建物があり、貴族の屋敷という感じの家だった。庭には花壇や噴水もあって手入れもよく行き届いているし、芝のようなものが生えた広い場所もある。みんなで、ここならメイニアさんが竜の姿になっても大丈夫だと、変な所で意見が一致して笑ってしまった。
玄関の扉を開けて中に入ると、そこも広くて立派な玄関ホールがあり、高級そうな調度品も飾ってある。こうしてみるとオーフェは本当にお金持ちのお嬢様なんだと実感する。普段の明るくて人懐っこい姿からは想像もできないな。
「オーフェリアお嬢様、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
玄関ホールに背の高い初老の男性が入ってきて、オーフェに頭を下げて挨拶をする。お嬢様と言われたからだろうか、オーフェは少し恥ずかしそうだ。いかにも執事といった感じのその男性の頭には立派な角が生えていて、この人も魔族なんだというのがひと目で分かる。
「後ろにお控えの方々をご紹介していただいても宜しいですかな?」
「ボクの大切な家族だよ」
「左様でございますか、見たところ様々な種族がおられるご様子。お嬢様の夢がお叶いになって、私も嬉しゅうございます」
そう言って俺たちにも頭を下げてくれた。オーフェの他の種族と友達になりたいという夢は、使用人たちにも応援されていたんだと思うと、何だか嬉しくなる。
「父さんは居るかな」
「旦那さまは現在、書斎でお仕事中にございます」
「母さんと姉さんは?」
「奥様とフィリアお嬢様は、昨日よりご旅行中でございます」
母親やお姉さんにも挨拶したかったが、ちょうどタイミングが悪かったみたいだ。でも、父親は居るみたいなので今回の件をお願いできる。
執事の男性に軽く自己紹介をして、オーフェの父親が仕事をしているという書斎に向かう。重厚な扉をノックすると中から返事が聞こえてきたので、オーフェを先頭にして部屋に入る。
大きな机に座っていた男性が、こちらの方に視線を向けてくる。執事の男性より少し若く見えるその人の頭にも立派な角がついていて、髪の毛の色はオーフェと違い明るい赤茶色をしている。
「父さん、ただいま」
「オーフェリアか、よく帰ってきたな。それに人族やエルフ族も居るようだが、お前の夢は叶ったのか?」
「うん、みんなボクの大切な家族だよ」
オーフェの父親や執事の男性に、あっさり受け入れてもらえた事に少し拍子抜けしたが、それぞれ自己紹介をしてソファーに座らせてもらう。
「人族にエルフ族に獣人族、それに精霊族に竜族までとは、それに家には妖精族が居るというのも驚いた。仲の良い狼まで居て、竜族の子供の母親になっているとはいうのはいささか予想外だったが、いい出会いに恵まれたな」
「道に迷ってダイ兄さん達と出会えなかったら、こうして帰ってくることも出来なかったよ、方向音痴が初めて役に立ったね」
「ほう、そちらの人族の男性を兄さんと言っているのか」
「ダイ兄さんは、ボクの理想のお兄ちゃんなんだ」
ハリスさんはオーフェを優しい目で見つめ、俺の方にも視線を合わせてくる。その目は何かを咎めるような感じではなく、娘と一緒にいる事に感謝しているような、そんな風に思えた。
「魔族の10歳はもう独り立ちできる年齢だ、そんなお前が別の大陸に行きたいと言うから送り出したが、こうやって自分の夢を叶えることが出来ている、父は誇らしく思うぞ」
「ありがとう、父さん」
オーフェが嬉しそうな顔をして、父親と俺たちに笑顔を向けてくれたタイミングに合わせて、執事の男性がお茶を持ってきてくれたので、それを飲んで一息入れた。他種族が魔族界に来た事で、何か言われるかもしれないと思っていたが、オーフェの夢を応援してくれていたと言うだけあって、友好的な態度で接してくれるのがとても有り難い。
「父さんは母さんや姉さんと一緒に旅行に行かなかったの?」
「実は私の領地に過激派魔族の拠点があるという情報が寄せられてな、それの調査をするために行けなかったんだよ」
「その事なんですが、過激派魔族の拠点にオーフェリアさんの友達が居るという情報があるんです」
「それは本当なのか、オーフェリア」
「以前近くに住んでいたクーちゃん、クレアちゃんのことは覚えてる?」
「あぁ、お前と仲が良くていつも一緒に遊んでいたし、時々家にも泊まりに来ていたな」
「俺たちの大陸に来ていた過激派魔族の一人が協力してくれて、そんな思想になってしまった原因を話してくれたんですが、どうもその子が暗示をかけているみたいなんです」
「まさかそんな事が出来るような子では無かったと思うが、オーフェリアに何か心当たりはないのか?」
「ボクもクーちゃんがそんな事するはずないって思ってるよ。それに近くにフードを被った男が居たみたいなんだ、きっとその人に騙されてるか強要されてるんだと思う」
それを聞いてハリスさんは難しい顔をして考え込んでしまった。2人ともそんな事が出来る子じゃないという意見で一致しているし、やはり真相は直接聞いてみるのが一番だろう。
「俺たちは今夜にでもその拠点に忍び込んで、クレアという女の子を助け出したいと思ってるんです」
「拠点の場所はわかってるのかね」
「前に旅行に行った時に寄ったことのある街だから、ボクの転移魔法で行けるよ」
オーフェが街の名前と、拠点のある建物の特徴を伝えていく。さすがに自分の領地の事だからか、ハリスさんはそれを聞いて、街外れにある建物ではないかと目星をつけてくれた。
そこから全員で作戦会議を開き、隠伏の道具や自分たちの能力のことを話していく。クレアちゃんの保護を最優先にして、ハリスさんが拠点のある街での事情説明や過激派魔族対策で雇っている私兵を指揮して、俺たちのバックアップをしてくれる事になった。
こちらはイーシャが隠密行動に有用な、風の断層を作って音を遮断する精霊魔法を使ってくれると言うので、俺のストーンバレットの杖も躊躇なく使える。アイナとシロは誰かに見つからないように気配察知担当、エリナは罠や危険な場所の警戒、ウミと麻衣に防御を任せて、キリエとメイニアさんには魔族の固有魔法対策をお願いした。
オーフェにはクレアちゃんの説得と事情聴取をやってもらう。今回は私兵や俺たちの移動で何度か転移魔法を使ってもらわないといけないので、それ以外の事で無理はさせたくない。
◇◆◇
「ただの里帰りではないと思っていたが、まさかこんな情報を持ってきてくれるとは思ってなかったよ、オーフェリア」
「ダイ兄さんが転生させずに、なでなでで暗示を解いてくれたから、色々聞き出すことができたんだよ」
「ダイ君はそんな特殊な力を持っているのかね」
「俺に撫でられると凄く落ち着くという効果はあるみたいなんですが、暗示まで解けるとは思っていませんでした」
「ダイ君のなでなでは、竜族の私にも効果があるからね」
「おとーさんのなでなでは、とってもきもちいいの」
「我々魔族は少し思い上がってるところがあってな、他の種族を見下してしまうという心を、何かの拍子に持ってしまう事が誰にでもあるんだ。だが竜族には勝てないし、人族にも君のように私たちに出来ない能力を持った者が居る。そういった事がもっと広まれば、過激な思想に染まる者も減ると思うんだよ」
さすがに融和派代表の一人だけあって、魔族界全体のことを考えているんだな。ハリスさんのような人がいる一方、そんな誰でも持ってしまう心の隙間につけ込むように、過激な思想を植え付けようとする者が居る。今回の黒幕の正体は一体どんな人物なんだろう。
「ハリスさんには、フードを被った男の正体に心当たりはないんですか?」
「クレアちゃんと一緒に居たというのが気になっているんだが、その点については一つ心当たりがあってな。オーフェリアはクレアちゃんがどうして引っ越してしまったのか知っているか?」
「ボクは家族の都合だって事しか聞いてないよ」
「それは何かの事情でちゃんと伝えてなかったんだと思うが、クレアちゃんの両親は行方不明なんだよ」
「それって、クレアちゃんは捨てられたって事!?」
オーフェは凄く悲しそうな顔をして、俺の服をギュッと掴んできた。その手をそっと握って、別の手で頭を優しく撫でてあげる。それを見たハリスさんは頬を少し緩め、話の続きをしてくれた。
「私も気になって調べてみたんだが、どうも両親が揃って事故に巻き込まれて転生してしまったみたいだ」
「そんな……それじゃぁ、2人ともクーちゃんの事を忘れてしまって、どこかに行っちゃったんだ」
「私の方でも行方を追ってみたが、別の領地へ行ってしまったのか足取りは掴めなかった」
魔族はその肉体特性ゆえに死に別れというのは、ほとんど無いみたいだが、どちらかが転生してしまい相手の事を忘れてしまうという事故が時々発生するらしい。恋人同士や夫婦、あるいは家族や友人、これは今まで親しくしていた人が急に他人になってしまうという、永遠の別れよりも辛い事だ。
「クーちゃんはどうして引っ越しちゃったのかな、誰かに引き取られたりでもしたの?」
「親戚を名乗る男が引き取ったらしいんだが、その男性の素性が全くわからないんだ」
「そんな男にクレアちゃんはよくついて行ったわね」
「クレアちゃんもその人の事はおじさんと呼んでいたみたいだが、いくら調べても彼女に親戚が居たというのは確認できなかった。隣りにいたフードを被った人物がその男なら、何らかの方法でクレアちゃんの能力を知って、引き取ったのかもしれない」
「オーフェちゃんはその男の人は見なかったのです?」
「ボクが見送りに行った時は、もう馬車の中に居たみたいで、クーちゃんしか見てないよ」
クレアちゃんが何故その怪しい男性をおじさんと呼んでいたのか、調べきれないくらい遠縁の親戚なのか騙されているだけなのか、わからない事は増えたが保護して事情を聞くという基本方針に変更はない。その後もし行く所がないんだったら、俺たちの家で一緒に暮らしたっていい。オーフェも居るし、みんなも賛成してくれるはずだ。
◇◆◇
その後は最後の打ち合わせをして、俺たちは時差の関係で起きている時間が長くなってしまうので、昼間の内に仮眠を取ることにした。大きな食堂で食事をごちそうになったが、味付けは少し違うけど料理自体は今いる大陸とあまり変わらなかった。
アイナと麻衣は味付けに興味があるみたいだったが、そんな事を聞ける状況ではないので我慢していたようだ。気軽に行き来できる場所ではないけど、魔族と他の種族の友好関係がもっと深くなれば、改めて訪れてもいいかもしれない。
そして俺だけハリスさんに呼ばれて、書斎にのソファーに座っている。
「疲れているところ申し訳ないね」
「いえ、今まで居た大陸とここでは時差があって、今のままだと1日が長くなってしまうので、オーフェやキリエ達は夜に辛くなると思いますが、俺は少しくらい寝なくても大丈夫ですから」
オーフェは俺が少し前の会話で“オーフェリアさん”と言った事が不満だったみたいで、父親の前でも愛称で呼んで欲しいとお願いされた。ハリスさんも娘の愛称呼びに不満はないみたいだし、俺としてもこの呼び方のほうが意識せずに済むので助かっている。
「オーフェリアは何か迷惑はかけてないかね」
「いえ、迷惑どころか助けられてばかりです。エルフ族のイーシャの祖父が病気の時も、薬の材料を集めるのに転移魔法を使ってくれて、命を救うことが出来ました。それにあの人懐っこい笑顔や明るい性格は、俺たちパーティーにいつも元気を与えてくれています」
「娘のことをこう高く評価してくれると、父親としてとても嬉しいよ。君の事を兄さんと呼んでいたのは少し驚いたが、オーフェリアから姉の話は聞いているかな?」
「はい、あまり構ってもらえなかったという話は聞いていますが、そうだったんですか?」
「確かにオーフェリアにはそう感じられたかもしれないが、姉のフィリアは妹を嫌ってなどいなかったよ。ただフィリアは静かに本を読んだりするのが好きな子でね、活発で外を走り回るのが好きなオーフェリアには、体力や身体能力でもついて行けなかったみたいだよ」
それから2人の話を色々と聞いたが、オーフェが誘ってくれるのは嬉しかったみたいだ。ただ、自分より身体能力が高く、すぐ遠くに行ってしまい迷子になるので、探し回るのも大変だったし、空間転移で先に家に戻っている事もあって、一緒に遊ぶ事を躊躇うようになってしまったらしい。
「あー、何となくわかります。オーフェも置いていってしまった姉を探すために、更に迷子になりそうですし、自分が足手まといになる位なら、最初から付き合うのは止めておこうという、優しい遠慮も含まれていたんでしょうね」
「方向音痴の事では君たちにも心配をかけている思う」
「俺たちには白狼のシロがいますから、迷子になる前に連れ戻してくれるので安心してください」
「そうなのか、あの狼にも助けてもらっていたんだな、やはりオーフェリアはいい人達に巡り会えた」
「オーフェと一緒に遊んでいたなら、クレアちゃんはどうだったんですか?」
「あの子は迷子になったオーフェを探すのが、とても得意だったんだよ。理由を聞いてみた事があるが、動物や植物が教えてくれると言っていたので、そんな能力があったのかもしれないな」
ウミも馬の気持ちが何となく判ると言っていたが、それと良く似た能力だろうか。竜族も他の人の気持ちに敏感だし、クレアちゃんも同じような感受性を持ってるのかもしれない。そんな子なら、俺たちのパーティーメンバーとも相性はいいと思うし、色々な話をしてみたい。
しばらくそんな話をしていて一段落したので、気になっていた事を聞いてみることにする。
「オーフェにはこのまま俺たちと一緒に、冒険者活動を続けてもらってもいいんでしょうか」
「それはこちらからお願いしたいくらいだよ。先程も言ったが、魔族は10歳になれば独り立ちできる年齢だ。それに、今オーフェリアが歩んでいる道は、いずれフィリアの力になる」
2人ともハリスさんの影響を強く受けていて、オーフェは実際に他の種族と仲良しになりたいと思い、姉のフィリアさんは父の仕事を手伝いながら将来は家を継いで、他の種族と手を取り合っていける人が増えるような領地にしたいらしい。
向いている方向は一緒だけど、歩いている道が違うだけなので、もっと大人になれば同じ場所にたどり着いて笑い合えるだろうと、今はそれぞれ好きなことをやらせていると話してくれた。
「わかりました、娘さんに様々な種族と交流して欲しいというのは、この世界の事を色々体験したいという俺やみんなの希望とも重なりますので、きっといい経験をさせてあげられると思います」
「その点に関しては、今のオーフェリアを見る限り心配していないよ。正直に言うと、あの子の固有魔法を利用しようとする者も居るんじゃないかと思っていたんだ。しかし、君たちの様な人に出会えたのはとても幸運だった、これからも娘のことをよろしく頼む」
そうやって、男二人でオーフェやその姉の事を話した後に、ハリスさんは私兵と打ち合わせをするために、執事の男性と一緒に外出していった。俺は使用人の魔族の女性に、みんながいるオーフェの部屋へと案内してもらった。
この後、資料集の方にオーフェリアの家族を追加します。
作中で名前の出てこなかった人も一応設定だけあったりします(笑)