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回路魔法  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第10章 問題解決編
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第121話 ムーニエ

「私の名前はムーニエといいます」



 頭を撫でていると魔族の女性が落ち着いてきたので、椅子に座ってもらって改めて名前を聞くと、あっさり話してくれた。今までの態度は一体何だったんだ、というくらいの豹変ぶりだ。狐人(こじん)族の村を占拠していた連中もそうだったが、暗示というのはここまで人を変えてしまうのか。そして、彼らは転生してしまったので過去の事を覚えていなかったが、この人はどうだろう。



「ムーニエさんの事や魔族界の事を聞かせてもらってもいいかな?」


「はい、私もさっきまで何であんなに恥ずかしかったのか良くわからないんです」


「それはムーニエさんの意志じゃないから、気に病む必要はないよ」


「それに私、あんな恥ずかしいことを皆さんの前で……」



 そう言ってムーニエさんは顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。少しだけ見える横顔には涙が浮かんでいて、体も震えているので泣いてしまったみたいだ。これは転生せず記憶を保持したまま暗示が解けてしまった弊害だな、思春期特有の発言(中二病)みたいに笑って話せる日が……来る事は無いかもしれない。



「ここに居るみんなは誰も気にしていないし、ムーニエさんの事情もわかってるから大丈夫だよ」



 そう言って、頭を優しく撫でてあげる。暫くそうしていたが、落ち着いてきたみたいで、服の裾で目元を拭いて、こちらの方を見つめてきた。



「あの、あなたのお名前を聞かせてもらってもいいですか?」


「俺の名前はダイだよ」


「ダイさんですね。それと一つお願いがあるんですが」


「俺に出来る事なら叶えてあげるから、言ってみてもらえるかな」


「私のことは呼び捨てにしてもらえませんか?」


「わかったよムーニエ、これでいいかい」


「はい、ありがとうございます」



 こちらを見て浮かべてくれた笑顔は、ついさっきまでのネガティブな感情を感じさせない、とても可愛いものだった。歳はあまり離れていないか、少し上くらいだと思うが、本人の希望だし呼び捨てでも構わないだろう。



「ウミの思った通りになったのです」


「さすがです、ご主人様」


「……あるじ様のなでなでは最強」


「やっぱりキリエのおとーさんはすごいね」


「ムーニエちゃんの様子だと、ちょっと効きすぎたくらいかしら」


「まさか本当に撫でるだけで暗示が解けてしまうなんて、僕も驚いたよ」



 正直、自分でもここまで効果があるなんて驚いている。暗示が本当に解けたのか、あるいは強制力より安心できる効果のほうが上回ったので、一時的に話せるようになったのかは判らないが、今のうちに色々な事を聞いてみよう。



◇◆◇



 ムーニエは19歳で、普段は両親の営んでいるお店の手伝いをしている。彼女のドジは生来のものらしく、いつも良く失敗していたそうだ。その日も店の商品を壊してしまって、父に怒られて落ち込んでいた。行きつけのお店でお茶を飲みながら、ひとり暗く沈んでいたら声をかけてくれた人が現れた。


 最初は警戒していたが、自分の話を親身になって聞いてくれて慰めてもらえた。それが嬉しくて何度か会って話している内に、そのドジって失敗する自分を変えてみないかと誘われたそうだ。その頃にはすっかり相手の事を信用していて、いつも失敗ばかりの自分が変えられるならと、ついて行ってしまう。


 これは、興味の有りそうなことや何かの相談を持ちかけて親しくなり、怪しい団体に誘う時の手口と同じ感じがするな。有名な電気街でもその手の勧誘が多かったので、俺にも気をつけるようにと注意してくれた人がいる。麻衣の方を見ると、思い当たるフシがあるのか微妙な表情をしているので、学校とかで注意喚起があったのかもしれない。



「そうして連れて行かれた場所には、男の人と小さな女の子の2人がいて、いつもこんな失敗をしてしまう自分が嫌だとか、どんな自分になりたいとか話をしたんです」


「その2人はどんな様子だった?」


「主に喋ってくれるのは男の人ばかりでした、女の子の方は時々うなずいてくれるだけでしたね」


「男の人は何か言っていたかな」


「私を誘ってくれた人と同じ感じに、大変だったねとか、苦労したんだねと言いながら話を聞いてくれたくらいです」



 ここまで聞いた限りでは、何か暗示にかけられるような行為が行われたとは思えない。それに小さな女の子をわざわざ同席させているんだから、この子が何かの鍵を握っているんだろう。



「続きを教えてもらってもいいかい」


「私が話し終えた後に男の人が、それじゃあ自分を変える儀式を始めよう、と言って小さな女の子と何か話し始めました。その後その女の子が、自分を変えるためにはまず自分達より劣る種族を導いてあげないといけない、それには別の大陸に渡って私達の偉大で崇高な理念を教えてあげる必要がある。と、そんな感じの事を言われました」


「じゃぁ、それを聞いてこの大陸に渡ってきたんだ」


「はい、出かける前にこの使命は絶対に果たさないと駄目だと言われたので、達成できるまで帰っちゃいけないと思うようになったんです」


「自分の事を話したくなかったのも、同じ様な思い込みかな」


「下等な存在に自分の事を知られるのは、すごく不名誉で汚らわしいことだと聞かされて、とても恥ずかしい行為だと思いこんじゃったみたいです」



 また顔を赤くしてうつむいてしまったが、こうやって整理しながら話をしたお陰か、どうしてあんなに恥ずかしかったのかの理由にも、思い当たる事があったみたいだ。


 やはりその女の子が、何かの暗示をかけていたのだろう。狐人(こじん)族の村で見た(じゅつ)の中にも、他の人の意識に働きかけるような魔法があったから、魔族の固有魔法に同じようなものがあってもおかしくない。



「その2人の姿とか特徴って思い出せるかな」


「男の人はフードを被っていて良くわからなかったですけど、女の子の方はあなたと同じくらいの背の高さで、髪の毛は私より明るい緑色でした」


「その子の髪型とかって覚えてる?」


「確か片方だけ髪の毛を横で結んでましたね」


「目はどんな色をしてたかな」


「えっと、きれいな金色でした。とても珍しい色だったのでよく覚えてます」


「他に何か気づいたことはなかった?」


「うーん……あっ、そうだ! 赤い石の付いた首飾りをつけてました」



 オーフェが少し身を乗り出すように、ムーニエに外見の特徴を聞いている。やはり同じ魔族として、その女の子の事が気になるのだろう。


 でもオーフェと同じくらいの女の子が、今回の黒幕なんだろうか。隣りにいるフードを被った男の存在も気になるし、これには何か裏があると考えたほうが自然だろう。



◇◆◇



 その後、連れて行かれた場所とか聞いてみたが、魔族界の名前や地名なので俺にはさっぱりわからなかった。オーフェは何か心当たりがある感じだったので、後から聞いてみよう。



「私はこれから一体どうなるんでしょう」


「我々の調査に協力してくれたら身の安全は保証するし、魔族界に帰れるように僕が責任を持って働きかけるよ」


「もしまた自分の事を話すのが恥ずかしくなったら、俺を頼ってくれていいからね」


「ありがとうございます、ダイさん。あの、もう一度撫でてもらってもいいですか?」



 少し恥ずかしそうにして上目遣いにお願いしてきたので、その頭を優しく撫でてあげる。(ツノ)に手が当たると少しくすぐったそうにするので、やっぱり敏感な場所みたいだ。


 聞き出せることはほぼ終わったと思うので、地下の施設を出て詰め所の外に向かって歩いていく。最初に来た時は探るような視線だったが、帰りは少し変化があった。魔族の情報を得ることに成功したのが伝わたんだろう、軽く会釈してくれる人もいて、懸案の解決を労ってくれている感じがする。



「大君、本当にありがとう、君に頼んで正解だったよ」


「いえ、お役に立てたのなら良かったです」



 詰め所の門を出て、橋を渡りきった所で輝樹さんが挨拶をしてくれる。これから王城に戻って詳しい報告をするらしいので、ここで別れることになった。国の方でもムーニエの審問を行って、今日と同じ様な協力が得られたら、俺たちにも何らかの褒章が出るだろうという話をしてくれた。


 俺としては撫でて話を聞いただけなので、あまり大げさにして欲しくないと思っているが、その辺りは輝樹さんも知っているから任せよう。それより過激派魔族の内情を直接聞く事ができた方が重要だ、オーフェも保護を求めてきたという魔族のことをずっと気にしていたので、酷い扱いを受ける心配が無くなって良かったと思う。


 キリエを抱き上げて歩いているが、手を繋いだオーフェの様子がずっとおかしい。ムーニエに同じ年くらいの女の子の話を熱心に聞き出してから、ずっと心ここにあらずといった感じで考え事をしている。



「オーフェ、やっぱり魔族界の事が気になるか?」


「それも気になるんだけど、もっと別の心配事があるんだ。それは家に帰ってから話すね」



 それだけを言って黙って歩き始めた。きっともうひとり居た女の子の事だと思うが、家で話してくれるというのでそれまで待とう。オーフェのいつもと違う様子に、みんなも言葉少なく自宅へと戻っていった。



◇◆◇



 カヤにお茶の用意をお願いして、みんなでリビングのソファーに座る。温かいお茶で一息ついてから、オーフェは心配事の話をしてくれた。



「さっきムーニエちゃんが話してくれた小さな女の子の事だけど、たぶんボクの知ってる人だと思うんだ」


「その子は他の人に暗示をかけられるような固有魔法を持っていたのか?」


「そんなの聞いた事がないし、他の人に暗示をかけて操ったりするような子じゃないよ」



 オーフェは立ち上がり、宝物を置いている棚に歩いていく。戻ってきたその手には、鳥の置物が乗せられていた。



「植物や動物の世話をするのがとても好きな優しい子だったんだ、絶対そんな事するはずないよ」


「遠くに引っ越した友達からもらったと言ってたけど、それをくれた子なのか」


「うん、クーちゃんはボクの大事な友達だよ。引っ越す時にボクは赤い石の付いた首飾りを渡して、クーちゃんはこれをくれたんだ、お互いずっと友達だよって」



 外見の特徴や瞳の色、それに赤い石の付いた首飾りまで一致するんだから、その子はオーフェの言うクーちゃんで間違いないだろう。いつも楽しそうに笑って、魔族界の話をする時もその表情が変わることのなかったオーフェが、今は悲痛な顔をして手にした置物を見つめている。


 俺としても力になってやりたいし、周りにいる仲間たちも同じ気持ちだろう、しかし海を越えた先にある魔族界に行くのが問題だ。それに行けたとしても、他種族の俺たちは受け入れてもらえず、排除されてしまうかもしれない。



「ねぇ、ダイ兄さん。ボクどうしたらいいと思う?」


「暗示をかけることを誰かに強要されてるんだったら、助けてあげたいと思う。でも、魔族界には簡単に行けないから、今の俺たちではどうする事も……」


「それに関しては私が何とかしてあげるよ」



 みんなも魔族界には簡単に行けない事を知っているし、だからと言ってこんな状態のオーフェを放っておくことが出来ず表情を暗くする。そんな時にメイニアさんが、優しく微笑みながら声をかけてくれた。



「メイニアちゃん魔族界に行けるの!?」


「魔族の住んでいる大陸に入った事は無いけど、近くまで散歩に行ったことは何度かあるから、場所はわかるよ」


「この大陸に来る途中で小さな島を見たんだけど、そこまで運んでくれたらボクの転移魔法で入れると思う」


「それなら後は、俺たちが魔族界に行っても大丈夫かどうかなんだけど、魔族の人たちは他の種族を受け入れてくれるか?」


「街をのんびり観光するのは無理かもしれないけど、ボクの家は大丈夫だよ。父さんは融和派の代表の一人だし領主だから、協力してくれるし領民への説明も任せられるよ」



 オーフェは何でも無いように言ったが、領主の娘って凄いお嬢様じゃないか。何となく教養の高さは感じていたが、そんな家庭で育ったから十分な教育も受けていたんだろう。



「オーフェちゃんってお嬢様だったのね」


「イーシャちゃんも長老の孫だし、あまり変わらないよ」


「そんな家の子供が、別の大陸に来て良かったの?」


「家は姉さんが継ぐ事になってるし、ボクが他の種族と仲良くしたいって思ってたのは、父さんも母さんも知ってて応援してくれてたから、ここに来られたんだよ」



 麻衣の心配はもっともだけど、勝手に出てきたんじゃなくて、ちゃんと許可をもらって来てたんだな。それならオーフェの家にみんなで行っても大丈夫だろう。


 魔族界の事を詳しく聞いてみたが、大陸を大きく3つに分けて、それぞれを領主が管理しているらしい。その3人の領主は全員仲が良くて、魔族界も争いは無く平和だそうだ。ところが、急に勢力を伸ばしてきた過激派思想の魔族たちには、どこの領主も苦慮していた。今回の情報でそれを止められれば、魔族界全体にとっても好都合な事になると説明してくれた。


 たとえ主犯を取り押さえられなくても、暗示をかけているその女の子だけでも助け出せれば、これ以上過激な思想に染まる人も増えなくなるだろう。隠伏(いんぷく)の術もあるし、こっそり忍び込んで女の子を探し出すくらいなら、俺たちの能力やスキルを考えれば何とかなりそうだ。


 ムーニエが連れて行かれた場所も、オーフェの知っている街のようだし、友達の救出に魔族界まで行こう。


この後に、資料集の方にムーニエを追加します。

そこでは彼女の固有魔法についても触れていますので、興味がありましたら御覧ください。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
突然異世界に来てしまった主人公が
魔操という技術に触れ世界に革新をもたらすスローライフ
魔操言語マイスター
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