第120話 暗示と妄想
夕食を食べ終わりリビングの暖炉前でくつろいでいると、カヤが来客に気づいたので一緒にリビングを出て玄関に行く。彼女には温かいお茶の用意をお願いして、俺がドアを開けると立っていたのは輝樹さんだった。
「お久しぶりです、輝樹さん」
「こんばんは、大君。いきなりあんな物を渡してすまなかった、どうしても相談したい事があったんだ」
「寒いですから、どうぞ中に入ってください」
輝樹さんをリビングに招き入れて、みんなと挨拶を交わしていく。1年ほど前にこの家でパーティーをした時から、新しいメンバーが増えているので少し驚いているようだったが、2人は最後に挨拶をするみたいだ。
「テルキおにーちゃん、はじめまして。キリエといいます、よろしくお願いします」
「とても礼儀正しくて可愛い子だね。僕は勇者をやっている輝樹といいます、よろしくねキリエちゃん」
「今日は絵の描いた紙を渡してくれてありがとう、あそこに飾ってあるの」
キリエが指さした宝物の棚には2枚のカードが飾っていて、絵の印刷している方と王家の紋章が入っている方を、それぞれ表向きにしている。写真立てのような木製の台は、もちろんカヤが作ってくれた。
「始めましてテルキ君、私は古竜族のメイニアと言うんだ。勇者に会えるなんてとても光栄だよ、よろしくね」
「コリュウゾクというのは、一体どんな種族なんでしょうか?」
「竜族の一つで、寿命が長い竜種なんだよ」
「この王国が出来た時にも竜族の協力があったと、王城にも初代国王と真っ白な竜の絵画が飾られてますが、いわゆるドラゴンと言われる竜ですか?」
「“どらごん”と言うのは判らないけど、その絵に描かれている竜は私の母だと思うよ」
あ、輝樹さんが固まってしまった。オーフェが魔族とカミングアウトした時もそうだったが、『ギギギギギ』という擬音が聞こえそうなぎこちない動きで、俺の方を見つめてきた。
「キリエは黒竜族なんだよ」
そこにキリエが追い打ちをかけるように自分の素性を話し、輝樹さんはとうとう完全に沈黙してしまった。ちょうどカヤがお茶を持ってきてくれたので、温かい飲み物を飲んで再起動してもらおう。
◇◆◇
「ふぅ……お茶が美味しいよ、ありがとうカヤさん。それにこれはアイスクリームだね、一体どうやって作ったんだい?」
「遺跡の調査中に冷蔵の効果がある古代遺物を発見して、それで冷蔵庫を作ってみました」
「王城でも凍らせたお菓子なんて食べたことがなかったけど、まさか君の家で地球と同じお菓子が食べられるとは思ってなかったよ」
王城なら遺跡で発掘された便利なものや、誰かに献上された道具が多くあると思うけど、使い方がわかっていないのか、あるいはこの様に利用する発想が無かったのか。少なくともアイスクリームや冷やしたお菓子なんかは、異世界人の麻衣だから作ることが出来た気もする。
「それに竜族が2人もいて、その内の1人は子供として育ててるなんて、驚いたよ」
「キリエは俺たちの思いを受けて生まれてきてくれた、可愛い娘ですから」
膝の上に座って大人しくアイスクリームを食べているキリエの頭を撫でてあげると、こちらを向いて嬉しそうに笑ってくれる。輝樹さんも最初は驚いていたが、こうやって普通の子供と変わらない笑顔を見せるキリエや、他のみんなと談笑するメイニアさんを見て落ち着いてきたみたいなので、そろそろ本題に入ろう。
「それで輝樹さん、相談というのは何でしょうか」
「それなんだけど、実は僕たちに保護を求めてきた魔族が居るんだよ」
その言葉に暖炉の前にいたメンバーも反応して、ソファーの近くに集まってくる。オーフェは俺の隣りに座ってじっくり話を聞く態勢だ。
「それはどういった魔族なんでしょう」
「若い女性の魔族なんだけど、どうも攻撃魔法は使えないみたいなんだ。それに何というか、凄くドジでね」
輝樹さんが苦笑気味に詳しい話をしてくれる。下等な人族を導いてやると攻撃してきたが、何も無い所で転んだり、剣を振ろうとして壁に激突したり、こちらが何もしていないのに自滅してしまったらしい。そうして、やっぱり自分は誰かを攻撃することには向いてないと泣き始め、このままだと魔族界に帰れないから保護して欲しいと頼み込んできたようだ。
「過激派魔族の内情が聞けると思って保護する事にしたんだけど、それを聞こうとすると意味不明のことを喋り出すんだ」
「内情を知らないのをごまかしてるとか、誰かに口止めされて怖がってるとかではないんですか?」
「そんな感じではないけど、国の治療院の話だと強力な暗示がかけられてるんじゃないかと言っていたね」
「その暗示って解けないのかな」
「治癒師や薬剤師が色々試してみたけど、普通の状態異常じゃないみたいなんだ。国が雇っている経験豊富な冒険者にも見てもらったけど、誰も暗示を解くことが出来なくて、正直お手上げ状態になってる」
オーフェと出会った頃に聞いた話だと、過激派魔族が増えた原因は催眠術や洗脳じゃないかと言っていたけど、なんとなくその説が真実味を帯びてきた感じだ。
「あなたは、私たちがその暗示を解く手がかりを知らないか、聞きに来たって事ね」
「そうなんです、色々な種族が集まっている大君たちなら、もしかしたら何か知ってるかもしれないと思って。今日の催しの最中に見かけて、思わずあの紙を渡したんです」
「それはダイ先輩や私たちが関わってもいいんでしょうか」
「僕たちの方でも協力者を探すという事に決まったから大丈夫だよ。ただ、あまりこの状態が長引くと彼女にとって不利益な事も起こるかもしれないから、僕としてはなるべく早く解決してあげたいんだ」
それでパレード中という状態にもかかわらず、俺にメッセージを渡してきたのか。家に直接来てくれても良かったと思うが、アポイントメントを取った上で訪問してくれたのは、輝樹さんの性格ゆえだろうか。
それに強引な取り調べが行われたり、拷問なんかされたりする事になっては可哀想だ。とは言っても、暗示を解く方法なんて俺は知らないし、他のメンバーも知っているとは思えない。やはりここはヨークさんに相談するべきだろうか。
「それならダイくんに、なでなでしてもらうといいと思うのです」
「あ、それはいい考えだね、ボクも賛成だよ」
「試してみる価値があるかもしれないわね」
「その大君のなでなでというのは、暗示を解くような力があるのかい?」
輝樹さんはちょっと困惑気味だ。確かに撫でただけで暗示が解けたりすると、今までの苦労は何だったのかという気持ちになってしまうだろうな。
「ご主人様に撫でてもらうと、何でも話せると思いますよ」
「……私の心も溶かしてくれた」
「おとーさんに撫でてもらうと、とっても安心できるの」
「竜族の私ですら、全てを委ねてもいいと思えるなでなでだよ」
「そんな力があるのか、大君のなでなでには」
俺の方を確認する感じに見てきたが、正直どれくらいの効果があるかはわからない。でも過激な思想にとりつかれた魔族を、なでなでで解放できるかどうかは試してみたいと思っていた。
「その魔族の女性に直接会えるなら、試してみてもいいですか?」
「うん、それなら明日さっそく行ってみよう。その女性は騎士団の詰め所に保護されているから、明日の朝に公園の入口で待ち合わせでどうだろう」
何だか思わぬことに巻き込まれてしまった感じはあるが、こうして俺たちを頼ってくれたんだから出来るだけの事はしてみよう。明日の約束をした後に、輝樹さんは帰っていった。
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翌朝、カヤ以外のメンバーで公園の入口に行くと、すでに輝樹さんがそこで待っていてくれた。
「すいません、お待たせしてしまって」
「僕もいま来たところだから大丈夫だよ、それにお願いしてるのはこちらの方だからね」
麻衣を紹介してくれた時にも交わした、デートの待ち合わせの定番セリフをお互いに言った後に、2人で少し笑い合う。もしかしたら同じ様に、その時の事を思い出したのかもしれない。
輝樹さんを先頭にして進んでいくが、騎士団の詰め所は王城の正門ではなく別の場所からも入れるらしい。お城を取り囲んでいる城壁と堀に沿ってしばらく歩くと、鎧を着た兵士が2人立っている小さな橋が見えてきた、あそこが騎士団の詰め所に通じる門みたいだ。
「勇者テルキ様、こちらの方達は?」
「例の件で協力してくれる冒険者を連れてきたんだ、通ってもいいかな」
「勇者様が連れてこられたのであれば問題ありません、お通りください」
俺たちのメンバー構成を見て、少し訝しげな顔をしている感じだったが、勇者が連れてきたという言葉のおかげで、何も言われることもなく橋を渡ることが出来た。中に入ると鎧を着た兵士が何人もいて、こちらの方を注目しているので、少し居心地が悪い。アイナやエリナは俺の手を握ったまま、離そうとしなかった。
詰め所の奥から地下に降りると、そこは頑丈な扉が取り付けられた部屋が並んでいて、なんとなく牢屋のような感じがする。いくら保護を求めてきたと言っても、人より高い身体能力を持った魔族だから、こうして隔離しているんだろう。
地下施設の入り口を警備していた兵士が1つの扉の前に立つと、鍵を開けて中に入れてくれる。そこには、なぜか壁の方を向いて座った、緑色の長い髪の女性がいた。頭には魔族の証でもある角が見える、前向きに伸びたそれは小さめで少し可愛い。
その女性は部屋に入ってきた俺たちを無視するように、壁に向かって何か話をしているみたいなので、耳を澄まして聞いてみる。
「……下等な種族を導くためにここまで来たけど、やはり私には向いていなかった。だがこのまま帰ったらいけない気がするしどうしよう、こんな事になるなんて私は生まれてきたのが間違ってたんだ」
凄くネガティブな発言をしてるなこの人は、失礼だけどこれを聞いただけで、取り扱いが難しそうな人だとわかってしまう。もっとも本来の性格から変わってしまってるかもしれないし、変な先入観を持つのはやめておこう。
「あなたの事を教えてもらいたくて来たんだけど、構わないかな」
「くっ、またお前たちか。一体どれだけ私を恥ずかしい目に合わせれば気が済むんだ、そんな辱めを受けるくらいならいっそ殺してくれ」
「輝樹さん、一体何をやったんです?」
「いやいや、何もやってないよ大君。彼女自身の事を聞こうとすると、いつもこうなるんだよ」
「今日は今まで見たことのない者が居るし、女性が多いな。そうやって私の恥ずかしい話を聞いて、みんなで笑うつもりだろうがそうはいかないからな」
帰れない気がすると言ったり、自分自身のことを聞かれると猛烈に恥ずかしがったり、確かに何かの暗示をかけられてるんじゃないかという感じはする。それにさっきから被害妄想っぽいことを言ってるのも、その影響なんだろうか。
「名前を聞いてもいいかな」
「おっ、お前はいきなり何を聞いてくるんだ、恥を知れ!」
名前を聞いてみたけど全力で拒否された、何かこう面倒くさいな。輝樹さんや他の人達がお手上げ状態になるのが、わかった気がする。
「ダイ君、何だか面倒だし、ひと思いにやっちゃおうか」
「それがいいわね、思う存分撫でてあげなさい」
年長組の女性は今のやり取りを聞いていて、ちょっとキレ気味だ。あまり時間を掛けるのも何だし一気に決めてしまおうか。
「すまないけど確かめたい事があるから、君を撫でさせてもらうよ」
「いったい何をする気だ!? それに、その手は何だ! 恥ずかしい質問だけでは飽き足らず、私の体に直接聞く気なのか? そんな事で私が屈すると思ったら大間違いだ!」
「君は何も無いところで転んだりするみたいだし、少し大人しくしようか」
「わっ、私に触るんじゃない! 人族のお前が魔族の力に敵うと思って……あ、あれ? なんで振りほどけないんだ!?」
椅子から立ち上がって逃げようとした魔族の女性を、メイニアさんが後ろから羽交い締めにした。ジタバタともがいているが、背の高いメイニアさんに持ち上げられて、ちょっと情けない格好になってしまっている。振りほどけない理由は、彼女が竜族だからです。
動けないとわかったからか、俺の方を怯えた目で見てくるが、今までのやり取りでストレスが溜まっているので、ちょっといじめたくなるな。両手をワキワキさせながら近づいてみようか。
女性陣に白い目で見られそうなのでやらないけど。
「あ、あのっ、それ以上近づかないでください、何でもしますから許して………だめです、それだけは、それだけは……………いやっ! お母さぁーーーーーーん!!」
なんか声だけ聞いてると凄く酷いことをしているようだけど、俺は頭を撫でているだけだ。緊張のあまり手足もピンと伸びてしまった魔族の女性の頭をゆっくりと撫でる。目をギュッと閉じて頭を撫でられる刺激に耐えていたが、徐々に緊張が解けてきたみたいだ。髪の毛だけでなく角も優しく撫でてみるが、時折ピクピクと体を震わせている。もしかして角は敏感な場所なんだろうか。
「落ち着いてきたかな?」
「はい、とても気持ちがいいです。それに頭の後ろもふかふかで、このまま眠ってしまいそうです」
羽交い締めにされて、メイニアさんの“超まろやかさん”が、枕のように後頭部に当たってるからだな。しばらく撫で続けていたが落ち着いてきたようなので、拘束を解いてもらって椅子に座らせる。
「名前を聞いてもいいかな」
「私の名前はムーニエといいます」
騎士ではないけどくっころさん(笑)
Q.
狐人族の里に居座っていた連中といい、なぜこの大陸に来る魔族はどこか抜けた人が多いのですか?
A.
実力主義の魔族界では、優秀な人ほど現状に不満を持ちにくいからです