第117話 結びの宝珠
冷蔵の道具を発見して次に何が見つけられるだろうと皆が期待していたが、その後は特に発見もできずに時間だけが過ぎていった。大きな建物に限定すれば遺跡の半分くらいを調べたが、そろそろ日も傾いてきたし潮時だろう。
「冷たくなる道具以外見つからなかったけど、来年また来ようね」
「まだ半分くらい調べてない建物は残ってるし、来年も頑張ろうな」
「……今度も頑張って探す」
「私もなにか見つけたいです」
「キリエも、がんばる!」
結びの宝珠は見つからなかったが、生活を豊かにできる道具が見つかったのは大きい。みんなの顔が明るいのはエリナのおかげだ、今夜はブラッシングとなでなでで目一杯お礼をしよう。
それに、まだまだ調べていない建物もたくさんある、小さなものも含めると探索していない物の方が多い。来年もギルドの依頼をこなす合間合間に訪れるのもいいだろう。そんな事を考えていたら、キリエがなにかに気づいたようで、俺の手を軽く引っ張ってきた。
「おとーさん、あそこ」
キリエの指さす方を見ると、短い耳のウサギっぽい動物が崩れた塀の上に座って、こちらの方をじっと見ていた。
「あれはキリエが助けてあげた子か?」
「多分そうですね、こちらをじっと見てますし、こうして見つめていても逃げませんから」
みんなでじっと見つめても、一向に逃げる気配はない。森で出会う野生の動物は、目が合っただけで逃げるものも多いので、麻衣の言う通りあの時の子で間違いないだろう。
「キリエたちに会いに来てくれたのかな」
「私たちの話し声が聞こえて見に来たんでしょうか」
「ボクたちの事を覚えていてくれたんだね」
「……お礼を置いて行ってくれるような子だから、きっと頭がいい」
ダンジョンで助けた後も安全な場所とわかっていたのか、俺たちのそばを離れなかったし、遺跡で放してあげた後には、お礼の木の実を届けてくれたりもした。きっと俺たちが居るとわかって、様子を見に来てくれたんだろう。
全員でその子に近づいていくと、塀の上から飛び降りて少し離れた場所に走っていってしまった。
「逃げていってしまったわね」
「でも、少し離れた場所に立ち止まってこちらを見てるし、私たちを待ってくれてる感じだね」
「きっとウミたちに見せたいものがあるのです」
何となくその言葉が正解のような気がして、みんなで後をついていくことにした。少し走っては立ち止まってこっちを見る仕草を何度か繰り返し、その子は小さな建物の中に入っていく。俺たちもその中に入ってみるが、それを確認したからだろうか、瓦礫の隙間に潜り込んでしまった。
シロが近づいて入り込んだ穴のあたりの匂いを確かめているが、中に潜ってしまった子は出てくる気配がない。
「おとーさん、この下になにかあるのかな」
「俺たちに見せるように入っていったから、何かあるのかもしれないな」
崩れないように、慎重に瓦礫をどかしていくが、入っていった子は別の穴から出てしまったんだろうか、その姿は見つけられない。そうしてある程度の瓦礫をどかしたところで、床の一部が崩れて小さな空間があるのを発見した。
床下収納みたいなその場所にも細かい瓦礫が積もっていたが、底の方に何か材質の違うものが見える。石の破片や砂状になった細かい土砂を取り除いていくと、金属っぽいもので出来た小さな金庫くらいの箱が出てきた。
表面は汚れているが凹んだ部分や歪みはなく、かなり頑丈で気密性も良さそうな箱だ。表面を軽く拭いてみたが、鍵穴のようなものはなく留め金で閉じているだけみたいなので、それを外してフタを開ける。
中にはビー玉くらいの大きさの、厚い凸レンズのような円盤がいくつも入っていた。きれいに磨かれた深い青色をした石のようなそれの表面には、ウーノさんに教えてもらった象形文字のような模様が、漆黒の線で刻まれている。
「宝珠と言うから丸いのかと思ったけど、こんな形をしていたんだな」
「たくさんあるね、おとーさん」
「ダイ兄さん、あの子はこれを伝えたかったんだね」
「キリエちゃんが助けてあげたおかげですね」
「……キリエとっても偉い」
「キリエちゃんの大好きな果物で、冷たくて美味しいお菓子を作ってあげますね」
「それはウミもうれしいのです、宝珠もお菓子もキリエちゃんのおかげなのです」
「初めて使った竜の息吹で、こんな贈り物まで貰えるなんてとても素敵だよ」
「さすがは私たちの自慢の子供だわ」
「わうんっ!」
みんなに口々に褒められて、キリエも嬉しそうに微笑んでいる。まさか俺たちの探していたものをピンポイントで見つけてくれるなんて、あの小さな動物は判ってやってくれたのか、それともただの偶然かは不明だが、素敵な贈り物になったのは間違いない。地球式に言うと、時期的にちょうどクリスマスプレゼントをもらった感じだ。
大事そうに箱を持っているキリエの頭を撫でてあげながら、近くに居るかどうかわからないが、この場所を教えてくれた動物にみんなでお礼の言葉を言って、その日は全員がとびきりの笑顔で王都に帰ることが出来た。
◇◆◇
家に戻りカヤに今日の事を簡単に話して、リビングのテーブルの上に結びの宝珠を並べる。その数は16個あるので、全て動けばパーティーメンバーを倍にすることが出来る。
恐らく冒険者ギルドで複数のパーティーを作り、それぞれの代表に結びの宝珠をもたせても効果はあると思うが、こちらの方が全体スキルの恩恵が大きくなると言っていたので、全員に持ってもらう方が良いだろう。
虹の架け橋のメンバーが現時点で俺・アイナ・イーシャ・麻衣・ウミ・エリナ・オーフェ・キリエで8人。それにカヤとシロの家族を加えると10人。そしてメイニアさんとユリーさんヤチさんの3人に渡しても、後3個余ることになる。
贅沢な使い方だと思うが、こうやってまとまった数が手に入ったので、大規模パーティーを作る用途より、家族や仲間との絆を深めるアイテムとして使いたい。
「動かしてみようか」
そう言ってそのうちの1つを手に持って握ってみる。みんなが俺の手に注目するしているが、しばらく握り続けていると指の隙間から光が漏れ出したので手を広げる。すると宝珠は淡い光を放ちながら点滅している、この状態で別の宝珠も点滅させて近くに置くとリンク出来るんだろう。
「きれいな光だね、ダイ兄さん」
「不思議だねー」
キリエも点滅している宝珠を指でつついているが、その光は消えない。隠伏の術でも確かめてみたが、起動状態の道具に魔法無効能力を持った竜族が触っても、その効果は失われないみたいだ。地脈の流れを阻害していた杭の時は、キリエが触る事で何らかの作用が消えたんだと思うが、身につける道具にはこの様な能力に対するプロテクトが掛けられているのか、まだまだ古代のアイテムには謎が多い。
このままだと何も起こらないので、もう1つも点滅させて近くに置く。するとお互いにバラバラに点滅していた光が徐々に同期していき、しばらく光り続けた後に元の状態に戻った。これは無線でつなぐ周辺機器のペアリングをしているみたいだ。
リンクが確立した宝珠は模様の色が漆黒から暗めの赤に色が変わっているので、正常に動作しているインジケーターの役割を果たしている様だ。
◇◆◇
その後は色々と使い方や発動方法を試してみた。宝珠は握らなくても、模様のある面と反対側を指で挟んで強く長押しすれば起動する。片方だけ指で押してもダメだったのは、誤操作防止の意味もあるんだろう。
精霊のウミ、妖精のカヤ、白狼のシロに竜族のキリエとメイニアさんは、宝珠の起動はできなかった。スイッチになる部分は他の道具と同じ魔法回路だったので、一般的な魔法を使えない種族と、無効化能力を持つ竜族に起動できなかったのは仕方がない。
起動状態の宝珠を持つことは出来るので、それで我慢して欲しいと5人の頭を撫でてあげながら慰めた。
リンクの解除は確立する時より更に長い時間、宝珠の両面を押すと光りだすので、その状態になってから再度両面を押すと模様が暗い赤から漆黒に変わる。光った状態の時に放置すると、リンクが確立したままの状態で光は消える、これも誤操作防止のためのシステムだろう。
再リンクするには全ての宝珠のリンクを切って、最初からやり直さないといけないのが少し面倒だ。まぁ、一度確立したリンクを切ったり繋ぎ直したりという事は頻繁にやらないだろうし、この仕様は仕方がないと思う。
「全部の宝珠が使えるみたいでよかったですね、ダイ先輩」
「頑丈な箱に入ってたし、どれもきれいな状態で残ってたからな」
「これでシロちゃんも、マイおかーさんのスキルが使えるようになるね」
「わふー」
俺の膝の上に座ったキリエと2人のブラッシングを受けているシロが、嬉しそうに返事をする。今まで一緒に冒険をしてきていつも元気に走り回っていたので、回復力強化の恩恵がどれくらいあるかわからないが、状態異常耐性上昇のスキルは、上級者ダンジョン攻略の大きな助けになってくれるだろう。
「ご主人様や皆さんとの絆が深くなったみたいで、うれしいです」
「……あるじ様やみんなと、もっと深く繋がった気がする」
ブラッシングの順番待ちをしているアイナとエリナも、俺の近くで2人寄り添うように座って嬉しそうにしている。特にみんなでお揃いのアクセサリーに加工する事に決まったのが楽しみみたいだ、普段そういった物を身に着けたことはないが、この辺りはやはり女の子なんだと思う。
「これでカヤちゃんとも、いつでも繋がっていられるわね」
「宝珠があれば皆様が冒険中でも、そばに居てくださる気がします」
宝珠で繋がっているパスは、どのくらいの距離まで有効なのかわからないが、古代文明の技術力を考えればこの大陸はおろか、世界のどこにいても大丈夫な気がする。
「ウミにも持てる大きさで良かったのです」
「首からぶら下げると飛ぶ時に邪魔になりそうだから、腰に装備できるような感じにするのが良いかもしれないな」
宝珠はとても軽い素材で出来ていたので、ウミでも軽々と持ち上げることが出来た。装飾品として周りを飾ってもらっても、極端に重くなることはないだろう。その辺りはミーレさんに相談すれば、専門家の意見をもらえると思う。
「メイニアちゃんも冒険者登録したから、宝珠を持ってボクたちと一緒に色んな所に行こうね」
「それはとても楽しみだよ、こんなにワクワクとした気持ちになるなんて今まで無かったからね」
メイニアさんの付けていたネックレスを見て思いついたが、この宝珠も首にぶら下げるものにしたいと思っている。みんなも賛成してくれたし、形も真ん中の厚い円盤状なので、周りを取り囲むように装飾してもらえれば、そのままの状態で起動や停止もできる。
明日ミーレさんのお店に行くことを決めて、その日は眠ることにした。
イメージはBluetooth(笑)