第115話 暖炉
寒い時期ですが、読者の皆様も風邪など召されませんよう、お気をつけ下さい。
中世風の暖炉のある家は筆者も憧れています(石油ストーブの炎を見つめながら)
「ただいま、カヤ」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様。お客様がご一緒のようでしたが、お帰りになられたんですか?」
「ダンジョンの中で知り合った人と一緒に帰ってきたんだ、詳しい話はリビングでしようか」
カヤを連れてリビングに行って、今日あった出来事の話をする。獣人族を大切にしているパーティーの手助けをしたこと、戦い方やダンジョンの知識を色々教わって勉強になったこと、結びの宝珠というあまり知られていないアイテムの情報をもらったことなど、みんなでその時々の状況を説明したり感想を言いながらカヤに伝えていった。
「その方のお母様のご病気が治るといいですね」
「今日はみんなが頑張ってくれたし、良くなってくれるといいな」
「ご主人様や皆さんみたいに、獣人を大切にしてくれるパーティーでしたから、元気になってほしいです」
「……うん、薬の材料を見つけられてよかった」
アイナとエリナは今日の出会いを特に喜んでいる。やはり同じ獣人族として、自分たちの待遇と他の人を比べてしまうんだろう。俺には全ての獣人族を救う力はないが、せめて手の届く範囲に居る人だけでも笑顔で過ごして欲しいと思う。それに、児童養護施設のおばあさんや、そこを巣立っていったユリーさん、そして雇用している獣人族の待遇改善に乗り出してくれたロイさんのような人も居るから、少しづつだけど状況を変えていく事だって出来るはずだ。
「ダイ先輩、やっぱり結びの宝珠は探しに行きますよね」
「あぁ、あれはぜひ手に入れたいな」
「それがあればメイニアさんや教授たちも、マイちゃんのスキルの恩恵が受けられるわね」
「それは嬉しいね、私も協力するよ」
「シロちゃんにも渡してあげたいの」
「それはいい考えだ、素敵な事に気づいたなキリエ。首輪みたいなものにつけて、シロにも持ってもらおう」
「わうっ」
まだ手に入ると決まったわけではないが、こうやってみんなで話をするのは旅行の計画を立てている時みたいで楽しい。シロの事もちゃんと考えてくれたキリエの頭を撫でてあげながら、結びの宝珠の使い道に思いを馳せる。
「手に入ったらカヤにも持っていて欲しい」
「嬉しいです、旦那様」
「ウミにも持てる大きさだといいのです」
小さくて軽かったら腰に付けるカバンみたいな物に入れて、ウミにも持ってもらえるかもしれない。俺たちが持つものは、狐人族の村で見たような、アクセサリーみたいに加工してもいいだろう。
「ダイ兄さん、古代遺跡だったらダンジョンの調査をした所に行くのかな」
「あそこなら他の冒険者も来ないし、見つけられていないものが眠ってる可能性は高いと思う」
「……頑張って探す」
もともと古代遺跡には行くつもりだったが、こうしてぜひ手に入れたい目標が出来て全員のテンションも上がっている。最初に行く場所で見つからなくても遺跡は他にもあるので、色々な場所に行ってみても良いだろう。
いつもとは違う冒険者活動になるだろう期待に胸を躍らせながら、遺跡探索の計画をみんなで話し合った。
―――――・―――――・―――――
闇の月の青の期間に入り日々寒くなってきているが、今日は特に気温が低い。王都の位置は大陸中央部なので、凍えるような気温にはならないが、寒さに弱いエリナも居るし朝から暖炉に火を入れている。
暖炉の前のスペースをカヤに少し高くしてもらって、柔らかい敷物を敷いて土足厳禁の場所にしている。エリナはそこで丸くなって暖炉の炎を見つめていて、その姿は猫みたいで凄くかわいい。猫人族ではあるんだが。
みんなも何となくその場所に集まって、昼食後のゆったりとした時間を過ごしている。俺の近くに来て足の上に頭を乗せているエリナと、膝の上に座っているキリエの頭を撫でてあげていると、玄関の方からドアノッカーの音が聞こえた。
2人を降ろして玄関ホールに行くと、ちょうと厨房にいたカヤが応対してくれているようだ。
「旦那様、五輪の煌めきというパーティの方がお見えになっています」
昨日アイテム集めの手伝いをしたパーティーが、家まで来てくれたみたいだ。薬は効いたんだろうか、もう病気は大丈夫なんだろうか、と考えながら玄関に向かうと、昨日の4人に加えて同じ年齢くらいの女性と、その横に中年の女性が一緒に立っていた。
「突然訪問してすまない」
「いえ、いらっしゃい。もう病気は大丈夫なんですか?」
「あぁ、お陰さまであの後すぐ薬を作ってもらって飲ませたら、その日の夜には熱も下がったよ。処方が早かったから後遺症も残らなかった、本当にありがとう」
リーダーのウーノさんがそう言うと、全員が頭を下げてくれた。薬が間に合って後遺症も残らなくて本当に良かった、この話を聞くとみんな喜ぶだろう。
「今日は寒いですし、こんな場所で立ち話もなんですから、中に入ってください」
6人をリビングに招き入れて、部屋にいたみんなと挨拶を交わす。ソファーに全員座れないので、俺の横にアイナとエリナが座って、残りのメンバーは暖炉の前のスペースに残っている。
「とても素敵な家に住んでいるね。それに使用人もいるみたいだが、彼女はハーフリング族かい?」
「彼女はこの家の妖精なんですよ」
「家の妖精のカヤと申します、どうぞよろしくお願いいたします」
ちょうどお茶とお菓子を持ってきてくれたカヤを紹介すると、全員驚いた顔で俺の横に立つカヤを見つめる。人族は妖精にあまり興味が無いと聞いているが、さすがに実物を目の前にすると驚くのだろう。
「ウーノ達にエルフや精霊の居るパーティーと聞いていて、そんなのお伽話みたいで夢でも見たんじゃないかと思ってたけど、妖精まで居るなんて驚いたよ」
昨日は母親の看病でダンジョンに来ていなかったシンクさんが、俺とカヤや暖炉の前にいるメンバーを見ながら、つぶやくように言葉を漏らす。頭の上でゴソゴソ動く感触があるので、きっとウミが存在をアピールしているんだろう。自分では見られないが、腰に手を当ててえっへんポーズでもしているに違いない。
「見ず知らずのアタシのために力を貸してくれて本当にありがとね」
「皆さん、あなたの事をとても大切にされてましたし、病気を治すお役に立てたのなら嬉しいです」
「後遺症が出なくてよかったです」
「……治ってよかった」
アイナとエリナもシンクさんの母親、ミーレさんにそう言って嬉しそうに俺の方を見上げてくるので、その頭を撫でてあげる。
「デュエとトーレから聞いたけど、あんたも獣人族を本当に大切にしてくれてるんだね」
「俺たちの怪我も治してくれた」
「飯もうまかった」
ミーレさんも4人の獣人を見渡して嬉しそうに微笑んでいる。小さな頃から全員を自分の子供のように面倒を見ていたと言っていたが、アイナやエリナに向けてくれる優しい表情を見ても、誰にでも偏見を持たずに向き合ってくれているんだとわかる。
「君たちに何かお礼をしたいと思ってるんだが、こうして家に招待されてみると、冒険者としてとても成功しているように思う。我々に出来ることは無いだろうか?」
「色々な助言を貰えただけで十分だと思っていますし、特に結びの宝珠の事を教えてもらえたのが、とても有難かったので、これ以上なにかいただく訳には」
「確かに結びの宝珠のことは、あまり知られていない情報だと思うが、伝説にその名が出てくる転移魔法まで使ってもらって、とても釣り合うとは思えなんだが」
結びの宝珠の事は、今の俺たちに一番必要な情報だった。それに、使っている魔法やスキルのことは一切聞いてこないので、この人たちが他人に言いふらすとは思えない。口止めを条件にする必要はないだろうし、そうなると何かと言われても、すぐには思いつかないな。
「じゃあ、こうしようじゃないか。あんた達のパーティーは女性が多い、何か身につける装飾品や装身具が欲しかったらウチの工房に来な、望みの物を作ったげるよ」
「ありがとうございます。もし結びの宝珠が手に入ったら、何か身につけられる物に加工したいと思っているので、その時は相談に乗ってください」
「アタシもあんた達の事は気に入ったよ、様々な種族がこうやって仲良く1つの家で暮らしてるなんて、まず見られないからね。それがこの王都に存在するなんて驚きだよ。その結びの宝珠とやらが見つかったら、いつでも来ていいからね」
そうして工房の場所や、ミーレさんが作っているアクセサリーの話を聞かせてもらった。彼女は若い女性に人気のあるアクセサリーを作る職人だそうだ。貴族や裕福な人が身につけるような豪華絢爛なものでなく、シンプルだが洗練されたデザインが得意らしいので、きっと仲間たちに似合うものを作ってくれるに違いない。
「君たち、結びの宝珠を探すつもりなんだな」
「彼らなら見つけられる気がする」
「俺も応援してる」
「こいつらなら絶対見つけられると思うぜ」
「可愛い子や綺麗な子ばっかりだし、母さんに頼めば素敵なものを作ってくれるよ」
五輪の煌めきの人たちも応援してくれるし、手に入った後の加工もお願いできることになった。これは頑張って見つけるしかないな。
その後、お茶とお菓子を楽しんで6人は帰っていった。もちろん麻衣の作ったお菓子の美味しさに感動していたのは言うまでもない。特にシンクさんは甘い物が好きらしく、どこで売っているお菓子なのか真剣に聞いてきたが、手作りだからと言って、お土産に少し持って帰ってもらうことにした。
5人はもう少し王都に滞在して、自分たちの拠点がある街に帰るみたいだ。近くに来たらぜひ寄ってほしいと言われたので、その時は忘れず挨拶に行くことにしよう。
◇◆◇
その後は、みんなで暖炉の前に集まって、思い思いに過ごしている。薪の燃えるオレンジ色の光に照らされていると、何だか体の芯から温まってくる感じがする。暖炉のある家なんて、映画やネットの写真でしか見た事がなかったが、こうしてゆったりした時間を過ごすのに最適の設備だ。少し気温の低い日には積極的に利用することにしよう。
キリエはアイナやエリナと一緒にイーシャから読み書きを教わるようになったので、胡座をかいた俺の足の上に座って子供向けの本を読んでいる。アイナとエリナも両脇に座って、俺の膝の上に少し体重をかけるように手を置いて一緒に読んでいて、時々3人で笑い合って楽しそうだ。
シンクさんの母親が後遺症もなく全快したことがわかり、この3人は特に嬉しそうにしている。キリエの背中や膝に置かれた2人の手からも、その気持ちが伝わってくるような気がする。
オーフェは俺と背中合わせに座っていて、さっきから話しかけてこないし身動きもしないので、ウトウトしてるのかもしれない。空間収納から小さな毛布を取り出して膝にかけていたので、少し仮眠をとるつもりだったんだろう。
シロは俺の近くで丸くなって寝そべり、寄り添うように座ったカヤに頭や体をなでてもらって、気持ちよさそうにしている。来月で見つけて1年になるが、立った時の背中が俺の膝と変わらないくらいの高さになり、今ではすっかり皆の頼もしいパートナーになった。
俺たちの世界にいた犬だと、シベリアンハスキーくらいの大きさに成長するかもと、麻衣が言っていた。毎日のブラッシングのお陰で、毛もフサフサで汚れひとつ無い真っ白の体は、街を歩いていると小さな子供に大人気で、抱きつかれたり撫でられたりしている。
ウミはいつもの様に俺の頭の上だ。郊外に出た時はシロに乗せてもらって走り回ったりしているが、基本的にいつも俺の頭の上にいて、こうしているのが当たり前の日常になってしまった。時々頭の上で寝ていることもあるようだが、そんなに居心地が良いんだろうか俺の頭の上は。
イーシャと麻衣とメイニアさんは3人で、服やアクセサリーの事を話しているみたいだ。うちにいる女性メンバーは、着飾ったり何かを身につける事はほとんど無いが、似合いそうな色や服の種類を楽しそうに話している。
「こうやって他の人と話しながら、ゆったりとした時間を過ごすなんて、あのまま山にいたらずっと経験できなかっただろうね」
「エルフの家には暖炉なんて無いから、こんなに良いものだとは知らなかったわ」
「私も暖炉や広い庭のある家って憧れてたので、ここを見つけてくれたダイ先輩やウミちゃんやオーフェちゃんには感謝してます」
「マイ様の居た世界だと、この様な家は無かったのですか?」
「そう言えばダイ君とマイちゃんは、別の世界から来たんだったね」
メイニアさんはキリエを託してくれた女性のように、ひと目で異世界人である俺と麻衣の事は見抜けなかったので、一緒に生活するようになって少し経った頃に打ち明けている。ただ、他の人とは少し違う雰囲気は感じていたらしく、その理由がわかったと微笑んでくれたくらいで、あまり驚かれたりはしなかった。
自分の母ですら出会った事の無い異世界人と知り合えたのは自慢できると言っていたが、先日戻った時に俺たちの事は伝えたんだろうか。
「私とダイ先輩の住んでいたのは“日本”という国だったんですけど、こんな家はほとんど無かったですね」
「部屋の数は多いけど一つ一つは小さかったし、庭も狭い家がほとんどだったな」
「人の少ない土地に行くと広い家もありましたけど、王都みたいな大きな街だと一部のお金持ちが住む家以外は、どこもダイ先輩が言ったような家ばかりでしたね」
「他の国だと暖炉や広い庭付きの家があったけど、海を渡らないと行けない場所ばかりだから、そこに住んだり引っ越したりは考えたこと無かったよ」
「海を越えるなんて、それは大変そうね」
この世界と違って海に魔物はいないから、安全に旅行できるなんて話をしながら、みんなで初めての暖炉の暖かさを楽しんだ。
五輪の煌めきの登場は、一応これで終了です。
結びの宝珠の事を伝えるだけの存在になってしましたが、主人公たちに会うまでの出来事や、突然変異種との遭遇など書こうかと思いつつ、本編の方を優先してしまいました。
(登場人物が増えてくると、ストーリー進行がどうしても遅れてしまうので……)