第113話 上級ダンジョン
2019年もよろしくお願いします。
ここから新章の開始です。
作中でも暫くすると年明けするんですが、リアルとの同期は無理でした(残念
打ち上げパーティーの後、しばらく家で資料整理を進めた教授たちは、研究所へと戻っていった。ギルドへの報告も終わらせたが、今回は新階層の発見や古代遺物の発掘という成果があったため、特別査定が行われることになった。
教授たちが持ち帰った大量の地質サンプルや古代遺物、そして新階層の発見というニュースは研究所中を沸かせることになったが、俺たちのことはうまく説明してくれたみたいで、その騒ぎに巻き込まれることはなかった。2人には感謝しないといけない。
査定の結果、国の研究に多大な貢献をしたということで大きく評価され、依頼成功のポイントが加算されたお陰で、全員がゴールドランクに昇格した。黄色に変わったギルドカードは、見方によっては金色に見えなくもないので、ちょっと誇らしい。キリエも首からぶら下げて、とても満足そうにしていたのが可愛らしかった。
ゴールドランクは中級ではあるが、実質上級ランクの冒険者の仲間入りをした事になる。この上にはプラチナ(赤)・オリハルコン(紫)・アダマンタイト(黒)のギルドランクがあるが、このクラスになるには冒険者としての活動年数と、人格などの人間性も問われることになり、今の俺たちには実績不足で上がることが出来ない。
とは言え、オリハルコンやアダマンタイトランクは国のお抱え冒険者がほとんどなので、そこまで目指そうという気は今のところ持っていない。
そして報酬の方だが、人跡未踏の場所で発見されたダンジョン調査の護衛を、支援要員無しのたった8人で依頼を達成してしまったこともあって、一人当たりの報酬額が少しおかしなことになってしまった。更に新階層の調査や古代遺物発見の特別ボーナスも加わって、パーティーの口座には当分使い切れないほどの額が振り込まれた。
一方、メイニアさんは地脈開放の事を他の竜に伝えるために、高山地帯に帰っていった。ちょうど教授たちが研究所に戻る時期と重なって、一気に家の中が寂しくなってしまい、寝る時もベッドはこんなに広かったのかと感じてしまった。キリエもずいぶん寂しがったが、こればっかりは仕方ないので、全員でフォローしつつ毎日を過ごしている。
―――――・―――――・―――――
「そろそろお昼にしましょうか」
「やった、ボクもうお腹ペコペコだよ」
「マイおかーさん、今日のお弁当はなに?」
今日は王都にある上級冒険者向けのダンジョンに来ている。遺跡の探索もしてみたいと思っているが、ずっと遠方のダンジョンに行っていたので、何となく近場で活動したいとみんな考えていた事に加え、まずは他の冒険者も入っているダンジョンで、自分たちのレベルを測ってみたいという気持ちが強かったからだ。
前回攻略した上級者向けレベルの階層は虫三昧だったから、動物型の魔物が出る場所でも実力を試してみたかったというのもある。
ここは32階層と比較的浅いダンジョンだが、1階降りるごとに敵の強さが段階的に上昇していくという構造になっている。教授たちに聞いたダンジョンの成り立ちに当てはめると、ここは1階ごとの薄い階層がミルクレープのように重なって作られたのではないかと、お菓子作りの得意な麻衣が例えていた。
教授たちの依頼を受けている最中の休養日に、薄い生地を何枚も重ねて間にジャムや果物を挟んだお菓子を作ってくれたので、みんなそれを思い出して美味ものを食べた時の顔をしていたのは余談だ。
「やっぱりマイちゃん達の作る料理は美味しいね、もう山奥で暮らしたくないよ」
そう、実はメイニアさんもここに居る。ダンジョンに出かけるために王都の門から出ると、そこに立って待っていたのだ。メイニアさんのような美人が所在なさげに立っているのでかなり目立っていたが、その身にまとうオーラのせいか声をかける人はいないみたいだった。
それが俺たちを見た瞬間、微笑みながら手を振って歩いてきたので、かなり注目されてしまった。だが、キリエがとても喜んで走っていって飛びついていたので、それくらいは無問題だろう。そして、そのままダンジョンに同行することになった。
俺たちがたまたま出てきたから良かったが、もし会えなかったらどうしたのかと聞いてみたが、出てくるまで待つかこっそり忍び込むか考えていたみたいだ。やはりメイニアさんの冒険者登録もしてしまおうと、心に決めた。
「でも、そんなにすぐ出てきてしまってよかったんですか?」
「住処に居ても寝るくらいしかする事が無いしね。今の王国が発展してきてからは、街に気軽に遊びに行けなくなってるから、こうやって君達と知り合うことが出来た私は、とても幸運だったよ」
街に入る時の入場審査も、昔からあったわけではないのか。竜の目撃情報が無くなったのも、そうやって徐々に人と触れ合う機会が減ってきたからなのかもしれないな。
「メイニアおねーちゃんは、ずっとうちに居てくれるの?」
「みんなが迷惑でなければしばらく一緒に居させてもらいたいんだけど、どうかな」
「私は大歓迎です」
「……まだまだいっぱい話が聞きたい」
「果物好きが増えるのはうれしいのです」
「まだ食べてもらってことのない料理もいっぱいありますから、楽しみにしておいてください」
「メイニアちゃんが一緒だとすごく楽しいから、ボクもうれしいよ」
「これからは、あの家のお姉さんの立場はメイニアさんに譲って、妹の一人としてダイに甘えることにするわ」
イーシャがそんな事を言いながら、いたずらっぽい笑顔で俺の方に来て頭をそっと差し出してきた。これは言われる迄もなく、なでなでをして欲しいんだろうと、その頭を優しく撫でてあげる。
「あっ、イーシャちゃんだけずるい! ボクも撫でてね」
「ご主人様、私も撫でてください」
「……あるじ様、私も」
「キリエも撫でてほしいの」
「ダイ先輩、不公平はダメだと思います」
「ウミも忘れてもらっては困るのです」
「わうっ!」
そうして、俺の近くに集まってきたみんなの頭を順番に撫でていく。シロもしっかり参加していたし、最後はメイニアさんも撫でる事になった。ダンジョンの中なのに、何をやってるんだろうな俺たちは。近くに他のパーティーが居なくてよかった。
「やっぱりみんな仲良しで、本当にいいパーティーだね」
みんなを見ながら微笑むメイニアさんと一緒にダンジョンを探索していき、その日は家に戻ることにした。
―――――・―――――・―――――
あれから何度か同じダンジョンに行き、踏破階数も順調に伸ばしていっている。動物型の魔物は、素早さはあるが動きが単調で、糸を吐いたり毒針を飛ばしたりといった、特殊な攻撃をする種類が少ないので、今のところ遅れを取るような事態にはなっていない。
前衛組の4人の連携もいつもどおり見事で、追い詰めたり誘導して回り込んだりしながら、次々と魔物を倒していく。ストーンバレットの杖は大きな音がして、他の人が居るダンジョンでは使いづらいので、先端に行くほど細くなる螺旋状の魔法を回転させながら飛ばす回路を、例のお店で見つけて風属性で3並列化してみた。
貫通力や純粋な威力では、密度の高い個体を超高速で飛ばすストーンバレットには敵わないが、魔法の形状もある程度大きく狙いやすいので気に入っている。特にその形がゲームやアニメに出てくるドリルみたいで、男心をくすぐるのが素晴らしいと思う。みんなに説明しても判らないと思うので黙っているが、名前はもちろん“ウインドドリルの杖”だ。
◇◆◇
今日は一直線に25階層まで下りてきたが、前衛組はまだ余裕がありそうで、二人一組でも対応できている。それに安心してしばらく進んでいたが、魔物たちの動きが他の階とは違う気がする。
「この階に来て魔物の動きが変わったな」
「みんな同じ方向に進んでる気がするね」
メイニアさんの言う通り、いつもはバラバラに動いて右に行ったり左に行ったりする魔物たちが、この階に限っては同じ方向に移動している。
「アイナ、何か変な気配とかはないか?」
「ここからだとわかりませんが、魔物はどこかの場所に向けて移動してる感じがします」
「今までの動きの感じだと、この先にある大きな空洞かしらね」
イーシャが地図を見ながら、その場所を指さしてくれる。いま俺たちが向かっている進行方向には、大きな空洞になった場所があり、そこを目指して色々な方向から魔物が集まってきているようだ。なにか引き寄せるような物があるのか、それともここに居る魔物は一定のコースを周回するような習性があるのか。
「俺たちと同じ方向を目指しているみたいだし、倒しながら慎重に進んでいこう」
そうして、途中で遭遇する魔物を倒しながら空洞に近づいていくと、アイナが立ち止まって気配を慎重に探り始めた。
「ご主人様、この先に魔物が集まっていて、中に4人の人がいます」
「それはちょっとマズそうだな、急ごう」
みんな武器を構えたまま走り出し、空洞になった大きな場所に出ると、4人の冒険者が巨大なヘビの魔物と戦っていた。あの大きさは恐らく突然変異種だ。他の魔物はそのヘビを目指して集まってきているみたいだが、尻尾の先の方が変な形をして振動している風に見えるので、あれが呼び寄せているのかもしれない。
ヘビと直接戦っているのは、大柄な獣人族の男性と中肉中背の30歳位の男性だ。獣人族の男性が盾役だろう、魔物の攻撃を受け止めたり躱したりを繰り返し、その合間に人族の男性が剣で切りつけている。後ろには小柄な男性がいて杖を握っているが、マナ酔いを起こしてしまったのか少し顔色が悪い。その人を背が高い犬人族の男性が必死に守っている。
空洞には3つの入口があり、俺たちが通ってきた場所以外からは、魔物が現れていてその数を増やしているので、このままでは状況は悪くなる一方だ、ここは俺たちも手伝おう。みんなでうなずきあって、まずは俺が声をかける。
「加勢します!」
「すまん、助かる!!」
許可をもらえたので、4人をフォローする感じで取り巻きの魔物を駆逐しよう。
「麻衣はあっちの大きな入口を壁で塞いでくれ」
「わかりました」
麻衣が壁魔法の杖で3つある入口の一番大きな物を塞ぐ、これで魔物の流入がだいぶマシになるはずだ。
「キリエとメイニアさんは麻衣の護衛をお願いします」
「マイおかーさんはキリエが守る!」「マイちゃんには指一本触れさせないよ」
「アイナ、エリナ、オーフェ、シロは向こうのパーティーの後衛を襲っている魔物たちを排除してくれ」
「わかりました」「……わかった」「行ってくるね!」「わんっ!」
麻衣の護衛と魔法使いを必死に守っている犬人族の男性の方は、これで大丈夫だろう。
「ウミはもう一つの入り口から魔物が大量に来そうだったら止めてもらえるか」
「わかったのです」
「俺とイーシャで前衛の近くにいる魔物を殲滅しよう」
「急いで行きましょう」
他の魔物を呼び寄せる何かはまだ出ているのか、俺たちが通ってきた通路からも姿を見せるが、メイニアさんとキリエが竜の息吹で確実に仕留めてくれる。
アイナとエリナがペアになって、疾風と氷雪・氷雨の3本の短剣が踊るように舞い、後衛に近づく魔物の数を着実に減らしていく。もう一方のペアはシロが縦横無尽に走り回り、魔物を撹乱しながらうまくオーフェの近くに誘導し、そこを紅炎に仕込んだ魔法回路で発生した青い炎とマナコートの力で、切り裂き叩き伏せていく。
俺はもう一つの入口が見える場所に移動し、そちらから来る魔物を倒しながら、部屋の中にいるものもウインドドリルの杖で貫く。イーシャは精密に狙える力を活かし、前衛2人の近くにいる魔物に3並列魔法回路の氷の矢を次々突き刺していった。
先程までは周りの敵を倒しながらヘビの魔物を攻撃していた人族の男性も、一体に集中できるようになって、盾役の獣人族の男性と共に着実にダメージを与え始める。囲まれた状態でヘビの魔物を抑えつつ、周りの敵も倒していた技量は凄い。盾役の男性もうまく力を逃しているのか、攻撃を何度も当てられているがびくともしない。
上級ダンジョンのこの階層に入るだけあって、かなり高位ランクの人達なんだろう。そうでなければ、すでに魔物に倒されていたかもしれない。周りに散乱する魔核やアイテムを見ても、相当な数をこの場所で倒してきたのがわかる。
やがて、全身が傷だらけになったヘビの魔物は、青い光になって消えていった。俺たちも部屋の中の魔物たちを掃討し、アイナの索敵範囲にいた近くの魔物も全て倒した後に、4人のパーティーと合流する。
「大丈夫ですか?」
「すまない、助かったよ」
「怪我とか毒とかは大丈夫かしら」
「毒や状態異常はないし、怪我も致命傷にはなってないな」
前衛で戦っていた人族の男性がリーダーだろうか、俺たちの質問に受け答えしてくれる。胸元には赤いギルドガードがぶら下がっていて、プラチナランクの冒険者だというのがわかる。この乱戦を切り抜けられる実力は、さすが上級冒険者だ。これまでも多くの修羅場をくぐり抜けていたんだろうことは、使い込まれた武器や防具からも伺える。
「助けてもらったのに自己紹介がまだだったな、俺は“五輪の煌めき”のリーダーをしているウーノという。手助けしてくれて本当にありがとう」
そう言って4人の男性は揃って頭を下げてくれた。全員の首には赤いカードがぶら下がっていて、そんな実力のあるパーティーでも、一歩間違えばこうした危機的状況になってしまうダンジョンの恐ろしさを、改めて実感した。
「俺は“虹の架け橋”のリーダーをやっている、ダイと言います」
それぞれ自己紹介をして、相手のパーティーのことを教えてもらう。五輪の煌めきのリーダーが、前衛で攻撃担当のウーノさん。前衛で盾役をやっていた熊人族の男性がデュエさん。魔法使いを守っていた犬人族の男性が、斥候と攻撃担当のトーレさん。そして魔法使いの男性がクアトさんと言うらしい。もうひとり後衛の女性が居てシンクさんと言うが、今日は外せない用事で参加していないそうだ。
5つの輪という名前なのに4人しか居ないので、すでに1人倒れてしまったのかと心配したが、初めから居なかったみたいで全員ホッとした顔になる。
クアトさんがマナ酔いを起こして体調がすぐれないから、しばらくここで休んでいくと言うので、俺たちも戦闘の疲れと高揚を鎮めるために、一緒に休憩していくことにした。
この後、資料集の登場人物の欄に、新キャラを追加します。