第110話 コピー&ペースト
「俺は刻まれた魔法回路を、直接組み替えたり繋げたり出来るスキルも持っているんです。動かなくなった術の道具が、もし魔法回路の部分だけが故障しているなら修理できるかもしれないんですが」
「本当ですか!? 壊れた道具はこの家に保管しているので、少し待っていただけますか」
村長は、そう言うなり大急ぎで奥の部屋に移動していった。ここの人達なら俺のスキルの事を話してしまっても外に漏れることはないし、心配はいらないだろう。
「そんなスキルも持っているなんて、君は本当に面白いね。でも、そんな特殊なスキルのことを、話してしまっても良かったのかい?」
「パーティメンバーは全員知っていますし、村長にはこの村の秘密だろう、術の事も教えてもらっているので構いませんよ。それに、せっかく知り合えた人達ですから、使える道具が増えて笑顔で暮らしていける手助けになるなら、俺は嬉しいです」
「撫でてもらった時に感じた、暖かくて広く穏やかな感覚は、君のそういう部分なんだろうね」
俺に方に優しい笑顔を向けてくれたメイニアさんと話していると、村長が大きな箱を抱えて部屋に戻ってきた。
「これが動かなくなった道具です。割れてしまったり折れてしまったものも持ってきておるんですが、直せそうなものだけ見てもらってよろしいですかな」
俺の前に並べてくれた道具は小さな物が多く、球体や半球の形をしたものは装飾品として、身につけられるように加工されているものもある。モミジの持っていたペンダントも術の道具で、あれで身を隠していたのかもしれない。
一つ一つ魔法回路の起動だけ行っていき、まずは症状や種類別に仕分けしていく。魔法回路は正常に見えるが術が発動しないものは、小さなヒビが入っていたり一部が欠けているものが多い。魔法回路も全く動かないものは、完全に割れていたり折れているものばかりで、この2種類は修理不可能だろう。
次に魔法回路の一部が欠けていたり、断線して途中から動作しないものを調べていく。回路の形状は2種類で、円形と直線ばかりだ。スイッチの役割をする回路は汎用品のようで、どれも同じパターンに見える。
まずは一番修理が簡単そうな、インターフェース部分の断線をジャンパー接続で繋ぎ直していく。パラレルインターフェースのように複数の線で繋がっているが、ストレート結線なので繋ぐ順番さえ間違えなければ大丈夫だろう。繋ぎ直した後に注意深く見てみるが、キズもついていないし回路もちゃんと動いている様に見える。
道具に刻まれた魔法回路が断線した理由は、プリント基板と同じ様に衝撃やハンダ不良や腐食みたいな事が原因だろうか。品質のばらつきや、経年劣化で断線したり消えたりしているのかもしれない。
「一番簡単に直りそうなものを修理してみましたが、確認してもらってもいいですか?」
村長に修理したものを手渡して、動作確認をしてもらう。短い棒のような道具を持ってそれを握りしめると、空中に小さな光の玉が現れた。棒の動きに合わせて、それが立体的な動きをする。棒と光の玉の距離も調節できるみたいで、暗い場所で何かを探したりする時に便利そうだ。
「まさか本当に使えるようになるとは、夢を見ているようです」
「これは何に使っていたんですか?」
「私の祖父から村の近くにある洞窟の中で採集をする時に、使っていた術があると聞いております。明かりを自由に動かせたと言っておったので、これがその正体でしょうな」
「便利に使えるものなら直ってよかったです」
「松明の光だけでは見落としもあったので、村人も喜ぶでしょう」
とても嬉しそうにしてくれているし、簡単に直せるものはこの要領で修理してしまう事にする。術の説明をしてもらった時に言われたように、この村に残っているものは姿を隠したり幻影を見せたりする物がほとんどだ。狐人族の身体能力は高くないと言っていたので、誰かを攻撃する道具でなく身を守ったり隠れたりする道具が、優先的に受け継がれてきたのかもしれない。
そして、残ったのは魔法回路の一部が欠けたり消失してしまっている道具だ。生き残っている部分からコピーしてみてもいいが、回路の最適化の時のように使える人が限定されて汎用性が失われるかもしれない。それに構築部分や発動部分が欠けたり消えてしまっているものは、別の回路からコピーしないと動かないだろう。
一番確実な方法は、いま刻まれている魔法回路を全て消してしまって、そこに別の回路をコピーする方法だ。スイッチの魔法回路はどれも同じなので、形状の合うものをそのままコピーすれば動かせるようになると思う。
「ここからは少し難しい修理になるのかな?」
「えぇ、魔法回路の一部が欠けたり消えてしまっているものがあるんですが、それをどう修理したら良いかと思いまして」
「ひとつでも直れば十分だと思ってましたが、これだけの数を修理してもらったんです、あまり無理はされずともよいですぞ」
そう言ってくれるが方法は思いついている、あとは俺のスキルでそれが実現可能かどうかが問題なだけだ。しかし、今まで自分が必要だとか出来ると良いと思った方法が、スキルとして使えるようになった事が多い。何となくだが今回もうまくいきそうな予感はある、あとは閃きが下りてくるだけだ。
本体が欠けてしまって魔法回路しか生きていないものと、魔法回路の一部が消えてしまっているブローチ型の道具2つを手のひらに並べて、回路の起動だけをやってみる。同時発動の才能はないので、2つの回路は明るくなったり暗くなったりしているが、この片方の回路をそのままコピーできれば解決しそうなんだが、その方法が思い浮かばない。
「何となく修理方法を思いついてる感じがするんだけど、それを聞かせてもらってもいいかい?」
「この2つは、片方が魔法回路は正常で本体が動かない物で、もう片方は魔法回路の一部が消えてしまってる物なんです」
左手に乗せた2つのブローチ型の道具を指さしながら説明を開始する。
「こちらの魔法回路をそのままこっちに複写してやれば、本体さえ正常なら動くようになるはずですが、まずは魔法回路の一部が消えている方に刻まれたものを、完全に消すほうが良いと思うんです――」
そう言いながら指と手のひらを真っ直ぐ伸ばして、魔法回路の一部が消えたブローチの上を黒板の文字を消すように動かすと、完全に消えてきれいな状態になった。
「そして、こちら側の回路をこっちに複写すれば完成です」
今度は本体が壊れたブローチに浮かぶ魔法回路の周りを、人差し指でぐるっと囲うように円を描いて、次にさっき消したブローチの方を指先でタッチすると、そこに正常な魔法回路がコピーされた。以前も同じことがあったが、こうして話しながら思いつくままに動かすと、正解が導き出せるみたいだ。
「ありがとうございますメイニアさん、おかげで俺のスキルが成長しました。今夜は思う存分なでなでしますので、いつでも言ってきてください」
「あ、いや、私は何もしていないと思うんだが、お役に立てたのなら嬉しいよ。今夜のなでなでは期待しておくね」
メイニアさんは少し戸惑っているが、なでなでが楽しみなのか嬉しそうな顔をしてくれた。このスキルがあれば、アイナとエリナとオーフェのミスリル武器にも、新しくて強力な魔法回路を刻み直してやれる。この先スキルが更に成長して、4並列魔法回路を縮小して組めるようになった時、更に攻撃力が高い武器にアップグレードすることも可能だろう。
「それは修理ができたということですかな?」
「はい、正常な魔法回路に置き換えが出来たので、本体さえ壊れていなければ動くと思います」
そうして、次々と魔法回路のコピーをして道具の動作確認をお願いしていった。一部は本体が壊れて全く動かなかった物もあるが、今まで諦めていた道具が再び使えるようになって、村長はかなり喜んでくれたし、俺もスキルが成長できてとてもて嬉しい。お礼に役に立ちそうな道具を譲ってくれるとまで言ってくれたので、重複している道具の中から隠伏の術をもらうことにした。
これは発動時に近くに居る人を完全に隠してしまう術だ。背景と同化させるとか、幻を見せるというものではなく、隠れた人が立っていた場所に行っても、何もない普通の空間が広がっているだけで、存在そのものが消えてしまったようになる。
自分でも試してみたが、こちらからは今まで立っていた場所が見えるのに、相手が近づいてきてもぶつかる前にすり抜けてしまう。特筆すべきは、魔法無効能力がある竜族のメイニアさんも隠れられる点だ。恐らくオーフェの空間転移と同じで、別空間とか別次元にその存在ごと一時的に移動させるんだろう。こちら側の話し声も相手には聞こえないし、空間が断絶されているなら匂いや気配も大丈夫のはずだ。
隠れた方は一定の範囲内しか動けず、透明な壁のようなものに囲まれてしまうが、この破格の性能があれば逃げられない敵に追いつめられた時に、安全にやり過ごすことが出来る。
虚像を生み出したり、空間や次元を操作できる性能を持った道具を作り出せる古代文明のテクノロジーは、犯罪にも利用できてしまえるので、使う人のモラルが大きく問われる。こうして隠れ里で誰にも見つからない様に生活をしてきたというのは、そういった目的で利用されることを恐れた先祖の判断だったのかもしれない。
◇◆◇
道具の修理を終え少し経った頃に、モミジに村の案内をしてもらっていたメンバーが帰ってきた。あちこち連れて行ってもらえたみたいで、みんな満足そうな笑顔を浮かべて俺に見てきたものを話してくれた。川も流れていて魚が捕れるみたいなので、春や夏の季節になったら釣りなんかやってみるのも良いな。みんなでのんびり釣り糸を垂らして過ごす休日っていうのもアリだろう。
そうやって話をしていたら、麻衣たちがお昼にすると告げに来る。そのまま以前のように、みんなで丸くなるように座って食事を楽しんだ。こちらから持ってきた食材を、この村風の調理法で仕上げたものや、逆にこの村の食材を麻衣がアレンジした味付けで調理したものがあって、どれもとても美味しかった。
麻衣が大量に持ってきた食材は、この村では手に入らないものばかりで、とても喜んでもらえたようだ。料理を教えてくれるのに集まってくれた人達が、各戸に手分けして配ってくれたらしい。お返しにこの村の特産品ももらっていて、麻衣もアイナもとても喜んでいる。果物もあったので、ウミが前に言っていた家庭菜園の話を、カヤにしてみても良いかもしれない。
食事を終えた後は約束通り、白狐の母娘とモミジの友達のブラッシングをすることになった。以前泊まる時に借りた家の床に、簡易宿泊施設で使うクッションの予備を敷き詰めて準備をする。モミジはブラッシングを受けたい人を募集しに行ってるので、その間に白狐の母娘をやってあげることにする。
先に子供の方から優しくブラシがけしていくが、やはり気持ちがいいのか体中の力が抜けて、どんどん平たくなっていく。ブラッシングを終えた子供は、俺の足の横で寄り添うような格好で寝てしまったので、次に母親の方を膝の上に乗せてブラシがけしていく。そうしているとモミジが、他の人を連れてきて家に入ってきた。
「ダイさん、連れてきました」
「凄い、あの白狐様がこんなに気持ちよさそうに」
「あのおにーちゃんがやってくれるの?」
入ってきたのはモミジと同い年くらいの数人の女の子に、小さな子供たちだった。白狐の世話係をしている同僚なのか、ブラッシングを受ける姿を見て驚いている。小さな子供たちは男の子も女の子もいるが、モミジくらいの年齢の子は女性ばかりだ。
「もう少しで終わるから、ちょっと待っててな」
「はい、わかりました。でも、モミジちゃんから聞いてたけど、本当にされるがまま受け入れてますね」
「それに子供の方も、あの方の足に寄り添うように寝てらっしゃいます」
前の時と同じように自分から仰向けに寝転んで、お腹を見せてくれたので優しくブラシで梳いていき、毛が綺麗に整った所で膝から下ろす。そのまま俺の足にもたれ掛かるように頭を乗せて横になった母親の頭を撫でてあげて、小さな子供から順番にブラッシングをしてあげることにする。
「これくらいの強さでどうだ?」
「うん、とっても気持ちいいよ、おにーちゃん」
「ダイさんのなでなでも気持ちいですから、終わったらやってもらうといいですよ」
「わかった、もみじおねーちゃん」
一番小さな女の子から順番にブラシを掛けていき、終わったら頭を撫でて移動してもらうが、お昼を食べ終えて眠くなる時間なのだろう、また俺の近くで次々とお昼寝をしていった。麻衣やイーシャ達に毛布をかけてもらって寝ているが、みんな気持ちよさそうだ。
「これは凄い光景だね」
「以前、子供たちのお世話をする依頼を受けたことがあるんですが、その時もご主人様のブラッシングを受けた子は、こんな感じで全員が眠ってしまいましたね」
「おとーさんのブラッシングとなでなでは気持ちいいもんね」
「……私も一日中やってもらいたい」
「この前やってもらった時は、私も寝ちゃいました」
モミジが少し恥ずかしそうにそう告白するが、あの時は疲れていたから仕方がないだろう。今の光景とアイナたちの話を聞いて期待が膨らんだのか、モミジの同僚の子たちが順番を話し合いし始めた。最初の順番を勝ち取った娘が、俺の前に来て背中を向けて座る。
「それじゃぁ、始めるよ」
「よ、よろしくおねがいしますっ!」
緊張してるのか上ずった感じに返事をした娘の、子供たちよりボリュームのあるしっぽを優しく持ち上げて、ブラシでゆっくりと梳いていく。最初はブラシが通るたびに身震いしていたが、やがて力が抜けてきて正座から女の子座りになって、全身の力が抜けたように背中も丸くなってきた。心なしか後ろから見える首筋も、上気して赤みが増してきた気がする。
「こんな感じで大丈夫かな?」
「はいー、なんかふわふわして、体がポカポカしてきましたー」
熱でも上がってきたんだろうかと思って問いかけてみたが、少し間延びした話し方になってるけど気持ちよさそうな声色なので、そのまま丁寧にしっぽの裏側もブラッシングを終わらせた。こちらに向き直ってお礼を言ってくれたので頭を撫でてあげたが、目を閉じて気持ちよさそうにしばらく堪能した後に、力が抜けて立ち上がれないのか、そのまま四つん這いで移動した後に横になってしまう。
次に俺の前に座ってきた娘も同じようにブラシを掛けていくと、やはりぺたんと座り込んでしまって、全身の力を抜いて堪能してくれている。そうしてブラッシングとなでなでをしていき、最後にモミジの番になった。
「自分でもしっぽの手入れとかしたり、友達と一緒にやったりするんですが、ダイさんにやってもらうような気持ちよさってどうしても再現できないんです」
「ブラシも店で売っているものだし、自分では特別なやり方をしてるつもりはないんだけどな」
「それは君の持っている“気”の力だと思うよ」
「竜族の人たちが使う力と同じようなものですか?」
「私たちのように明確な意志の力みたいなものではないけど、雰囲気とか空気みたいなものかな。君がそうやってブラッシングやなでなでをしている時は、近くに居るだけでとても安らぐ事が出来るよ」
「キリエもブラッシングしてる時に、おとーさんの近くにいるのが好き」
竜族の持つ特別な感覚みたいなもので、感じ取ることができるんだろうか。キリエも言われてみればブラッシングする時に俺の膝の上に座って、手伝ってくれたり寛いでいることが多い。まぁ、正体不明のスキルにしろ、気の力にしろ、こうやって気持ちよくなって喜んでくれるならそれでいいだろう。
モミジもやはり力が抜けてそのまま横になってしまったので、眠ってしまった子供たちやクッションの上で微睡んでいる女の子たちを見守りながら、家から出ずに話をする。メイニアさんのおかげで改造スキルが成長したこと、それによってミスリル武器の強化も可能になることなどを説明した。それから、術を扱う道具を修理して、そのうちのひとつを譲り受けたことも話し、王都の家に戻ってから使い勝手を確かめてみることになった。
子供たちやモミジが起き出すのを待って、その日は王都に帰ることにした。村長から話が伝わったのだろう、村人が集まってきて道具の修理のお礼をしてくれた。俺のブラッシングを体験した子供たちは、毎日来て欲しいとお願いしてきたが、さすがにそれは難しいので何とか納得してもらった。モミジや同僚の女の子たちも残念そうな顔をしていたので、本音は子供たちと一緒だったんだろう。
思わぬお土産を貰ってしまったが、今日はここに来て本当に良かった。
隠伏の術は、使用した周りにいる人を空間ごと切り取って、高位次元に移動させるチートアイテムです(笑)
3次元に存在する人間が、2次元の面や1次元の線を見る事が出来るけど4次元を観測できないように、上位次元に存在するものは下位次元から認識する事は出来なくなります。