第109話 術
結局、竜血玉はリビングの棚に飾っておくことにした。カヤが角柱の上を斜めに切って受け皿のように加工した、かわいい台座を作ってくれたので、周りに布を詰めてその中心にはめ込んで飾っている。
この棚はみんなの宝物を置く場所にしていて、アイナがリザードマンからもらった手作りの靴や、エリナは俺たちと出会った海岸で拾った貝殻を、ウミはエルフの里で採れた美味しかった果物の種なんかを置いている。
俺はアイナを助けるきっかけになった火の玉の魔法回路が刻まれた杖を、イーシャは他界した祖母からもらった蝶の髪飾りを里に帰った時に自分の部屋から持ってきていて、オーフェは遠くに引っ越してしまった近所の友達からもらった鳥の置物を、麻衣はこの世界に来た時に着ていた服を大事にしまっている。
シロはどこかから拾ってきた綺麗な石を、カヤは俺たちがこの家を買った時に不動産屋からもらった契約書を保管してくれていて、キリエは自分の生まれた卵の殻を飾っている。そんな思い出の詰まった棚に、赤いきれいな宝石が加わることになった。
「売ってしまっても構わないと思ったけど、こうやってみんなの宝物と一緒に飾ってもらえると、とても嬉しいね」
「メイニアおねーちゃんとキリエとおとーさんやおかーさんたちとの絆の証だね」
「こうやって、みんなの思い出を少しずつ増やしていこうな」
棚にはまだまだスペースが有るので、これからもみんなと思い出を増やしていくと、どんどん素敵な場所になるだろう。キリエの頭を撫でてあげながら、そんな事を考えていた。
「王家の家宝と同じものがあるなんて、私たちすごい家に居候してるんじゃないかしら」
「私たちもこの棚に飾ってもらえるような思い出を、皆さんと一緒に作っていきたいです」
「ヤチ姉さんたちとの思い出なら大歓迎だよ、いつでも持ってきてね」
その言葉にみんなが頷くと、2人はとても嬉しそうな顔をして微笑んでくれた。教授たちが今の仕事を続けている限りは、出来るだけ協力したいと思っているし、この先長い付き合いになれば思い出も増えていくだろう。
この宝石を売らないと決めたので、メイニアさんは別のお礼をしたいと言ってきたが、それは遠慮した。こうやって親愛の証を渡してくれただけでも十分もらい過ぎだし、何より一緒にいるのがとても楽しい。驚かされることも多いが、歴史の生き証人みたいな人と共に生活するのが、凄くいい刺激になっている。
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次の日、今度は狐人族の隠れ里まで転移してきた。ここも魔物よけや隠蔽の結界があるので、地脈開放の影響が出ているかもしれないから確認するためだ。今日も教授たちとカヤは家にいるので、残りのメンバーとメイニアさんでここまで移動してきた。
久しぶりに訪れた村は以前と変わらず長閑な風景が広がっていて、魔族に居座られていた時と違い、漂っている空気も落ち着いたものに変わった気がする。収穫の時期が終わったからだろうか、外には人影が見えずとても静かだ。家から煙が上がっていたり人の気配はするので、本格的に始まる冬の時期に向けて収穫物の加工とかをやっているのかもしれない。
「白狐様ぁー、待ってくださーい、急にどうしたんですか」
建物の向こうからそんな声が聞こえてきたが、あれはモミジの声だ。白狐の世話係をやっていると言っていたから、恐らく俺たちに気づいた母娘がこちらの方に向かってきていて、それを慌てて追いかけているんだろう。
そうしてしばらく待っていると、建物の影から白い2つの塊が飛び出してきて、俺の方に一直線に駆け寄ってくる。足元にすり寄ってきた白狐の2人をしゃがんで撫でてあげると、嬉しそうに顔をすり寄せてくる。
「相変わらずご主人様にべったりですね」
「……今日も白くてかわいい」
「白狐ちゃんこんにちは」
しゃがんで挨拶したキリエに2人が近づいて、甘えるように体を寄せていくと、他のメンバーも頭を撫でたり挨拶したりし始めた。
「皆さん、来てくれたんですね、お久しぶりです」
「モミジ、久しぶりだね。あれから村の方は何もなかったか?」
「はい、おかげさまで、もう魔族が来ることも無かったですし、収穫も終わって冬の準備をするために、みんな頑張ってます」
「忙しい時期だったりしないのかしら」
「収穫の時期は忙しいですけど、それが終わったら家の中でのんびり準備するので、みなさんが来てくれたのを知れば全員よろこんでくれると思います」
それはちょうど良い時期に来ることが出来たな。麻衣も村の人に料理を教えて欲しいと、食材を大量にお土産に持ってきてるので、まずは村長に挨拶をさせてもらおう。
「村長に挨拶をして少し聞きたいことがあるんだけど、行っても構わないかな」
「はい、それは構いませんけど、ひとり見たことの無い人がいますが、どなたですか?」
「始めまして、私は古竜族のメイニアと言うんだ。モミジちゃん、よろしくね」
「始めまして、モミジと言います。えっと人族の姿をしてますけど、竜なんですか?」
「そうだよ、古竜族は他の竜より長生きできる竜種なんだ」
「キリエは黒竜族だよ」
「キリエちゃんも竜族だったんですか!?」
それを聞いたモミジは驚いて固まってしまった。そう言えば魔族を追い払うために来た時は、キリエの正体を話してなかった気がするな。
モミジが再起動するのを待って、村長の家に連れて行ってもらう。白狐の母娘もシロと一緒に、嬉しそうに後ろをついてきている。相変わらず真っ白の3人が並んでいると、そこだけ雪が降ったように綺麗でいいな。
「それにしても竜族が一緒なんて、皆さんすごいんですね」
「エルフや精霊に魔族もいるし、少し変わったパーティーかもしれないな」
「ウミは少しではないと思うのです」
「でもみんな仲良しだしボクは大好きだよ、このパーティー」
「とても良いパーティーなのは私も同じ意見だね」
そんな事を話しながら歩いていると、村長の家に到着した。中に入ると、ちょうど玄関で女の人と話をしていたが、確かあの女性は奥さんだったはず。
「おはようございます、突然お邪魔して申し訳ありません」
「皆さん、よく来てくれましたな。ちょうどお茶を淹れるところだったから、飲んでいってください」
ここのお茶は、色は同じ茶色だけど紅茶とは少し違って美味しかった。麻衣の説明だとウーロン茶に近い作り方のようで、紅茶とは発酵の度合いが違うみたいだ。聞いてもよくわからなかったが、どっちも美味しいから問題ない。
「ありがとうございます。ここのお茶は美味しいので嬉しいです」
「それにしても、本当に直接ここに来ることが出来るんですな」
「はい、オーフェのお陰で王都から直接ここに移動できました」
オーフェの頭を撫でながら隣に連れてくると、嬉しそうにこちらを見上げて腕に抱きついてくる。こうやって人懐っこい笑顔で甘えてくるので、村に迷惑をかけた連中と同じ魔族だとわかっても、受け入れてもらえたんだろう。
「ひとり以前見なかった方がおるようだが、どちら様かな」
「始めまして、私は古竜族のメイニアと言うんだ、よろしくお願いします」
「竜族の方でしたか。こんな何も無い村に、ようこそおいでくださいました」
流石に固まったりはしなかったが、竜族と聞いて緊張しているみたいだ。やはりこの大陸の人にとっては、特別な存在なんだな。
「今日は少しお聞きしたいことがあって来たんですが、構いませんか?」
「えぇ、なんなりと聞いてください」
奥さんがお茶を持ってきてくれたので、それを飲みながら以前と同じ様に車座に座って話をする。魔物よけの結界ことを聞いてみたが、やはり範囲が広くなって周りを取り囲んでいる山の中まで魔物が出なくなっていたみたいだ。
村ではたまたま魔物が居なかったんだろうという話になっていたが、他の場所でも同様に魔物が出なくなっていたので不思議に思っていたらしい。地脈の開放のことを説明して、結界の範囲がその影響で広がったんだろうと話すと、村長はとても喜んでいた。
どうしても山でしか採れないものがあるので、いつものその収穫には危険が伴っていたが、結界が広がったお陰で安心して行けるようになると感謝してくれた。ここにも良い影響が出たみたいでよかった。メンバー全員も嬉しそうな顔をしている。
お茶を飲んだ後、麻衣とアイナは村長の奥さんに、料理を教えてもらう事になった。他の家の人も何人か来て、一緒に教えてくれるみたいだ。メイニアさんを除いた他のメンバーは、モミジの案内で村の中を見学に行く事にしたようだ。
俺はそのまま村長に“術”の事を聞くことにした。白狐の母娘は俺の側から離れないので、一緒に家に残っている。子供の方は胡座をかいて座っている俺の足の上で丸くなってリラックスしているし、母親の方も俺の足の隙間に体を寄せて床に伏せている。
「白狐様もあなたにはすっかり心を許してますな」
「こうやって甘えてもらえるのはとても嬉しいですね」
子供の頭を撫でてあげると、ますます力を抜いて俺に体を預けてくる。別れる時に次に会ったらブラッシングをしてあげると約束してるので、お昼を食べた後にでもやってあげる事にしよう。そう言えばモミジにも同じ約束をしたけど、友だちを連れてブラッシングを受けに来るだろうか。
◇◆◇
術の基本的なことを教えてもらったが、やはり古代の遺産でアイテムと使い方が伝承されているだけのようだ。この大陸に古代文明が栄えていた頃に、狐人族の先祖にそのアイテムを管理していた人物が居たようで、それらの一部が現代まで受け継がれてきたらしい。
そのため技術的なことは全くわからず、新たに作ることも出来ないし、壊れてしまって使えなくなったものも多い。この村にそれらのアイテムが残っていた理由は、過去に獣人が人族に対して戦争を仕掛けた際にも参加せずに、この隠れ里でひっそりと暮らしていたからではないかと教えてもらった。
恐らく、そういったアイテムを門外不出にして守ってきたから、古代人の末裔と呼ばれるようになったんじゃないだろうか。もし古代文明が栄えていた頃、作られたアイテムの管理に獣人族が多く関わっていたのだとしたら、過去の戦争で敗れた際にそれらが破壊あるいは略奪され、数多くの物が失われてしまったのかもしれない。
獣人族と人族の戦争はこの王国が作られる以前の出来事なので、今となってはこの想像が正しいのかわからないが、とても残念なことだ。
「それで、術というのはどんな種類があるんでしょうか」
「我々の里に残されているのは、敵から隠れたり幻を見せたりというものが多いですな」
そう言って奥の部屋に一つの道具を取りに行ってくれる。しばらく待っていると、奥から戻ってきたが手には何も持っていないように見える。どこかに身に着けているのか、簡単に隠せるくらい小さいのか。
「ほう、これは凄いね」
「メイニアさんは何かわかるんですか?」
「私に触れてみてもらってもいいですかな」
メイニアさんから答えが返ってくる前に、村長が触ってみて欲しいと近くに来てくれたので、手を伸ばしてみたが、その体をすり抜けてしまった。この感覚はモミジが木の中で眠っていた時に、幹にしか見えなかった部分を手が通り抜けしまったのと同じだ。
「これは幻術?」
「えぇ、そうですよ」
村長がそう言うと、目の前の人物が消えて部屋の奥から本人が出てきた。手にはきれいな球体を持っていて、あれがこの幻術を発生させた道具だろう。今まで立っていた幻から声も聞こえていたので、音もその位置に発生させられるみたいだ。とても高度な仕組みで出来ていて、古代文明の技術力の高さがわかる。
「これは離れた場所に姿を写す術でしてな」
「メイニアさんにはどう見えたんですか?」
「私には人の気が感じられない人形のように見えたけど、これは竜族だからわかったんだと思うよ。とても良く出来ていたから、気が感じられない人には本人に見えてしまうね」
「さすがに竜族の方は騙せませんな」
村長はそう言いながら俺の近くに腰を下ろす。手の持った玉は野球のボールくらいの大きさで、多くの魔法回路を組み込めるようなサイズではない。これは球体自体が複雑なロジック回路になっている、魔道具と同じ仕組みなんだろう。
「これは人族でも扱えるんですか?」
「試したことは無いですが、大丈夫だと思いますぞ」
そう言って玉を渡してくれる。この村にある術の道具は、携帯型だと全て強く握ると発動し、もう一度握ると解除になるそうだ。設置型の道具は触ったり強く押すと発動や解除ができ、村の入口を隠していた道具のように、一定時間解除されて自動的に再発動するタイプもあるらしい。
受け取った玉を手に乗せて、まずは魔法回路の起動だけをやってみようと、いつもの様に意識すると、表面に小さな円形の魔法回路が浮かび上がる。それぞれのパーツはとても小さく、俺のスキルで縮小した回路より微細だ。魔法回路がここまで縮小できるなら、俺のスキルも更に成長できるかもしれない。
浮かび上がった回路を見てみるが、充填部分も小規模で構築部分はほとんど回路がない、発動部分はインパクトの瞬間に魔法が発現するタイプと同じ感じだろう。すべての回路が読めるわけではないが、恐らくこれは何かの信号を球体に送るスイッチの役割をしているんだと思う。それで術の発動と停止をコントロールしているなら、この規模の回路でも目的は果たせるはずだ。
玉をぐっと握りしめると、近くに俺とそっくりの姿が浮かび上がる。ある程度思ったまま動くみたいで、ロボットを操縦してるようで少し楽しい。思い通りに動かせないのはコツが必要なのか、あるいは一定の制限がかけられているのか。
そして驚くことに、いちど起動するとマナが流れていく感触がない。道具自体が周りのマナを集めているのか、それとも別のエネルギー、例えば結界のように地脈の力を利用しているのか、これならマナ耐性の低い獣人でも扱うことが出来る。
「凄いですねこの術というものは」
「ダイ君が2人いるように見えて面白いね」
「魔法回路も刻まれているようなんですが、充填部分も小規模で構築部分はほとんど回路がないんです。これは俺の想像ですけど、魔法回路は術の起動と停止にのみ使われてるんだと思います。そして術が起動するとマナは流れないので、耐性の低い獣人族の人達でも使えるようになってるんですね」
「君は刻まれた魔法回路を見ることが出来るのかい?」
「えぇ、それが俺の持っているスキルなんです」
「長年この術を使っていた我々ですら判らなかったことを、ひと目見ただけで理解してしまえるなんて、あなたは本当に優秀な冒険者なんですな」
それは俺が異世界転移者だからだけど、それは言わなくてもいいだろう。それより、動かなくなってしまった術の道具が、もし魔法回路で作ったスイッチ部分の故障だけだったら、俺の改造スキルで修理ができるかもしれない。
せっかく知り合えた人達だし、本来なら部外者にこうやって見せてはいけないかもしれない術の道具を、俺に使わせてくれている。それに白狐の母娘が、こんなに懐いてくれているのも嬉しい。俺のスキルがこの村の役に立てるなら、出来るだけの事はしてみよう。
数多くの古代魔道具に触れることになる主人公ですが、次回で改造スキルが成長します。