第107話 お願い
「ただいま、カヤ」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様」
「始めまして、君がキリエちゃんが言っていたカヤちゃんだね。私は古竜族のメイニアと言うんだ、よろしくね」
「始めまして、メイニア様。私は家の妖精のカヤと申します。キリエちゃんと同じ竜族の方ですか?」
「うん、そうだよ。まだ三千年程しか生きていない若輩者だけど、今日はお世話になるね」
「さ、三千年ですか。旦那様、一体どういった経緯でお知り合いに?」
「昨日、地脈に刺さっていた杭を抜いた話はしただろ、それで開放された地脈の流れをたどって同じダンジョンにたどり着いたんだよ、そこで偶然出会ってね」
「地脈の開放なんて歴史的な大事件だからね、その当事者たちと会えてとても嬉しいよ」
三千年というスケールの大きさを聞いて、さすがのカヤも驚いているみたいだ。とりあえず玄関ホールで立ち話も何だから、リビングに移動しよう。
◇◆◇
「ここは凄くいい家だね、優しくて温かい気が満ちているよ」
「それは地脈の力とは関係ないんですか?」
「これはこの家と、そこに暮らす人の作り出すものだね。ここで育ったからキリエちゃんも良い子に生まれたし、人化の力が使えるのも早くなったんだと思うよ」
キリエを託してくれた女性も、気の力を使って邪悪を遠ざけていたと言っていたが、竜族にはそういったものを感じ取ったり使ったりする事が出来るみたいだ。だから生まれる時も、周りの感情に影響されてしまうんだろう。おそらく気持ちとか気迫とか、何かを想ったり願ったりする時の波動みたいなものなんじゃないだろうか。
「私もこの家や皆様から大きな力を頂いています」
「ここは家の妖精にとっても、とても住みやすくて理想的な場所だね。ここなら妖精の持っている能力を存分に発揮できるはずだよ」
それを聞いたカヤはとても嬉しそうに俺の方を見てくれる。その頭を撫でてあげながら、家のことに関してはかなり万能なカヤの能力は、この家とそこに住む家族の影響が大きかったのだと改めて確認することが出来て、俺も嬉しくなる。
「メイニアさん、これがあの部屋に刺さっていたものです」
「わざわざありがとう、ちょっと見せてもらってもいいかな」
そこへユリーさんとヤチさんが、2階の書斎から昨日引き抜いた杭を持って戻ってきた。それを受け取ったメイニアさんは、表面を触ったり色々な方向から見たりして確かめている。しばらくそうしていたが、テーブルの上にそれを置き、ユリーさんの方に差し出した。
「昔この大陸で栄えていた文明は、地脈の力を利用してたと言われているんだ。恐らくそれは地脈の流れを制御する物だと思うんだけど、故障とかが原因で流れを止めてしまったんじゃないかな」
「じゃぁ、抜いてしまっても良かったんですね」
「今回みたいに完全に流れを止めてしまってるなら、抜いても問題ないと思うよ」
制御装置である以上、正常に動いている状態なら手を付けないほうが良いのか。変に弄って地脈の流れを変えてしまったら、それで動いていた古代の技術で作った別のシステムを止めてしまい、どんな影響が出るかわからないし、慎重に行動しないといけないな。
「ねぇヤチ。国を挙げて研究している古代遺産の謎が、こうもあっさり判明してしまってるけど、私はこれをどう報告したら良いと思う?」
「流石に情報の出どころを正直に話すわけにはいきませんし、今までと同じく研究部門に丸投げでいいと思います」
俺もその方が良いと思います。2人には面倒や苦労をかけてしまうけど、何かで必ず恩返しをしよう。護衛の依頼もそうだけど、2人の望みはなるべく叶えてあげたい。なでなでを希望するなら、気の済むまでやってあげると心に誓った。
◇◆◇
その後は全員で夕食を食べたが、メイニアさんは料理の美味しさにまた感動していた。一品一品に感想を言うくらい気に入ってくれて、作った3人もとても嬉しそうだった。
食後は順番にお風呂に入っていくが、キリエは俺とメイニアさんの3人で入りたいと言い始めて、困ってしまった。メイニアさんも羞恥心が無いのか、あるいは人族の男は異性として認識できないのか、特に一緒に入ることに抵抗はないみたいだったが、俺が平常心では居られなくなるので丁重にお断りした。竜の姿の時は服を着ているわけではないし、その辺の感覚は人とは違うのかもしれない。
竜族はお風呂に入る習慣が無いみたいなので、今日はキリエと麻衣に一緒に入ってもらっている。麻衣はファンタジー小説を愛読していたので、この世界の人より竜に対する抵抗は薄いだろう。
みんなで大部屋に集まって話をしていたら、3人が湯気を立てながら戻ってきた。メイニアさんはヤチさんからゆったりした服を借りて寝間着がわりにしているが、その圧倒的な存在感は全く隠しきれていない。
「竜族は水浴びくらいしかしないけど、お風呂って凄くいいね」
「キリエが体を洗ってあげたの」
「石鹸っていうのかい、あれで洗ってもらったけど、とても気持ちが良かったよ」
2人共お風呂でもたくさん話しをしたのか、とてもニコニコとした表情でベッドに戻ってきた。麻衣が少し落ち込んでいるみたいだが、きっとあの暴力的な2つの質量を見てしまったからだろう。かわいい系の顔立ちなので、今の体型でも十分素敵だと思うんだが、男の俺にはわからない葛藤があると思うので、そっと見守るだけにしておこう。
全員がお風呂に入った後は、シロから順番にブラッシングを開始する。キリエも俺の膝の上に座って、いつもの様に一緒にブラシで梳いていく。
「そうやって毛を整えてあげるんだね」
「そうなの。毎日にこうしてあげてるから、シロちゃんの毛はサラサラでとても気持ちいいんだよ」
「わう」
「ご主人様のブラッシングは気持ちよくて、いつも眠くなってしまうんです」
「……あれは至福のひと時だから仕方がない」
「それは私も体験してみたいけど、竜族の体は鱗で覆われているのが残念だよ」
こんな場所で竜の姿になったら、家が壊れてしまうので絶対やめて欲しい。この世界の成竜の姿は見たことがないが、ゲームやファンタジー基準なら庭でも広さが足りないだろう。
「それなら、なでなでをやってもらうといいのです。ダイくんはなでなでも最高なのです」
「旦那様のなでなでは、身も心も溶けてしまいそうになります」
「精霊や妖精にここまで言わせるなんて、それはとても興味があるよ。後で私もやってもらっていいかな」
「もちろん構いませんよ」
三千歳近く年上の女性をなでなでするなんて緊張するが、年齢に関しては単に年月で考えてはダメだったな。竜族が人化した時の姿は精神の影響を受けると教えてもらったので、年齢的には教授たちとあまり変わらないんだろう。少し年上の女性の頭を撫でるだけと考えれば、この緊張も和らぐはずだ。イーシャは……いや、考えるのをやめよう。ヨークさんや両親からも年齢の話は聞いたことがないし、最近はふとした瞬間に甘えてくることが増えて、年上の女性だとは思えなくなっている。
思考が変な方向に進んでいきそうにり、慌ててリセットする。今はみんなのブラッシングに集中して、いつもと同じ心地よさを体験してもらうのが大切だ。そう思い直して、全員のブラッシングを終わらせた。
ウトウトし始めたアイナの頭を撫でてあげて布団の中に寝かせると、メイニアさんが期待を込めた目でこっちの方を見ている。ブラッシングを受けている3人を微笑みながら見ていたが、それが終わったので待ちきれなくなったんだろう。
「それじゃぁ、頭を撫でさせてもらってもいいですか?」
「よろしく頼むよ。こんな体験したことないから、少し緊張するね」
背の高さがほとんど同じなので、目の前にある薄紫色のきれいな瞳にじっと見つめられて、やはり緊張してしまう。覚悟を決めてゆっくりと手を伸ばし、薄い青紫色の髪の毛にそっと触れる。少し癖のあるウェーブのかかかった柔らかい髪の毛をゆっくりと撫でていくと、目を閉じ全身の力を抜いてなでなでを受け入れてくれた。
「どうですか?」
「……うん、これは気持ちいいね。こういう感覚は初めてだけど、今なら君にこの身を委ねても構わない気がしてくるよ」
少しうっとりとした様な口調でメイニアさんは語りかけてくるが、発言内容はともかくとして、とてもリラックスして堪能してくれてるのはわかる。
「私にはダイ君が片手で、この大陸最強の種族を従わせてしまったように見えるわ」
「おとーさんのなでなでは気持ちいいからね」
「今のダイさんの力があれば、過激派魔族も転生せずに改心させられる気がします」
「あ、やっぱりヤチ姉さんもそう思うよね」
「他の魔族を過激な思想に染めているという人物が本当に居るなら、ダイ先輩になでなでしてもらえば解決するかもしれませんね」
「……あるじ様のなでなでが世界最強」
「ダイはこの大陸の新たな伝説になれそうね」
「ダイくんは色々な種族が仲良く暮らせる国を作るといいと思うのです」
「旦那様がお作りになるなら、素晴らしい国になりそうです」
みんな好き勝手に言っているが、魔族の事は出来るならやってみてもいいけど、伝説を作ったり国を作ったりはしないからな。俺にはこの家でみんな仲良く笑って過ごすくらいの規模が一番似合ってる。
満足して離れるまでメイニアさんを撫でた後は、やはり全員がなでなでを希望してきたので、順番に撫でてあげてベッドに横になった。ウミは枕の上なので数に入れないとして、大きいベッドを作ってもらったとは言え、11人が並んで眠ると流石に手狭に感じてしまう。
今夜はキリエのお願いで、メイニアさんも一緒のベッドに寝ることになった。今日はキリエを挟んで隣にメイニアさんが寝ている、2人に挟まれて嬉しそうにしているが、きっと寝ている間に俺の上に登ってきてしまうだろう。
「まさか、この王国より歴史のある人と一緒に眠る日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
「ですが教授、この様な経験ができる私たちは、とても幸運だと思います」
「私もこうやって他の種族の人たちと一緒に眠るなんて体験ができて凄く嬉しいよ」
俺もこのベッドが1年も経たずに一杯になる日が来るなんて考えもしなかった。最初カヤにお願いする時に、余裕を持って10人くらい眠れるサイズと言って少し大きすぎたかとも思ったが、こうして並んで横になっていると、もう少し大きくても良かったんじゃないかなんて考えてしまう。
「旦那様、ベッドをもう少し大きくした方がよろしいでしょうか」
「意識して人数を増やそうとは思ってないから、今はこのままでいいよ」
カヤも俺と同じを事を考えていたみたいだ。教授たちもいずれ自分の家に戻らないといけないし、メイニアさんも地脈のことを報告しに帰るだろう。時々こうやって人数が増える事はあるかもしれないが、今はまだこのサイズのベッドでいいと思う。
「本当にみんな仲が良いから、この家はとても居心地がいいよ」
「キリエもこのお家が大好き」
「ひとつお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな」
隣で横になっているキリエの頭を撫でながら、メイニアさんが少し改まった感じで俺の方に顔を向けてくる。キリエの事でもお世話になったし、色々な事を教えてもらえてすごく助かっている、出来る限りは願いを叶えてあげたい。
「俺たちで力になれるのなら何でも言ってください」
「そんな大それたことじゃないんだ、ただもう少し君たちと一緒に暮らしてみたいんだよ」
ご飯も美味しいしお風呂も気持ちいからねと、少し恥ずかしそうに小声でそうお願いをしてきた。キリエも喜ぶし色々な事を学べるだろう、それに俺ももっと話をしてみたいと思っている。麻衣の方を振り返るとウンウンと頷いてくれているので、ご飯を作ることに関しては問題無さそうだ。キリエは俺の方をキラキラとした目で見ているし、他のみんなからも歓迎する雰囲気が伝わってくる。
「俺たちは今、依頼の最中でダンジョンに何度も足を運ぶことになりますが、構わないですか?」
「うん、私も一緒に行くし力になるよ」
「地脈の流れの報告の方は大丈夫なんでしょうか」
「竜族は一眠りで1年経ってしまうくらいの時間感覚だから、数ヶ月帰らなくても問題ないくらいだよ」
一眠りで1年って、さすがに時間のスケールが俺たちとは全く違う。そういう事ならと了承したら、キリエは嬉しそうにメイニアさんに抱きついていた。明日からは資料まとめで俺たちはお休みなので、一緒に王都を見学するのもいいだろう。それに暫くここで暮らすなら、服とか買っておいた方がいいな。明日はみんなで買い物に行こう。
こうして古竜族のメイニアさんも、この家で一緒に暮らすことになった。
主人公宅の戦力がどんどん上がってきました(笑)
この後、資料集の方にメイニアを追加します。