第106話 メイニア
次の日、いつもの様にオーフェに遺跡まで転移してもらいダンジョンに向かう。今日の調査が終わったら、また資料を纏めるために数日休みを入れてくれるみたいだ。昨日見つけた奥の部屋は地脈が流れているという特別な場所だったので、1日かけてじっくりを調べたいと教授たちが張り切っていて、今日はまっすぐその場所に向かう事になった。
また2人が働きすぎないように、どこかで出かける日を作るのも良いかもしれない。エルフの里に行ってもいいし、少し変装してもらってアーキンドの朝市に行ってみるのもいいだろう。お魚好きのユリーさんは特に喜びそうだ、などと考えながら歩いていたらアイナとシロが急に立ち止まった。
「ご主人様、この先のダンジョン入口辺りに誰か居ます」
「それは1人か?」
「はい、向こうもこちらの事に気づいているみたいで、その場で待ってくれている感じです」
アイナによると、ダンジョンに移動しようとしていたみたいだが、こちらに気づいたのか立ち止まって、少し戻って止まっているそうだ。待ち伏せしているのかもしれないが、こんな場所というのもおかしい。この場所を調査している事は研究所の一部の人間しか知らないはずだし、何か伝言があっても複数人で来るはずだ。
「ユリーさん、研究所の関係者が来ることなんてありませんよね」
「まず来ないわね、それに1人で来るなんてありえないわ」
「アイナ、ダンジョンの中に誰かいるかここからではわからないか?」
「ここからだとちょっとわからないですね。それに向こうもこちらが立ち止まっているのは気づいていると思いますが、動く気配はありません」
襲ってくるわけでもないし、こちらに警戒しているのなら、わざわざダンジョンの前で待たなくてもいいだろう。みんなで相談して、いつでも武器を取れるようにしながら進んでみることにした。
ダンジョンの入口が見えてくる場所まで進むと、近くの石の上に薄い青紫色のウェーブがかかった綺麗な髪の毛を、肩の辺りまで伸ばした女性が座っている。向こうも俺たちの来る方向をじっと見ていたみたいで、目が合うと少し微笑んで立ち上がる。黒いドレスっぽい上等そうな服を着ていて、ここまで森の中を移動してきたとは思えない。
「おとーさん、あのひと私と同じ」
「それは竜族ってことか?」
「うん、そうだよ」
キリエが俺の服のそでを引っ張ってそう教えてくれる。竜族なら俺たちがいくら抵抗した所で敵うはずもないし、襲ってくるならとうの昔に全員がやられているだろう。もう少し近づいて話をしてみることにする。
「おはようございます」
「おはよう」
「あなたは竜族なんですか?」
「よくわかったね、そちらの小さいお嬢さんも竜族みたいだけど」
「うん、キリエは黒竜族なの、よろしくお願いします」
「まだ小さいのにちゃんと挨拶ができて偉いね。私は古竜族のメイニアと言うんだ、よろしくねキリエちゃん」
メイニアと名乗った女性は、薄紫色の瞳でキリエを見つめて優しく微笑んでくれる。見た目の年齢は20歳位だろうか、その姿と物腰からは危険な雰囲気は感じられない。身長も高く俺とあまり変わらないくらいあって、スタイルもとてもいい。特にヤチさんを凌駕する部分は圧巻だ。
「あの、メイニアさんはなぜこんな場所に?」
「実は昨日、私たちの住む場所の地脈の流れが急に活性化してね。そんな事はこの二千年位は無かったから、私がその流れをたどって調べる様に言われたんだ。そしたらこのダンジョンにたどり着いたんだけど、入ろうとしたら他の人の気配を感じたから待ってたんだよ」
「俺たちは今、このダンジョンの調査をしているんですが、昨日そこで地脈の流れを遮っているものを見つけて除去したんです」
「そうか、君たちがやってくれたのか」
「何かご迷惑になるような事でしたか?」
「逆だよ逆。みんなとても喜んでいてね、こんな凄いことが何故起こったのか知りたがっていたんだよ」
キリエもみんなが喜んでくれていると聞いて嬉しそうな顔をしているし、昨日やったことの影響をすぐ知ることが出来て良かった。
その後、全員で自己紹介をして、地脈の場所に調査に行くと告げると、実際に見てみたいからついていくと言って同行することになった。
◇◆◇
「でも君たちは凄いね。獣人族にエルフ族に精霊族や魔族までいる、それに黒竜族は私たちでも滅多に会うことは出来ないんだけど、こうやって他の種族が育てているなんて驚きだよ」
「キリエのおとーさんとおかーさんたちは、みんな優しいから大好き」
「キリエちゃんを見ると、とてもいい環境で卵から孵ったのがわかるよ。それに生まれてすぐに人化が出来るようになるなんて、竜族の歴史でも聞いたことがないね」
メイニアさんの竜種である古竜は寿命が長い種なんだそうだ。普通の竜種の数倍あり、数千年以上の時を生きられるが、彼女はまだ三千歳くらいらしい。とは言え二千年ほどの歴史があるこの王国より長く生きているだけでも十分驚きだが。
力はあまり強くないが知力や知性に秀でていて、竜族のまとめ役のような立場にされることが多いらしい。今回の調査もそのせいで派遣された様だが、本人は半分観光気分でここまで来たみたいだ。力が強くないといっても竜族であることには違いないので、この大陸の頂点に立つ強さはあるだろう。
キリエは同じ竜族の仲間に会えてとても喜んでいるし、メイニアさんも黒竜族に出会えたことに感動していた。2人はすっかり打ち解けていて、とても仲良く話をしている。人の俺たちでは教えてあげられない事を、同じ種族のメイニアさんから学べる機会ができて、キリエにとっても良かったと思う。
「君たちは竜族の能力ってどれくらい知っているのかな」
「竜の状態の時の飛行能力と、人化の状態で魔法無効能力は実際に見ています。確かめたことはありませんが、物理攻撃無効の能力もあると聞いていますね。この大陸だと、竜を傷付けられるのは他の竜族だけだと教えてもらっています。他には地脈の力をもらって生きていけると言っていましたので、今回の事もキリエが居たから気づくことが出来ました」
「竜族のことに詳しい人が近く居いるんだね。キリエちゃんは本当にいい環境で育ててもらえてると思うよ」
ヨークさんから聞いた竜族の話を告げていくと、色々な事を調べていてすごいと褒めてくれる。メイニアさんも教えてくれた人に会ってお礼の挨拶をした方が良いかなと言っているので、機会があればエルフの里に一緒に行ってみるのもいいかもしれないな。また驚かれてしまうと思うが。
「君たちが教えてもらっていない能力の中に、人化の状態でも使える攻撃方法もあるんだけど、それをキリエちゃんに教えるのは反対するかな?」
メイニアさんは、このまま絶滅するしか無かった竜種を引き取って育てている俺たちに、凄く感謝してくれている。そして、キリエが優しくて素直な子供として生まれてきた事をとても喜んでいた。出来ればこのまま俺たちの家族として育っていけると良い思ってくれているので、自分や周りの人を守る力を身に付けて欲しいと考えてくれたようだ。
今の状態のキリエは攻撃方法を持っていない。常に俺たちが一緒に行動しているので必要な場面が発生したことはないが、自衛の手段として持っていたほうが良いかもしれない。それにキリエは誰かを傷付けるためにその力を振るうことは無いと確信できる。
みんなで相談して、その方法を教えてもらうことに決めた。万が一使い方を間違っても俺たちがフォローして、しっかりと正しい力の使い方を教えてやれば、キリエなら二度と同じ過ちは繰り返さないはずだ。
「教えてあげると言っても口では説明できないから、実際に何度も見てもらうと使い方がわかるようになると思うよ。この先は私が魔物を倒していこうと思うけど良いかな」
「よろしくお願いします」
「キリエも頑張って見ているね」
そうしてメイニアさんを先頭にして、ダンジョンを進んでいくことになった。分かれ道になるとヤチさんが方向を指示してくれ、メイニアさんが現れる魔物を次々倒していく。使っているのは竜の息吹という能力で、ワイバーンが使っていたものと同様の力のようだ。手加減していると言っているが、上級の魔物も一撃で倒されてしまう。
成竜の状態で放つと地形を変えてしまうほどの威力が出るそうで、みんな竜族の力の凄さを再認識する事になった。確かにこんな力を持った者が邪悪な存在として生まれてしまうと、この世界の災いになってしまうだろう。左手を前に伸ばして白い球体を飛ばし、魔物を次々と仕留めていく姿を見ながら奥へと進んでいく。
「キリエはメイニアさんがどうやって攻撃してるかわかるか?」
「体の中の力が手から飛び出してるのはわかるよ」
「それがわかるだけでもキリエは凄いな。すぐ出来なくてもいいから、ゆっくり覚えていこうな」
「うんっ!」
一生懸命見ているキリエに話しかけてみたが、力の流れはわかっているようだ。それがわかるなら、コツさえ掴めばすぐ使えるようになるかもしれない。頭を撫でられながら元気に返事をするキリエの姿を、メイニアさんも嬉しそうに見守ってくれている。
◇◆◇
メイニアさんのおかげで、予定より遥かに早く昨日の部屋までたどり着くことが出来た。調査する時間が増えて、教授たちも嬉しそうにしている。
「ここがその場所なんだね。地脈の力が溢れていてすごく気持ちがいいよ」
「キリエとおんなじだね、メイニアおねーちゃん」
竜族の2人は目を閉じて、全身で地脈の力を受け取っている。昨日は気づかなかったが、この部屋の周囲はその力の影響で魔物が発生しないみたいだ。お昼ご飯もゆっくり食べられそうなので、椅子とテーブルを精霊のカバンから取り出して、お弁当を食べることにした。
「メイニアさんも良ければ一緒に食べませんか?」
「私も食べて良いのかな」
「お弁当は人数分しか用意していないんですが、作り置きの料理がありますので、それでよろしければ一緒に食べましょう」
麻衣がメイニアさんを食事に誘って、一緒に食べることになった。精霊のカバンから作り置きを取り出し、それをお皿に盛って並べていく。キリエも毎日の食事を楽しみにしているので、メイニアさんもきっと麻衣たちの作る料理を喜んでくれるだろう。
「これは凄くおいしいね! 他の種族の人が作る料理なんて食べるのは千年以上ぶりだけど、そのどれよりも美味しいよ」
「マイおかーさんとアイナおかーさんとカヤおかーさんの作るご飯は、王都でも一番美味しいの!」
「カヤお母さんというのはこの中には居ないようだけど、その人もキリエちゃんの家族なのかい?」
「うん、カヤおかーさんは家の妖精なの」
「家の妖精までいるなんて、キリエちゃんは本当にいい人たちに育ててもらってるね」
楽しそうに話をしながら食事をする2人を見ながら、俺たちもお弁当を食べていく。三千年という長い時間を生きた人に料理を褒めてもらって、麻衣もアイナも嬉しそうにしている。しかし、千年以上昔の事を少し前みたいに語っているメイニアさんを見ていると、時間に対するスケール感が違いすぎて想像が追いつかなくなる。その当時の王都や他の街は、一体どんな姿をしていたんだろう。
◇◆◇
お弁当とデザートの果物を食べた後は、教授たちが調査を開始する。竜族の住む高山地帯は岩山ばかりで果物にも縁が薄いようで、とても美味しそうに食べてくれた。
この部屋の周囲は地脈の力のおかげで魔物が出ないので、俺たちはメイニアさんと一緒に杭が刺さっていた部屋の中心部分に向う。
「ここに刺さっていた物を抜いたら地脈が流れ出したんだね」
「この下に溜まって動けなくて苦しそうだったから抜いてあげたの」
「それは良いことをしてあげたね」
メイニアさんに頭を撫でられてキリエが嬉しそうにしている。俺たちがいくら引っ張っても動かなかったこと、それをキリエが軽く引っ張ると抜けてしまったことなど説明すると、とても興味深そうに聞いてくれた。
「その刺さっていた物って見せてもらってもいいかな」
「国に調査してもらうため家に置いているので、今は持っていないんです」
あれは教授たちに渡してしまったので、今は王都の家の書斎にしまってあるはずだ。今日はここの調査が終わり次第帰る事になるし、一緒に家まで来てもらっても良いかもしれないな。
「そうか、それは残念だね」
「良ければこの後、一緒に家まで来ませんか? そうすればお見せ出来ますけど」
「私が行っても構わないのかな」
「泊まっていってもいいよ、メイニアおねーちゃん」
「晩ご飯も食べていって下さいね」
他のみんなも歓迎の言葉を告げていき、メイニアさんが王都の家まで来てくれることになった。そしてそのまま泊まっていってくれる事になり、キリエが凄く喜んでいる。
「この部屋には地脈の力が溢れてるって言ってましたが、それは杭が刺さっていた部分から漏れてるんですか?」
「まだ穴が開いてるから漏れ出しているけど、そのうち自然に塞がるから心配はいらないよ」
そうするとこの部屋にも魔物が出現するようになると思うし、今の状態のうちにゆっくり調査ができて良かった。そして穴が塞がれば、地脈の流れもよりスムーズになるだろう。
教授たちの調査が終わるまで、メイニアさんと色々な話をする。
「キリエちゃんの卵を託してくれた女性が、竜族は縄張り意識が強いと言っていたけれど、こうして違う竜種同士が一緒にいるのって大丈夫なのかしら」
「竜同士の仲が悪いわけじゃないんだ、こうやって外で会ったりする事は時々あるんだよ。でもそうだね、例えば自分の家に知らない人が居たら、警戒したり緊張したるするよね」
「……それは嫌」
「それと同じ感じかな。まだ生まれる前の、どんな子供になるかわからない別の竜種がいるとそんな状態になってしまうから、卵を預けられなかったんだよ」
「キリエとメイニアおねーちゃんは、お友達になったから一緒に居ても大丈夫?」
「キリエちゃんやお父さんやお母さん達も、あっちにいるお姉さん達もみんなお友達になったから、一緒に居ても大丈夫だよ」
「竜族の娘が生まれて、更に友達も出来るなんてボク、とても嬉しいよ」
「私も料理を美味しそうに食べてくれる人が増えて嬉しいです」
「ウミも果物好きの仲間が増えて嬉しいのです」
メイニアさんは背も高くスタイルの良いすごい美人で、少し近寄りがたい雰囲気を持った外見だが、話してみるととても付き合いやすい人だった。それにキリエに力の使い方を教えてくれようとした時も、まず俺たちに相談をしてくれた。竜族の仲間と言う前に、俺たちの家族という方に配慮してくれたようで、とても嬉しかった。
こうして新しく出来た竜族の友人と調査が終わるまで話をして、王都の家へ一緒に帰る事になった。