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回路魔法  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第9章 ダンジョン調査編
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第104話 虫

「……また感じが違う」


「これは俺でもわかるな」



 新しく出来た通路はかなりの距離があり、その先には下に降りる道が続いていた。そこに入るとダンジョンの雰囲気が一変する、通路も広くなって部屋のサイズも大きくなっているみたいだし、壁や地面の色も少し違う。



「ここはかなり古い階層のようね」


「ずっと地下に存在していた階層の近くに新しいダンジョンが出来て、繋がってしまったってことかしら」


「その可能性がとても高いわ。ここまで距離があったし、繋がるのに時間がかかって前回の調査のときには発見できなかったんでしょう」



 片方が近くのダンジョンに向けて根を伸ばすようにして繋がるのか、あるいはお互いが手を取り合うように繋がるのか、どういった過程を経て一つになるのかはわからないが、ダンジョンの地形が変わる瞬間に立ち会えたのは幸運だ。


 ここも少し調べていくと言って、壁や地面を確かめていたユリーさんとヤチさんが作業を開始したので、俺たちも新しい階層をじっくりと見てみた。アイナやシロが反応していないので近くに魔物は居ないみたいだが、入り口から遠くなるほど強くなるという法則通りなら、今までよりも強敵が出現するだろう。単体で行動している魔物にどこまで通用するか確かめながら進んでいこうと、みんなで打ち合わせをする。



◇◆◇



「ご主人様、この先に中型の魔物が一体います」


「ゆっくり近づいて、どんな魔物か確かめてみよう」



 入口付近の調査を終えて通路を奥に進んでいると、アイナが魔物の気配に反応した。慎重に歩いていくと先が開けている所があり、そこに森でも見るより大きな蜘蛛(クモ)の魔物が動いているのが確認できた。サイズは畳半分くらいだろうか、中型魔物のカテゴリーだが蜘蛛としては異様な大きさだ。森だと木の上から糸を伸ばして襲ってきたりするが、体が大きすぎて天井は移動できないのか、地面の上で活動している。



「あれは上級ダンジョンに居る魔物ね」


「糸を使った攻撃と、噛み付きによる毒が厄介です」



 色々なダンジョンに行っているユリーさんとヤチさんが、前方にいる魔物の説明をしてくれる。ヴェルンダーの街では指名依頼を受けたので行かなかったが、いずれ上級ダンジョンにも挑戦してみようと話していたので、ここで自分たちのレベルを確かめてみても良いかもしれない。



「ご主人様、私たち前衛だけで倒してみてもいいでしょうか?」


「それは良いけど、大丈夫そうか?」


「……嫌な感じはしないから大丈夫」


「私も怖かったり(かな)わない感じはしないので大丈夫です」


「ボクもあれくらいなら倒せると思うよ」


「わぅ」



 4人ともこの先にいる魔物を驚異として感じていないようなので、任せてみることにした。それぞれが武器を構えて軽く打ち合わせをした後にうなずき合い、いっせいに飛び出した。


 メンバーの中で一番足の速くなったシロが一気にトップスピードで先に進み、その後を身体強化を発動したエリナとアイナが追いかける。少し遅れてマナコートをまとったオーフェも後ろを追い、俺たちもサポートするために走りながらついていく。



「わん、わんっ!」



 真っ先に魔物の前に飛び出したシロが吠えると、いつもの様に敵は動きを止めてしまう。シロの咆哮(ほうこう)には敵を硬直させたり怯えさせる力があるようなので、きっと白狼の持つスキルなんだろう。


 一瞬ひるんだ相手の足元に駆け込んだエリナが4本の足を次々切り落とす、続いてアイナも反対側の足を全て切り落とした。支えを失ったクモの魔物が地面に崩れ落ちると、オーフェが青い炎の剣を発現させた籠手(こて)で頭を殴り、それがとどめになり青い光になって消えていった。



「凄いわね、一切の反撃を許さずに上級ダンジョンの魔物を倒してしまったわ」


「これだけ見事な連携は、なかなか見られないです」



 ユリーさんとヤチさんも今の光景を見て少し驚いている。魔核を拾いに行ったキリエと一緒に戻ってきた5人の頭を撫でて、ねぎらいの言葉をかけると全員嬉しそうに微笑んでくれた。



「……4人じゃなくても大丈夫そうだった」


「今の魔物なら2人でも倒せそうだよ」


「わぅ!」


「前衛だけである程度対処できるなら、この階層も大丈夫だと思いますよ」



 アイナの言う通り、これなら少々敵に囲まれても対応できるだろう。しっかりこの先の事を考えて動いてくれたアイナたちのお陰で、この階層の調査を続行することに決まった。



◇◆◇



 この階層は昆虫型の魔物が多いのが特徴だった、最初に遭遇した蜘蛛型が一番多く、バッタみたいなものや蛾のようなものなど、飛んだり跳ねたりする敵が多い。通路も広く天井も高いので活動しやすいから生まれやすいのか、この階層特有の傾向みたいだ。



「うぅっ、虫ばかりでうんざりします」


「俺もムカデみたいな魔物を見た時は鳥肌が立ったよ」



 虫が苦手なのか、麻衣は少し涙目だ。形は似てなかったが、少し平べったくて床を這い回る黒い魔物を見たときには、短く悲鳴を上げていた。厨房を預かる身としては絶対にその存在を認められない、例の虫を思い出したんだろう。あの時は麻衣から攻撃魔法が撃てそうな気迫が伝わってきたのは余談だ。


 俺も多数の足を動かしながら、うねうねと移動するムカデ型の魔物を見た時は、問答無用で攻撃魔法を発動した。あの手の生物はどの世界においても存在してはいけない類いのものだ。しかも上級ダンジョンクラスの場所のためか、サイズが全体に大きい。シロより大きなバッタとか、2メートルを超えていそうな長さのムカデとか、押し倒されたり絡みつかれたりすると、トラウマになってしまいそうだ。



「ご主人様もマイさんも虫は苦手ですか?」


「俺は子供の頃に大きさはずっと小さいんだが、足の多いウネウネ動く虫に腕を噛まれたことがあって、真っ赤になって腫れたんだよ。それ以来あの虫だけは苦手だ」


「ダイは割と何でも受け入れてくれる懐の深さみたいなものがあるけれど、受け付けないものもあるのね」



 俺と麻衣以外のメンバーは虫に苦手意識がないのか、平然と近づいたり殴ったりしている。教授たちも特に変わった様子もないし、この世界と俺たちの世界の感覚の違いなのかもしれない。



「私も虫は好きじゃないですが、特にあの黒くて平べったい虫が料理を作る場所に居るのだけは、何があっても許せません」


「なんか普段のマイちゃんと違うね」


「……あるじ様やマイに近づく悪い虫は全部倒す」


「おとーさんやマイおかーさんはキリエが守ってあげるからね」



 厨房の敵に向けて並々ならぬ闘志を燃やす麻衣は、確かにいつもの優しくてふんわりとした雰囲気とは違うので、オーフェも少し驚いているみたいだ。そんな俺たちに向けてくれるエリナのセリフは、少し違う意味にも取れそうだが気持ちは十分伝わってくるし、キリエや他のみんなも虫から守ろうとしてくれるのが判るので嬉しくなる。


 地図を作りながらの調査なので、しばらくこの階層でとどまる事になりそうだが、この恩は毎日のブラッシングやなでなでで返していこう。



「こんなに虫ばかり出るダンジョンって他にもあるんですか?」


「虫の出るダンジョンはあるけど、ここまで極端なのは今まで行ったことがないわね」


「ここは少し特殊な階層なのかもしれません」


「調査のやり甲斐があるわ」



 ユリーさんも今までとは違うタイプのダンジョンに来ることが出来て、少し興奮気味に話してくれる。こんなに虫の多いダンジョンは他に無いみたいなので、ここで対昆虫用の戦闘スキルを磨くことが出来ると前向きに考えよう。


 それに、虫対策の武器を作ってみるのも良いかもしれない、火炎放射器みたいな。



◇◆◇



 その日は新しく見つかった階層の1階部分を途中まで調べて帰る事になった。あの後、イーシャに火炎放射器の魔法を相談してみたが、魔物溜まりの部屋だけで使うならまだしも、ダンジョン内の通路や広い場所で大きな火の魔法を使うのは危ないからやめなさいと言われてしまった。虫には火が一番効きそうに思ったんだけど残念だ。



「今まで色々なダンジョンに行ったけど、これほど充実した調査が出来るのは初めてよ」


「皆さんのお陰で荷物や物資のことを気にせず調査ができるので、今まで泣く泣く諦めていた細かい所まで調べることが出来ています」


「特に今日見つかった階層が素晴らしいの、もっとじっくりと調べていけば論文をいくつも書けると思うわ」



 ダンジョン内でもそうだったが、帰ってきてからもユリーさんはずっと上機嫌だ。お風呂の中でも鼻歌交じりに体を洗ってくれたと、アイナとエリナが言っていた。今もベッドの上に寝転んで、ヤチさんに膝枕をしてもらっている。こんな姿は今まで見たこと無いのでちょっと新鮮だ。



「上級ダンジョン相当の場所にそのまま入っていけたのも、他の冒険者にお願いしていた場合は無理だったでしょう」


「普通だと一度国に報告を上げて、そこから追加で冒険者を派遣してもらったりしないといけなかったから、調査に相当の遅れが出てしまっていたでしょうね」


「麻衣の壁魔法もありますし、今日行った階は敵が集団で出てこなかったですから、何とかなった気がします」


「それでも怪我がないどころか、危ない場面すら無かったのが凄いのよ。火山ダンジョンに一緒に行った頃から、上級冒険者に匹敵する力はあると感じていたけど、あの頃よりさらに強くなっているわ」


「ダイさんの武器が強いのもありますが、何よりも皆さんの連携が素晴らしいです」



 上級ダンジョンにはいずれ挑戦してみようと思っていたが、こうして他の冒険者を見てきた2人に実力を認めてもらえると自信にも繋がる。みんなも自分たちの実力を確認することが出来て、とても嬉しそうだ。受けられる依頼の幅も増えてくるし、行ける場所も多くなるだろう。



「上級ダンジョンでもある程度戦えることがわかったし、別の場所も挑戦してみような」


「次に行くダンジョンは虫の少ない所がいいです」


「それは同感だよ、麻衣」



 俺と麻衣は、今日の虫三昧の狩りを思い出して少し暗い顔になる。今日見つかった階層は全部で何階あるかわからないが、ここの調査が終わった後はしばらく虫の魔物は見たくなくなりそうだ。



「みんなは虫は平気なのか?」


「私は特に苦手ではありませんね」


「……私も平気」


「ボクも魔物だとなんとも思わないよ、普通の虫はちょっと嫌だなと思うことはあるけど」


「ウミは飛んでくる虫はちょっと苦手なのです」


「森には虫もたくさんいるから、あまり気にならないわね。今日のはちょっと大きすぎるけどね」


「キリエもおとーさんやおかーさんたちが一緒だから大丈夫」


「わふぅー」



 ウミはちょっと苦手意識があるみたいだけど、俺の頭の上にいれば大丈夫だろう。みんなも虫の魔物は平気みたいだし、今の階層で遅れを取ることは無さそうで安心できる。



「カヤは大丈夫なのか?」


「全ての虫ではないですが、家に害をなすものや衛生上好ましくない種類は駆除対象にしているくらいで、特に苦手という事はありません」


「家の厨房に変な虫が居ないのはカヤちゃんのお陰だったのね、本当にありがとう!」


「マ、マイ様、一体どうされたんですか」



 麻衣が感激のあまりカヤに抱きついて、頭を撫でている。カヤも嬉しそうだけどちょっと戸惑っている表情が可愛い。今日はアレを連想させるような虫の魔物にも遭遇しているし、家や厨房が清潔に保たれている事がわかって感動しているようだ。しかし、害虫駆除までやってしまう家の妖精って凄いな。



「やっぱりみんな仲良しでいいわね」



 ヤチさんの膝枕から起き上がったユリーさんが、ベッドの上に集まって話をしたり抱きついたりしている俺たちの姿を見て、しみじみとした感じで言ってきた。そういう2人も俺たちと同じ様にとても仲良しだと思う。



「お二人もすごく仲良しに見えますよ」


「私とヤチの仲はとてもいいと思うけど、あなた達は本当の家族みたいに見えて羨ましいわ」


「自分たちの家が出来て、キリエが生まれてから絆は一層深まったと思います」



 膝の上に乗ってシロのブラッシングを一緒にやっているキリエの頭を撫でてあげると、こちらを振り返って嬉しそうに微笑んでくれた。アイナとエリナは隣りに座って順番待ちをしているし、ウミはいつもの様に頭の上だ。オーフェは俺の背中に張り付いていて、肩に(あご)を乗せて会話に参加している。シロを挟んで向かいには、麻衣に抱きつかれて頬ずりされているカヤが、困ったような嬉しいような表情を浮かべていて、イーシャも俺の近くに座り、シロの頭を膝に乗せて優しく撫でている。



「いつも一緒に寝て一緒に過ごして居るから、そう見えるのかもしれないわね」


「今はこうやって一緒に暮らしてますし、俺はユリーさんもヤチさんも家族と思っていますよ」



 出会ったきっかけは雇い主と雇われ冒険者という関係だったが、火山ダンジョンの調査と王都での再会を経て、今の依頼で一緒に行動するようになってからも1ヶ月ほど経過している。特に今回の依頼では、常に行動を共にするという濃密な時間を過ごしているので、家族と言ってしまっても差し支えないと思う。みんなもうなずいているので、思いは一緒のようだ。



「ふふふ、そう思ってもらえるのはとても嬉しいわね」


「私も胸の奥がキュッとします」



 2人共とても嬉しそうに微笑んでくれる。ヤチさんの過去は聞いたことがないが、ユリーさんは施設で育ったみたいなので、家族というものに特に思い入れがあるのかもしれない。






 みんなで話しをしながらブラッシングを終え、ずっと上機嫌だったユリーさんがなでなでをして欲しいと言ってきたので撫でてあげると、ヤチさんも便乗してきて、結局全員をなでなでしてその日は眠ることになった。明日からも新階層の探索を頑張ろう。


筆者も毎年ムカデには悩まされています(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

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いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
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【完結作】
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