第102話 休暇
あれから何度もダンジョンに行き、今は中層の調査中だ。火山ダンジョンの時と同じく、ある程度の調査が終わった段階で、資料を纏めるために休みの日を入れてもらっている。
遠方のダンジョンを調査中なので、教授たちは研究所や自宅に戻るわけにはいかず、俺たちの家で同居中だ。大部屋の隣りにある書斎を仕事部屋に使ってもらっているが、静かで環境もよく家具も立派なので、かなり気に入ってくれた。必要な資料はあらかじめ荷物にして持ち運んでいたので、何もなかった書斎の棚も今は教授たちの持ってきた本で埋まっている。
◇◆◇
「ねぇヤチ、私達はいま人の殆ど入った事の無い場所にあるダンジョンの調査をしているのよね」
「そうですね、中層階の調査がもうすぐ終わるところです」
「お茶が美味しいわね」
「このお菓子も美味しいですよ、さすがマイさんです」
「毎日お風呂にも入れるわ」
「ベッドも極上の寝心地ですね、教授」
「それに洗いたてで清潔な服がいつも用意されているの」
「カヤさんには感謝しないといけません」
「何かおかしいとは思わない?」
「虹の架け橋の皆さんにとってはこれが普通なんです、そこは受け入れましょう」
「私、もうこの人達と一緒じゃないとダンジョン調査に行きたくない」
「奇遇ですね教授、私もそう思っていたところです」
ユリーさんとヤチさんは、今の状況を再認識するように2人で話をしている。お昼を過ぎて資料まとめが一段落したらしく、リビングに来てお茶とお菓子を楽しみながら休憩中だ。
「また街から遠い場所の調査があったら、依頼を受けさせてもらいますので」
みんなもこちらを見てウンウンと頷いている。この2人なら俺たちの能力や武器を出し惜しみせずに戦えるので、こちらとしても非常にやりやすい。
「本当にお願いするわ、もう私はあなた達なしでは生きていけない体になってしまったの」
ユリーさん、瞳をウルウルさせながら何を口走ってるんですか。そうやって懇願するように下から見つめてくる姿は、年齢より幼く見えて可愛らしいから困る。きっとヤチさんもこの目で見つめられるから、何だかんだとユリーさんの世話を焼いてしまうんだろう。
「予算はたくさん取ってくるから約束よ」
冒険者への報酬は雇った人数でなく能力で決まるので、3人分の働きができる人には3倍の金額が支払われる。俺たちは護衛やポーターを兼任しているから、本来必要な人数分の金額を報酬として受け取ることが出来ると、この話を持ってきてくれた時に教授たちから説明を受けている。
特に今回はダンジョンの近くに空間転移の目印になる遺跡があったので、夜間やダンジョンに潜らない日の護衛が必要ないという、俺たちのパーティーならではのメリットが最大に生かせる依頼だった。にこやかな顔でみんなと話をしている教授たちを見て、今回の依頼を受けることが出来てよかったと改めて思った。
「そう言えばダイ君、聞いたわよ」
そんな事を考えているとユリーさんが俺の方に話しかけてきた。少しニヤニヤとした顔に見えるのは面白いことを思いついたのか、それとも何か企んでいるのか。
「いったい何を聞いたんでしょう」
「ヤチの頭を撫でてあげたんだって?」
狐人族の村でのことか。あの時はヤチさんのテンションが妙におかしかったが、頭を撫でてあげたのは事実だ。
「確かにお願いされたので、撫でてあげたことはありますが」
「あれは、みなさんがいつも嬉しそうにしている気持ちがわかる、至福のひとときでした」
「ヤチだけずるいわ、私もダイ君のなでなでを体験してみたいのに」
ユリーさんは男性が苦手という話だったんだが、俺が撫でても良いんだろうか。手を近づけただけで避けられたりすると、少し落ち込んでしまいそうだ。
「ユリーさんさえよろしければ、撫でることに問題はありませんが」
「いいの? じゃあ、お願いしようかな。年下の男の子に頭を撫でられるなんて、ちょっとドキドキするわね」
そう言って俺の方に歩いてきて頭を差し出してきたので、俺もソファーから立ち上がって優しく撫でる。ユリーさんの髪の毛もサラサラで細くて、とても触り心地が良い。ヤチさんは背が高いので目線の位置に頭があったが、ユリーさんは少し見下ろせる位置に頭がある。最初はちょっとくすぐったそうにしていたが、目を閉じて気持ちよさそうになでなでを堪能してくれている。
「こんな感じですが、どうでしょう?」
「みんなの気持ちがわかったわ、これは良いものね。なんか仕事の疲れも取れる感じがするわ」
しばらく撫で続けていたが、満足したのかスッと離れていった。
「ありがとう。じゃあ、仕事の続きに行ってくるわね!」
「あ、はい。頑張ってください」
そう言ってリビングから出て2階に上がっていく。その後をヤチさんが追おうとするが、何か思いついたのかこちらに戻ってきて俺に近づいて来る。
「あの、やっぱり私も撫でてもらっていいでしょうか」
「それは構いませんが」
ヤチさんの頭も撫でてあげると、嬉しそうにお礼を言って2階へと移動していった。2人とも少し疲れてるんだろうか。ダンジョンに行かない日の俺たちは完全に休養日だが、教授たちは資料をまとめたりして働き詰めだからな。
「2人とも、仕事のしすぎかもしれないな」
「ユリー様もヤチ様もずっと書斎にこもりっぱなしですし、気疲れされているのかもしれません」
「ご主人様、お二人をどこか遊びに連れて行ってあげるのはどうでしょう」
「……のんびりできそうな所がいい」
「それならエルフの里が良いかもしれないわね」
「それはいいね、ボクも賛成だよ」
「おじーちゃんと、おばーちゃんと、大きなおじーちゃんに会えるの楽しみ」
「ウミはまたあの川に行きたいのです」
「あー、あそこは水もきれいだし景色もいいし、お弁当を持っていくのもいいかな」
「お弁当なら任せてください!」
「そうだ、今度はカヤも一緒に行こうな」
「はい、ありがとうございます、旦那様」
こうして、教授たちの仕事のストレス解消にエルフの里へ遊びに行く計画が立案された。2人の都合を聞いて、了承してもらえたら実行に移そう。
◇◆◇
「と言う訳で、1日だけでも休みにして羽根を伸ばしに行きませんか?」
その日、全員がお風呂に入った後、いつもの様にベッドの上でくつろいだりブラッシングをしている時間に、エルフの里に遊びに行く計画を2人に話してみた。
「この家ではとても快適に過ごさせていただいているのですが、確かにダンジョンとの往復だけという生活は良くないかもしれません」
「そうね、今回は今までに無い長期間で本格的な調査になってるから、しっかり休むことも大事よね」
「エルフの里なら他の誰かに見られる心配はありませんし、のんびり過ごせるんじゃないかと思うんです」
「ありがとう、私たちの事にこれだけ気を使ってくれる冒険者に出会ったのは初めてで嬉しいわ。でも、私たちがエルフの里に行っても大丈夫なの?」
「それは問題ないわ。里の長老は私のお祖父様なの、それに私たちはその人の命を救った英雄だしね」
イーシャが少し冗談めかして“英雄”なんて言葉を使っているが、里の人達が感謝してくれているのは確かだ。それに精霊のウミや白狼のシロが居るので、遊びに行くととても喜んでくれる。
「エルフが居るだけでも凄いのに、その上イーシャさんが長老の孫娘だったなんて、私はまだまだこのパーティーの事を甘く見すぎていたようだわ」
「お祖父様は様々な知識を得るのが趣味みたいな人だから、きっと2人の話も興味を持ってもらえるわよ」
「ヨークさんも川に誘ってみようか」
「大きなおじーちゃんにはキリエがお願いしてみる」
キリエが誘ってくれたら、間違いなく一緒に来てくれるだろう。エルフの里でどう過ごすか、みんなで色々話をしているが、決行日は明日に決まったみたいだ。麻衣とアイナとカヤはお弁当作りに燃えているので、明日のお昼は期待できる。
こうして、教授たちに休暇をとってもらう計画が決まった。明日が楽しみだ。
―――――・―――――・―――――
「大きなおじーちゃん、こんにちは!」
「おお、キリエちゃんよく来たの」
キリエが元気に挨拶して椅子に座っていたヨークさんの元に走っていくと、嬉しそうな顔で抱き上げて膝の上に乗せてくれる。
「ヨークさんこんにちは、突然お邪魔して申し訳ありません」
「構わん構わん、皆よく来たの。見た事の無い者もおるようじゃが、新しいパーティーメンバーかの」
「始めまして、国の研究所でダンジョンの地質調査をしている、ユリーと申します」
「私はユリー教授の助手をしている、ヤチと申します」
「お主たちがそうか、話は聞いておるよ。今日はどうしたんじゃ? なにか相談事か」
「いえ、2人が働き詰めだったので、今日は休暇にしてゆっくりしてもらおうと思ってここに来ました」
「私たちは今、新しく発見されたダンジョンの調査に行っているの。南西の大森林にあるダンジョンなのだけど、近くに遺跡があってオーフェちゃんが転移できるから、王都から通っているのよ。でも、遠方のダンジョンで調査中という事になっている2人は大っぴらに出歩けないから、ここに遊びに来たの」
「それならここでゆっくりとしていくといい。それにしても新しいダンジョンか、儂も興味があるの。色々話を聞かせてもらっても良いかな」
「あのね、キリエたち今から川に行くの、大きなおじーちゃんも一緒に来る?」
「それは良いの、儂もお邪魔させてもらって構わんかな?」
「それはもちろんです、お弁当も用意してもらってるので一緒に行きましょう」
ヨークさんの家から出てみんなで川に向かう、今日はカヤも居るのでゆっくりとしたペースで歩いているが、すれ違う人はみんな挨拶してくれたり、いつもの様にウミやシロを拝んでいく。
「本当に私たち歓迎されてるわね。それに、こんなに一度にエルフを見るなんて、現実じゃない気がするわ」
「私も夢のようです。いま目が覚めてベッドの上だったら、しばらく立ち直れそうもありません」
ユリーさんもエルフしか居ないこの光景に目を輝かせている。そしてヤチさんのテンションが、また危険域に来ている気がする。
「自然に囲まれて、木のぬくもりを感じるいい場所ですね、旦那様」
「この木と一つになって建てられてる家はいいな」
「エルフは木の側に居ると、とても落ち着くのよ」
「イーシャもそうなのか?」
「私も以前はそうだったけど、今はダイやみんなとあの家に居る方が落ち着くわね」
そう言って俺とカヤの横に来たイーシャが、ふわりと笑みを浮かべてくれる。カヤもそんな俺たちを見上げてとても嬉しそうな顔をする。みんなで話をしながらしばらく歩いていくと、以前も感じた爽やかな空気に変わってくる。今日は秋の季節の割に気温が高いので、川から流れてくる風が気持ちいい。
「空気が澄んでいて気持ちがいいわ」
「水もとてもきれいです」
「ヤチ姉さん、あっちに小さな滝があるから見に行こうよ」
「わかりましたオーフェちゃん、案内してください」
「ユリーさん、あっちの浅瀬に行ってみましょう」
「……いっしょに行く」
「そうね、行ってみましょう」
ヤチさんはオーフェに、ユリーさんはアイナとエリナに手を引かれて川の方に歩いていった。麻衣たちは布を広げて座る場所を作っていて、ウミも頭から離れて水辺の方に飛んでいっている。シロはアイナ達についていくみたいだ。
「キリエはお父さんと一緒に川を見に行こうか」
「うん、行く!」
「カヤも一緒に行こう」
「はい、旦那様」
キリエとカヤと手を繋いで、川の側まで歩いて行く。水は以前と変わらず透明度が高く、川底もきれいに見えている。しゃがんで水に手を付けてみたが、冷たくて気持ちがいい。
「おとーさん、お魚さんが見える」
「上流の方にもいっぱい居たから後で見に行こうな」
「うんっ!」
「水も冷たくて透明で、素敵な場所ですね」
「ここに来たのは2回目だけど、すごく落ち着く場所だよ」
3人で座って流れる川を見ながら話をしていると、麻衣がお昼ご飯を知らせに来てくれた。手分けしてみんなを呼びに行ってくれたみたいで、戻って全員が揃うのを待ちお弁当を食べる。
今日も美味しいお弁当でヨークさんもとても嬉しそうにしている、ユリーさんもヤチさんもすごくリラックスした感じに食事を楽しんでくれていて、今日はここに来て良かったと思う。
食後はユリーさんとヤチさんでヨークさんと色々話をしたいみたいなので、俺たちは全員で川に遊びに行く。上流にある小さな滝を見たり、浅瀬に行って少しだけ水に入ってみたり、キリエもとても楽しそうにはしゃいでいる。そうして元の場所に戻ってみると、3人の話は終わっていないみたいで、感心したり驚いたり話題が尽きる事はない様だ。
「盛り上がってますね」
「みんなおかえり。ヨークさんのお話はとても面白いし勉強になるわ」
「儂もダンジョンの事をこの様に捉えて研究してる者と話ができて実に有意義じゃよ」
様々な知識を持っていて、今も新しいことを知ろうとしているヨークさんと、ダンジョンの研究を通じて新たな学説を発表しているユリーさんたちは、とても相性が良いみたいで3人とも凄くいい笑顔だ。
「お主たち、狐人族に会ったんじゃな」
「はい、旅の途中で出会って、村に魔族が居着いてしまって困っていたので力を貸しました」
「竜族に続いて狐人族とは、お主たちは何処かに行くたびに伝説に触れておるの」
「そんなに希少な種族だったのですか?」
「狐人族とは、この大陸に栄えていた古代人の末裔と言われておるんじゃ」
「もしかして、彼らが使っていた“術”という魔法も、その古代の技術で作られたんでしょうか」
「恐らくそうじゃろう。この大陸はある時期を境に文明の断絶が起きておるから、今では再現できない技術かもしれんの」
この大陸の成り立ちに関わるような人達に会っていたとは驚いた。それにしても古代文明か、おそらく今より魔法技術も発達していたんだろう。その一端でも知ることができれば、今の時代の魔法回路ももっと発展するかもしれない。
その後も旅の話や新しいダンジョンの話をして、その日は帰ることにした。里に戻ってマーティスさんとミーシアさんにも挨拶をしたら、ご飯を食べていきなさいと誘われたのでごちそうになった。2人ともキリエに会えて嬉しかったみたいで、引き止めたかったようだ。食事中も2人でずっと世話を焼いてくれて、キリエも幸せそうに食事を楽しんでいた。
教授たちはエルフ野菜と果物の美味しさに感動していた。少し分けてもらったので、また家でも麻衣が腕をふるってくれるだろう。
◇◆◇
「今日は本当にありがとう、貴重な体験ができたし、素晴らしい話もたくさん聞くことが出来たわ」
「私も今日は仕事を忘れて楽しませていただきました、ありがとうございます」
お風呂に入ってベッドの上でくつろいでいたら、ユリーさんとヤチさんが改めてお礼の言葉を言ってくれる。
「お二人の気分転換になったのなら良かったです」
「これからは自分たちの休みもちゃんと考えて行動するようにするわ」
「そうですね、それがいいと思います」
「こうやって私とヤチの事を大切にしてくれるから、あなた達の事が大好きよ」
こんなスッキリとした笑顔を見せてくれるなら、ストレスの発散になったのは間違いないだろう。この先のダンジョン探索も頑張っていこう。
ユリーとヤチはもうメインヒロインでいいじゃないか、という気もしますが(笑)
命名規則で五十音順の後半が頭文字の登場人物はサブキャラというルールが“一応”あったりします。