第101話 ダンジョン調査開始
「カヤ、ただいま」
「お帰りなさいませ、旦那様、皆様」
家に帰って声をかけると、小走りに近づいてきて挨拶を返してくれたカヤの頭を撫でる。みんなが無事戻ってきて、とても嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「調査の方はどうだったのですか?」
「近くに目印になる場所があったから、ここから通うことにしたよ」
「本当ですか、それは良かったです」
他のメンバーや教授たちも順番にただいまの挨拶をしていく。こうやってしばらく家を空けても床や家具も綺麗なままで、ホコリ1つ落ちていないのを見ると家の妖精のありがたさを実感する。
「カヤおかーさんただいまっ!」
「キリエちゃん、おかえりなさい。旅は楽しかったですか?」
「うんっ、とっても楽しかった。新しいお友達もできたんだよ」
「それは良かったですね、お茶を淹れますから、リビングでお話を聞かせてください」
キリエの手を引いてリビングに向かうカヤの後を俺たちも付いて行く。キリエよりカヤのほうが背は低いが、こうして手を繋いで先導している姿は、母親らしさを感じる。
◇◆◇
「そんな事があったのですか、キリエちゃんも頑張りましたね」
「うん! 村の人もよろこんでくれたから、キリエもうれしい」
狐人族の隠れ里での話を、みんなが身振り手振りを交えながらカヤに説明した。俺の膝の上に座って、隣りにいるカヤに一生懸命説明するキリエは、誰かの役に立てた事が嬉しいみたいで、いつも以上に熱が入っている。
「ダイ君にすっかり懐いていたけど、白狐の母娘も可愛かったわね」
「あの白くて綺麗な毛が、ダイさんのブラッシングで整えられていく姿は、とても美しかったです」
「ご主人様のブラッシングが気に入ったみたいで、2回もやってもらってました」
「……ちょっとうらやましかった」
「わぅ」
そう言えばブラッシングは寝る前だけで、日に何度もしたことはなかったな。今日は久しぶりにベッドの上で出来るし、念入りにブラッシングをやってやろうと思いそれを伝えると、アイナとエリナは手を取り合って喜び、シロは足元に来て甘えてくれた。
「さすが旦那様ですね、この家でこうやって皆様が笑い合ってくださるので、私も大きな力をいただいています」
今回は長期間家を空けてしまったので、いつもの日常が戻ってきてカヤも嬉しそうにしてくれる。今日はこのまま英気を養って、明日からのダンジョン調査をがんばることにしよう。
―――――・―――――・―――――
翌朝、オーフェの空間転移で遺跡に移動し、そこからダンジョンに向かう。国の雇った冒険者以外まだ入ったことのないダンジョンというのは、誰も見たことの無いものが見つかりそうで、かなりワクワクする。
「ダンジョンに入る前に、一度おさらいをしましょう」
ユリーさんがダンジョンに入る前に、みんなを集めてこれからのことを確認する。ある程度の地図と魔物の分布は先行調査で判明していて、それをまとめて持ってきているが、何が起こるのかわからないのがダンジョンの怖いところだ。他の冒険者の助けは期待できないので、俺たちの力だけで切り抜けるしか無い。
「ダンジョンの規模は全24階層、難易度は中級と調査結果が出ているわ」
「内部は小さな部屋が多く、不意打ちに注意するように忠告を受けています」
「アイナとシロの2人が頼りだな、よろしく頼むよ」
「任せてください」
「わうっ!」
「調査する場所は各階層で数か所だけど、もっと増えてしまうと思うの」
「このダンジョンは深くなるほど階層の広さが小さくなるので、上層ほど時間がかかると思います」
こうして注意点や役割分担を再確認し、いよいよダンジョン内へと進んでいく。ここも他のダンジョンと同じ様に、床や壁が薄っすらと光っているので明かりは必要ない。
「ユリーさん、ダンジョンって何処もこんなに明るいんですか?」
「普通のダンジョンはみんなこんな感じね、石で出来た迷路みたいなダンジョンもあるけど、中はある程度の明るさがあるわね」
「暗いダンジョンは無いんですか?」
「あるわよ、アイナちゃん」
「それってどんなダンジョンなんですか?」
「それはね、もうすぐ消えてしまうダンジョンなの」
「……ダンジョンって消えるの?」
「街の近くにあるような大きなダンジョンが消えたって話は聞いたことがないけど、小さなダンジョンが無くなったって報告はあるわね」
「暗いダンジョンには入らない方がいいんだね。ボクたちも気をつけないと」
「徐々に暗くなってきて、消えるまでに何年もかかるみたいだけど、そんなダンジョンには入らないほうが安全ね」
「冒険者ギルドにもその情報は伝わりますから、小さなダンジョンに行くときは確認したほうが良いですね」
「消えちゃうのはちょっと悲しいね」
「大丈夫よキリエちゃん、新しいダンジョンも生まれてくるの」
やっぱり教授たちの話は面白いしタメになるな。消えるダンジョンもあれば生まれるダンジョンもある、ダンジョンは生きているという事が実感できる話だった。
こうやって話をしながらでも、アイナとシロで二重の索敵が出来るので、不意打ちを受ける心配が無いのがありがたい。アイナも索敵が1人だけだった頃より積極的に会話にも参加してくるようになったし、パーティーのバランスが一段と良くなった事が嬉しい。
スケジュールに余裕があるので、上層階はくまなく探索して本格的に調査する部分と、気になった所を軽く調査する事にした。途中でお昼も食べて、第一階層の調査を進めていく。
「このダンジョンは、出来てからあまり年月が経ってない感じがするわ」
「そんな事もわかるの?」
「詳しいことは研究所に持ち帰ってみないとわからないけど、土の感じが古くて枯れたダンジョンとは違うの」
イーシャの疑問にユリーさんが答えてくれたが、そんなことまでわかるのか。俺たちには今まで入ったことのあるダンジョンとの違いがわからないが、触った感触とか掘り返す時の手応えなんかが微妙に違うのかもしれない、専門家は流石に凄い。
普段はだらし無いところがあるとヤチさんも言ってたし、2人で居るとユリーさんのほうが部下と間違われることもあるみたいだが、こうして真剣にダンジョンの事を語る姿は、とてもかっこいい。
「ダイくん、何か考え事なのです?」
「いや、ダンジョンって生まれやすい時期とか場所とかあるのかと思って」
頭の上のウミから突然話しかけられたが、仕事に集中していたユリーさんを見つめていたとも言えずに、そんな事を言ってしまった。
「ダイ君、良くそんな事を思いついたわね」
「もしかして何か法則があるんですか?」
「新しく生まれたダンジョンや、消えていったダンジョン全てはわからないから、憶測の部分も大きいのだけど、何十年という周期で生まれやすい時期はあるみたいなの」
「以前ダンジョンは一つの生命体かもしれないって話をしてくれましたけど、その母体になるようなものが活性化する時期みたいなものがあるんですか?」
「マイちゃんも鋭いわね、それ私の仮説と同じよ」
「今はどんな時期なんですか?」
「過去の周期から考えると、今は多くもなく少なくもない中間くらいの時期になるわね」
つい口に出た言葉だったが、またダンジョンの新しい事実を知ることが出来た。本当にダンジョンの生態は奥が深い、王国が研究所を設立して調査に力を入れるのもわかる気がする。
◇◆◇
「ご主人様、この先に魔物が固まっている場所があります」
「数はわかるか?」
「ちょっと多すぎて塊としかわかりません」
「く~ん」
アイナとシロの両方が数を把握できない魔物の群れか、これはきっとアレだろうな。
「魔物溜まりかもしれないな」
「アーキンドのダンジョンで他の冒険者さんが追いかけられてたあの群れですね」
「……あれは大変だった」
「ウミの水の壁も破られたのです」
「別の階層の魔物も出てきてたわね」
「あの時は障壁の魔法が間に合ってよかったです」
アーキンドのダンジョンで、若い冒険者のパーティーがうっかり魔物溜まりの部屋に踏み込んで、中身が溢れ出した時の事を思い出す。
「入ったその日に魔物溜まりに遭遇するなんて運が悪いわね」
「こればかりは仕方ありませんよ、教授」
「ダイ兄さん、どうするの?」
「中に踏み込まなければ大丈夫だし、新しい武器を試してみようと思う」
「私の氷の矢と一緒に作ったあれね」
「……あの武器ならいけるかも」
「おとーさん、がんばってね」
「私はいつでも障壁を張れる準備をしておきますので」
「ウミもダイくんを守るですよ」
「ご主人様の武器ならきっと大丈夫です」
試し撃ちした時の威力を見ている仲間たちは、口々にそう言ってくれ反対意見は出てこない。
「ダイ君、魔物溜まりを潰すつもり?」
「えぇ、それ用に新しい武器を作ってみたので、試してみたいと思います」
「あなたが作った武器だし、マイちゃんも居るから大丈夫だと思うけど、危険なことだけはしないでね」
「それはもちろんです、みんなを危険に晒すようなことはやりません」
そう言って魔物溜まりの部屋の前まで行く、ウミは俺の頭の上にいて付き合ってくれるみたいだ。みんなには少し離れた場所に待機してもらって、遠隔時限爆弾を設置した後に走って戻り、発動まで障壁を張ってもらうことにしている。
通路から部屋を覗くと、魔物がひしめき合っていてかなりの密度になっている。部屋自体はそんなに大きくないので数も以前溢れた時ほど多くはないが、ぎっしり詰まっている感じなのでアイナ達も数がわからなかったんだろう。
「ウミ、魔法を発動したらすぐ逃げるから、しっかり掴まっておいてくれ」
「わかったのです」
杖を構えて部屋の真ん中あたりを目標にし、コマンドワードの“発射”を唱える。これで数秒後に爆発が発生するはずだ。そのままみんなの方にダッシュで戻り、麻衣に障壁の魔法を発動してもらう。
――――ドォォォーーーン
少し地面が揺れるような衝撃があり、部屋の中から閃光と土煙が発生する。魔法はしっかり発動したみたいで、魔物が溢れ出す様子もない。
「うまくいったみたいだから、部屋を見に行こうか」
そう言って全員で部屋の前に行くと、中には魔核やアイテムが散乱している。魔物は全滅してしまったようだ。
「魔物溜まりを一撃で……相変わらずの規格外っぷりね」
「あれは爆発の魔法のようでしたが、こんな部屋の中で発動したら魔物と言えども一溜まりもありませんね」
仲間たちも口々にうまくいったことを喜んでくれた。魔物溜まり対策として作った武器なので、その効果を早い段階で確かめることが出来てよかった。
「魔物溜まりが発生する手がかりが見つかるかもしれないから、この部屋をじっくり調査したら今日は帰りましょう」
俺たちは魔核やアイテムを回収して、教授たちが調査を開始する。思わぬ調査対象も出来てホクホク顔の教授たちを連れて、その日は王都の拠点に戻ることにした。
ユリーとヤチのおかげで、主人公たちのダンジョンに対する知識は、通常の冒険者が有する情報を遥かに超えていて、国内でも最先端です(笑)