第100話 ダンジョンと古代遺跡
気がつけば100話目になっていました。
朝、目が覚めると胸の上に重みを感じる。寝ている時にも何かが登ってくるのを感じていたが、いつもの事だろうと気にしていなかったけど、今日はイーシャの横でキリエが寝ているんだった。視線を胸元に動かすと、そこには白狐の子供が乗って丸くなっている。いつもの様に俺の胸元に顔をうずめてるアイナの横には母キツネも来ていて、2人で頭を並べて俺の体を枕にして眠っていた。
そうして状況を確認していると、少し離れた場所で動く気配がするので誰かが起きてきたようだ。
「あれ……? 私、なんでこんな所で……」
「おはよう、モミジ」
「あっ、おはようございます」
起きてきたのはモミジだった。自分の知らない場所で寝ていた事に少し混乱しているようだが、こちらの挨拶に律儀に返事を返してくれたのは、彼女の性格なんだろう。
「昨日、ブラッシングの途中で寝てしまったんだよ」
「そっ、そうだったんですか、すいませんご迷惑をおかけして」
「広い家を貸してくれたから、全く問題ないよ」
状況が理解できて落ち着いてきたモミジと今日の予定を話すと、白狐の母娘を社に連れて行きたいみたいだ。両方が起きるまでこのまま待っていると、昨日までとは違うスッキリとした笑顔で答えてくれた。
「それにしても、ダイさんは本当にすごいですね。出会ったばかりの白狐様や、私たちと同じ獣人にここまで懐かれるなんて」
アイナと一緒に俺の体を枕にして眠っている白狐の母親、そして俺の胸の上で丸くなっている子供、反対側にはエリナが俺の腕を抱えて夢の中だ。同じ枕にはウミも寝ていて、頭の上のスペースにはシロもいる。確かにこの状況は、初めて見た人は驚くかもしれない。
「みんながこうして近くで寝ているから、俺も安心して眠れてるって所があるから、この状況は嬉しいかな」
「この村は外との交流がほとんど無くて、人族の事も伝わってる話を聞くだけでしたけど、ダイさんはだいぶ違うみたいですね」
「そうだな、ここに居るみんなは、全員が他の種族とも仲良くしたいって思ってる人ばかりだから、俺たちは他とは少し違うかもしれないな」
「私はそんな人たちに出会えて幸運でした」
そう言って微笑むモミジと、朝のゆったりとした時間を過ごす。そうしている内にみんなが次々と起き出してきたので、軽く朝食を食べて村長の所に出発の挨拶に行った。
村人がほとんど全員見送りに来てくれて、次々とお別れの言葉をかけてくれる。小さな子供たちも挨拶をしてくれるので、メンバー全員で頭を撫でたりハグをしたり、ヤチさんもすごく嬉しそうな顔で見送りに応えていた。
「この先も気をつけて冒険をして欲しい」
「はい、近い内にまたこの村に来たいと思います」
「村人全員で歓迎するよ、訪ねてくれると白狐様もお喜びになる」
「また来るからその時はブラッシングしてあげるよ」
「くー」
足元に近づいてきた白狐の母娘の頭をしゃがんで撫でると、顔をすり寄せながら甘えてくれる。モミジは俺たちを村の外まで案内してくれるので、白狐たちは別の世話係の人に任せるみたいだ。
「それじゃぁモミジ、村の外まで案内を頼むな」
「はいっ、任せてください」
こうして、狐人族の隠れ里を後にして、先に進むことになった。思いがけない出会いだったけど、外との交流がほとんど無い種族の人達と知り合えたのは良かった。それに独自の文化や伝統を持っていて、術という今まで見たことのない魔法を知るきっかけになったのは大きな収穫だ。
◇◆◇
「それでは皆さん、この先も気をつけて旅を続けてください」
「また村にも行かせてもらうよ」
「お待ちしています。その時は、また私もぶらっしんぐして下さいね」
「もちろん構わないよ、友達と一緒に来ても大丈夫だからな」
「ホントですか! みんなも喜びます」
嬉しそうに微笑むモミジと全員がお別れの挨拶を済ませて、ダンジョン調査を旅を再開した。思い立ったら即行動の、少し猪突猛進な所があるが、素直で天真爛漫な、とても付き合いやすい娘だった。
「モミジちゃんもすっかりブラッシングの虜になってしまったわね」
「……きっと、あるじ様なしでは生きていけない体になった」
「それはないと思うけど、喜んでもらえたのは嬉しいよ」
「狐人族と犬人族って何となく似てる気がして、そんな人達に出会えたのは、すごく嬉しかったです」
「動物の場合なんだけど、犬とオオカミとキツネは家族みたいな関係なんですよ」
「本当ですか、マイさん」
「わうっ」
麻衣の言っているのは、イヌ科とかネコ科みたいな大きな分類の仕方だろうけど、そうだったのか。犬を飼っていたからだろうか、よく知っていたな。
「でも、モミジちゃんがボクたちと出会わなかったら、あの村はもっと大騒ぎになっていたかもしれないし、本当に良かったね」
「シロちゃんと、おとーさんと、エリナおかーさんが見つけてくれたおかげ」
「ユリーさんが依頼の一時中断を認めてくれたし、ヤチさんが協力してくれたから大事にならずに済んだよ」
「みんなのお陰で日程には余裕があるし、普通なら一生出会うことのなかった人達に会えたのよ、私もすごく感謝してるの」
「私も、あれだけ獣人の方たちに囲まれる経験ができるなんて、夢のような体験をさせていただきました」
あの村では魔族のことも問題だったが、モミジが居なくなったのも大事件だったみたいだ。夜中にこっそりと村を抜け出したらしく、どこを探し回っても見つからないので、外に捜索に行こうかと準備をしていたところだったようだ。そんなタイミングで戻ってきたものだから、だいぶ怒られていた。
「あの村の味付けの仕方も知りたいですし、また行きましょうね、ダイ先輩」
「あそこの味付けや調理法を覚えると、また麻衣たちの作る料理が美味しくなりそうだよな」
「私も頑張って身につけますよ、ご主人様」
「果物も美味しかったのです、家でも育ててみたいのです」
「カヤおかーさんに聞いてみようね、ウミおかーさん」
カヤは家の事に関しては何でも出来るハイスペックなところがあるけど、家庭菜園とか園芸も出来るんだろうか。帰ったら聞いてみようかな。
「ヤチ、このままダイ君たちが冒険を続けていたら、この大陸の食文化が全てあの家に集まりそうな気がするわ」
「大陸を制覇できる日はそう遠くないかもしれませんね」
いやいや、食で大陸全土を支配したり、ましてや大陸最強の竜族が居て、下級魔族を一撃で無力化出来る武器を持っていても、そんな事は絶対にしませんからね。
そんな冗談を言える間柄になった教授たちと、森の中を進んでいった。
―――――・―――――・―――――
それから数日後、山麓から森の中へと進行方向を変えて、とうとうダンジョンの入口に到着した。先行した調査隊が、目印になる標識を設置してくれていたのと、イーシャの森を迷わず踏破できる能力で、トラブルは全く無くたどり着くことが出来た。
「これが新しく発見されたダンジョンですか、よく見つけられましたね」
「元々は古代遺跡の調査でここまで来たそうなの、そこで偶然ダンジョンを発見して国に報告が上がったのよ」
目の前には少し盛り上がった丘のような地形になっていて、そこに下に続く斜めの穴が空いている。街の近くにあるようなダンジョンと違って、入り口は整備されていなく、自然の洞穴のようになっているが、人が十分歩ける広さと高さがある。
「見た感じはただの洞窟ね」
「動物とか住んでそうですね」
「郊外のダンジョンだと、たまに迷い込んでしまう動物も居るわね」
「でも中には魔物が居ますし、すぐ逃げ出してしまうようです」
アイナの疑問にユリーさんとヤチさんが答えてくれる。街の近くのダンジョンだと人の出入りも多いし、入り口を建物で囲って、地図とか売ってる露店があったりするから動物はまず入ってこられないだろうが、こうやって自然の中に穴が空いていると、間違って入ってしまうことも多そうだ。
「……いまから入ってみる?」
「そうね、まずは近くの遺跡に行ってみましょう」
「建物の跡もいくつか残っているらしいので、オーフェちゃんが覚えられるようなものがあると良いのですが」
「どんな物が残ってるか楽しみだね」
「キリエも昔の建物とか見るの初めてだから楽しみ」
ユリーさんの提案で、まずは遺跡に向かうことにした。たとえ場所が覚えられなくても、建物跡を利用して拠点を作れば、生活もしやすくなるだろう。
調査隊が通った後なんだろう、踏み固められて開けた道のようになった所を歩いていくと、木々の間から白っぽい塊が見えてくる。それを目指して進むと、大きく開けた場所に出た。今はかなり荒れてしまって森に侵食されつつあるが、大昔はちゃんと整地されていたんだろうというのが判る広場もある。
建物は石造りで背は高くなく、崩れたり屋根が落ちたりしているが、壁や柱がまだ存在している。俺たちの世界でも見ることの出来る遺跡によく似た感じの場所だ。石で出来た壁も日本のお城のように、不揃いな形のまま積み上げたものや、レンガのように四角く切り出して作ったものもある。作られた時代が違うのだろうか、ここには長いあいだ誰かが住んでいたことを伺わせる遺跡だった。
「これはすごい場所だな」
「おとーさん、石でできたお家ばっかりだね」
「これだけの石をどうやってここに運んできたんでしょうか」
「大昔はここも森じゃなかったとか、大陸の形も今とは違っていたなんて言われているわね」
「エルフの里もこういった遺跡があった場所と言われてるわ。魔物よけの結界が奇跡的に残っていて、それを私たちの先祖が見つけて住むようになったみたいね」
大規模な地殻変動とかがあったのか、あるいは大きな災害や気候変動でここを放棄してしまったのか。俺たちの世界でも古代文明が滅亡した謎とかテレビで放送したりしていたが、この世界でも同じみたいでロマンがあって冒険心をくすぐるな。
「この遺跡は魔物よけの効果とかはないのです?」
「残念ですが、この遺跡はその様な機能は失われているようです」
「でも人工物が多いせいか、魔物はあまり近づかないみたいね」
「調査隊の人達もここを拠点にしてたみたいですよ」
麻衣の指差す方を見ると、確かに生活の跡があちこちに見える。建物のせいで死角は多いが、この様な所に最初に来るのはベテランの冒険者だろうし、開けていて大きなドーム型のテントなんか設置するには絶好の場所だ。きっとかなりの人数がここを拠点にしてダンジョン攻略をしていたんだろう。
「建物の跡が結構残ってるみたいだから、少し回ってみようよ。たぶん場所は覚えられると思うよ」
オーフェの言葉で遺跡の中を歩いていく、一般の住宅だったのだろう小さな建物跡や、大きめの施設みたいな跡もある。そして奥の方にはひときわ目立つ建物跡があった。
円形の柱が何本も立っていて、建物の高さも他より少し高い、神殿みたいなものだったのだろうか。三角の屋根は大部分が崩れてしまっているが、その形や大きさが辛うじてわかる。
「この遺跡って、俺たちが勝手に探索しても良いんですか?」
「国の調査は一通り終わっているから大丈夫よ、それに何か見つかったらあなた達のものになるわ」
「ここの調査依頼がギルドから出されることはないと思いますが、他にも存在する遺跡と同じ様に冒険者の方の立ち入りは禁止されていませんから、問題になることはありません」
それなら俺たちの手でも一度調査してみよう。エリナやシロの鋭い感覚があれば、国の調査隊が見つかられなかったものを発見できるかもしれない。しかも、仮に何か見つかったら自分たちのものになるというのは、俄然やる気が出てくる。
「ダイ兄さん、これだけ特徴のある建物なら目印になるよ、いつでもここに移動できるからね」
「ほんとか、それは嬉しいな」
「さすがオーフェおかーさんだね!」
キリエがオーフェに抱きついて称賛しているので、2人の頭を撫でてあげる。これなら王都の拠点から通うことが出来るし、ダンジョンの奥に潜っても一気に外まで戻ってこられる。この依頼はまさに俺たちにうってつけだった。
「ユリーさん、今日の調査はどうしましょうか」
「今から潜っても中途半端になってしまうし、いちど戻りましょうか。久しぶりにお風呂にも入りたいわ」
「わかりました。それじゃぁオーフェ、よろしく頼むな」
「うん、任せてよ」
そして俺たちは王都の拠点へと一度戻ることにした。これからのダンジョン調査と、それが一段落したら遺跡の調査と、やることと楽しみが増えた。安全第一でどちらも進めていこう。
連載当初はテキストファイルのサイズが1話あたり3Kb~6Kbだったのが、話が進むにつれ1話あたり10Kb前後のサイズに。
省いたエピソードもいくつかありますが、話の展開が遅くならないように、かと言って端折りすぎないようなバランスは、なかなか難しいですね。