第99話 隠れ里の夜
村長の家に招かれて、食事を振る舞われる事になった。この村の家は玄関から少し高くなった床があり、靴を脱いで上がる文化だった。着ている上着も前で合わせて紐で結ぶ、法被や半纏みたいなゆったりした服で、どことなく日本的な感じがする。
白狐も足を拭いてもらって床に上がるみたいなので、シロも同じようにして上げてもらうことにする。テーブルや椅子はなく、車座になって食事をとるみたいだ。座る場所には布で編んだ、座布団みたいな小さなクッションを敷いてくれた。
「この度は本当にありがとう、小さな村なので大したおもてなしは出来ないが、ここの料理を楽しんでいって欲しい」
「こんな席を設けてもらってありがとうございます、魔族のせいで食べ物やお酒も減ってると思いますけど、大丈夫ですか?」
「これから収穫の時期に入るから心配はいりませんぞ、それよりもどうぞ食べてください」
そう言われてみんなが料理を食べ始めた。ここの味付けもエルフの里と同じ様な薄味だが、素材の味と調味料がうまく合わさっていて美味しい。
「素材の味がよく引き出されていて美味しいです」
「エルフの里みたいな薄味だけど、また違った美味しさがあるわね」
「私も調査で色々な街に行ってるけど、そのどれとも違う味で美味しいわ」
ユリーさんや仲間たちも、口々に美味しいと言いながら食事を堪能している。白狐の母娘とシロも専用に作ってもらった食事を食べているが、3人とも真っ白なので並ぶととても綺麗だ。ウミも村で採れる果物を頬張っていて、幸せそうにしている。
お腹いっぱい料理を食べて、この村で作ったお茶を飲んで、少しだけ村長と話をする。今夜は家を一軒貸してくれるそうなので、そこで休ませてもらうことになっている。
「家まで貸していただいてありがとうございます」
「この村のためにしてくれたことを思えば、全然足りないくらいだ。なにか他に貴方たちのために出来ることはないかね?」
「でしたら、またこの村に来させてもらってもいいですか?」
「それくらい全く問題ないが、表の結界を解除するか険しい山を超えなければ、ここには入って来られませんぞ」
「俺たちの仲間には空間転移の魔法が使えるものが居ますので、ここに直接来ることが出来るんです」
「うん、もうここも覚えたから大丈夫だよ」
オーフェが俺に向かってニッコリと微笑んでくれる。
「そんな事が出来る仲間が居るなんて、貴方たちは凄い冒険者なんですな」
「隠れ里が存在することは絶対に口外しませんので」
「それは私とヤチも同じよ、約束するわ」
「その点は信頼しておるが、こんな何も無い村に来ても得るものは無いんじゃないかね」
「俺は魔法に興味があって、この村に伝わる“術”の事をもっと知りたいと思ってるんです、教えてもらえる部分だけでいいので、色々お話を聞かせてもらえると嬉しいです」
「あの、私もこの村の調味料とか味付けに興味があるので、よければ教えてください」
「そんな事なら構わないよ、いつでも訪ねてくれていい」
村長が快諾してくれたので、またここに来ることにしよう。術の概念や仕組みの一端でもいいから判ると、魔法回路の改造に活かせる部分が見つかるかもしれない。それに、麻衣もここの料理に興味があるみたいだし、お互いに教えあっていけばまた新しい味が生まれるだろう。
「ダイさん、すっかり懐かれましたね」
給仕を手伝っていたモミジが戻ってきて、俺の足元を見て微笑んでいる。俺の膝の上には白狐の子供が丸くなって寛いでいて、足の横には母親も居て丸くなっている。
「きっとダイ兄さんのなでなで効果だよね」
「2人ともご主人様になでてもらってましたからね」
「……ブラッシングもしてあげると、もっと好きになってくれる」
「ダイくん、やってあげたらどうです?」
「モミジ、この2人にブラッシングをやっても構わないか?」
「えっと、ぶらっしんぐって何でしょう?」
精霊のカバンからブラシを取り出して、これで毛を梳いてやるんだと説明すると、同じようなことは自分たちもやってるので構わないと言ってくれた。
まずは子供の方から優しくブラシで梳いてあげると、足の上で体を伸ばして気持ちよさそうにしている。長くてボリュームのある尻尾も終わると、足やお腹も丁寧にブラシがけしていく。全身の力が抜けているのか、少し平べったくなってしまった気がするけど、毛並みはきれいに整っていった。
モミジに子供を渡すと、母親は俺の足の上に自分から乗ってくる。子供の姿を見て、期待してくれてるのかもしれない。
白くてサラサラのきれいな毛を、首元からおしりの方に丁寧に梳いていくと、気持ちがいいのか全身の力が抜けていっているようだ。頭や耳も軽くブラシをかけ、子供より遥かにボリュームのある尻尾をそっと持ち上げて、ゆっくりと毛を整えていく。
「お腹の方もブラシを掛けていいか?」
いったん手を止めて俺がそう言うと、自分からくるりと反転してお腹を見せてくれたので、そこも優しくブラシで梳いていった。
「あの白狐様がされるがままとは、これは驚いた」
「そうですね、私もこうやって毛の手入れをさせてもらえるまで時間がかかりましたから」
村長とモミジは、大人しく俺のブラッシングを受けている白狐を見て少し驚いているみたいだ。
「ダイ君はなでなでだけでなく、これもあるから恐ろしいわね」
「私にもしっぽがあれば……」
ちょっとヤチさん何を言ってるんですか。今日はなでなでを体験したせいか、ブラッシングもしてもらいたくなったんだろうか。仮にしっぽがあって、お願いされればしてあげるけど、なでなでの時と同じ様な表情をされると、またドキッとさせられそうだ。
母親のブラッシングも終えて、俺たちは貸してもらった家に行くことにする。白狐の母娘は俺たちと離れたくないみたいに近くにずっといるので、村長やモミジの許可をもらって、今夜は一緒の家で寝ることになった。
◇◆◇
モミジに案内された家に着くと、ここもやはり靴を脱いで高くなった床に上がる様式だった。白狐の母娘やシロもウミに洗浄魔法をかけてもらって、床の上にあがる。俺たちも靴を脱いで上にあがるが、何故かモミジも一緒についてきた。
「モミジちゃんも今日は一緒に泊まるのかしら」
「あっ、いえ、ちがうんです。えっと……私も“ぶらっしんぐ”をしてもらえたらな、と」
「それはもちろん構わないぞ」
「ホントですか! あっ、でも私、今日は1日動いた後で水浴びもしてないし、どうしよう……」
そう言って、お願いしたはいいが悩みだしたので、助け舟を出してあげることにする。いったん戻って身支度をしてまた来るのも時間の無駄だし、いくら全員が顔見知りの村でも、夜道を歩かせるのは可愛そうだからな。
「武器や装備品とかカバンがあったら念の為、外してもらってもいいか?」
「あっ、はい、わかりました」
モミジは胸元に手を入れて、首からペンダントを外して小さな机の上に置いた。球を半分に割ったような、きれいな宝石のような石がついたペンダントだ。
「綺麗な首飾りだな、それだけでいいのか?」
「はい、身につけているのは服以外だとこれくらいです」
「ウミ、すまないけどお願いできるか」
「わかったのです。モミジちゃん、少しだけ動かないでくださいです」
そう言って洗浄魔法をかけてくれる。モミジは少しブルっと体を震わせたが、体から感じる違和感に気づいたのか、腕を見たり髪の毛を触ったりしている。
「あの、水浴びをした後みたいに体がスッキリしたんですけど、これは一体」
「ウミが洗浄魔法をかけてあげたのです、お風呂に入ったみたいに綺麗になるのですよ」
そう言って、久しぶりに見せる腰に両手を当てた、えっへんポーズをする。
「凄いです! 精霊ってこんな事が出来るんですか、尊敬します!」
「ウミにお任せなのです!」
意気揚々と他のメンバーに洗浄魔法をかけに行くウミにお礼を言って、床に毛布を敷きモミジに座ってもらう。緊張しているのか、しっぽもピンと伸びて強張っている感じだ。
「それじゃぁ始めるから、痛かったりくすぐったかったら言ってくれ」
「わっ、わかりました。お願いします」
長くてふさふさのしっぽに触れると、モミジの体が一瞬だけビクリと反応した。少し持ち上げるようにしてゆっくりとブラシを入れていくと、緊張がほぐれてきたのか柔らかく垂れ下がるような硬さになってくる。
「これくらいの感じでどうだ?」
「はい………とても…気持ちがいいです……もっと続けて…ください」
少しゆったりとした喋り方になったモミジが続けてくれと言うので、そのままブラシで何度も梳いていく。体の力も抜けて座っているのも辛くなったみたいで、俺に断りを入れて毛布の上にうつ伏せになってしまう。
しっぽの裏側も同じ様にブラシを掛けていくと、とうとう寝息を立て始めてしまった。昨日は村を飛び出し、助けを求めに森の中を歩いているし、魔族を追い出して白狐の子供も無事戻ってきたので、ずっと張っていた気が緩んでしまったんだろう。
気持ちよさそうに眠るモミジの頭を優しく撫でると、寝返りを打って少し丸くなるような格好になって、口元に笑みを浮かべている。毛布をもう一枚持って来て上から掛けてあげた後に、みんなの居る方に移動する。
「モミジは寝てしまったよ」
「ダイ君のブラッシングは眠りを誘発するみたいね」
「私もダイさんにブラッシングの極意を習ったほうがいいでしょうか」
ユリーさんは施設で子供たちが次々寝ていく姿を見てるから、俺のブラッシングにそんな効果があると思っているみたいだ。確かにアイナはすぐ寝てしまうが、エリナやシロは起きてることも多いし、個人差はあると思う。
そしてヤチさんは、撫でて欲しいと言ったりブラッシングを習いたいと言ったり、この村に来てから少しテンションがおかしい気がする。めったに会えない種族が沢山いて舞い上がっているだけだと思うが、暴走して手がつけられないわけでもないし放置でいいか。
◇◆◇
床に簡易宿泊施設で使う予備のクッションを並べて布団代わりにして、みんなのブラッシングを始める。モミジもクッションの上にそっと移動させたが、森に倒れていた時もそうだったけど眠るとなかなか目を覚まさない娘みたいだ。
シロをブラシで梳いていると、白狐の母娘も近くに来てやって欲しそうに見てくるので、もう一度ブラッシングをしてあげる。次はアイナの番だ。
「でも、今日中に解決できてよかったですねー、ご主人様」
「相手も油断していたし、あまり強くなかったから、混乱させて一気に終わらせることが出来て助かったよ」
「……キリエもかっこよかった」
「ほんと!? エリナおかーさん」
「相手の魔法を触るだけで消してしまったキリエちゃんは、とてもかっこよかったわよ」
「キリエも村の人を助けられてよかったよ、イーシャおかーさん」
今日は村の人のために役に立ちたいと、キリエも頑張ったからな。自分の力を誰かのために使おうという気持ちは、とても素晴らしいと思う。さすが俺たちみんなの娘だ。
「確かにこの村に居た魔族の力はあまり強くありませんでしたが、この国の兵士でも普通は一撃で倒せたりしないのですよ」
「そうなんですか? ヤチさん」
「この大陸に来ている下級の魔族でも、この国の兵士だと手こずるくらいなの、だから勇者召喚なんてやったのよ。確かに以前見せてもらった武器は魔族に対抗できる強さがあったけど、まさか一撃なんて思わなかったわ」
「俺とイーシャが魔法で、オーフェは屋根から飛び降りて蹴りを、ヤチさんは平手で相手の顔を軽く叩いて終わりでしたね」
「ヤチ姉さんのあれもかっこよかったね!」
「私の固有魔法はあの様な相手には相性が良いですから」
オーフェに褒められて少し照れているヤチさんだが、確かにあの時の凛とした態度とセリフはかっこよかった。
「遠くで大きな音がしたからマイちゃんに聞いたら、ダイ君の新しい武器だと言っていたし、また何か作ったのね」
「以前、火山ダンジョンで遭遇した突然変異種の様な魔物対策で、少し強力なのを俺とイーシャの分作りました」
「マナの流れが多いのが欠点だけど、私とダイなら問題ないし、それに見合う強さもあるわね」
「ダイくんの作る武器のことは、そういうものだと受け入れるのがいいと思うのです」
「そうですね、ダイ先輩のやることですから」
「そうだったわね。それにあなた達じゃなかったら、いくらヤチが協力すると言っても魔族に立ち向かうのは止めていたでしょうね」
ともかく今回の事で、ある程度の実力の魔族になら対抗できる事も確認することが出来た。それに一番の功労者は、幻術で隠れていたモミジの気配を感知できたシロだ。もし気づかすに通り過ぎていたら、お互いに逆方向に進んで出会うことはなかっただろう。
「今回はシロがモミジを見つけてくれたお陰だな」
「わぅ」
近くに寝そべっているシロの頭を撫でると、嬉しそうに俺の足に頭を乗せてきた。その状態のままエリナのブラッシングも終わらせて、みんなで眠りにつくことにした。