二人の涼日和
牧草地が広がる高原地帯。
黒い牛が豆粒のように遠くにいる。
それが時折モーーと声を上げる。
それを見ながら、高校卒業したばかりの家事手伝い、詩乃は広い庭に打ち水をしていた。
打ち水といっても、ホースから直接。ホース口を指で少し押さえると勢いよく遠くまで飛散した。広い広い庭だ。
細い木立がバランスよく立ち並び、四季の花が植えられている。
「みんなも暑いべね」
なまっていた。
それもそのはず。ここは田舎だ。
同学年の友人も少なく、隣近所もかなり離れている。
この家は山の中腹。
高原の風がたまに吹く。
それを全身で感じていた。
その家への坂道を汗を拭きながら男が上がって来た。
男の名は清司。
彼女の数少ない同級生の一人だった。
「シノー! なにしてだ~?」
と坂道の途中から大きい声をかける。
詩乃はそれを無視して体を反転させて打ち水をした。
彼はようやく坂道を登り切り、詩乃の肩に両手を添える。
「シーノちゃん。……まだ怒ってんのが~?」
だが、それもシカトした。
「泳ぎさいがねが?」
「……どこさ?」
反応した。それくらい今日は暑かった。
「んで、水着着てこい~。滝さいぐべ!」
見ると、清司はすでに水着にTシャツというスタイルだった。
「おーぅ。いぐいぐ~」
何で怒っていたかは知らないが、彼女はすぐに機嫌を直して家の中に駆けて行った。
しばらくすると、ビキニに肩からバスタオルをかけているという姿だった。
「お! 大胆だな~」
「別にいいべ? いぐべ! いぐべ!」
詩乃と清司ははしゃぎながら坂を下る。
だが、また詩乃の機嫌は悪くなった。
「軽トラがよ」
「しゃーねべ。母ちゃんがオレの車でジャスコに行っちまったんだから」
しぶしぶ詩乃は軽トラに乗り込んだ。クーラーが効かない……。
パワーウインドウを思い切り回して窓を全開にした。
車が走ると、風が車内に渦を巻いて入って来た!
「うぉぉぉおおおおおーーーー!!!」
「ひゃーーーー!!!」
二人してテンション高く声を上げた。
聞いてるものなんて誰もいない。
滝は詩乃の家から15分ほど車を走らせたところだった。
車を停めて二人は滝を目指して歩き出した。
駐車場から5分ほどで滝は見えてくる。
「昔はみんなここで水遊びしたのに、最近の若い子はどこで遊んでんだべね?」
詩乃は誰もいない昔の遊び場を寂しく思った。
「いいじゃねーか。誰もいないほうが。むふふふふ」
「んだな」
詩乃と清司はタオルを岩場にかけて、滝の頂上をめざして岩場をのぼりはじめた。
木々に囲まれて滝からあふれるしぶきがたまらない。
二人は水の中に腰をおろした。
「んで、滑っか?」
この滝はゆるやかな傾斜になっており、滑り台のような形なのだ。
岩も滑らかでケガもしない。
「んだな」
詩乃が座ったその後ろに清司は抱きついて体を密着させた。
「ヤメロ」
「ヤメね」
「滑れねーべ」
「ちっとこっち見でみ?」
詩乃の首筋に暖かい息がかかる。
彼女は照れながら
「なんだべ~」
と、少しだけ首を清司の方へ向けた。
「ん……」
清司の口が詩乃の口を塞ぐ……
二人の腰を避けて水は脇を流れてゆく。
「いへ……!」
清司の口から情けない声が漏れた。
詩乃の唇が清司の舌をはさんでいる。
詩乃はそのまま重心を下にかけると、二人の体は滝を滑って行き
どぶーーーん
と小さい滝つぼに落ちた。
清司がもがきながら立ち上がると、すでに詩乃は立っており、腹をかかえて笑っていた。
「ばがこのォ!」
清司はそう言いながら自分の舌があるのかどうか確かめるように指で触っていた。
「ざまーみろ。この前のおかえしだがんな」
そう言って、満足気にいたずらっぽく笑った。
「なんだべ……でも許してくれんのが?」
「んだな。もうちっと遊ぶべ」
「そうすっぺ」
二人は滝滑りをして体が冷たくなるほど童心に帰って遊んだ。
赤とんぼがとんでいる。
魚が二人を笑うように避けて泳いでいた。
水の中で清司は詩乃を抱きしめながら言う。
「来年がら一緒に牛の世話すっぺな」
「はぁ? プロポーズがそれが!?」
「んだ。ロマンチックだっぺ?」
「なにがロマンチックだ。畜産科に進学したの私のほうだがんな? オメ農業園芸科だっぺ!」
「んだ。詩乃先生、手取り足取り教えでけろ」
「ばががこの」
二人は笑いながら車に戻った。
滝の付近は涼しいが、車の中は蒸し暑かった。
「あちー。やっぱ、あちー」
二人してパワーウインドウをひねって窓を全開にし、風を切って車を走らせる。
「ちっと、このクーラーあっとごで休んでいがねが?」
と、清司は田舎につきもののコテージ型のモーテルを指さした。
「ばがこの。軽トラで水着で笑われっぺこの!」
「まぁいいべ。せっかぐ婚約したんだからよ」
軽トラは徐行しながらモーテルの中に入って行った。
【おしまい】