放課後の秘密
田中先生は生徒からの評判があまり良くない。
基本的に怖い(テンションが低いのでそう思う)・気持ちの
アップダウンが激しい・変態(←)などの理由かららしい。
本人は気にしてるのか気にしてないかは分からないけど、
大抵こういうのは噂にしか過ぎない。
ちょっと前までは私もその噂をする側だったが、今は違う。
だって、私は本当は可愛らしくて、時に無邪気で、優しい素晴らしい人
だってことを知ってしまったから。
「せーんせ」
「おぉー、どうしたん」
「どうしたん?じゃないよ。今日、そういえば1日喋ってないなーおもて」
「寂しなったんか(笑)」
「え?そういうことにしとく?先生がやろ?」
「アホ。第一、職員室で会ったやんか」
「見ただけやろー?それに今日は特に用事なかったもん」
「今も用事ないくせに来てるやん」
「ただ顔を見るのと、話すのとは違うのー」
「そうですか。とりあえず早よ入り」
「はーい」
田中先生は化学の先生。
いつも何だかよく分からない本みたいなの読んだり、実験に
使うもののおさらいをしていたり、何だかんだ忙しそうにしている。
今だってパソコンに向かって、何だかブツブツ言ってるけど、
あたしのことを邪魔者扱いなんかは決してしない。
「ごめん、コーヒー淹れてくれへん?」
「はーい」
「砂糖は……」
「2本、ミルク50cc」
「おっ」
「そりゃね、ほぼ毎日言いつけられてたら覚えますーww
今日はあたしも淹れて、先生の隣でティータイムしよー」
「しばらく手離されへんから、適当に帰ってくれてもええで」
「わかった」
棚から取り出した先生専用の緑のマグカップとあたしが持ち込んだ
あたし専用のピンクのマグカップ。
これが場所を変えれば素敵なシチュエーションなんだろうけど、
現実はなかなかそう上手くはいかない。
少し汚れてよれた白衣、個室の時のみ見れる眼鏡姿、画面を見ての一喜一憂。
どれだけ見てたって飽きない。
「はい、どうぞ。ねぇ、何してんの?」
「ありがと。今は、資料の作成とお前らの成績管理」
「まじで!?」
「こらこら、見るな見るな!ほんまはこの部屋も生徒入れたらアカンねんで」
「え?じゃあなんで?」
「なーんでやろな?お前が来たら心地良いっていうか、何かそれが普通な
気がするし、慣れたんかな?別に邪魔することもないし」
「ふーん。まぁ、あたしも何か安心出来る場所やから来てるんやけど」
「まぁ、助手代わりになってくれるのもありがたいかなとか思ったり」
「そっちが本心やろ」
……嘘。
あたしがここに来るのは先生と2人きりになれるから。
初めはたまたま知らずに入り込んじゃって、初めて個室があることを知った。
それまでのあたしは、皆と一緒で怖くて近寄りがたい人やと思ってた
から、声掛けられた時は身構えた←
でも、一生懸命話聞いてくれて、優しくしてくれて、意外に
いっぱい喋ることも笑うことも知った。
年もそんなに変われへんくて、話題が多いことも分かった。
ただ単に色んなことに不器用なだけなんだ、と。
そっから一気に惹かれてしまって、放課後のあたしの居場所は先生の隣になった。
「なぁ、ごめんやねんけど、椅子乗ってその三段目の辞書取ってくれへん?」
パソコンから目を離すことなく、本棚を指差す。
「どれー?あの緑のやつ?」
「そうそう」
「ちょっと待ってねー、よいしょっと」
あれー、椅子乗ってもちょっと届きづらいかも……
もうちょっともうちょっと…あっ!
「取れた・・・あぁぁ」
「危ないっ!」
……ん?
完璧に間に合った訳ではなかったようだが、あたしの下には先生が。
とりあえずあたしを横に座らせながら、
「どこも打ってない?怪我してない?」
「うん、大丈夫。先生は?」
「俺のことはええねん。大丈夫っ」
「大丈夫!ありがとう。それより先生っ」
「俺はええねんて!小さいけどそんなヤワじゃないし、男やし…
ほんま何もなくて良かった!下がソファでまだ安心やわー。
無理やったら言うてくれたら良かったのに」
「でも、先生忙しそうやし、役に立ちたくて・・・」
「それでお前が怪我してもうたら、元も子もないやんか。心配さすなよ」
そう言って、少し安心したようにくしゃっと笑って頭を撫でられる。
こうやって先生と向かい合うのは初めてかも知れない。
大きな目、長い睫、笑ったときの目尻のしわ、あたしより
大きな温かい手・・・
思わず見とれてしまう。あたし、本当に先生が大好きなんやな。
「そんな見つめられたら、おっちゃん照れてまうわ」
そう言って、次はあたしのほっぺたを両手で挟む。
「あ、たしも照れるんですけど」
そう言って思わず見つめ返す。
というか、目が離せない。離したくない。
「……あー、もーアカン!限界!」
「え」
次の瞬間、ほっぺたを挟んでいた手があたしの背中に回った。
身体は先生の腕の中、そして、一瞬のうちに唇を奪われた。
何度か軽いキスを交わされ、隙をついて唇を離した。
「せ、んせ?」
「もうちょっとだけ」
そう言って、今度は深い深いキス。
長くて、深いけど、とってもとっても甘いキス。
角度を変えて繰り返す。何度も何度も……
あたしは先生の背中に腕を回すほどの余裕がなく、服の袖を
持つので精一杯だった。
少しして、先生がハッとして、あたしを離した。
「ご、ごめん。つい……」
「なんで謝るん?」
「ずっと保ててたのに。急に理性飛んだ。お前のことも考えんと、
その、強引なことしたなって」
「嬉しかったのに?」
「え?」
「もしかしたらあたし以外にもこういうことしてる子は居るんかも
知れんし、それこそ先生の気持ちも分からんけど、あたしは
今すっごい幸せやった。だって、あたし先生のこと……
田中先生のこと大好きやもん」
「……」
「だから、謝ってほしくない。もし、後悔とかからきてるんやと
したらそんなんいらん。そりゃビックリはしたけど、もっと
好きになったもん、先生のこと」
あーぁ、言っちゃった。
しばらく黙る先生。
やっぱ迷惑やったかな。一時的な感情やったんかな、今のは。
「あのな?」
「はい」
「さっき俺は嘘をついた。本間はアカンのにこの部屋に入れる理由は、
確かに心地良いっていうのはある。落ち着く。でも、大前提として、
それは俺がお前のこと好きやからや。うん、大好きやから。
いつからとかそんなん分からん。最初は警戒してたのも事実や。
でも、いつからか放課後楽しみになって、別に学校でやらんで
ええような仕事もやって少しでも長く居れるようにしたりして、
色々話すけど、別に邪魔することなく、笑ったり泣いたりして
いつでも傍に居てくれる。お前やから一緒に居る。」
「先生……」
「俺には色んな噂あると思う。その中で女関係のことも色々
言われてるやろう。でもな、遊びのやつなんか居らんし、
この部屋はどれだけ駄々をこねられても一人しか居れてない。
キスだって、したん何年ぶりやと思ってるん!緊張したわ!
せっかくの大人の魅力、見せつけるチャンス、無駄にしたく
ないしな!あれでも抑えた方やで?あれ以上はおっぱじめて
まいそうな自分が怖かったしな←」
「……」
「だから、謝ったのは後悔したとかどうでも良かった、遊びやったから、
とかじゃない。嫌われたらどうしよって思ってもてん。
まぁ、一気にまくしたてるような感じなってもたけど……
要するに俺はお前が好きや。彼女にならんか?てか、なって?」
あたしはいつの間にか泣いていた。
嬉しくて、幸せで、これは夢なんじゃないかな?って思って……
「な、る…なる!だって、大好きやもん!断るわけないやん!
嘘じゃない?夢じゃない?」
「てんぱりすぎやわ(笑) うん、夢ちゃうで」
優しい笑顔でそういって、強く抱き締めてくれた。
ほんのり香水の匂いと科学室の匂い……田中先生の匂い。
「関係が関係なだけに今は色々限られてくると思う。でも、俺幸せにするからな」
「幸せってもんは一緒になっていくもんやねんで」
「おぉ!ええこというなあ」
「じゃあ、ご褒美にもっかい!」
そういってわざとらしく尖らした私の唇に笑いながら優しくキスをしてくれた。