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第四話 期待は大きい。

眠れない。眠れるわけがない。


硬めのベッド、ふかふかの布団にシルクのカバーが施された低反発枕。背中には春奈の体温を感じる。


今日ばかりは睡魔が勝てるわけもなかった。


無意識に早まる鼓動を落ち着けようと深呼吸するたびに、

暖かな陽射しの香りと春菜の匂いが鼻腔を抜ける。

およそ思考と呼べないレベルの思考がぐるぐると回り続ける。



ティータイムの時間は穏やかに過ぎた。

いつの間にか日付が変わっていたけれども。


流石に寝ようと笑い合い、昔のように並んで歯を磨いた。


先にベッドに潜り込んだ春奈が布団を捲ると、さも当然と言った顔で隣を叩く。

数分にも感じた逡巡の末、端っこに乗り込んだ。


「狭くなったね」

「そうだな」


沈黙を破るように呟かれた春奈の声に、一言返すのが精一杯だった。



あれから何分経ったのだろう。

規則的な呼吸は聞こえるものの、春奈もまだ起きているような気がする。


幼馴染だから、いつもこうしてきたから、今もこうしている。

頭では理解していても、体は期待を隠せない。


年頃の男女が同じ屋根の下で一晩過ごす。

それも同じベッドの上で。


男女間に芽生える感情には一定の時間を要することもあれば、ほんのひとときで十分なこともある。

しかし、俺と春奈はそれを意識するにはあまりにも長い時間を共に過ごしてきた。


振り向いて手を伸ばしたい。この欲求が何からくるものなのか、自信が持てない。

単に男としての性かもしれない。春奈を傷つけてしまう。

それなら振り向いてはいけない、そんな気がする。


春奈はどう思っているのだろうか。

さも当たり前のように誘われたけれどーー


めぐる思考は永遠に続くかと思われたが、あっさりと止まった。


「まだ起きてる?」


頭の中で螺旋を描いて文字たちが一瞬で消えた。

あとには真っ白な空間だけが残る。


声が出せなかった。


ただ返事をして、いつものように話せばいいだけなはずなのに、どうしてだか今返事をしたら違う結果になる気がした。

それに、なんて返せばいいか思い浮かばなかった。


先よりもはるかに深い沈黙が数分続いた。


春奈がもぞもぞと布団の中で動いた。

背中の温もりが遠ざかったかと思えば、再び柔らかな温かさを感じる。


「ねぇ、燐」


小さな声だったが、耳がこそばゆい。


「私はいつでもいいんだよ」


脳に直接触れられたかのような囁きだった。

全身に痺れとも快感ともつかない感覚が走り抜ける。


「それとも魅力がないのかな、私」


そんなことない。あるわけがない。いや魅力は溢れすぎて困るくらいなのだが。

少し残念そうな声に応えたかったが、素直に言うのは恥ずかしくてまたもや返事ができなかった。


「いやいやそんなはずないよね。告白だって週一はされるし、この身体だって燐が昔見ていた雑誌の女の人と遜色ないはず」


自信たっぷりじゃないか。俺の心配を返してほしい。


一瞬前に湧いた僅かな焦りと苛立ちがすーっと引いていくのを感じる。


というか週一で告白されてるのか。納得だがそんな話聞いたことないぞ。

しかも雑誌の女の人ってグラビアじゃないか。いつの間に。


「さっきは言えなかったけど、今日は本当に楽しかったんだよ。ありがとう、燐」


春奈の右手が胸の前に伸びてきて、抱きしめられる。


「いつでも好きにしていいんだよ、燐。というか私も好きにしていい?」


いやダメだろ。まだ寝てることになってるだろ俺。

完全にタイミングを逃した。


胸の前にあった春奈の手が上半身を滑る。

布越しにも細い指のしなやかさが伝わってきた。


円を書くように撫でていた手は脇腹のあたりで止まると、徐々に下へ下へと降りていく。


太腿にじんわりとした暖かさを感じたと思えば、指先で撫で上げられてぞくりとする。

何度か繰り返すと今度は太腿の内側に手が滑っていく。

その手が徐々に上を目指し、股関節の上をなぞり上げる。


再び柔らかな手が内側へと向かおうとするのを感じたところで、反射的に身体を捻って逃れた。


「は、春奈! ってうわ!」


文字通り目と鼻の先に春奈の顔があった。


いつの間に目が慣れたのか、カーテンの隙間から射し込む灯りで春奈の顔が見えるようになっていた。


「ぷっ、あはは! やっぱり起きてるじゃん。おかしいと思ったんだよ。燐はいつも右向いて寝るのに今日は左だからさ」


バレてた。


「弄ぶなよ、男子の純情を」


「ごめんごめん。久しぶりに燐と一緒に寝れると思ったら楽しくなっちゃって」


「俺はてっきりこのまま襲われるのかと思ったよ」


「それでもいいよ?」


「よくないよ!」


何を言ってるんだこの幼馴染は。

心臓破裂するくらい緊張したっていうのに。


「最初から起きてたよね? 全部本当だから、あれ」


「全部って、春奈それ」


「ばか。心臓バクバクなのは燐だけじゃないってこと」


そう言って春奈は俺の左手を掴んで自分の胸に押し付けた。


柔らかい。あたたかい。


理解が遅れてやってくる。


「ちょ、春奈なにして」


「わからない? 私の鼓動」


春奈が押し付ける力を強めた。

左手が春奈の胸の形を変えながら沈んでいくのがわかる。


トトトトトトト。


自分の鼓動もこんなに早いのだろうか。


「燐もおんなじだよ」


「マジか」


もはや思考まで似ている。


少しの沈黙の後、春奈が言う。


「ただの幼馴染にこんなことすると思う?」


流石にここまでされたらわかる。いくら幼馴染でも。


「いいのか、俺で」


「燐だから、だよ」


春奈が目を閉じて顎を少し上げた。

幼さを残しつつも整った顔が、幾度となく見てきた顔が今は特別に感じる。


視線は僅かに突き出された唇から動かせない。

ぎこちなく首をあげ、そろそろと近づけていく。


「あ、でもちゃんと言ってほしいな」


春奈の目がぱっちり開いていた。


「おい」


「大事だよこういうのは」


これを言えば、ただの幼馴染じゃなくなる。

やはり口にするのは少し怖い。


「ね、お願い」


真面目なような、甘えたような声に観念する。


「好きだよ、春奈」


「嬉しい。私も好き、燐」


自然と目を閉じて、どちらからともなく唇を重ねる。


我慢大会のように、息が切れるまでお互いを感じる。


離れると目が合い、短く息を吸うとまた唇を重ねる。


瞳に映る幼馴染の、顔も声も性格も全てが愛おしい。



「やっと終わったね」


「俺たちは豚山に勝ったんだ」


一夜を明かして間もなく、俺たちは当初の目的を果たしていた。


「朝ごはんにしよっか。昨日と同じだけど、いい?」


「いいよ。というかよく食べれるな朝から」


「結構疲れたからね。お腹ぺこぺこだよ」


「温めるだけなら俺がやるから座ってて」


「ん、ありがとう。それじゃあお願いするね」



昨晩と全く同じメニューを食卓に並べる。

春奈が準備してくれていたおかげで、本当に温めるだけで用意できてしまった。


「いいお嫁さんになるな」


「任せてよ」


胸を張る春奈も可愛らしい。


「「いただきます」」


なんとなく気恥ずかしくて無言のまま食べた。

春奈が箸を置いて言う。


「ね、同じ大学いこうよ。県外の」


「これまた急だな」


「二人で部屋借りてさ、そしたら今よりずっと一緒にいられる」


「そりゃあ嬉しいけど、流石に親が許さないんじゃないか?」


「大丈夫だと思うよ、ほら」


そう言って春奈が取り出したのは昨日見たメモのようだった。何故か二枚ある。

首を傾げていると春奈が器用に二枚を繋ぎ合わせた。


『祭り楽しんでくるから、家は燐くんとよろしく。ご両親には許可を頂いているから』

『うちの倅をよろしく頼みます。そろそろ孫が見たい。それはまだ気が早いですよ』


一枚目は昨日見たもので、二枚目は父親の字だった。後半は一枚目と同じ筆跡で書かれているが。


「娘になに見せてるんだ俺らの親は」


「そう言うと思ってちぎったんだけどね」


「外堀が埋め尽くされてる気がする」


「いいじゃない。これからはもっと堂々と部屋に侵入できるね」


「そこは玄関から来いよ」


「あはは! 窓から行くのがいいんだよ。寝込み襲っちゃおうかな?」


「襲われる側なの俺!?」


「逆でもいいよ。今度は私が寝たふりするね」


「そういうプレイだったみたいに言わないで」


「楽しみだね。これから」


「そうだな。とりあえず、明日から一緒に登校する?」


「今までもしてたけどね。手も繋いじゃおう」


「それはちょっと恥ずかしい」


「何を今さら」


「改めてよろしくな、春奈」


「うん。こちらこそ、燐」

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