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第二話 態度も大きい。

 結局、傘は使わなかった。


 空も最初から人間の想定通りに動くのは癪のようだ。この調子で意地を張っていてくれてもいいんだぞ。


 しかし、俺の方は想定外の事態に見舞われている。俺はもうひとつの実家といっても差し支えない幼馴染の家、その厨房に立っていた。


 厨房は増築して作られただけあって設備が充実している。コンロや洗い場が広く、冷蔵庫など設備それぞれは丁寧に使い込まれていることがわかる。


 そして中央にある調理台には、文字通り肉の山があった。


「本当に山だ。豚肉が山になっている。豚山と名付けよう」


 呟いたが春奈には聞こえていないようだ。


 袋詰めされた豚肉が調理台の上に隙間なく積まれている。これでも三割程度だと春奈は言う。

 残りは一体どこにいったのだろうか。厨房を見渡してもそれらしいものは見当たらないし、これを取り出した大型冷蔵庫には最早、何も入っていない。


「父さんたちが隣町の祭りに持っていったよ。知り合いが追加メニューで屋台に並べるからと買い取ってくれたみたい」


 随分と都合のいい祭りと知り合いなものだ。俺は売り込みを手伝わされるものだとばかり思って身構えていたが、そこまでの面倒はなさそうだ。


「それで入れ違いに出て行ったのか。うちの両親も手伝いがどうとか言ってたもんな。そんで、コレをどうにかするために呼ばれたんだよな?」


 豚山に目を向けながら春奈に問う。

 春奈は豚山を睨みながら答えた。


「そう。事情は伝えたとおりだから、今日明日は臨時休業。その間にコレを保存が利くよう調理する。その手伝いをしてほしいんだ」


 ここまできたら予想はできていた。調理師免許のない俺たちが作るのだからコレは本宮家とうちで消費することになるのだろう。

 暫くの豚肉三昧を思うと嬉しくもあるし悲しくもある。弁当箱を開くときのワクワク感がなくなってしまうからな。


「任せろ。春奈が教えてくれるなら俺が失敗する心配もないしな」


「当然。任せてよ」


 春奈は鼻高に胸を反らす。豚山を越える迫力だ。態度よりもでかい。いや本当に。平均より低い身長に不釣合いなそれは、絶妙な曲線美だった。


「すごいな」


 思わず呟いてしまう。


「ん? 何か言った?」


「い、いや、なんでもない」


 貴女様のお胸に感心していましたなど本人に言えるわけもない。

 春奈は気にした様子もなく調理法について説明してくれる。


「――以上です。簡単でしょ?」


 無理難題を押し付ける上司のような態度だが、内容はシンプルだった。

 豚ブロックをフォークで突き刺し、数種類の香辛料を混ぜた塩を刷り込む。あとは包んで冷蔵するだけ。

 恐らく料理経験の少ない俺にもできるものを選んでくれたんだろう。そして使用するときに幅広く使える保存法といったところか。


「あぁ、豚山を塩豚山にするんだな」


「豚山?」


 春奈が首を傾げる。それもそうだ。俺が勝手に命名したんだから。


「気にしないでくれ。全て塩豚山にしていいんだよな?」


「その通り、全部ね。晩御飯が遅くなるけど、その程度で終わると思う」


 本当に気にされなかった。豚が山になったところで相手にはされないということだろうか。


「晩飯は期待していいんだな」


 本宮家の手伝いをする日は昼か夜か、作業終わりに近い食事を振舞ってもらうことが多い。そういう時、うちの親は食費が浮くと言って歓迎する。全く現金な親だと思う。


「お任せあれ。といってもコレだけどね」


 栗色の髪が揺れる。春奈が軽く笑ったことが伝わってくる。

 豚で構わない。むしろ豚を使っていただきたいのだ。豚地獄の始めが春奈の手料理なのはありがたい。

 飽きる前に最初に美味しいものを食べたほうがいいに決まってる。


「楽しみにしてるよ。そんじゃあ取り掛かるか」


「よし、燐はそっちの台にこれらを持っていって」



 ☆



 問題なく作業は終わり、窓は厨房を映していた。


 調理台には大量のバットと敷き詰められた塩豚。キッチンペーパーに包まれ規則正しく並べられたそれはベルトコンベアのようだった。俺はこれを塩豚ラインと名付けた。


 簡単な調理だったが、流石に山を開拓するとなると二人でも結構な仕事になる。春奈も汗をかいたんだろう、エプロンを外して胸元のボタンを二つ開けていた。丘を守る緊張から解かれたシャツは大胆にはだけている。


「すごいな」


 もはや意図して呟いてしまう。


「結構な量ができたね。ありがとう、燐。助かったよ」


 こちらこそ眼福です、などとはやはり言えるわけもない。俺は黙って頷いた。


「やってみると楽しいもんだな。これから晩飯つくるんだったらついでに手伝うぞ?」


 いいものを見させて頂いたお礼でもあり、傍にいる時間が長いほどそれを拝めるのではないかという魂胆だが口にすることではない。

 実際、料理はしても保存用に作るのは初めての経験だった。今朝は憂鬱だったが、そんなことはとっくに忘れるほど夢中で取り組んだ。昔から春奈といると退屈しない。


「そこまでしてもらうわけには。それに燐にはまだ仕事が残ってるよ」


 肩の力が抜けたところで不意打ち発言が投下される。


「まだ山が……?」


「肉はコレで全部だよ。ただ最初はドリップが多いから朝夜でペーパーを変えないといけないの。朝だけでいいからお願いしたいな」


「朝か、何時くらいに来ればいいんだ?」


 それくらいなら構わないだろう。この量を春奈一人にやらせるのは気が引ける。


「ん? 泊まっていかないの? 親御さんの許可も出ているみたいだよ」


「親の許可済みだと。隣に住んでるのに」


 泊まりなんて中学一年の頃に一度した以来の話だ。年頃になってからは距離感を保つようにしてきた。

 うちの親のことだから生活費が減らないとかで快諾したのだろう。春奈の両親がいる状態でなら間違いも起きないと。

 それに春奈は何も気にしている様子がない。男として見られていないのか。少し悲しい気もする。


「うちの親からのお願いなんだよね。これ見て」


 本宮家のお願いとは意外な話だ。湿った厨房がやけに暑く感じる。

 春奈が渡してきた紙はちぎられたような跡があるものの、教養を感じさせる綺麗な字で書かれていた。


『祭り楽しんでくるから、家は燐くんとよろしく。ご両親には許可を頂いているから』


 子どもたちにとっての絶対的な力、両家の承諾によって俺たちは四年ぶりにお泊まり会を開くことになった。

お読みいただきありがとうございます。

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Twitter @yoiyamirean

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