私はただ妄想していたいだけ
ものすごく疲れていた時に、前から歩いてきた男子2人を見ていて思いついたお話。
程々に私の頭の中も腐っていたのかもしれない。
うちの職場には有名な男子社員がいる。
一人は営業部の新人の深瀬くんだ。
彼は小さいけれど、フワフワの茶色い髪に、クリクリの茶色い目。
イケメンってほどじゃないけれど、男性には珍しい愛らしさがあり、人懐こくて、小動物のよう。
おかげで、お客さんの受けもいいらしく、入りたての新人くんとしては、成績はかなり良いらしい。
確かに、常にニコニコしていて、役員や正社員のみならず、パートのおばちゃん、掃除のおじちゃんにまで笑顔で挨拶している姿は、嫌われる要素は見当たらない。
もう1人は、正真正銘のイケメン。
営業部のエースの十津川さん。
寝ぐせなど想像もできないくらいサラサラの黒髪。
ちょっときつめな切れ長の黒い瞳と、たまに意地悪そうに弧を描く薄めの唇は、女性の視線を集めるには十分すぎるほど魅力的で。
何故、こんな中小企業の営業なんかやっているんだろう?と不思議がられるほど、仕事もできる人だ。
そんなわが社の有名人な彼らを観察するのが、私の日課になっている。
だが、勘違いしないでほしい。
私は彼らが「好き」だとか「付き合いたい」とかいう気持ちで観察しているのではない。
大事なのは、ここ。
彼ら。
二人セットでないと意味がないのだから。
そう、あれは、暑い夏の日だった。
外回りから帰ってきた、深津くん。
暑い、暑いと言いながら手でパタパタと仰いでいたので、私はお客さん用に冷やしておいてあるアイスコーヒーでも出してあげようと、給湯室に立った。
その後、グラスに氷とコーヒーを入れてそのまま深津くんのところに行こうとしたときに目にしたもの。
暑くてネクタイを緩めた深津くんの傍にいき、ネクタイを締め直す十津川さん。
それにちょっとムッとしながらも、大人しくされるがままの深津くん。
実際に会話している内容は
「だらしないぞ、この場に大事なお客様がきたらどうする。身だしなみは営業の基本だろう。」
「…はい。すみませんでした。以後、気を付けます。」
だったらしいが、ネクタイに回されている十津川さんの細くて長い指と、暑くて火照った顔で上目遣いに見ている深津くんの視線が、ちょっとボーイズラブ的なものを嗜んでいた私には、あらぬ妄想を掻き立てるには十分すぎるものだった。
ヤバイ。この二人の絡みヤバイ。
あぁ、そのまま十津川さんには、深津くんを壁に押し付けて、自分のネクタイをその細くて長い指でちょっと乱暴に緩めて欲しい。
「俺以外に、その肌を見せるのは、いただけないな。」
と、副音声が私の心の中に響いた。
で、深津くんは涙目で十津川さんを見つめるの。
思わずそんな妄想を繰り広げてしまう程、この二人セットは私を愉しませてくれたのだ。
それからだ、この二人の観察を始めたのは。
今日は、会議前の打ち合わせらしく、ホワイトボードに、数字を十津川さんが書き、深津くんが色々質問をしているらしい。
あまり公に出したくない内容なのか、大分小声で、顔を寄せ合って会話しているのが、また私の萌の心を擽る。
会議の後のデートの約束かしら?
上手く会議が進行出来たら、深津くんは十津川さんにご褒美とか言われて、キスされたりしちゃうのかしら?
あー、ご馳走です。この妄想だけで、今日のお仕事がんばれそうです!
そんな風に二人をチラチラみながら、うふふと楽しく書類を整理している私には、彼らの会話の内容が聞こえなかったのは幸いだったかもしれない。
※※※※※※※※※※
「ねえ、十津川さん。今日も彼女、俺の事、ウットリと見てましたよね?あれ、絶対俺に気がありますよね!やったー、彼女の胸と足、スッゲー好みなんですよね。あと、ちょっと気が強そうな顔、鳴かせてみたいよなー。今度誘ってみよーっと。」
と、ペロッと唇を舐める、見た目小動物系の深津。
「…お前、相変わらずギャップすごいよな…。彼女に対してのコメントは避けるが…、あれ、お前の事見てるっていうより…。あぁ、アレだ、俺の妹がよく小説読んでる時に…。」
溜息を吐きながら、上司である十津川は思案し、
あぁアレか、と呟いたあと、彼女を観察しながら、深津を自分の方にちょっと乱暴に引き寄せ、耳のそばに顔を寄せた。
案の定、彼女は目を見開いた後、キラキラと楽しそうに微笑んでるのを見て、確信する。
成る程ね。
妹と同じ種類の人ですか。擬態が上手いですね。
「もう、なんですかいきなりー、男に顔寄せられても嬉しくありませんよ。」
いきなり引っ張られ、男の上司に顔を寄せられた深津は抗議する。
深津は女の子に顔を寄せられるのは大歓迎だが、男はお断りだった。
「ん、すまん。ちょっと実験しただけだ。さて、いい加減仕事の話に戻るぞ。」
再びホワイトボードに向かい、仕事の話を続けたが、彼女をチラッとみたら、相変わらずこちらを嬉しそうに見ているのが目に付いた。
「あぁ、そうだ。この会議を上手く進行出来たら、ご褒美に彼女も誘って飲みに行くか?」
目の前で「やったー十津川さんの奢りですよねー」と、見た目小動物系な深津が、ふわふわと無邪気に笑った。
そんな俺たちを遠目にみて、また何を妄想しているのか、ニコニコ楽しそうにしている彼女。
この二人を混ぜてつついて遊んだら楽しいだろうなと、ほくそ笑んで、十津川は綺麗に笑った。
変なお話読ませてすみませんでした(土下座)