第9話
…ゴゴゴゴゴ。
はじけ飛ぶ? Rー1が偶然にも出現させたのは、隠されたどこかへの出入り口だった。
泰斗はハリスと丁央に頼んで、テンション上がりすぎのRー1をなんとか押さえ込んでもらい、自分は大急ぎでタブレットを操作する。
「おい泰斗! 早くなんとかしろ! 」
「ごめん! もうちょっと辛抱して。ああ間違えた! あーもう、落ち着け。えーっと、これでどうだ! 」
と、超高速で何かを打ち込んだ後、エンターキーを押す。
するとRー1はビキビキと鈍い音を立てておとなしくなった。
「はあ、助かったぜ」
「ありがとう、2人とも。僕も助かった。…でも、これって何かの出入り口、だよね」
やっと落ち着いて状況確認が出来るようになった皆は、改めてそこに現れた出入り口を見つめる。
一応ドアの形はしているが、ノブも把手もない。
とりあえず古いものだと言うことだけは確かなので、遼太朗の指揮のもと、遺跡を扱うように砂埃を丁寧に落としていった。
すると、真ん中あたりにテンキーのようなものが出てきたのだ。
「これは…」
そこには見たこともないような、模様だろうか、文字だろうか、がひとつずつ刻まれている。だが、遼太朗はそれに見覚えがあった。
「ステラ。さっきの日記、見せてくれないか」
「あ、はい」
彼女から日記を受け取ると、さっき開いていたページをもう一度開き、扉のテンキーと照らし合わせてみる。
「やっぱり。これはどこか異国の文字らしい。で、たぶん、この日記に書かれているとおりにキーを打ち込めば…」
と、ひとつずつ確認しながら、慌てずにキーを押していく遼太朗。
最後のひと文字を打ち込んだところで、打ち込んだとおりにキーが光り出し、それが終わると、グイッと少しそのドアが引っ込んで。
ズズズズズ…
と、ドアは横にスライドして開いて行った。
「おばあさまったら、こんなすごい隠しごとをしていたんだわ…」
つぶやくように言ったステラが、中をのぞき込もうとすると、軽く腕を引かれる。
振り返ると、彼女を引き留めていたハリスが前に進み出て言う。
「俺たちが先頭になって入る。何があるかわからないからな」
「そ、昔々とは言え、ここはいちおう戦場だったこともあるんだからさ」
その後に続いて、丁央が銃を確かめながら言った。
「あ、はい。わかりました」
と一歩後ずさると、遼太朗が隣へやって来る。
「俺と一緒に行けばいいよ。今なら詳しい歴史ガイド付き」
「まあ、それはおトクね」
ステラは思わず吹き出しながらも、おとなしく彼の提案に従うのだった。
ドアを一歩入ると、その奥は階段になっていた。どうやら地下へ下りていくようだ。
「真っ暗だな」
「電源は、もう生きてないよな当然。あかりを持ってくるか」
と、丁央が言ったところで、その言葉を待っていたように泰斗がやって来る。投光器をつけたロボと、大きな枠組みを持ったロボを連れている。
「お待たせ」
「お、ナイスタイミング。だが、そっちのはなんだ? 」
「これはね…」
と、泰斗が、見せた方が早いだろうと、その枠組みを、たった今開けたドアにはめ込んでいく。ウィンウインと縦横に動いていた枠が、しばらくするとドアにピッタリ収まった。
「開けたドアが閉まってしまわないように、押さえておくんだよ。出られなくなっちゃったら困るからね」
「ほお、やるな」
ハリスが親指を立てると、泰斗は微笑みを返して投光器ロボットを先に中へ入らせた。
カシン。
音を立ててまばゆい光があたりを照らす。ほこりだらけだろうと思っていた中は、ほとんど汚れもなく、かなり綺麗な状態が保たれていた。
しばらく広い廊下が続いて、突き当たりは左右に通路が別れている。
左の方はまた廊下が続いていて、その左右には面白味のないただのドアが並んでいる。
右側には少し広めの空間があって。
「あ」
丁央が声を上げる。
真正面に、あの隠し扉がそっくりそのままあったからだ。
「あの扉だ! 」
と、近づこうとしているメンバーの1人を手で制する丁央。
彼はあたりを油断なく見回しながら移動していたが、異常がないとわかると、ホッと息をついて銃を下ろした。
「とりあえず、こちら側は危険はなさそうだ。で、ハリスと俺は向こう側」
と、丁央は突き当たりの反対側をあごで示して言う。
「あっちの安全を確かめてくる」
そうして、予備に持っていた銃を遼太朗にヒョイと渡すと、ニヤニヤしながら言った。
「使えないと思うが、念のため渡しておく。使えないだろうが、念のため、な? 」
なぜかくどいほど言う丁央に、ああ、こいつは俺が銃を使えること知ってるな、と、遼太朗は苦笑しながら銃を受け取った。
「わかったよ、念のためな」
頷く遼太朗の肩をポンと叩いて、丁央はハリスとともに廊下の向こう側へ消えた。
2人を見送ると、嬉しそうに扉へと近づく参加メンバーたち。
よくよく見ると、表面の彫刻はこちらの方が数段美しい。やはりこちらが本物なのだ。ロボット研究所の1人が前に進み出てノブに手をかけたが、思った通り鍵がかかっていた。
それを見ていたジュリーが、
「こんなこともあろうかと…。ジャジャーン! 」
と、例の鍵屋が作った鍵を取り出した。
「さすがジュリー先輩! 」
「ふふーん」
泰斗に褒められてふんぞり返りつつあったジュリーだが、
「持ってくるのが当たり前でしょ。それより、さっさと開けなさい」
などとほかの研究員に言われてガックリうなだれる。そしてトボトボと扉の前へ行くと、ガチャンガチャンと鍵を開け始めた。
図書館のレプリカとは違い、保存状態の良かったこちらのドアは、ほとんど音も立てずにスイ、と開く。
開け放たれた扉の中を、投光器の明かりが照らし出す。
「わあ…」
「おお、これは…」
中は図書館と言うより。
「まるで、博物館のようだな」
入ってすぐの所にクイーンシティ中心部市街地のミニチュア模型があり、その奥にもう一つ街の模型がある。奥にある方が、現在皆が住んでいるクイーンシティだとわかる。けれどその案内表示には、復興後のクイーンシティとある。
手前のミニチュアクイーンシティには、高い壁の外側には、ほとんど何もない、と言うか、破壊された街があるだけだ。
「これが、クイーンシティ? 」
「王宮もない…、ひどい有様だ」
説明を読むと、〈戦争と戦闘ロボにより破壊されつくした高い壁の向こう側が、美しくよみがえるために人々が要した努力は計り知れないものだった〉と書かれている。
誰もが言葉なく、そのミニチュアを眺めていたとき。
カシン!
と音がして、いきなりすべての照明がついた。と同時に、あちこちでディスプレイが映像を映しはじめる。
「わっ、なに! 」
「いったいどうしたんだ? 」
まさか誰かいるのか? と、皆が思わず1カ所に固まると、ヒョイ、と出入り口のドアからハリスが顔を出す。
「ああ、驚かせて悪かったな。向こうに司令室のような部屋があってな、丁央が試しに電源を入れてみたんだ」
緊張でガチガチだった泰斗が、はあーっと息を吐く。
「もう、先に言ってからにしてよハリス~。命が縮まったじゃない~」
そんな言い方を可笑しがりながらも、本当は皆、かなりホッとしていたのだった。
そして明かりがついたその部屋には、見応えのある展示物が数多く置かれていた。
「もしかして、これが一角獣? 」
「ユニコーン…。なんて綺麗な毛並みなんだ」
そこには一角獣の剥製が置かれていた。しかも自由に触れられるようになっている。
隣では、彼らが空を駆ける様子が映し出されている。一角獣の研究者たちは涙を流さんばかりに喜んでいる。なぜなら、今までは写真しか見たことがなかったのだから。
「わあ! ロボットがこんなにたくさん! 」
当然ながら、ロボットの展示もある。
バリヤが倒してきたと言う戦闘ロボが、古いものから順に置かれていたり、その横には、護衛ロボと呼ばれる、腕や背中にクジャクの羽のようなものがついたロボがあったり。少し旧式のコンピューターを操作してみると、護衛ロボの方は、詳細な設計図が残されていた。
泰斗を初めとしたロボット研究所の者たちは、目を輝かせてその周りを取り囲む。
「…やっぱりすごいね。クイーンの技術」
「ああ、だがなぜ戦闘ロボの方は、設計図がないんだろう」
「クイーンの願いなんだよきっと。もう2度と戦う道具は作ってほしくないんだよ」
泰斗が悲しそうに言うと、他の技術者たちは真顔になって深く頷くのだった。
ステラは、他の研究者とともに一角獣の前に行くと、飽きずにその姿を眺めだす。
「熱心ね、どうしたの? 」
研究者の女性が聞くと、
「おばあさまが残したノートにね、まだこの手に感覚が残っているって書いてあるんだけど、もしかしてこの子のことかなって」
「えーと、どこ? ああ、きっとそうね。だってこの毛並み! しばらくこの感触は忘れられそうもないわ…」
うっとりと剥製の背中をなでる研究員と、同じようにその毛並みに触れて笑顔をかわすステラだった。
そして遼太朗は、ひとり部屋の奥の方にある書庫へと向かう。
「すごいな…」
広さは王立図書館とは比べものにならないほど狭いが、置かれている本の数は多く、そのほとんどが、クイーンシティとその周りにあった国々の歴史資料だ。
大判の地図らしきものを取り出した遼太朗は、近くにあったテーブルにその本を置いて広げてみる。
クイーンシティに隣接してベガシティ、トラン国などの名前が書かれている。
「本当に国があったんだな」
いつの間にかそこに来ていたハリスがつぶやく。
ちらりと彼を見て遼太朗が聞いた。
「以前に言っていた、ルティオスという戦略を持っている国はどこか知っているか? 」
「ああ、…なんだったかな。かなり大きな国だと」
と、その地図に目を走らせるハリス。考えながらあちこち見回していた彼の目がある1点で止まる。
そこはクイーンシティから一番離れたところにある国だ。広い領土は、他の国と違って地区ごとに点線で区切られるほどだった。
「ここだ」
遼太朗が、ハリスの指さす先に目をやると、そこには〈ジャック国〉という文字が大きく並んでいた。