第8話
期せずして、同時に2件の自然保護区探索願(ご存じの通り1件は遼太朗から、もう1件は丁央から)が出たことで、議会はまたこいつらか、と思ったかどうか。
遼太朗の方は、依頼されていた200年前の歴史をほじくり返す(実際はこんな表現ではないが)と言う名目だ。
丁央は「王宮書庫探索チーム」の隊長として。
泰斗はふたりの補佐と言う名目だ。
それに加えて、彼らの周りでこの話を聞いた者から、参加したいと言う希望があがる。
まず、泰斗のいるロボット研究所からは、男女3名。例のジュリー先輩も入っている。そのほかには、一角獣の研究をする者が、こちらも男女3名。
ハリスも護衛で参加したいとのことだ。
最後にステラ、彼女は遼太朗から捜索の許可が下りたと報告を受けると、自分も参加したいと言ってきた。
「祖母がそこで何を見たのか、その景色を私も見たいと思って」
こうして、捜索隊は、移動車3台の大所帯となった。ただし、そのうち1台はロボット専用である。泰斗があれもこれも持って行きたいと、ちょっぴりわがままを言ったので。
出発の日は、快晴だった。
「やーっぱりお天気がいいとワクワクするね」
「天気で何か違うのか? 」
「せっかく初めての所へ行くんだから、見通しが良い方がいいもん」
「単純な理由だな」
3台の移動車は、連なって空を駆けていく。
1台は男性用、もう1台は女性用。昼間の調査の時はどちらにも乗り込むが、やはり就寝やシャワーを使うときなどに男女別の方が、お互い気を遣わないで良いという理由からだ。
最後の1台には、まったく人が乗っていない。完全自動運転はすべての移動車に標準装備されているが、それ以外の非常時にも、運転専用ロボが操縦することになっている。
「ちゃんとついてくるな」
1番前の移動車でコクピットに座るハリスが感心したように言う。
「ヘイ! ハリスちゃん! あったり前デショーしょーしょー! ロボットばかにシチャー、だめだめ~」
すると、いきなりディスプレイが稼働して映し出されたのは、テンション高くしゃべり出す人型のロボット。
「わあ、ダメだよ、Rー1、ディスプレイ切って! 」
「ヤーだヨー、泰斗のイジワル。Rー1だって、おシャベリしたーイ」
すると泰斗は真面目な顔になって、少し低めの声で言う。
「あんまりわがまま言ってると、強制終了しちゃうよ」
「ひどーイ」
泣きまねのような声で言ったRー1は、それでもおとなしくディスプレイを切った。
Rー1と言うのは、言語の翻訳を主な目的とした、泰斗が開発中のロボットだ。あわせて人の感情を理解し、調和出来るような機能が搭載できないかと、日々試行錯誤しているらしい。まだ試作段階だったのを、今回特別に乗せてもらっているのだ。
「Rー1は、言語の性能に関しては自信があるんだけど。テンション高すぎるのがどうしても改善出来なくて。ごめん、ハリス」
「い、いや。ハリスちゃんにはビックリしたけどな」
引きつったような笑いで答えるハリスに、謝ったあとホッとしたように微笑む泰斗だったが、横で見ていた丁央は容赦なく言い放つ。
「平常時なら気にならないが、非常時に今のテンションでワーワー言われたんじゃあ、人の方の判断に微妙に影響を及ぼす。人との調和や理解は大切かもしれないが、あの状態ならロボットとしての感情はつけない方がいい」
「あ…」
「丁央、言い過ぎだぞ」
日頃クールな遼太朗の方が、泰斗をかばうような言い方をするが、泰斗は首を振る。
「いや、丁央の言うとおりだよ。そうだよね、もしもの時に人の命を守るのがロボットなのにね」
そう言うと、ぐっと唇をかみしめた後、泰斗は顔を上げて言う。
「自己満足って言うか、自分の理想のために皆を危ない目に遭わせるなんて、本末転倒だよね」
そうして、何が待ち受けるかわからない現地に到着すると同時に、泰斗は「ごめんね」と言いながら、Rー1の機能をいったん停止したのだった。
王宮のある繁華な中心部から高い壁に沿って飛んだ移動車は、少し外れたあたりから、壁のカーブとは逆方向へと機体を進めていた。
見下ろすと、短い草と低い木だけが生い茂る一帯が広がっている。
「このあたりのはずなんだが」
見下ろす先には、当然ながら地図のように印があるはずもない。大体の見当をつけて、3台の移動車はゆっくりと地上へ降りていった。
「ふわあ~、気持ちのいい所だな。もっと早く来てみれば良かったな」
移動車から降り立ったジュリーが泰斗を振り返って言う。その泰斗は、移動車の中で丁央に言われたことがよほどショックだったのか、俯いたままノロノロと外へ出てくる。
「なんだ、さっき言われたこと、まだ気にしてるのか? あんなことしょっちゅうじゃないか、失敗は成功の母ってな。それとも、幼なじみに言われたのがショックなのかー」
「あ、ううん、全然。僕の中ではもうRー2の構想が出来つつあるんだ」
「お前なー」
顔を上げた泰斗は、言われたことをそれほど気にしている様子はなかった。
「でも」
「うん? 」
また少し、真顔になって。
「なんだか言語ロボのRは、早く作らなきゃって。急がなきゃって。まるで、なにかに急かされているような気がするんだ…」
と、胸のあたりの服を、キュッと握りしめて言う。
「へえ。じゃあ、帰ったら俺もありったけの技術と知識を動員して手伝ってやるよ」
「ありがとう」
そう言って微笑むと上を向いて、「わあーホントだ、風が気持ちいい~」と、手を広げて見せた。
ロボ専用の移動車から下りてきた透視型ロボットが、まずそのあたりの地表を調べていく。だが、何せ広い。
そんな中、何冊かのノートを持った女性がキョロキョロとあたりを見回している。
ステラだった。
「どうかしましたか? 」
気になった遼太朗が、近寄って聞いている。
「ええ、祖母が何かに遭遇した場所を書いたノートと、もう一つ日記を持ってきたんです。ほら、このページの日付がその時のものなんですけど」
「どれ? 」
「途中から、何だか見たこともない文字が書いてあって。ね? あ…」
「本当ですね… ! 」
同じように熱心に日記をのぞき込んでいた2人が何気なく顔を上げたとき、そのあまりの近さに一瞬固まったあと、思わず照れたように横を向く遼太朗と、頬を染めて俯いてしまうステラ。
そのあと決まり悪そうにしていた遼太朗だが、何かを思い立って泰斗に声をかける。
「おい、泰斗」
「なに? 」
「お前の翻訳ロボは、書いてある文字でもいいのか? 」
「文字って? 」
不思議そうに首をかしげる泰斗に、ステラから日記を受け取って見せてみる。
「ここだ」
「あ、そういうことね。うん、大丈夫だよ」
「だったらこの文字、あのロボで翻訳してみてくれないか。今のところ、このあたりに危険はなさそうだし」
「うん! わかった! 」
やはりRー1を停止しなければならなかったのが寂しかったのか、泰斗は急に元気になってロボ専用移動車へ走り込んでいった。
しかし、出てきたRー1は、なにやらワアワア言って大変な騒ぎだ。
「あーもう! 泰斗! ひっでえー、Rー1おとなしくしてたのにぃ! 」
「ごめんごめん、でさ、お仕事なんだよ」
泰斗はRー1をなだめにかかるが、Rー1はよっぽど悔しかったのか? ドスンドスンと飛び跳ねだした。
「ひどいひどいひどーい」
「うわあ、Rー1~。いい加減にしてー」
止める泰斗から逃げるように、少しずつその位置がずれていき、大きな岩のすぐそばでドンドンと2回地面を蹴るように飛び跳ねた。
そのとき。
ドゴゴゴゴ…
なんと、岩の横の地面が盛り上がり、そこに何かの出入り口が現れたのだった。
あっけにとられていたジュリーが、おざなりの拍手を送りながら言う。
「わあお、Rー1、ビンゴ~」