第7話
せっかく苦労して作り上げた鍵で、扉は開いたものの、その向こうには誰もが考えていた地下への階段どころか、ほら穴すらなかった。
あるのは、ただ波打つ図書館の壁を中から見る空間だけ。
「いったい何だってんだよ」
丁央はまた裏切られたような複雑な気分がして、少し、いや、かなりふくれている。
結局、「扉しか」なかったと言うことで、扉とその奥にある開かれた空間は、すぐさま一般公開されることになった。
はじめは物珍しさから人であふれていたそこも、1週間もたたないうちに、もうガラガラの状態である。
いや、くだんの小さなレディたちは、人がいなくなったのを良いことに、お姫様ごっこなるものをしていたりするが。
「おお、鍵は開かれた。星月様、今、助けに参ります! 」
と、お手製の黄金の鍵を高々と掲げて、ルティオスになりきっていたりする。
その間をぬって扉の中の空間に入った丁央は、外側とはまた違う文様が施された、波打つ壁を飽きずに眺める。
階段や隠し書庫の点では肩すかしを食らったが、中に入った丁央はその壁をひと目見て、思わず「すごい」と、声を上げた。緩やかに波打つ壁の所々で、外側からの光を取り込むような仕掛けがなされており、その温かみのあるあかりは、作った人の優しさがそのまま光となって外から差し込んでいるようだった。
「それにしてもご先祖様、いったい何だってんだよ。こんな訳のわかんないもん作ってさ。フェイクにしちゃあ、凝り過ぎ」
口をとがらせて言う丁央に、1人の可愛いレディが声をかける。
「おにいちゃん、そんな顔しちゃダメよ。ここはね、ルティオスが星月にプロポーズした、神聖な場所なんだから」
「あ、はいはい、わかったよ。すまないな」
「はい、は1回」
「はい! 」
丁央は、思わず敬礼してレディに答える。まったく、彼女たちにかかると、いい大人も形無しだ。
だが、丁央はふと気がついた。
おとぎ話の中では、2代目国王も結婚するんだな。
現実では、2代目国王、新行内 星月は独身のままその生涯を終えたとある。
まあ、夢見る乙女たちにとっては、プリンセスは白馬の王子様と結婚して、末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし、が定番なのだろうけど。
思わず苦笑していると、レディたちがずらっと床に並んで寝そべっているのに気がついた。
「何してるんだ? 」
丁央が聞くと、彼女たちは楽しそうに言ってくる。
「おにいちゃんもここに寝てみてよ、すごく綺麗なのよー」
「へえ、どれどれ」
まったく子どもと言うのは面白いことを考えつくものだ。
外からの光が反射して、高い天井にそれが陽炎のように映っているのだろう、と勝手に決めつけ、大して期待もせず同じようにそこに寝そべった。
けれど、その予想は大幅に裏切られたのだ。しかも考えてもみない方向へ。
「これは…! 」
なんと、プラネタリウムのように天井に星空が映し出され、その続きに、クイーンシティが浮かび上がっていたのだ。精密に言えば、クイーンシティの地図が。
普通に見上げても、何も見えないと言うのに。
その地図は、王宮からかなり外れたあたり、高い壁が湾曲を描くのと反対側、赤茶けた山々と背の低い草原が広がる、自然保護区のようだ。よく見るとその1点に、まるで何かの場所を示すように、クイーンシティの紋章が浮かんでいた。
同じ頃、遼太朗は王宮の隣にある住宅街へと足を運んでいた。
絵本の原作者の家を訪ねるためだ。とはいえ、本人はもうすでに亡くなっているので、家族に話を聞きたいと申し出たところ、了解が得られたのだった。
個性豊かな住宅が建ち並ぶ道沿いのかなり奥の方、王宮森林にほど近い、森の中の一軒家という表現がぴったりな家だった。
インターホンなどはもちろんなく、扉の横にあるロープを引くと、家の中でカランカランとチャイムが鳴るような音がした。
「はーい」
と声がして、ガチャリと重い扉が開く。
中から出てきたのは、ゆったりとしたドレスをまとった知的な雰囲気の女性だった。
「お忙しいところ、申し訳ありません。ご連絡させて頂いた、刀称と申します」
すると、少し驚いたように彼女が言う。
「まあ、貴方が? 古代史に詳しいとお伺いしてたので、もっとおじいちゃんを想像していたわ。ごめんなさい」
「あ、いえ」
遼太朗は特に気にする様子もない。こんな反応は慣れっこになっているからだ。
通された部屋は、すがすがしいハーブの香りが漂い、観葉植物やドライフラワーがセンス良く飾られた、落ち着く空間だった。以前何かの折に訪問したことのある、占い師の館とよく似ていると思った。
座り心地の良いソファを勧められて座って待っていると、お盆にティカップとお茶菓子を乗せた彼女がやって来た。
「お待たせしてごめんなさいね。どうぞ」
「ありがとうございます。どうぞお構いなく」
律儀に答える遼太朗をちょっと可笑しそうに眺めていたその人が自己紹介をする。
「初めまして。ステラと申します。祖母の絵本に興味を持って下さったんですね」
「はい。俺は、もうご存じかと思いますが、刀称 遼太朗と言います。それで、最初にお断りしておきますが、俺は絵本の物語そのものに興味があるわけではないんです。失礼になるかとは思うのですが、その辺ははっきりと言っておくべきだと」
早速てきぱきと話を始める遼太朗は、途中からまた可笑しそうに笑い出すステラに、憮然として言葉を切る。
すると、それに気がついた彼女が笑いを納めて遼太朗を見つめ返した。
「ちょっと…、失礼じゃないですか。人が貴女の気分を害さないようにと説明しているのに」
「あ、そうね。失礼よね。でも、なんて言うか、お若いのに、あまりにもそつがないっていうか、合理的すぎるというか。あら、また失礼なこと言っちゃった」
「合理的だとはよく言われますから、気にしていません」
笑いもせずに言う遼太朗に、こちらはもっと顔をほころばせてステラが言った。
「貴方の気質は大体わかりましたわ。それでは、ここからは私も合理的に。…コホン。まず、絵本のことで、何を聞きたいんですか? 」
途中から真顔になって直球で聞いてくるステラに、なぜか拍子抜けしながら遼太朗は答える。
「原作者は貴女のおばあさまだと言うことですが、ここに描かれた扉、これですね」
と、遼太朗は自分で購入して持ってきた絵本を広げる。そのページは、小さなレディが得意げに見せてくれた、あの黄金の鍵のシーンだった。
「おばあさまは、この扉を描くときに、何か資料のようなものを参考にしたのですか? 」
「資料? 」
「ええ、実は先日発見された王立王宮図書館の隠し扉。これがその写真なのですが」
遼太朗は写真と絵本を並べてみせる。こうしてみると、2つの扉がそっくりであることが際立っている。
「そっくり、ですね」
「ええ、そっくりなのです」
ステラは本当に驚いたように言う。聞くと、彼女はあんなに騒がれていたニュースを見ていなかったそうだ。
「うちは王制がまだ機能していた頃、王宮での占いを担当していたと聞いています。もろんうちだけではなくて、他にも占いをする方は何人もいたみたいですが。けれど、資料と言っても、王宮のものを勝手に持って帰るようなことは許されてなかったでしょうし。祖母がそんなものを見ていた事もなかったように思います」
「占い、ですか」
遼太朗は、それでさっき感じたこの家の雰囲気に納得した。それなら彼女もまた占い師なのだろうか。
「あ、今、占いを本業にしているのは母です。でも、ここではなくて、旧市街でお店を開いています」
「そうですか」
旧市街というのは、昔の城があるあたり、高い高い壁の向こう側のことを言う。
それなら旧市街へ行って、彼女の母親にも話を聞いてみようと考えたのだが。
なぜか顔を伏せて考え込んでしまったステラを見るともなしに見ながら、遼太朗は声をかけるタイミングを計りかねていた。
すると、バッと音がするような勢いで顔を上げたステラが、「ちょっと待ってて」と言い残して奥の部屋へと引っ込んでしまう。あっけにとられていた遼太朗だったが、しばらくして肩をすくめると、騒いでも仕方がないと言うようにゆっくりとお茶を楽しみはじめた。
「お待たせしました」
ちょうどお茶を飲み終えたタイミングで、ステラが戻ってきた。
「ごめんなさいね、放っておいて」
「いいえ、おかげでゆっくりお茶とお菓子が楽しめました」
すると、ちょっと目を見開いたステラが微笑む顔を引き締めて、持ってきたものを遼太朗に見せる。見るとそれは古いノートだった。
「これは? 」
「祖母がね、創作をするときにアイデアを書き留めてたノートらしいの。存命中は誰も見たことがなかったのだけど、遺品を整理しているときに、まるで隠すように置いてあったのを偶然見つけたんです。少し前に、何気なく見てたのを思い出して。えっと、あ、ここ」
「見せてもらっても良いですか? 」
頷くステラからノートを受け取ると、彼女の指し示す箇所に目を落とした。
〈今日、初めて自然保護区を案内してもらう。素晴らしい! この空の上を、一角獣という角が1本だけある動物が飛び回っていたのだ! なんて素敵〉
〈なんてリアルな夢? いいえ、これはやはりリアル? まだこの手に感覚が残っている〉
と、書かれたすぐ後に、あの扉の絵が描かれていた。絵本よりもいっそう本物に近い。そして、その横には、ある1点に☆のマークが書かれた自然保護区の地図が貼ってあった。
「これは…」
「あの絵本を出版する数ヶ月前に、祖母はなぜだか自然保護区へ行ったようです。そこで、ええと、その☆印の所でなにかあったのかもしれません」
自然保護区は、赤茶けた山々と背の低い草があるだけの場所だ。観光地としてはかなりレアな部類に入るので、ほとんど人も行かないはずだ。そこに何があったのだろう。
遼太朗は、思いにふけりながら☆印を見つめ続けていた。
その頃、泰斗はと言うと。
透視ロボの性能がいまいちだったので(というのは、あくまで自分に厳しい泰斗の評価)、丁央たちに無駄骨を折らせてしまい、チョッピリ落ち込んでいたのだが、悩んでいても仕方が無い、と、気を取り直して隠し書庫の探索をし始める。
この間見つかった特別書庫の扉がフェイクだったとしたら、きっと本物の書庫がどこかにあるはずだ。とは言え、何から手をつければ良いのやら。
「うーん、うーー」
しばらくデスクでうなっていたのだが、じっとしていても良い考えが浮かんでこないので、気分転換をかねて、もう一度図書館にでも行ってみようと思い立った。
「そうだよね、現場を何度も確認することは大事! よし! 」
気持ちも軽く立ち上がると、隣にいた研究員に声をかける。
「ジュリー先輩、僕ちょっとまた図書館に行って来ます」
「お、そうか。ふっふっふ、ちょうど良かった! 」
怪しげな笑いを繰り出した先輩は、自分の机に積み上げてある大量の本を指さして言った。
「ついでにこれ、返してきてくれ」
「ええっ、何でこんなに一杯! ヤですよ、重いもん~」
「いいから、移動車出す許可もらってやる」
「ええー?! 」
あれから、「嫌です」「持って行け」「嫌」「おねがーい泰斗くーん僕の貴重なサインあげるからー」「いりません! 」と押し問答を繰り返し、結局押しつけられる羽目になってしまったのだ。
「ったく! 図書館で1度に借りられる本の数って、こんなにたくさんだったっけー? なーんか怒られるんじゃないかな~」
と、ブツブツいいつつ、持ちきれないので台車を借りて返却ブースへと向かう。
カウンターに到着するなり「すみませんすみません! 先輩がこんなに借りちゃって、なかなか返しに来ないもので! 」と、からくり人形のようにペコペコする泰斗を、最初はあきれて、次に吹き出しながら見ていたカウンターのお姉さんは、すんなり返却処理をしてくれた。
「あー良かったー。さてと、お次はエントランスだ~」
大役を果たしてスキップしそうな勢いでエントランスへやって来た泰斗は、開け放たれた例の扉の前へやって来た。
「あれ? もうこんなにすいてる。人の心は移ろいやすきものかな~なんてね」
と、中を覗いて。
「わっ」
ビックリして飛び上がる。そこには倒れた人が何人も! と、よく見ると、それは可愛いレディたちと、
「丁央? 」
子どもに混ざって、大の大人がキラキラした目で寝そべりながら天井を見上げている。
泰斗は、丁央の顔の前にしゃがみ込んで、首をかしげた。
「丁央、何してるの? 」
「おう、泰斗! お前もここへ来て寝そべってみろ。すごいぞ」
「? 」
…数秒後。
「うわあー、なにこれ。キレイ~」
「だろ? 」
しばらく丁央と一緒に天井を見上げていた泰斗が1点を指さして言う。
「あのクイーンシティ紋章が書かれているところって、何があるんだろ。行ってみたいな」
「…そうだな。あれから砂漠の方はウィルスを怖がっているのか、強盗たちも静かだし。わざわざ紋章を書いて示してるんだから、今度こそ本当に書庫があるかもな」
そう言うと、丁央はニヤリと笑って泰斗に言う。
「行くか? 」
「うん! 」
そう言うと、2人は勢いよく起き上がる。
「俺、自然保護区は初めて行くぜ」
「ホント? 僕もだよ。楽しみー」
2人は立ち上がると、先に出ていったレディたちの後に続いて、未知の扉を抜け出て行ったのだった。