第6話
真実は、思わぬ所に隠されていたりするものだ。
今回の隠し部屋? も、地下だとばかり思っていた遼太朗たちの思いとは裏腹に、内壁の向こうにその入り口があった。
外へ回って見ると、図書館のそちら側の壁は、波打つように斜めに切り込まれている。デザインの美しさから、建築家がわざとそうしてあるのだろうと、誰もが思っていた。実際、この図書館は、小美野 晃一と言う、その道では名の知れた建築家の作品だったから。
名字から察するとおり、丁央はその人の血を引いている。
「なんだよ。まだ推測だけど、こっち側の外壁のデザインは、地下へ下りる階段をカムフラージュするためのものだったってことか。俺のご先祖様も人が悪い」
「落ち着いて丁央。それよりまず遼太朗に連絡しなきゃ」
内壁の後ろにドアを発見した丁央たちは、すぐさま遼太朗に連絡して、歴史的な見地から、いまある壁を壊しても大丈夫かどうかを見てもらうことにした。建物の構造を見る限り、この壁は破壊しても何の問題もなさそうだと丁央が判断したので。
やって来た遼太朗を含めた何人かが調査した結果、手前の壁は思ったよ新しく作られたようで、歴史的な価値も薄いと言うことだ。すぐさま壁は破られて、扉が皆の前にその姿を現した。
しばらく現れた扉とそのまわりを丁寧に調査していた遼太朗が、丁央に声をかけた。
「ここの案内プレート、見てみろよ」
遼太朗が指し示すところには、そこだけ綺麗に拭き取られたプレートがある。丁央が近づいて見てみると、〔王立王宮図書館 特別書庫〕と記載されていた。
「特別書庫。いかにも何かありそうだな」
と、なぜかワクワクした様子の丁央は扉に手をかける。
が―。
「鍵が掛かってる」
「だな」
知っていたのか、落胆する丁央を苦笑いで見る遼太朗。
「鍵は、当然ながら誰も受け継いでいないよな。仕方がない、議会に掛け合ってこじ開けるか、扉を破壊する許可をもらうか」
遼太朗が考え込むように言うと、それまで静かだった泰斗が、連れてきていた透視型ロボを扉の前へと進めてくる。
「どうしたんだ、泰斗」
「うん、…ちょっとね」
泰斗は、透視型ロボのアームを扉の鍵のあたりに這わせながら、タブレットを操作している。丁央たちがのぞき込むと、透視された扉の内部が映し出され、鍵の構造が立体映像になっていて、手に取るようにわかる。
しかし扉の他の部分とその周りの壁は、かなり分厚い作りらしく、透視ロボではそのまた向こうに何があるかまではわからなかった。
「これをさ、専門の人に見てもらえば、鍵が作れるかもしれないでしょ? 時間は掛かるかも、だけど、扉を壊す必要もないし」
「そうだな、開けられるかもしれないものを、無理に壊すこともないな。それにどのみち、議会からこじ開けや破壊の許可をもらうのも、けっこう時間はかかると思うしな」
「そうなの? 」
「ああ、お偉い方々ってのは、すんなり事を運ぶのが、とにかく嫌らしいから」
「へえ、偉い人って変なの」
つぶやくように言いながら、泰斗は映像がより鮮明に見えるように解像度を上げ、そのうちの数枚を通信でどこかへ送っているようだった。
「これでよし、と」
言いながら顔を上げた泰斗に遼太朗が聞く。
「今の、どこに送ったんだ? 」
「うん、うちの研究所に。あそこの研究室にいる人ってさ、滅多に外に出ないのに、やたらと顔が広かったりするんだよね。だから鍵の専門家なんかも知ってるかなって……、わ、もう返事が来た」
ブゥー、と鈍い受信音がして現れた画面には、〔ラッキーだな、ちょうど鍵屋がここにいるんだよ。図面を見た途端、もう、目がランランだぜ!〕と書かれていた。
泰斗はニッコリ笑うと、あきれながら返事を見ている遼太朗と丁央に言った。
「良かったね、研究所に帰ったら、もう鍵が出来上がってるかもしれないよ」
泰斗たちがロボット研究所に到着すると、さすがにこの短時間では、鍵そのものを作るのは難しかったようだが、3D設計図は完成したらしい。後は工場に持って帰って成形するだけだと言うと、鍵屋はとっとと帰って行ったと、ジュリーと言う研究員が説明してくれた。
「鍵屋と言う人は、鍵の専門家か何かですか? 」
遼太朗が疑問に思っていた事をジュリーに聞くと、彼は笑って答えてくれた。
「ああ、いや、違うよ。鍵屋と言うのはニックネームだ。セキュリティシステムの仕事をしてるんだが、ノスタルジックな錠前も大好きでね。200年以上前のアナログな鍵を目の当たりにして大興奮だったよ」
「はあ」
「まあ、そればかりじゃない。彼は旧市街とこちらを隔てている、高い壁のロックシステムにも関心があって、1度あの扉を閉めて、開けてみたいとか言ってる」
「そうなんですか」
遼太朗には鍵やロックの事はわからないが、自分が古代の歴史を紐解きたいと強く望むのと同じで、その対象が鍵だと言うだけなのだろう。
そうこうするうちに、ここへ来る途中で連絡しておいた議会からの返事も来た。議会にしては超人的な早さだな、と遼太朗は苦笑いする。
歴史的価値のある扉を傷つけずに済むのなら、鍵の制作は大歓迎とのことだった。
翌日、泰斗から鍵が出来上がったと連絡が入った。
丁央と遼太朗は、それぞれ図書館のエントランスへ向かう。2人が到着してみると、新たに見つかった扉のあたりは人だかりがしていた。扉のことはあのあとすぐにニュースで大々的に放映されたから、皆、ひと目見ようとやって来たのだろうか。
その前には立ち入り禁止のテープが貼られ、警備のために、2人の屈強な男が立っている。そのうちの一人はハリスだった。
「ご苦労だな、ハリス」
「お、隊長さまのお出ましか。なんでもいいけど、早いとこ片付けてくれや」
「どうしたんだ? 」
およそ怖いもの知らずのハリスが、情けない顔で言うので丁央は不思議に思って聞いてみる。
「大人はいいんだ。ひと睨みすれば近寄ってこないんだが。…けど、」
と言うやいなや、「あ! これよ、これ! 」と言う甲高い声が聞こえて、ハリスの身長の半分ほどの物体が押し寄せる。
それは、学校に入ってまだ2年ほどかと思われるような(クイーンシティでは、学校は3歳からはじまる)幼いレディたちだった。
「見て見て! この扉よね、王子様がレディ星月を助け出すために、魔王を倒して鍵を手に入れたの! 」
「わあ、本当だ! 本物だわ! ねえねえ、おじさん、この扉いつ開くの? 鍵は? やっぱり王子様が持ってるの? 」
わあわあキャアキャアとかしましい彼女たちにとっては、屈強な「おじさん」も、ちっとも怖くないらしい。
丁央は納得したように笑うだけだが、遼太朗は違っていた。彼は首をかしげてしばらく考え込んでいた後、騒ぐレディたちに疑問を投げかけた。
「ねえ、お嬢さんたちはこの扉のこと、前から知ってるの? 」
片膝をついて姿勢を低くし、彼女たちの目線に合わせて聞いている。
「うん! 」「もちろん」「ね」
「どこで聞いたのかな? 」
「聞いたんじゃないわ、ここにあるもん。ホラ」
と、その中の一人が、持っていた絵本を自慢げに広げてみせる。
「…これは」
絵本のそのページには、一人の男(彼がその王子様だろうか)が、黄金に輝く鍵を高々と掲げている場面が描かれている。その向こうには倒れた魔物。そして、彼の前には、今見ているものを写生したのかと思うほど、これと全く同じ扉が描かれていた。
驚く遼太朗が丁央とハリスにもその絵本を見せると、彼らも言葉を失っている。
絵本のタイトルは、「レディ星月とルティオス王子」。
「ルティオス? 」
つぶやくように言ったハリスの言葉に、丁央が聞く。
「何か知ってるのか? 」
「ああ、いや。俺もじいさんたちの昔話で聞いたことがあるだけなんだが、まだ世界が戦争に明け暮れていた頃、無敗を誇る作戦があったんだそうだ。その作戦の名が、ルティオス」
「作戦の名前? 」
「それが無敵だったんで、絵本の中では擬人化されて、勇敢な王子様となったのか」
現実的な会話をする丁央たちに、ブゥーっとふくれた現代のレディたちが反論する。
「王子様の名前は作戦じゃないわ! 」
「そうよ、ルティオス王子はとおーってもカッコよくって強いのよ」
「ねー」
「ねー」
これではハリスがタジタジになるのも無理はない。
苦笑した遼太朗は、絵本の作者名と出版元が書かれた部分だけ、持ち主の許可を取って写真をとらせてもらう。
そこへ、やせぎすで目のぎょろりとした男を伴った泰斗がやって来た。
「あ、皆もう来てたんだね。待たせてごめんね」
と、その男から何やら箱を受け取っている。
「彼がジュリー先輩が言ってた鍵屋さん。トランって言うの」
「このたびはこんな貴重な鍵作りを任せてもらえて光栄です。いや、楽しかったですよ」
すると、鍵と言う言葉に反応したレディたちが、いっせいに泰斗めがけてやって来る。
「おにいちゃん! それが扉の鍵? 」
「黄金なの、ねえ見せて」
いきなりのレディたちの登場に「え? 」と言いながらアワアワする泰斗。しかし、彼の手から鍵の入った箱を取り上げたトランが、目をいっそうぎょろりとさせて言う。
「お嬢さん方、この鍵は私が苦労して作り上げた、とても大切なものですよ。壊してしまっては扉も開けられない…」
決して怒鳴るわけでもなく、脅すでもなく言うトランだったが、その目力の迫力に、今度はレディたちがタジタジとなって、なぜかハリス「おじさん」の後ろへ隠れてしまう。
「あのひと、こわーい」
「おじさん、助けて」
泰斗は「おにいちゃん」で、自分は「おじさん」。同い年なんだがな、とそこに引っかかりを感じながらも、頼られて悪い気はしないハリスだった。
「ごめんね、みんな。この鍵は試作品って言って、お試しで作ったものなんだ。きちんと扉が開いたらみんなにも触らせてあげるね」
というと、トランの持つ箱から鍵を取り出す泰斗。
ワクワク顔だったレディたちは、ひと目見た途端、落胆のため息をつく。なぜなら、それは黄金であるはずもなく、普通の金属で出来た鍵だ。しかし少し形状は変わっている。
そして、泰斗が開けるのかと思いきや、彼は遼太朗を呼んでその鍵を渡す。
「え? 」
「きっと僕より遼太朗の方が扉を開けるのにふさわしいよ。古代史の大家だもん」
そう言ってニッコリ微笑む泰斗に、ポカンとしていた遼太朗は、少しシニカルに微笑んで鍵を受け取った。
「わかった。ありがとう、泰斗」
「どういたしまして」
トランとともに、扉へ近づいた遼太朗は、彼の説明を受けて一緒に鍵穴に鍵を差し込んだ。
ガチャリ、と、どこかに1度引っかかる音がして、
「少し左に」
と言うトランの指示通り少し左へ傾ける。
ガチャリ、と、またどこかへ引っかかる。
「よし、では一気に左」
とまた言うトランに頷いて、遼太朗が思い切りよくガチャンと鍵を左へ傾けると。
カチリ! と鍵が何かにピッタリとはまる音がして。
ギギィー。
さび付いたような音とともに、扉は静かに手前に開いたのだった。
「え? 」
「ありゃー、なんだこれ」
固唾をのんで待っていた周りの人の耳に、驚く遼太朗の声と、予想もしないトランの言葉が聞こえた。しばし固まっていた2人だが、ハッと気づいた遼太朗が大きく扉を開け放ったその向こうには。
――何も、なかったのだ。