第5話
クイーンシティ王立王宮図書館
いかめしい名前がついているが、何のことはない、ただの図書館だ。
だが、その蔵書の多さから、休日ともなると、絵本を探す親子連れや、勉学に励む学生たち、そしてただ単純に本を探しに来る人、などでかなり賑わう。
今日は平日なので、そこまでではないが、それでも訪れる人はあとを絶たない。
遼太朗は、改めてクイーンシティの歴史を見直す任を受けてから、ここへは足繁く通うようになった。とはいえ、任命を受ける前からもよく来ていたのだが。
倒れて病院に運ばれていた隊員たちは、その後めきめきと回復し、あと何日かで全員復帰できるほどになっていた。
なぜかというと、家族や身内からの熱い要望もあり、完治は無理かもしれないが、少しでも希望があるならと、2代目国王の遺伝子を利用して作られた治療薬を、使用してみようと言うことになったのだ。効果は半々だと思われていたが、思いのほか効き目があったことに、研究チームなどは、かなり驚いていた。
「遼太朗」
自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにラフな格好をした丁央が立っていた。
「どうした、今日は非番か? 」
「ああ、お前は? 」
「俺は正式な任命を受けて、クイーンシティの歴史をほじくり返してるんだよ」
「ハハ、それはご苦労なことで」
可笑しそうに笑うと、丁央はそばにあったソファに腰を下ろす。
遼太朗はたった今本棚から引き出したばかりの、分厚い歴史書を持って、その横に腰掛けた。
「何かわかったか? 」
「ああ、すごい発見が! と言いたいところだが、全然。王立図書館という割りには、ここにある資料はありきたりすぎる。小さな子どもでも知っているような逸話を書いたようなものばかりだ」
「さすがー、古代史に一目置かれる、刀称 遼太朗大先生」
「やめてくれ」
顔をしかめて言う遼太朗に、こっちはウーンと伸びをしながら言う丁央。
「こっちもさっぱりだ。あのボロい建物、中を調べても何にもなかった」
「そうか」
その後はおのおの黙り込む2人。
しばらく遼太朗が本のページをめくる音だけがしていたが、チラッと時計を見た丁央が言い出した。
「もう昼だぜ。飯食いに行こう」
遼太朗は自分の腕時計に目をやると、今気づいたように言った。
「ああ…。そう言われてみると、腹が減ってるな。じゃあ、1階の食堂にでも行くか」
立ち上がって本棚に本を戻した遼太朗が、それを待っていた丁央に軽く手をあげ、2人は連れ立って1階へと下りていった。
食堂へ続く廊下を歩いていると、向こうから見知った顔がやって来た。ただ、その人物は、手に持った本を食い入るように見ながら歩いているため、こちらには全然気づいていない。
どこへ行くのかと眺めていると、彼はそんなに熱心に本を眺めながらも、食堂の前まで来ると、くるりと方向を変えて器用に人をよけながら、その中に吸い込まれるように入って行った。
2人は苦笑いした顔を見合わせて、自分たちもまた食堂へ入って行ったのだった。
「うーん、何でかなー」
「何が何でなんだ? 」
考えるように宙を見上げていた泰斗の目の前に、いきなり誰かが現れたので、彼は「わあっ」と驚いて本を取り落とす。
「そんなに驚くなよ。オバケじゃないんだから」
またまた苦笑して言うのは丁央だ。
「あ、丁央。遼太朗も。2人揃ってどうしたの? 」
きょとんとして言う泰斗の前に腰掛けながら、遼太朗が笑って答える。
「挙動不審な人物を見かけたんで、後をつけてきたんだよ」
「え!? なにそれ、ど、どこにいるのそいつ」
すると遼太朗は、ピッと人差し指を泰斗の鼻先に突きつけて言う。
「君だよ、新行内くん」
「え? 僕? 」
「そう。本に顔を埋めて歩きながら人を器用によけられるなんて、不審すぎるじゃないか」
楽しそうに言う遼太朗をぽかんとしてみている泰斗。遼太朗は他の者に対しては超クールだが、なぜか泰斗にだけは、たまにこうやって冗談を言ってみせる。
「冗談言ってないで、早く飯頼みに行こうぜ」
まだ立ったままだった丁央が、人が並んでいる注文カウンターを示して言った。
食事がすんだ後も、3人は食堂のイスに腰掛けて話を続けていた。
「そう言えば泰斗、さっき何でかなーって言ってたのはどうしてだ? 」
丁央が疑問に思っていた事を聞く。
「あ、それはさ。国立っていう割に、ここの蔵書って、なんだか物足りないんだよね。っていうか、なんだか肝心なところが抜けてるような変な感じがする」
「それは…」
なんとなく、さっき遼太朗が言っていた、ありきたりすぎる、と言う言葉に似ているな、と丁央は思う。
すると、すかさず、少し嬉しそうに遼太朗が聞いてくる。
「泰斗もか。ジャンルは違うが、それはどのあたりだ? 」
「えーと、どのあたり? 」
「ああ、言い方が悪かったな。抜け落ちている年代だ。もしかして、200年くらい前じゃないか? 」
「え? なんでわかるの? そうなんだ。ちょうど200年か、もうちょっと前かな。クイーンのロボット技術って舌を巻くほどすごいのに、最盛期のそのあたりの資料がぜんぜん見つからないんだよね」
「やっぱりか」
遼太朗は、コブシを口にあてて考えている。
それを見た泰斗が、不思議そうに聞く。
「やっぱりって? 」
「…」
自分の世界に入り込んでしまった遼太朗のかわりに、丁央がちょっと笑いながら答えてやる。
「遼太朗大先生も、ここの資料がありきたりなんで、ご機嫌斜めなんだよ」
「ふうーん」
しばらく首をかしげていた泰斗が、何気なくつぶやく。
「こういうとき、映画や小説だと、王族のほんの一握りだけが知ってる、隠された秘密の書庫なんかがあるんだよねー」
「なにを夢物語みたいなこと」
丁央は可笑しそうに言い返したが、その言葉を聞くともなしに聞いていた遼太朗が、ハッと我に返って言う。
「それだ! 」
「?」
何だ? と言うように丁央が見返すと、遼太朗は真剣そのものの顔で言ったのだった。
「きっとどこかにあるはずだ。貴重な資料が置かれている大書庫が。でなけりゃ歯抜けのような資料の説明がつかない。王制がなくなったときに、その存在を引き継ぐ者がいなくなって忘れ去られたんじゃないか? だったら俺たちでもう一度それを探し出そうぜ」
「え? 」
「はあっ?! 」
初めは「めんどくせえ」と渋っていた丁央だったが、なぜかニヤニヤ笑った遼太朗に、
「隠された部屋なんていうのは、大体王宮の地下とかにあるものなんだよな。だったら、これが正式に任務として承認されれば、王宮の建築調査や…。あっそうだ。それに付随して修復なんかもついでに出来るかもなー」
などとささやかれ、よだれを垂らさんばかりに飛びついた。
「そうか! 王宮建築の調査が出来るんだな。そうだよな、王宮の事なんだからな。…よし、その話、乗ったぜ! 」
「僕も乗っけてー」
お利口に手を上げて言う泰斗。
笑顔で彼らを見やりながら、合理的な遼太朗の頭の中では、上を最短で説得するためのあらゆるシミュレーションがなされていたのだった。
新治療薬に意外なほどの効き目があったため、集められた開発チームもあっけなく解散か、と思われたのだが、遼太朗のたくみな説得のおかげで、あとしばらくは存続することになった。
それに加えて、夢物語のような隠し書庫の話が伝わると、なんと、各界の研究者たちから賛同の声が上がったのだ。
「伝説のバリヤ隊は、確かに存在するのですが、彼らが異次元からやって来た以前の資料があまりにもなくて…」
「一角獣と言う生き物のことも、もっと詳しく調べたいのだよ」
「今回のウィルスも、ずっと歴史をさかのぼることが出来れば、何か解明されるかも」
等々。
多くの声が上がっていることに驚いた議会は、この話を放っておく訳にもいかず、それから程なくして、今度もまた丁央を隊長とする「王宮書庫探索チーム」が作られた。
今度は丁央が自ら強く望んだ隊長就任だった。
「そうだな、このあたりから進めて行こうか。泰斗、透視ロボの用意を頼む」
「うん、もう出来てるよ」
ここは王宮図書館のエントランス。
今日は大がかりな調査はないので、ここにいるのは丁央と泰斗の2人だけ。しかも室内での作業のため、図書館は閉館したあとだ。
王宮の建物自体については、丁央は遼太朗が言ったように、書庫調査のついでに修復箇所を何点もピックアップしていた。建物外側の修復は昼間でも出来るので、丁央はついさっきまで外の現場にいた。
泰斗は透視型ロボを丁央の指定した場所へ移動させ、「頼んだよ」と、ロボの腕のあたりを優しくなでて起動させる。するとロボは、任せておけ、とは言わないが、心なしか気分よさげに動き出す。
ヴィーン…、とアームの先をエントランスの床に這わせて、ゆっくりゆっくり、動かしていく。あまり深くまでは透視できないが、地面の中の様子が、丁央の前にあるディスプレイに映り込んでいく。
「このあたりには何もないみたいだな」
それでなくても広い図書館の中をくまなく調べようというのだ。時間がかかるのは仕方がない。丁央は焦ることなく少しずつロボを建物の奥へと進めて行った。
ヴィンヴィンと途切れることなく、ロボがたてる規則的な機械音がひびく館内。
「おっと…、もうこんな時間か、今日はこのあたりでやめておくか」
目の疲れを感じて、ディスプレイから顔を上げると、いつの間にか窓の外は夕暮れを通り越して真っ暗になっていた。ロボが心配なのか、その横について歩いていた泰斗にその旨を告げると、
「え、もういいのー? わかった」
と、つきあたりの壁の方を向いていたロボに「ありがと、戻るよ」と言葉をかけて反転させようとする。その時、どういうわけかアームがうまく回らず、それが壁を這うように上がっていった。
「ありゃ、ちょっと狭すぎたかな? 」
泰斗が言うのを笑って見ていた丁央が、何気なくディスプレイを見て声を上げた。
「泰斗、ストップ! 」
「え? 」
「ロボのアーム、そのまま壁につけておいて! 」
ロボットを少し下がらせて反転させようとしていた泰斗は、あわててそのまま停止させる。
「ちょっとここへ来て見てみろ」
丁央がいうのを聞いて、泰斗はすぐさまディスプレイをのぞきに行く。
「わ、なにこれ? 」
泰斗が驚くのも無理はない。ただの壁だと思っていたその向こう側に、美しい装飾が施された、立派な扉が映し出されていたのだから。